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これからのオフィスは、作業をするための場所じゃない ー 「振る舞い」の思考から始まるツクルバの場づくり

新型コロナウイルスの出現によって、企業活動の在り方は大きく変わり始めています。なかでも物理的な移動が制限された影響による“働く場所”にまつわる変化は、とくに大きいでしょう。大企業でもこれまで部分的に進められてきたテレワークが一気に広がったり、小規模なベンチャーではオフィスを解約してフルリモートに切り替えたりするなど、多かれ少なかれ、あらゆる会社が“はたらく場所”の見直しをしたはずです。

期せずして、多くの企業が“オフィスの定義”と向き合うべき転換期を迎えている今、その問いに寄り添い、一緒に答えを模索してくれる場が、昨年末に東京都・恵比寿に誕生していました。その名も「co-ba ebisu(コーバ エビス)」です。

co-ba ebisuは、株式会社ツクルバが「co-ba shibuya」「co-ba jinnan」に続く形でオープンしたコワーキングスペースです。「働き方解放区」をコンセプトに掲げて、スタートアップ企業やフリーランス、大企業の会社員といったあらゆる働き手たちを応援する場として、ワークスタイルに合わせたさまざまな利用プランを打ち出しています。

今回はco-ba ebisuの取り組みを通して、これからのオフィスやコワーキングスペース、それにひもづくワークスタイルの在り方を探っていきます。後編では、これからのオフィス/コワーキングスペースの在り方や主体性を引き出す場づくりの方法について、お話をうかがいました。

現場をコントロールしない場づくり、カギはエントリーマネジメント

中村:最近、コロナの影響でリモートワークが一気に広まった印象がありますが、そんな状況下であらためて、リアルの場における「ノイズ」の大事さを感じています。僕らがこれまで手がけてきたコワーキングスペースでは、意図的にそれが発生しやすいような場づくりをしていて、ノイズをきっかけに思わぬコラボレーションが生まれることが、度々ありました。これは、オンラインだとなかなか生まれにくい気がしていて。

ー中村真広(なかむら・まさひろ)
株式会社ツクルバ代表取締役CCO。東京工業大学大学院建築学専攻修了。2009年に不動産デベロッパーの株式会社コスモスイニシアに新卒入社。その後ミュージアムデザイン事務所にて、デジタルデバイスを活用したミュージアム展示や企画展などの空間プロデュースを経験。環境系NPOを経て、2011年8月に株式会社ツクルバを共同創業。

中村:場のノイズにも、たぶん「いいノイズ」と「悪いノイズ」があるんだろうと思います。たとえば、ちょっと作業しようと入ったカフェで、悪いノイズが巻き起こっている瞬間に当たってしまって「ああ、ここじゃないな。場所変えなきゃ」となることって、ありますよね。

僕はco-ba ebisuを一利用者として使っていますが、そういう悪いノイズを感じる瞬間って、ほとんどないんですよ。それって多分、ここにいる人たちが発する「ノイズのトーン」が、合っているからなんだと思うんです。

WORK MILL:ノイズのトーンが合っているかいないかで、同じノイズでも「心地よいノイズ」になるのか、「ただの雑音」になるのか、分かれてきそうですね。co-ba ebisuでは、ノイズのトーンをコントロールするために、何か運営上で配慮されていたりするのでしょうか。

奥澤:正直に言うと、そんなに「コントロールしよう」とは考えていないんです。ここは開かれた街で、皆さんの主体性が重なり合って育っていく場だと捉えているので、それをコントロールしようとするのは、おこがましいというか。強いて言えば、入居前の面談での対話のなかで「ちょっとco-ba ebisuとは合わなさそうだな」と感じる方々はたまにいて、こちらからお断りすることは滅多にないのですが、そういう人たちは入居されないことが多いですね。

ー奥澤菜採(おくざわ・なつみ)
株式会社ツクルバ co-ba事業部部長。イノーヴ株式会社にて、入居者コミュニティのためのワークショップやイベントの企画運営、広報業務、マンション管理企画、賃貸管理営業を経て、コンセプト型賃貸マンション「Wine Apartment」の企画開発に携わる。2013年12月株式会社ツクルバに入社。

中村:その段階で、おそらく自然にトーンの調整が行なわれているのかなと。そこは、ほんと昔から変わってなくて。最初にco-ba shibuyaを立ち上げた頃からずっと、入居前の面談はじっくりやっています。ある種、企業における採用活動みたいなもので、そこでのすり合わせができていれば「まあ、入った後はどうにかなるでしょ」ってスタンスなんですよ、ずっと(笑)

WORK MILL:その面談では、何をすり合わせてるのでしょう?

