コミュニティの色に染まるハブへ ー アフターコロナで変わるコワーキングスペースの価値
外出自粛の流れにより、オンラインでそれぞれの場所から業務を進めるテレワークが急速に普及したウィズコロナ時代。アフターコロナ時代では、オフィスという場所に捉われず、柔軟な働き方にシフトしていくことが予想されます。
働く場所の選択肢が増えるなか、自宅やオフィスではないサードプレイスとして注目されているのが、コワーキングスペースです。「Co(共同で)」「Working(仕事する)」という意味をもつコワーキングスペースは、どういった場所に変わっていくのでしょうか?
2020年6月18日、WORK MILLは「リアルの場の価値再考」と題し、Web座談会を開催しました。全三回でお送りする第二回はコワーキングスペース編として、ご登壇いただいたのは不動産社会学実践室 共同代表の小嶌久美子さん、株式会社ロフトワーク Layout Unit CLOの松井創さん、株式会社オカムラ DX推進室長の遅野井宏。モデレーターとして、WORK MILL編集長の山田雄介が参加しました。
これからは、会社の枠を飛び越えて、働く場所やコミュニティを自ら選択していくワークスタイルへ。その変革期にいる今、「コワーキングスペースの新しい価値」について語られた1時間半をレポートします。
ー小嶌久美子(こじま・くみこ)
不動産社会学実践室 共同代表 / コワーキング研究家。東京大学大学院工学系研究科、社会基盤学専攻、都市交通研卒。外資系リサーチ会社、リクルートゼクシィの事業戦略・企画営業勤務を経て、現在はコワーキング等不動産活用や広告分野の事業立ち上げ、行政の施策策定のリサーチ、企画、PMを行う。海外都市のコワーキングスペースのリサーチを随時進め、各種執筆、講演実績あり。
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コワーキングスペースは街を愛するための装置になる
—松井創(まつい・はじめ)
株式会社ロフトワーク Layout Unit CLO / 100BANCH発起人 / SHIBUYA QWS 統括。1982年生まれ。専門学校で建築を、大学で都市計画を学ぶ。地元横須賀にて街づくりサークル「ヨコスカン」を設立。新卒で入ったネットベンチャーでは新規事業や国内12都市のマルシェの同時開設、マネジメントを経験。2012年ロフトワークに参画し、KOILやLODGE、WONDER LAB OSAKA、100BANCHなどのプロデュースを担当。2017年より都市と空間をテーマとするLayout Unitの事業責任者として活動開始。学生時代からネットとリアルな場が交差するコミュニティ醸成に興味関心がある。あだ名は、はじめちゃん。
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リアルな場の価値はどうなるか −コワーキング編−
ー遅野井宏(おそのい・ひろし)
株式会社オカムラ DX推進室長 / 株式会社point0 取締役。中学校卒業まで南米ペルーで育つ。学習院大学法学部卒業後、キヤノン株式会社に入社。9年半にわたりレーザープリンター新製品の事業企画を担当し、30製品の商品化を手掛ける。事業部IT部門で社内変革を4年間担当した後、日本マイクロソフト株式会社に入社。働き方改革専任のコンサルタントとして製造業を中心としたクライアントの改革を支援。2014年から岡村製作所(現・オカムラ)に入社。オカムラが手掛ける働き方を考えるプロジェクト「WORKMILL」を立ち上げ、これからのワークプレイス・ワークスタイルのありかたについてリサーチしながら、さまざまな情報発信を行う。TWDW、at Will Workカンファレンスなど働き方に関する講演多数。
ー山田雄介(やまだ・ゆうすけ)
株式会社オカムラ WORK MILL編集長。中学・高校時代を米国で過ごし、大学で建築学を学び、人が生活において強く関わる空間に興味を持つ。住宅メーカーにて住環境のプロデュース企画を手掛け、働く環境への関心からオカムラに入社。オフィス環境の営業、研究職を経て、現在は国内外のワークトレンドのリサーチやオフィスコンセプトの開発、メディアの企画、編集と幅広い業務に携わる。
バーチャルのほうがプロジェクトは進みやすい。ウィズコロナ時代の信頼関係の紡ぎ方
山田:コワーキングスペースと関わりの深いお三方ですが、新型コロナウイルス感染症の影響で、リアルの場に集まれない日々が続いたと思います。そんな状況だからこその新たな気づきはありましたか?
