これからのオフィスは、熱源となり、“教会”となる ― 来たるアフターコロナ、リアルの価値はどう変わる?
オフィス。それは、従業員が集まり、コミュニケーションを取りながら業務を遂行する場として、企業にとって必要不可欠な存在でした。しかし、ウィズコロナ時代でテレワークを導入する企業が増え、オフィスの価値が変わろうとしています。
来たるアフターコロナ時代。これまで「従業員が週5日集まる場所」として機能していたオフィスは、どんな場所になり、どんな価値をもつようになるのでしょうか?
2020年6月3日、WORK MILLは「リアルの場の価値再考」と題し、Web座談会を開催しました。全三回でお送りする第一回はオフィス編として、ご登壇いただいたのは株式会社Think Lab 取締役の井上一鷹さん、株式会社日建設計 NAD室アソシエイトの梅中美緒さん、アイディール・リーダーズ株式会社 共同創業者 CHOの丹羽真理さん。モデレーターとして、WORK MILL編集長の山田雄介が参加しました。
リアルとデジタルが融合し、オフィスや自宅、コワーキングスペースなど、働く場所が分散していくと予想されるこれから。「新しいオフィスの価値」について語られた1時間半をレポートします。
ー井上一鷹(いのうえ・かずたか)
株式会社Think Lab 取締役。大学卒業後、戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトルにて大手製造業を中心とした事業戦略、技術経営戦略、人事組織戦略の立案に従事後、ジンズに入社。株式会社Think Labを発足し、事業を統括。算数オリンピックではアジア4位になったこともある。最近「コロナが変える働き方〜集中のプロ井上一鷹が語る」を執筆。ぜひご覧ください。
ー梅中美緒(うめなか・みお)
株式会社日建設計 Nikken Activity Design lab(NAD)アソシエイト。2008年日建設計入社後、設計部門に在籍。音楽大学キャンパスや各企業の研修施設などを担当。2016年よりNAD室に在籍し、三井不動産「WORKSTYLING」プロジェクトの空間ディレクターをはじめ、多くのワークスタイルデザインを手掛ける。世界100ヶ国以上を旅するバックパッカーで、2018年よりWorking Travelerとして『旅をしながら働く』の実証実験中。東北・熊本の復興支援、イラストレーター、旅ライターとしても活動。
―丹羽真理(にわ・まり)
アイディール・リーダーズ株式会社 共同創業者 / CHO (Chief Happiness Officer)。国際基督教大学卒業、University of Sussex大学院にてMSc取得後、2007年に株式会社野村総合研究所に入社。民間企業及び公共セクター向けのコンサルティング、人事部ダイバーシティ推進担当等を経て、社内ベンチャーIDELEA(イデリア)に参画。2015年4月アイディール・リーダーズ株式会社を設立し、CHO (Chief Happiness Officer) に就任。社員のハピネス向上をミッションとするリーダー「CHO」を日本で広めることを目指している。経営者やビジネスリーダー向けのエグゼクティブコーチング、Purposeを再構築するプロジェクト等の実績多数。特定非営利活動法人ACE理事。2018年8月31日に初の著書「パーパス・マネジメントー社員の幸せを大切にする経営」を出版。
ー山田雄介(やまだ・ゆうすけ)
株式会社オカムラ WORK MILL編集長。中学・高校時代を米国で過ごし、大学で建築学を学び、人が生活において強く関わる空間に興味を持つ。住宅メーカーにて住環境のプロデュース企画を手掛け、働く環境への関心からオカムラに入社。オフィス環境の営業、研究職を経て、現在は国内外のワークトレンドのリサーチやオフィスコンセプトの開発、メディアの企画、編集と幅広い業務に携わる。
リアルとデジタル、増える選択肢。自己決定できる人が幸せになる
山田:これまでオフィスというリアルの場でコミュニケーションを取っていましたが、4月に出された緊急事態宣言により、オンライン化が進みました。アフターコロナ時代では、オンラインとオフラインの融合が加速するように思います。リアルとデジタル、理想のバランスはあるのでしょうか?
