【クジラの眼-未来探索】 第9回「アフターコロナ時代の建築、オフィス、働き方について ~日建設計 山梨知彦氏が語る~」
働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による”SEA ACADEMY”潜入レポートシリーズ「クジラの眼 – 未来探索」。働く場や働き方に関する多彩なテーマについて、ゲストとWORK MILLプロジェクトメンバーによるダイアログスタイルで開催される“SEA ACADEMY” を題材に、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。
―鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。
イントロダクション(オカムラ 佐々木基)
佐々木:緊急事態宣言が解除され、私たちは今、コロナの脅威と付き合いながら在宅勤務から徐々に出社する段階を迎えています。この先ワクチンや特効薬が開発されると、行動制限が解除されるいわゆるアフターコロナの時代がやってきます。
コロナは、生活や働く環境、コミュニケーションに変化をもたらしました。アフターコロナの時代では、センターオフィスやサテライトオフィス、自宅などの中で最適なところを選んで働くようになっていくことが、一つのシナリオとして考えられます。そうなったとき私たちは、自宅をもっと働きやすい環境にしなければなりませんし、センターオフィスについてもその役割や規模感などを考え直さなければなりません。
本日のSEA ACADEMYでは、日建設計の山梨知彦さんに登壇していただき、都市や建築といったより広い視野から、アフターコロナ時代の働く場について語っていただきます。
プレゼンテーション「with、after そして next Corona」(日建設計 山梨知彦)
コロナの今に学び、その後を考え、その次に備える
山梨:つらい思いをすると将来もっと悪いことが起きると考えてしまうネガティビティバイアスというものを私たち人間は持っているそうです。ですからウィズコロナ期でまだ苦しんでいる今、将来を冷静に予測することはとても難しいことなのです。そこで私たちが今しなければならないことは、将来起こりうることを想定して、その中から現在の知恵や技術では対応できないことを見いだす手法を身に付けることではないでしょうか。そしてその上で適切な準備をしておくことではないかと考えています。
そのことをやっていく上で有効な手法の一つに「シナリオプランニング」というものがあります。これは、オイルショックの危機を乗り越えるためにロイヤル・ダッチ・シェル社が用いたことで有名になった方法で、将来起こりえるシナリオを複数描き、その中に含まれる共通項を洗い出してその対策を講じるというものです。
この手法を使って、アフターコロナ期の働き方について考えていくことにしましょう。容易に描けるシナリオは次の三つです。
- アフターコロナ期では、在宅勤務がメインになる
- いやむしろ、反動でフェイス・トゥ・フェイスの交流が重視され、オフィス志向が広がるかもしれない
- いやいや、適材適所で、職業や業態により二つのワークスタイルが混在するだろう
どこで働くにしても他の人とのコミュニケーションは欠かせないので、三つのシナリオの共通項はWeb会議を行う環境です。空間としては、自宅には書斎が必要になりますし、オフィスでは個人ブースの整備が求められます。技術的には、他のWeb会議の会話をマスクするサウンドマスキングが必要ですし、設備・機器としては、高度なノイズキャンセリングを備えたヘッドセットがあるといい。
そこで日建設計としては、そのような事象の中で建築や都市で解決するのが適切なことを洗い出し、そこに向けた設計やデザインをしていくべきである、ということになります。
予測困難な時代にどうやって建築や都市をデザインするのか?
ワークプレイスを例にとってお話をしてきましたが、一歩進めて、予測困難な時代に実際にどうやって建築や都市をデザインすればいいのか考えてみたいと思います。
実はコロナ以前から価値観は多様化・複雑化していて、将来を見据えて都市や建築をデザインするのは難しくなっていました。そこに今般のコロナの事態が加わり難易度はさらに上がってしまいました。もはや計画は難しいので、微調整を繰り返すことで既存の街をよいものにしていくというやり方の方がよいのかもしれません。完璧な計画は無理なので、先ほどお話ししたシナリオを立てて予想し設計はするのですが、できた建築を修正し続けてよりよいものにしていくという考え方が予測困難な時代には適しているだろうということです。
そこで大切になってくるのは、現状の都市や建築が今どのような状態になっているのかを常に把握しておくことです。幸いなことに近年ではIT、AI、IoTといったデジタル技術が進歩しているので、都市の情報ですらリアルタイムで捉えることが可能になっています。ウィズコロナの今、将来を予測することがきわめて難しい現在だからこそ、そうして得られた情報を基に都市や建築を必要に応じて軌道修正していく考え方を持つことが大切だと考えています。