遅野井:オンラインでも問題なくプロジェクトを進められることが発見でした。自粛期間中、私たちが運営するコワーキングスペース「point 0 marunouchi」では、新規会員登録の停止など一部サービスを止めていましたが、会員であればスペースを使える状態にしてありました。ただ、オンラインのコミュニケーション手段を共有していたので、ほとんどのコミュニケーションは問題なくできていましたね。
Facebookのプライベートグループ内で交流したり、チャットツール「Typetalk」で対話しながら、プロジェクト管理ツール「Backlog」でプロジェクトを進めたり、オンライン懇親会を企画したり。コミッティ企業全17社の代表メンバーが2週間に1回リアルの場に集まるコミッティ会議は、ZOOMに移行しました。「対面のほうがより豊かなコミュニケーションが取れる」「ZOOMでは発言が被ってしまう」といった側面はあったものの、大きな問題が起こることもなくコミュニティ運営ができています。
小嶌:私は、知り合いに紹介してもらった方と、新しいプロジェクトを発足させることが多く、リアルで会ったことがない人とオンラインでやりとりをしていました。
そのなかで思ったのが、新しいプロジェクトはオンラインのほうが効率よく進められること。なぜなら、直接会えない状況下で信頼関係をつくるため、リアルな場よりも丁寧にコミュニケーションを取るためです。その人の「声のトーン」「細かな表情の変化」といった情報がわからないなか、信頼関係を紡ぐには、相手に歩み寄りながら画面越しの会話を重ねなければなりませんから。
あとは、“知り合いの知り合い”という保証書がついているのも、スムーズに進められた大きな要因ですね。お互いに「紹介してくれた人の顔を汚せない」と気が引き締まり、名刺交換をしたことがなくても、スムーズに仕事を進められました。
山田:バーチャル空間だからこそ、信頼をどうつくるかに重きを置いて、より一層コミュニケーションに配慮されているのですね。そのコミュニケーションへの心遣いが、オンラインでのプロジェクトの進めやすさにつながっている、と。
松井:僕も小嶌さんに同感で、とあるクリエイターさんと初めて仕事をしましたが、丁寧なコミュニケーションのおかげでスムーズに進みました。
そんなオンラインならではのメリットがある一方で、ミーティングでアイデアをブレストしてまとめるのは、オフラインには勝てないと思います。自粛期間中、バーチャル付箋ツールを使い、オンラインの場に集まってブレストしてみたのですが、なかなかアイデアがまとまりませんでした。オンラインだと、無駄を削ぐミーティングが重視され、内容が簡素化してしまうんですよね。
みんなでひとつのテーマを俯瞰して、横並びに広げ、その場の空気を読みながら、アイデアをまとめ上げていく。このクリエイティビティの高い行為は、バーチャルよりもリアルに軍配が上がると思います。
アフターコロナ時代では、選択肢が増え、リアルとバーチャルのどちらも選べるようになるはず。そのときに、それぞれのメリット・デメリットを理解し、目的に応じて使い分けることが重要ではないでしょうか。
ニーズが高まるコワーキングスペース。コミュニティの色に染まりにいく場所へ
山田:これからは、自宅やオフィス以外に、サードプレイスを好んで選択する人が増えるのではないかと思います。みなさんは、代表的なサードプレイスのひとつである「コワーキングスペース」のニーズは高まると思いますか?
小嶌:高まるのではないでしょうか。私は、コワーキングスペースには「仕事の効率を上げるための作業空間」「自分を律するための監視」「偶発的な出会いや再会」「空間や人からのインスピレーション」という4つの価値があると感じていて。自宅やオフィスには足りない4つの価値のどれかを求めて、人々はコワーキングスペースに足を運ぶと思います。
自宅に満足なテレワーク環境を整えられておらず、「家では集中できないから」と快適に過ごせる環境を求めて、コワーキングスペースに行く人も多いでしょう。こういったニーズを拾い、今後は郊外型のコワーキングスペースが増えていくと思います。
松井:私も、郊外型のコワーキングスペースのニーズは高まると思います。ただ、一概にニーズが高まるのではなく、バーチャルでも仕事が成り立つ時代のなかで、わざわざリアルの場に足を運びたいと思ってもらう“何か”が必要です。
その“何か”が、僕は「地域とテーマを掛け合わせること」だと思っています。例えば、思いつきですが、武蔵小山にある地域商店街の活性化に取り組むコワーキングスペースや、逗子にある湘南ブランドを盛り上げるコワーキングスペースなど。
こうしたひとつのテーマに取り組むコワーキングスペースは、同じ課題意識をもつ人たちのハブとなります。だから、自分が共感するテーマのコワーキングスペースに行くことで、高い熱量に触れられるし、インスピレーションを受けられる。そこのコミュニティの色に染まりにいく感覚で、コワーキングスペースを利用する人が増えると思います。
山田:なるほど。コワーキングスペースは、掲げられたテーマに共感した人たちのチャージポイントのような役割になるのですね。
遅野井:僕は、偶発的な出会いを目的としたコワーキングスペースのニーズが高まると思います。「コワーキングスペースで仲間の“誰か”に会おう」という目的で出向き、そこにいる不特定多数ではなく特定多数の人とコミュニケーションを取る。こうした共通項のある人だけが集まった空間で、偶発的な出会いから交流が生まれるのは、コワーキングスペースのコミュニティならではです。
僕は、コワーキングスペースの真髄は「交流」だと思っています。交流がないコワーキングスペースは、作業をこなすだけのただのスペースになってしまう。特に日本人はシャイだから、運営側はコミュニティ参加者同士がコミュニケーションを取りやすいよう、積極的に仕掛けていかなければなりません。コワーキングスペースという箱だけをつくって、「あとはご自由に話してください」なんてわけにはいかないのです。
日頃から声をかけやすい空間づくりをしておくこと、運営側から積極的に声をかけること、ビジネスマッチングなどのイベントを開催すること。このように、コミュニケーションを促進させる手段はさまざまです。運営側がいかに交流の潤滑油になれるかで、コワーキングスペースの価値は大きく変わっていくのではないでしょうか。
病院、学校、商店街。コワーキングスペースのニューノーマルはいかに
山田:最後に、コワーキングスペースはこれからどのような場所になると思いますか?
