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校則も校長も、生徒が決める 「自由」という名の高校 ― Det Frie

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE02 THE DANISH WAY デンマーク 「働く」のユートピアを求めて」(2018/3)からの転載です。


1月、デンマークの空にはどこまでも雲が広がっていた。私たちは起業家や大企業社員、クリエイターたちに話を聞いて歩いた。幼稚園からビジネススクールまで、学びの現場を訪ね、一般の家庭にも上がり込んだ。そして探した。幸せの源泉は、働き方の理想郷は、どこにあるのか―。 

自分の人生は自分で決定する

まるで余白をなくそうとするかのように、自由高校の校舎内の壁はグラフィティで埋め尽くされている。一見、路地裏の落書きのようだが、すべて生徒たちによる“アート”だ。

私たちの取材に対する生徒たちの言動もまた、このアートと同じように潔く、決して臆することがなかった。デンマークのことは好き?と問えば、こちらが指名しなくても生徒たちは次々に自分の思いを語る。ニューヨークや東京に比べれば規模は小さいが、コペンハーゲンにしかないものがある、と主張する者もいた。

デンマークに伝わる「ヤンテの掟」は、集団のなかで協調性を重視する傾向が強くて息苦しいのではないかと尋ねれば、「他人と競争することなく自分の自由に振る舞えるからいい」と即答する。かと思えば、突然、ひとりの生徒が何も言わずに教室から出て行った。日本では考えられない行動に呆気にとられていると、彼は戻ってきてごく当たり前のことのようにこう言った。「外の空気を吸ってリフレッシュしたかった」。

自由高校Det Frieは、1970年に開校した。中学部・高学部を合わせ、現在の生徒数は約850人。保護者の大多数は、コペンハーゲンの知識層。自由高校に対する彼らの信頼は厚く、成績水準は国内10 位内に位置する。

この学校の最大の特徴は「民主主義制」であること。校則はなく、校長も、学校運営の方針も、すべて生徒と先生の投票で決める。もちろん、一票の重みは生徒も先生と同じだ。ひとりの生徒が語る。「責任をもちたかった。だから、この学校を選んだ」。前の学校をやめてきたある生徒は「ヒエラルキーがあった前の学校に比べ、教師が自分たちを信じてくれていることがうれしい」と笑う。自由高校の教師と生徒は、教え、教えられる関係ではない。生徒たちは、入学したときから学校の運営、プロセスにかかわるのだ。

もうひとつの特徴は、生徒の年齢がさまざまであること。これには、「エフタスコーレ」というデンマークの教育制度が関係している。エフタスコーレとは、1年間の私立の全寮制学校のこと。対象年齢は14 歳から16 歳で、多くの生徒は「ギャップイヤー」と呼ばれる中学校卒業後から高校に入るまでの1 年間に通う。なぜなら、デンマークでは高校段階から普通科高校と職業別専門学校に分かれることになり、ここでの選択がその後の人生をほぼ決定するからである。その時期に、音楽やスポーツ、美術、メディアなどあらゆる分野のカリキュラムをそろえたエフタスコーレに通い、立ち止まって自分の人生について自問する時間を設ける。自由高校の生徒の4〜5割は、エフタスコーレの卒業生だ。

10代後半の人格形成期に、デンマークのティーンエイジャーたちは「自分の人生は自分で決定する」ということを叩き込まれる。取材中、ある学生は私たちにこんなことを言った。「電車の中で眠るほど、なんでそんなに日本人は働くのか?」。答えに窮している間にも、彼らからの質問は続いた。家族との時間はどうするのか。時間とは、自分のためにあるものではないのか。私たちとの対話が終わると、生徒たちは教室をいっせいに出た。ひとりの女子生徒は、タバコをくわえながら、こちらにほほ笑んだ。

2020年8月5日更新
2017年1月取材

 

テキスト:吉田彩乃
写真:キム・ホルターマンド
※『WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE02 THE DANISH WAY デンマーク 「働く」のユートピアを求めて』より転載