シナリオプランニングの話に戻りますが、先ほどは触れなかったもう一つ大切なことがあります。それは最悪のシナリオを想定してその対応策を考えておくことです。都市や建築をよりよくするためにデジタル技術が欠かせないと述べましたが、社会全体を動かす上でもデジタル技術が重要であることは言うまでもありません。そこから得られる情報が遮断されれば生活もビジネスもたちまち立ち行かなくなってしまいます。
私たちにとっての最大のリスクは情報ネットワークの停止や崩壊なのかもしれません。その最悪のシナリオに対して備えるべきは、デジタル情報ネットワークとはまったく異なる「系」のバックアップシステムを持つことだろうと私は考えています。アナログでプリミティブかつルーズな「ゆるさ」を持った側面が都市や建築に備わっていればリスクヘッジになるのではないでしょうか。
現在の建築は既にデジタルにコントロールされている部分が多いので、それが機能しなくなったときに役に立つアナログな解決策が必要になります。その具体策の一つに手動で開閉できる窓が考えられます。普段はインターネットで制御されているが、人の手でも開け閉めできる。そのように適材適所でデジタルとアナログをハイブリッド化していくことを考えていくべきなのです。
「共通項」と「ゆるさ」を持った、建築や都市の方向「建築を開き、つなぐ」
近代大型建築の源流はニューヨークやシカゴでできた摩天楼です。これは、人工照明、人工空調、人工昇降機という技術を用いて完璧に環境をコントロールすることを目指して造られたもので、その結果そこは、外部と完全に切り離された密閉空間になってしまいました。私たちは今までそれがいいと思っていましたが、ウィズコロナで「三密」を回避するにはそうした建築は良くないことに気がつかされました。それ以前にも、東日本大地震にあった計画停電で空調ができなくなった際、窓を開けられず換気ができなくなったことも経験しています。
現代の大型建築の外皮はガラスによって覆われています。透明なので一見外とつながっているようですが、厚さ数mmのガラスによって外部とは完全に隔てられていて、建築の内部から見ると外部環境はとても遠い存在になってしまっています。これに対して私どもでは、コロナ以前から、環境に対してもっと「建築をひらく」べきではないかと考えて設計を進めてきました。コロナを体験した今、その思いを強くしているところです。
ウィズ、アフター、ネクストコロナの時代の建築や住宅は、建築を外に対してひらいて環境とつなぎ、プリミティブな特徴を持ったものでなければなりません。そのような思想を持って手掛けた事例をいくつか紹介してみましょう。
木材会館
これは木造のバルコニーを持たせた中層オフィスです。バルコニーは人々にそこでリフレッシュしてもらうために設けたものですが、この木材会館はオフィス部分にも木材を多く使っていて燃えやすい建物であるため、通常以上の安全性を持たせたい。そこで火災時にはバルコニーを安全な避難ルートとして使えるようにしました。それから3.11やコロナのように通常の換気量とは違う通風を取りたいときがあります。ここでは人の手で窓を大きく開けて換気ができるようにしています。
NBF大崎ビル(旧ソニーシティ大崎)※2014年 日本建築学会賞 作品賞
この建物にもバルコニーがあります。そのバルコニーの手すりにヒートアイランド現象を抑制するためのバイオスキンという特殊な装置をつけています。このオフィスは、無柱のオフィスフロア約 3,000 ㎡の広さがあるので、火災時の避難に配慮し、外部空間に面したバルコニーを使って安全に避難できるようにしています。日本で全面にバルコニーのついている超高層オフィスビルは稀です。先端的な技術で制御された建築が非常時にその機能を果たせなくなったときには、プリミティブにバックアップできるように十分な配慮が必要だと思い、その一つの解決策、安全装置としてバルコニーは有効だと私は考えています。
長崎県庁舎
シナリオプランニングの説明の中で、大事なことは将来起こりうる最悪のシナリオを想定しておくことだと申し上げました。災害時に拠点となる庁舎建築で起こりうる最悪のシナリオの一つにトリアージの実施があげられます。ホールに横たわる大勢の傷病者の治療順位、命の選別をする事態です。そのことを想定し、ホールはきれいで繊細なものでなく、傷や汚れがついても気にならない、使い倒せるもの、あたかも土木構造物のような空間にすることをめざしました。
桐朋学園大学 音楽学部調布キャンパス1号館 ※2019年 日本建築学会賞 作品賞
音楽大学は、コンクリートの壁と重たい扉で仕切ることで遮音されたレッスン室で構成された、閉鎖的で牢獄のような空間になりがちでした。そのような雰囲気にならないようここで実現したのは、二重のガラスで仕切られたレッスン室があり、廊下を挟んで、二重のガラスで仕切られたレッスン室がある、レッスン棟です。レッスン室同士は四重のガラスで隔てられているので隣の部屋の音は聞こえません。ですが廊下ではレッスン室から演奏する音が漏れ聞こえてくるので音楽大学らしい雰囲気を感じることができる。このような音と視線の遮断の考え方は、個人と集団が交じり合って働いていく今後のワークプレイスづくりの参考になるのではないでしょうか。
終わりに
