コロナ時代にオフィスを4倍へ ― タイミー 小川嶺さんがつくる未来の働き方
人気女優の橋本環奈を起用したテレビCMで今話題のスキマバイトアプリ「タイミー」。
「この時間なら働ける人」と「この時間だけピンポイントで働いて欲しい事業者」を面接なしで最短7秒でマッチングするこのサービスは、名だたる起業家や企業から次々と資金調達を成功させ、今やユーザー数140万人を誇るサービスへと進化しました。
そんなタイミーを創業したのはなんと1997年生まれの現役大学生、小川嶺さんです。
2019年にはフォーブスアジアの「30UNDER30」(次世代を担う30歳未満30人の日本人を選出するというもの)に選出された小川さんは今後ビジネスシーンで活躍が期待される若手起業家の一人であり、「はたらく」を変えるために日々サービス拡大に努めています。
そこで今回は、これからの働き方や働く環境を中心に、小川さんに語っていただきました。
起きている時間の半分を費やしている「労働」を変えれば人生が変わる
WORK MILL:御社では「一人一人の時間を豊かに」をビジョンに掲げられています。「働くこと」と「時間」について小川さんの考えをお聞かせいただけますか?
ー小川嶺(おがわ・りょう)
1997年生まれ。立教大学経営学部在学中。慶應⼤学のビジネスコンテストで優勝したのち、株式会社Recolleを立ち上げるも1年で事業転換を決意。その後リクルート/サイバーエージェントでのインターンを経て株式会社タイミーに社名変更。これまでにJAFCOやサイバーエージェントを筆頭に総額23億5600万円の資金調達を⾏なっている。50を超える様々なイベントでの登壇実績があり、現在九州大非常勤講師を務めている。
小川:皆さんは1日何時間働いていますか?もちろん個人差はあると思いますが、平均的には1日8時間働いていると思います。起きている時間が16時間と考えれば、その半分の時間が仕事に使われていることになるのです。言い換えれば、人生の半分の時間は仕事に費やされていることになります。
WORK MILL:実際は8時間以上働いている人も多くいらっしゃると思います。そう考えると、幸せになる1番の近道は働き方を考えることなのかもしれませんね。
小川:おっしゃる通りです。人が幸せになる上でポイントになるのが働くという行為を変えることだと思います。ベーシックインカムが真剣に議論され、インフルエンサーやライバーといった楽しみながら生計を立てる人々が登場する時代になりました。単にお金を稼ぎたいから働くという時代はもう終わったと言わざるを得ません。
WORK MILL:御社ではそうした価値観がサービスにも反映されているのでしょうか?
小川:はい、働く上で「なぜ自分はこれをやっているのか」「将来自分はどうなりたいのか」という逆算から時間を使い、自分自身の成長に繋げることが働くということだと思います。その上で自分の頑張りが可視化されることが重要だと考えています。
タイミーの強みは「自分自身がペルソナ」であることだとよく話すのですが、実は大学生は学生生活の約3分の1をアルバイトに費やしているのです。授業以外の間、それだけの時間を費やしているものが評価されないことに対して違和感がありました。
WORK MILL:「スターバックスで働いている人は優秀」と言われることもありますが、多くの場合、アルバイトに費やした時間というものはあまり評価されない傾向にありますよね。
小川:では、「スターバックスじゃなかったら優秀じゃないのか?」と言われればそんなことは絶対にないと思うのです。居酒屋やファストフード店で働いている学生の中にも優秀な学生はたくさんいます。しかし、今までアルバイトの能力というものは全く可視化されてきませんでした。
WORK MILL:そうした部分に関して、御社では何かアプローチされている点はあるのでしょうか?
相互評価システムによって、履歴書が淘汰される時代が訪れる
小川:弊社のサービスはUberやAirbnbといったプラットフォームから着想を得て、相互評価システムを導入しています。アルバイトとして働く人がお店から働きぶりを評価され、同時に働き手もお店の働きやすさを評価する。その結果、評価に基づいて適切な人材が適切な職場で働ける独自の評価経済をつくることができたのです。
WORK MILL:他にはどのようなメリットがあるのでしょうか?