松井:僕は、ウィズコロナ時代の病院のような場所になるのではないかと考えています。新型コロナウイルス感染症が拡大して、日本の医療現場には、さまざまな分野のプロフェッショナルが集まりました。感染を防ぐための防護具を開発するメーカーから、空気循環に詳しい建築家まで。
今後のコワーキングスペースは、今の医療現場のように、課題のある場所に立ち上がるようになると思うんです。課題のある場所に人が集まり、プロジェクトがスタートし、解決の糸口が見えたら撤収し、また新たな場所で立ち上がる。こういった「ポップアップ型」のコワーキングスペースがニューノーマルになっていくのではないかと感じています。
遅野井:僕が思うのは、少子化に伴い、場所が余りつつある学校を使ったコワーキングスペースですね。
今の子どもたちは、社会の労働モデルを見る機会がなかなかありません。「どういった職業があるのか」の知識が浅いまま、高校で文理選択のときを迎え、「私は数学が苦手だから、文系にしよう」と短絡的に将来への一歩を踏み出してしまうんです。
そこで、学校をコワーキングスペースにすることで、子どもたちがさまざまな職業の大人とつながり、身近で労働モデルを見られるのではないかと思います。例えばプログラマーなど、コワーキングスペースとして利用するその道のプロフェッショナルが、学校でプログラミングについて教えられたらなお良いですよね。
共創してプロジェクトを進める場だけではなく、子どもたちの未来を創る場としても捉えられたら、コワーキングスペースにさらなる価値が生まれるはずです。朝は子どもと一緒に学校に行き、夕方は子どもと一緒に帰路につく。このスタイルが当たり前になる時代が来るかもしれません。
山田:今の病院のように課題に紐づく「ポップアップ型」、学校のように場所を起点とした「ホームベース型」。お話をうかがっていて、これからのコワーキングスペースは二極化するのではないかと感じました。
小嶌:私は、利用者層によって、これからのコワーキングスペースのスタイルは変わっていくと思います。フリーランスやテレワークの会社員が集まる郊外型のコワーキングスペースは、コミュニティ化が進み、地域の課題を解決するために横のつながりが強くなっていく。
一方で、企業が中心に集まる都心型のコワーキングスペースは、企業同士の化学反応が促進されて、新しいプロダクトやサービスが生まれていく。上海のコワーキングスペースでは、入居する企業が扱う製品のデモ機をスペース内に設置したり、カップ麺メーカーのスタートアップ企業が仮店舗を構えたりしています。まさに企業が集まる商店街のような空間で、リアルな場の醍醐味を味わえるんです。
遅野井:確かに、小嶌さんの言うように「誰にとってのスペースなのか」の視点は大切ですね。
これまでの利用者は、限られた企業の会社員やフリーランスが中心でしたが、ウィズコロナ時代でテレワークが普及し、これからはより多岐にわたる企業の会社員も増えてきます。コワーキングスペースが新しい姿に変わることを求められているよりは、ユーザー層が広がって次のステージに移っていく、ただそれだけのことかもしれない。
そのときに、ニュータイプのコワーキングスペースにガラリと進化させるのではなく、それぞれのユーザーにとっての心地よさを追求し、ベストな体制に整えていけるか。基本的なことですが、ユーザーを置いてけぼりにせず寄り添い続けることが、いつの時代も正しいコワーキングスペースのあり方なのかもしれません。
2020年7月28日更新
取材月:2020年6月