奥澤:基本的には、こちらがco-ba全体の思想やco-ba ebisuのコンセプトなどを説明して、場所を見せながら「こういうふうに、ちょっと雑談とかも漏れちゃいますけど、大丈夫ですかね?」などとコミュニケーションを取っています。むしろ、どんな人となりで何を目指しているのか、など相手の話をよく聞いて、入会した後にどんな方と繋げられそうか?どんな風に場を使いこなして頂けそうか、そんな想像をしながら、とにかく丁寧に対話をしようとは意識しています。

中村:ありがたいことに、今のこのご時世、コワーキングスペースは数多あるので。co-baが合わない人でも、きっとほかに合う場所がありますし。「合う人だけが入る」という自然なマッチングが起きる状態になっているのかな、と思いますね。

WORK MILL:場のコンセプトや雰囲気を誠実に伝え、そこに合うかどうか相手が判断できるように、丁寧に対話を行なっていくと。お話を聞いていると、まさに企業の採用活動と近しいものを感じます。

中村:それで言うと、僕らのソフトにおける場づくりの本質は、エントリーマネジメントにあるのかもしれません。最初のお互いの価値観のすり合わせが、その場固有の価値を発揮し、同時に守るための肝になってくる。

それっておそらく、リアルの場でもオンラインの場でも、同じく大事なんだと思います。オンラインのコミュニティでも、有象無象が集まってその場固有の雰囲気が薄れていくと、活性度が下がりますから。そう思うと、会社であろうとオンラインであろうと、「人の集まる場所」においては、等しくエントリーマネジメントがとても重要だと言えそうですね。

これからオフィスは分散して“教会化”する?

WORK MILL:コロナの影響から期せずしてリモートワークの導入が進み、多くの会社で「物理的なオフィスを持つ意味」の問い直しが広がってくるだろうと感じています。少し抽象的な聞き方になりますが、リモートワークが働く手段として一般化していった先で、これからのリアルのオフィス、そこにひもづいたワークスタイルは、どのように変化していくと思われますか。

中村:僕も、これからのオフィスの在り方は大きく変わるような気がしていて。1年後、3年後、10年後のことを一人でいろいろと妄想しているんですよね。その中でまず思うのは、「リモートワークの導入が進んだとしても、リアルのオフィスのニーズはなくならないだろう」ということです。

家の中じゃ仕事モードになれない人も一定数いるだろうし、今後リモートワークを推していくとしても、その環境を本格的に整備していこうと思うと、個人では限界がありますよね。

WORK MILL:そうですね。リモートワークが増えていけばいくほど、リモートワークにおける快適な環境整備も、生産性を担保する上では重要になってきそうです。

中村:そうなってくると、これからは「家とヘッドオフィスの間」みたいな、中間的なワークプレイスがより機能するようになってくるのかな、と思ったりしています。1カ所ドンと大きなオフィスがあるよりも、それぞれのエリアごとでメンバーが集まりやすいオフィスが分散しているような在り方が進んでいくのかもしれません。

一方で、象徴的なヘッドオフィスはある種、教会のような機能を持つんだと思います。毎日来ることはなくても、週に一度や二度は訪れて、自分たちのアイデンティティを再確認する。「リモートは悪くないけど、1週間に一度くらいはチームメンバーとは対面で会いたいよね」って人は多いと思うんですよね。

リアルな空間から得られる浴びる情報量は、オンラインとは比べ物にならないくらい多いです。その情報量の多さは、人と人との関係性づくりにおいて、大きな力になるはずなので。

WORK MILL:リアルで会う時の意味づけが、今後はもっと明確になってきそうですね。

中村:ただ、企業としては「そこまで頻繁に集まらない場所を複数持つんだったら、すべてを自社で持たなくてもいいだろう」という判断になるかな。そこから、co-baみたいなコワーキングスペースのニーズが上がってくるんじゃないか、とも見込んでいたりするんですよ。

また、教会というのは必ずしも「教徒たちのためだけの場所」ではなくて、地域コミュニティの場所としても機能するものですよね。ヘッドオフィスという聖地が教会化して社外にも半開きになっていったり、居住エリアにコワーキングスペースが混在していく世界観では、ワーキングスペースと地域のつながりが、とても重要になってくる気がしています。

