キャンドルとお気に入りの椅子 ― デンマーク人に訊いた、ヒュッゲとは
この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE02 THE DANISH WAY デンマーク 「働く」のユートピアを求めて」(2018/3)からの転載です。
1月、デンマークの空にはどこまでも雲が広がっていた。私たちは起業家や大企業社員、クリエイターたちに話を聞いて歩いた。幼稚園からビジネススクールまで、学びの現場を訪ね、一般の家庭にも上がり込んだ。そして探した。幸せの源泉は、働き方の理想郷は、どこにあるのか―。
デンマークの人々に「ヒュッゲとは何か」を尋ねると、人によってさまざまな表現をする。ただし、共通しているのは「何気なく過ごしている日常のなかにヒュッゲがある」ということ。
デンマーク人は家で過ごす時間を大切にしていて、デザイン性の高い家具を揃え、居心地をよくする工夫をしている。照明は基本的に暗めで、キャンドルを好む家も多い。「特に大切にしているのが椅子と照明です。家では座っている時間が長いから、椅子選びは重要。また、空間全体の雰囲気を決定するのはライティングだからです」と、コペンハーゲン動物園の近くに住むマート・ティメンスマは話す。
彼が妻と共に暮らしているのは、アパートが主流のコペンハーゲンにおいては希少な古い一軒家。3階建で約400m2もあり、裏には妻のブリットが花を育てている庭や、マートのアトリエがある。マートの趣味は絵を描くことで、居間の壁には彼の作品が並ぶ。
子どもたちが家を出てからは、夫婦はお互いに必要以上の干渉はせず、それぞれの趣味や仕事に集中するようになった。そんなふたりが大切にしているのは、毎日夜10 時のワインタイム。とりとめもなく夫婦で語り合う。その時間があるから、彼らは広い家の中で思い思いの時間を過ごしていても孤独ではないし、次の日の仕事へと向かうエネルギーを蓄えられるのである。
夫婦と子ども3 人のハルディング一家が住むのは、コペンハーゲンの中心地から近く、若者やクリエイターに人気のノアブロ地域の3LDKのアパート。下の子どもの保育園までの送り迎えは、週2日は妻のニレ、2日は夫、1日は中学生の長女、と分担している。毎日18時頃には夕食をとり、21時以降はリビングにいないことを家族の約束事にしている。よく休むことで、疲れをためずに翌日の仕事や勉強に集中でき、効率的に良質な成果を出せるからだ。家族団らんもいいが、ニレがいちばん好きなのはひとりでゆったり過ごす朝のひととき。7 時になったら子どもを起こすことを考えながら、自分だけの気ままな時間を楽しむのだ。彼女は言う。「ヒュッゲとは、自分らしくいられる時間や空間のこと。決して特別なものではありません」。
取材をした1月某日のデンマークの気温は0℃。肌が切れそうなほど寒い道を歩いてやっとティメンスマ夫婦の家にたどり着き、家に入れてもらったときの温かさや、ほっとした気持ちは忘れられない。夫婦は我々に温かい飲み物とクッキーを出して、もてなしてくれた。取材は終始穏やかな雰囲気で進み、最後にあらためてヒュッゲとは何かを問うと、彼らはこう答えた。「いま、この瞬間のことだよ」。
2020年8月19日更新
2017年1月取材
テキスト:吉田彩乃
写真:遅野井 宏
※『WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE02 THE DANISH WAY デンマーク 「働く」のユートピアを求めて』より転載