梅中:リアルとデジタルのバランスは、人それぞれだと思います。私の場合、これまでにない新たな空間をデザインするべく、インスピレーションが必要不可欠だった。だから、旅をしながら働くにあたり、オフラインで仕事を進める日本での時間と、オンラインで仕事を進める海外での時間を繰り返し、日常と非日常を強めに横断することで、自分に刺激を与えていたんです。
しかし、その働き方はあくまでも、空間デザインを仕事とする“私”に最適化されていました。リアルとデジタルの理想のバランスは、職種や仕事の目的によっても変わるはず。だから、バランスを重視するよりも、それぞれの人にとってベストな環境で、質をどう高めるかを重視したいですね。
井上:ビフォーコロナでは選ばずにオフィスにいて、ウィズコロナでは選べずに自宅にいた。そして今度は、リアルとデジタルのどちらも選べる時代が訪れようとしている。この選択を楽しめるかどうかが、これからの働き方を考えるうえでポイントになると思います。
「オンラインで打ち合わせをしたほうが効率的だよね」「リアルでちゃんと顔を見て話そうよ」。このように誰かに強制されるのではなく、自分たちの意思でコミュニケーションの手段を選んだ時点で、ポジティブな要素しかありません。
一方、場所の選択肢が増えたことで「どちらを選べばいいかわからない」「とりあえず出勤しておこう」とネガティブな感情が出る人は、これからの時代に疲れてしまうと思います。
山田:以前丹羽さんにお話を聞かせていただいたとき、仕事を楽しむことがハピネスをつくりだすことに繋がると仰っていましたね。リアルやデジタルといった選択を楽しむためには、どうすればいいのでしょうか?
丹羽:実は自己決定と幸福感が、深く関係しているという話があります。神戸大学の調査では、所得や学歴よりも「自己決定」(自分で決められるかどうか)が幸福感に大きく影響することがわかりました 。
どこで働くのか、移動をするのかしないのか。会社や時流に決められるのではなく、自己決定をすること自体に、価値が生まれてくるのではないでしょうか。
井上:個人が働く場所を選択できるようになったときに重要なのが、「どうしたらリアル(オフィス)を選びたくなるか」を考えることだと思います。仕事内容にもよりますが、デジタルで業務を完結することは、不可能ではありません。オンラインで完結するけれど、それでもオフラインを選びたい──そう思ってもらえるための“何か”が必要です。
これからのオフィスは、教会へ。同じ旗を掲げる人たちの儀式の場となる
山田:みなさんは、リアルな場が選ばれるのはどんな場面だと思いますか?
井上:偶発的なコミュニケーションが欲しいとき、ですかね。「●時からこの人と話す」と人をあらかじめ決めた状態での雑談なら、オンラインでもできます。しかし、「オフィスに行ったらたまたまこの人と遭遇して、面白い話を聞けた」といった偶発的な出会いは、オンラインでは発生しえない。
自宅でパソコンとにらめっこばかりしていると、思考の幅が狭くなりがちです。視野を広げるためにも、オフィスでの思いがけないコミュニケーションが必要となるでしょう。
梅中:まさに私も、偶発的なコミュニケーションが必要となり、今日は自宅から出てきました。今は、私が空間ディレクターを担当する、三井不動産のシェアオフィス「ワークスタイリング」にいます。ここに来ると、ビジネスパートナーに遭遇し「最近どうですか?」と雑談が自然と生まれるから、オンラインだけでは獲得できなかった情報を得たり思考をクリアにしたりするきっかけになる。
井上:あとは、五感を使ったコミュニケーションをしたいときもリアルを選びます。テレワークが主流になった今、僕が会社に行くのは社長と話すとき。僕の思考の範囲外にいる社長の脳内を拾いにいくためには、些細な表情の変化すら嗅ぎ分けながら、コミュニケーションを取らないといけません。
しかし「このときに眉間のシワがよった」「あのときに空気がガラッと変わった」といった微妙な変化は、画面越しの会話だと気づけない。だから、学びが多い社長とのミーティングは、五感を研ぎ澄ませてコミュニケーションを取れるオフラインを選択しています。
丹羽:わかります。リアルじゃないと感じられない、その場の空気ってありますよね。私が3月の終わりからテレワークを続けてきて思うのが「ミーティングの内容はその場の熱量に大きく影響する」こと。