分散したワーキングスペースが地域のハブとなり、そこで新たな出会いやコラボレーションが生まれ、地域経済が活性化していく。オフィスの分散化に伴って、企業活動自体も一極集中から脱却する流れが出てきて、今よりも力強い“メガローカル経済圏”がどんどん立ちのぼってくる……と。いや、確証があるわけでは全然ないんですけど、この状況下で妄想していると、そんな未来が浮かんでくるんですよね。

奥澤:「コワーキングスペースのニーズが上がってくるんじゃないか」という話がありましたけど、実はco-ba ebisuの入居者数って、3月以降も伸びているんです。外出自粛などの影響でさすがに減るかなあと思っていたので、私も結構ビックリしています(笑)

現状では、働く場の強制的な変化を迫られて、一時的にコワーキングスペースに流れてきている人たちも多いと思います。彼らに対して、単純なワークスペース以上の価値を提供できるか。いえ、提供するというよりも、そういうものが自然と湧き上がってくるような場にできるか。地域コミュニティなどと接続することで、その価値をうまく担保していけるといいな、と思っています。

中村:そう、これからのオフィスは、もはや単なる「作業するための場」ではいられなくなるのかもしれませんね。作業するだけなら、場所の選択肢はいくらでもある。オフィスとして大事にするべきものは何かと考えていくと、ミーティングルームしかないとか、もはや雑談するためのキッチンがあるだけとか、そういうオフィスの形もあってもいいんだろうな。

そういう意味でいうと、コワーキングスペースの進化系として「コ・リビングスペース」「コ・ビーイングスペース」なんかがあっても面白そうですね。作業はもう各自でやってもらって、場に集まるときの目的は「一緒にいるだけ」みたいな。いずれにせよ、リアルの場の意味の問い直しによって、働く場の多様性が広がっていくことは、まず間違いないだろうなと感じています。

受動的な「体験」ではなく、自発な「振る舞い」を起点に

WORK MILL:これから、従来のオフィスに変わる新たな場づくりを検討する企業は、どんどん増えてくるように感じています。新たな場づくりをゼロから考えていく時に、ツクルバさんではどんな要素を中心にすえているのでしょうか。

中村:それは、やっぱり「振る舞い」ですかね。その場を使う人たちが、1日の中でどんな振る舞いをするのか。どんな振る舞いが生まれると、よりハッピーか。そこに思いを馳せる。

1日というスパンだけではなく、数か月間のスパンでの振る舞いの変化も考慮しています。あとは、個人だけではなく、チーム単位での振る舞いもね。そういうさまざまなレイヤーの振る舞いを重ね合わせて、見えてきた場のイメージをハードに落としこんでいくと。僕はそんなふうに考えているけど、なっちゃん(=奥澤さん)はどう?

奥澤:まさにそうですね。私たちco-ba ebisuのチームも、企画当初に「この広い空間をどう調理しよう、何から考えようか?」というところは、結構悩みました。

その取っ掛かりを見つけるために最初にやったことが「既存のco-baの“理想の会員像”に近い人たちに、めちゃくちゃヒアリングすること」でした。そこで聞いた話から、co-ba ebisuを利用する人たちの働き方をみんなで妄想して、「彼らにとってどんな空間があると“働き方”が解放されていくのか」と考えをまとめていきました。

WORK MILL:UXなどの思想が広がってきた昨今では、「体験」という言葉をよく聞くようになりましたが、中村さんはあえて「振る舞い」という言葉を使われていますよね。そこには、どんな意図があるのでしょうか。

中村:「振る舞い」は、僕の師匠である建築家の塚本由晴さんが、ずっと使ってきた言葉なんですよ。塚本さんは「人の振る舞いから建築をつくる」「建築が街に対してどんな振る舞いをするのか」ということを、日頃からよく話してくれました。

これまでツクルバでやってきたことも、「空間づくり」ではなくて、「場づくり」なんですよね。空間というと、ハードに目がいきがちになる気がしていて。場づくりにおいては、そこでの人々の「振る舞い」を考えるという表現が、僕の中ではやっぱり、しっくりくる。意図があるというよりは、もう体にしみ込んでいるんですよね(笑)