ウィズコロナ、アフターコロナの時代にシナリオプランニングを使って、起こりえる話を考えておこう、それから最悪のシナリオを考えて建築をデザインしておこうという話をさせていただきました。最悪のことまでを想定するからといって怪物のような建築にするのではなく、ひらいた建築、外部とつながった建築、そういった「ゆるい」建築がデジタル時代には求められるのだと思います。
アフターコロナはいつ訪れるのでしょう。医学的にはウィルスを駆逐したときなのかもしれませんが、そうではなくて、人々がコロナに恐怖を感じなくなり、コロナの存在が日常になったときなのかもしれません。まだ恐怖心を抱えているウィズコロナの今だからこそ、ネクストコロナについて考えることができる。私たちは今、貴重な時期にいるのです。そのような思いを持って本日の話をさせていただきました。
質疑応答(山梨 × 佐々木)
佐々木:視聴していた方々からのご意見や質問を基にディスカッションしていきたいと思います。
室内と屋外をつなぐ中間的な領域として、お話しいただいたバルコニーは私たちに豊かな営みをもたらしてくれるように思いました。今後バルコニーのあるオフィスは増えていくでしょうか。
山梨:現在の法律ではバルコニーの奥行が2m以上になると延床面積としてカウントされてしまうため、2mを超えるものは作りづらい状況にあります。ただ、バルコニーをワークプレイスの延長として使っていくには4mくらいあるといいと私は考えています。法律による規制が変われば、豊かなバルコニーを持つオフィスが日本中に増えていくに違いありません。
佐々木:在宅勤務中に自宅のベランダで働いている人もいたようです。外部空間で働ければ気持ちよく仕事をすることができるので、これからそうした働く場や働き方が増えていけばいいと私も思います。
バルコニー以外に今後も変わっていく、変えていかなければならないものや行動はあるでしょうか。
山梨:扉を触りたくない人が増えると思っています。日本のオフィスビルの入り口は高い比率で自動扉ですが、中に入っていくとそうではない。例えばオフィスの入口やトイレの扉などは手動です。コロナの影響でこうした部分の扉の在りようが変わるかもしれません。
自動になると引き戸の扉の方が具合がいい。日本はもともと引き戸の文化ですので、その意味でもオフィスの中での普及が進むかもしれません。そして、引き戸は開いてしまうと空間を連続させて使うことが可能になります。オフィス空間のつながり方がこれまでと違ってくる可能性があるので、今、扉のあり方についていろいろと考えているところです。
佐々木:最後に、オフィスビルを設計していく上での今後の戦略や展望について伺って終わりにしようと思います。
山梨:代表的な話を一つしますと、これまで大規模建築を計画する場合、商業施設を何㎡、ホテルを何㎡、オフィスを何㎡と考えるわけですが、どうもそれが現実と乖離していると思います。実際にはそうしたことは運用の中で変えていきたいわけです。建築が成熟していく中で用途は少しずつ変容していくはずなので、それを許容する建築にしていくアイデアをいま模索しているところです。
おわりに ~オフィスを超えて~
ただでさえ不確実性が高かったところに今般のコロナ禍。先のことが見通せなくて悶々とする日々が続いています。多くの業界で、多くの地域で、多くの人が将来に漠然とした不安を抱えているこの状況はいつまで続くのでしょう。でも、悲観していても始まりません。人類はこれまでに見舞われた難局を何度も乗り越えてきたのです(少し大げさでしょうか)。
ビジネスの世界で、経営危機を脱出するために考えられた手法が「シナリオプランニング」。将来起こりうる事業環境を複数のシナリオとして整理して、そこから戦略を導き出す手法です。オフィスづくりに携わる人は皆、ある種の危機感を持ってアフターコロナになったときに働く場がどうなるのか、どうすべきなのか悩んでいます。あれこれ悩んでいる暇があるのなら、この手法を実践してシナリオを考えてみようじゃありませんか。
働く場に将来起こりうるシナリオ。例えば…
- 個人に割り振られた仕事はどんなところでもできるようになる
- AIのおかげで形式化された仕事から順番に解放されていく
- センシング技術と高度な管理システムによって超効率的で超安全に働くことができるようになる 等々
シナリオはまだまだあると思います。多くの人で出し合ってみて、その共通項や最悪のリスクを考えてみませんか。オフィスを超えた働く場を求めて!(鯨井)
登壇者のプロフィール
-山梨知彦(やまなし・ともひこ)株式会社日建設計 常務執行役員
1984年東京藝術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、常務執行役員、チーフデザインオフィサー。建築設計の実務を通して、環境建築やBIMやデジタルデザインの実践を行っているほか、木材会館などの設計を通じて、「都市建築における木材の復権」を提唱している。
-佐々木基(ささき・もとい)株式会社オカムラ スペースデザイン二部 部長
民間企業を中心としたオフィスのインテリア設計に従事。現在設計部門部長。受賞「第24回日経ニューオフィス賞(アルプス電気本社)」「第29回日経ニューオフィス賞(プレステージ・インターナショナル 富山BPOタウン)」
2020年8月20日更新
取材月:2020年7月
テキスト:鯨井 康志
写真提供:野田 東徳(雁光舎)
WORK MILL主催のオンラインセミナー等はこちらでご紹介しています。