現在、オンラインでワークショップを開催していますが、オフラインじゃないとコミュニケーションがさっぱりしてしまうんです。顔を合わせて同じ空気を吸いながら話すからこそ、その場の空気が熱を帯びていく。その結果、一人ひとりがコミュニケーションに没頭し、出るアイディアの質も高くなります。
梅中:私は、リアルだからこそ感じられる空気が、企業文化の共有に大きく関わっていると思っていて。上司の背中を見たり、隣のチームの熱狂に誘発されたり、企業文化はリアルな空間に伝播していくものです。
けれども10年後の未来では、ヘッドオフィスの「仕事をする場所」という床としての機能は、減っていく気がしています。ビジュアル・アイデンティティとしての機能やその企業に所属している帰属意識の醸成や理念共有のために社長が今まで読んだ本が並んでいるだけとか、そんな場所になっていく。
井上:僕も同感で、これからのオフィスは“教会”のような機能になるはず。教会は、同じ空間に教徒を集めることにより、「私たちはこれを大切にしていこう」とみるべき方向を再確認してもらう役割があります。
JINSもそう。約400名いる店長たちは、顔を合わせる機会があまりありません。しかし、四半期に一回の店長会議で、ビジョンやミッションを確認し、同じ方向に向き直す儀式をしているのです。
オンラインで完結するこの時代。せっかくひとつの法人に集まって、同じ旗を掲げるのなら、オフィスに教会のような機能をつけることで、リアルの場の価値が高まっていくのではないでしょうか。
山田:なるほど。教会という例えにはとても腹落ちしました。各企業は、自分たちが何を教会の機能として位置づけるのか、考えていく必要があるのですね。
オフィスに正解はない。ただ、これからは“尖り”が求められる
山田:最後に、オフィスというリアルな場に新たな価値をつくるには、どうするべきだと考えますか?
井上:わざわざ足を運ぼうと思える、尖った空間をつくるべきだと思います。手前味噌ですが、Think Labも「ひとりで深く考えるためのソロワーキングスペース」とコンセプトが尖っている。
僕らがエッジの効いた空間をつくるワケは、「何でもできる70点の空間」は今後ニーズがなくなるから。代わりに、「ひとつのことしかできないけど100点の空間」が必要とされるようになるはずだと考えています。
オフィスも、ただ仕事をするための場所では物足りない。その会社の従業員にとってベストな、むしろ従業員にしかニーズがない空間が求められるようになるかもしれません。
梅中:そう、そう。「じゃあどんなデザインのオフィスがいいの?」と聞かれると、これが難しいところで。ひとりとして同じ人はいないし、ひとつとして同じ組織はないので、「オフィスはこうあるべき」という一般解は存在しないですよね。
だから私は、その会社にとってベストなオフィスをつくるために、エスノグラフィー(行動観察)の観点から空間をデザインしています。
以前、広告会社のThe Breakthrough Company GOのオフィスをデザインしたときは、「あの人のことをどう思ってる?」「会社の未来をどう考えている?」と細かなヒヤリングを重ねました。さらには、従業員のバッグの中身や、パーソナルスペースの大きさまで。そして、GOのメンバーらしさを見つけ、会社の目指す先を掛け合わせる。その先に、あるべきオフィス空間が見えてくるのです。
丹羽:オフィスは、「家具をどう配置しようか」といったハード面だけではなく、「どうしたら心地良く使ってくれるのか」といったソフト面も考え抜くことが大切だと思います。
オフィスの“あるある話”としてよく聞くのが、フリーアドレス制にしたけど、結局みんなが決まった席に座ってしまうこと。それでは、コミュニケーションを誘発しようと自由席にしても、価値は固定席と変わりません。
オフィスに新たな価値を生むために、「どうしたら毎回違う席に座りたくなるのか」と従業員の気持ちを考えながら、空間づくりをすることが必要になるでしょう。
山田:ハード面だけの追求では、目的達成が難しくなっているのでしょうね。これからは、ハードとソフトをハイブリッドに組み込んだリアルの場の構築が求められてくるのかもしれません。
井上:これまで「オフィス」という言葉を使ってきましたが、何か代わる言葉が欲しいですね。日本人がオフィスにもつイメージは、あまりプラスではないから。足を運びたくなるネーミングに変えることが、オフィスの価値を新たに創造することにつながると思います。
2020年7月7日更新
取材月:2020年6月