奥澤:今の話を聞いて、「振る舞い」はとても自発的なニュアンスのかなと思いました。

中村:あ、確かにそうだね。「体験」と言うと、顧客にとってそれは「与えられるもの」ってイメージがある。「振る舞い」は、それぞれが行動の主体になっている感じがするね。

奥澤:そう、そこに意思があるというか、自分で何かしらの影響力を発揮している。co-baのコミュニティマネージャーは、利用者さんたちの主体的な場の活用を促すために、「こんなふうに使うといいよ」といった振る舞いを体現して見せています。そこに「何かをサービスしてあげる」みたいな意識は、あまりないんですよ。

中村:そのあたりは、ワークショップデザイン領域の人たちからのアドバイスが生きていますね。ツクルバの草創期に、彼らから結構インプットをさせてもらっていて。そこでもよく「主催者が場の振る舞いを作り出して、それを伝播させる」という話が出てきていました。

WORK MILL:「体験」ではなく「振る舞い」という捉え方が、場における人々の主体性を引き出していくトリガーになるのですね。それにしても、「建築が街に振る舞う」という表現、しびれますね……。

中村:でしょう?(笑)

場における主体性を引き出す役割「コミュニティグローサー」

中村:場におけるいい振る舞いって、勝手に伝播していくのが面白いんですよ。たとえば、とある住宅地の中で、ある家がガレージ付きの家をつくって、それが町並みにとてもよく馴染んでいたとしますよね。そこから「じゃあうちも今後ガレージ付きに建て替えようかな」と、ほかの家も真似していったりする。

co-ba ebisuでも、そういった振る舞いの伝播がよく生まれています。「あそこのチームの机の使い方いいよね、うちも試してみよう」「さっきバーカウンターで社外の人たち呼んだプチパーティーみたいなのしてたよ、あれうちもやってみない?」とかね。いい振る舞いはコピーされアレンジされ量産されて、どんどん場を豊かにしていくんです。

そして、いい振る舞いは場が開かれていれば、地域や社会にもにじみ出していきます。外の人たちを招き入れるイベントなんかは効果的ですよね。そうやって、このco-ba ebisuという場がハブとなって、どんどん振る舞いの連鎖がつながっていくといいなと思っています。

奥澤:そうした広がりやつながりを促していく施策として、co-ba ebisuでは「コミュニティグローサー」というポジションをおいています。これは、co-ba全体としても初の取り組みになります。

WORK MILL:それは、どのような役割を担う人なのでしょうか。

奥澤:特定の得意領域を持っていて、co-ba ebisuのコミュニティを豊かにしてくれそうだなというメンバーさんを、私たちが「コミュニティグローサー」と認定していて。彼らには一定期間ここを無料で使ってもらう代わりに、「コミュニティに対して実験的な働きかけ、主体的な振る舞いをしていってください」とお願いしているんです。

これだけ場の規模が大きくなってくると、コミュニティマネージャーがすべての利用者さんたちの状況を把握したり、彼らが専門とする領域にすべて精通したりするのは、難しくなってきます。また、「コミュニティマネージャーと利用者」という二項に分かれてしまいがちです。その間を埋める存在として、利用者と運営の中間地点からコミュニティに働きかける動きを、コミュニティグローサーの方々に担ってもらえたらなと。

WORK MILL:それは素敵な役割ですね。運営と利用者の垣根を曖昧にしていく、場の運営を利用者に開いていくようなイメージを抱きました。

奥澤:そうですね、一緒に場を盛り上げていく仲間になっていきたいです。リアルのイベントが開催しにくい現状は残念ですが、グローサーの中にオンライン配信に長けているチームがいるので、彼らを中心にオンラインの取り組みも充実させていく予定です。

中村:それはいいね、積極的にお世話になりたい(笑)

奥澤:私たちはco-ba ebisuを、固定化された単一のコミュニティではなく、さまざまなタイプのコミュニティを内包した、裾野の広い場所にしていきたいと願っています。

スタートアップの人たちもいれば、レガシーな会社の人たちもいる。この場に来なければ交わることのなかったかもしれない人たちが、横目で影響し合っている。漏れ出すノイズをきっかけに、具体的なつながりが生まれて、自然とコミュニティが交わり合っていく…そんな場になってほしい。そのために必要な振る舞いを、これからも考え続けていきたいと思います。

2020年7月21日更新
取材月:2020年3月

テキスト:西山武志
写真:
土田凌