小川:働きたい人と人手が足りない事業者を面接なしでマッチングするサービスを提供していますが、最近では採用ツールとしてタイミーを利用する企業も増えており、弊社としても引き抜きを推奨しています。
事業者は働きにきたワーカーの中から実際の働きぶりをみて長期採用ができるので、ミスマッチは従来の面接採用よりも圧倒的に少ないです。働き手も、実際に働き職場の雰囲気や人間関係を見た上で長期で働くかを判断することができるので、双方採用後のギャップが少なくなると思うのです。
WORK MILL:評価経済を活用した採用が今後一般に浸透していけば、「採用」の概念も大きく変わりそうですね。
小川:おっしゃる通りです。履歴書の情報だけではその方の能力は測れませんし、お店の求人ページだけでは、職場を選ぶ上で重要な職場の雰囲気などを知ることができません。しかし、相互評価システムによって労働者やお店側の本当の姿が可視化できるようになります。
WORK MILL:そうなると、これからは履歴書が淘汰される時代になるのでしょうか?
小川:さまざまな意見があると思いますが、私個人としては履歴書はもう意味がなくなると思っています。履歴書はこれまで数多くの応募者をふるいにかける「フィルター」としての役割を担ってきました。しかし、その人の学歴と能力は必ずしも比例するものではないでしょうし、履歴書1枚だけでは見えない部分の方が圧倒的に多いはずです。
アルバイトのプラットフォームから、総合的な「労働」のプラットフォームになる
WORK MILL:可視化されたデータは今後どのように活用されるのでしょうか?
小川:タイミーではその人のスキルだけでなく、人柄(信用度)も可視化することに成功しています。例えば、遅刻やドタキャンをせずにコンスタントに働いたなど、当たり前だけれど重要な部分を可視化しています。
現在はアルバイトのマッチングが主な事業となっていますが、今後はマッチングサービスで蓄積されたスコアを活用しながら、企業への就職支援ができるようになればと思っているところです。
WORK MILL:具体的にはどういった内容でしょうか?
小川:先ほどもお伝えしたように、学生は就活の直前まで多くの時間をアルバイトに費やしています。でも、それだけ多くの時間を費やしても、成果が目に見えないので就活の面接官としてはそれを評価の対象として見ることが難しいのです。
それをしっかりと数値化、可視化するシステムをタイミー側で用意して、学生がアルバイトで培った力を可視化したいと思っています。この人は真面目だな、ストレス耐性が高いな、といった履歴書には現れないその人の本当の姿が見えるようになれば、企業にとって良い人材を見極める良い判断材料になりますし、学生のアルバイトも有意義なものになると思っています。
WORK MILL:そうなると御社は将来的には、アルバイトのみならず総合的な「労働」のプラットフォームになっていくのでしょうか?
小川:はい、スキマバイトの事業は一つの柱にしかすぎません。今後はそこから派生して事業の幅を広げていく必要があります。
コロナ時代の現在「4倍」の広さのオフィスに移転する理由。オフィスは余白になる。
WORK MILL:コロナ禍によって事業に影響はあったのでしょうか?また、コロナ時代にどのように事業の幅を広げていくのでしょうか?
小川:コロナの影響でタイミー上では在宅ワークの求人が増えてきていますね。今後も在宅案件は増えていくと思います。一方で企業としては、私は経営者のスタンスとして、こんな時代だからこそオフィスの価値が再定義されると思っているのです。実は今度、オフィスを渋谷から池袋に移転するのですが、面積は現在のオフィスの4倍の広さになります。
WORK MILL:在宅ワークが浸透しつつあるこの時代に、より広いオフィスへ移動するという選択は時代と逆行している気もしますが、それはどういった意図なのでしょうか?
小川:結局、どこまで「余白」をつくれるかが大切になってくると思っています。合理性を徹底的に突き詰めれば、オフィスも会議室も必要ないでしょうし、家で全部やればいいという話になります。
しかし、そうなってしまえば、仕事や職場は「単にお金を稼ぐツール」になってしまうと思うのです。人間関係を度外視して割り切って働くという姿勢には余白は感じられません。
WORK MILL:なぜ余白が大切なのでしょうか?
小川:リモートワークが浸透した先にあるのは、「結果がすべて」という世界だと思います。でも、結果だけを評価する世界ってすごくつまらないと思いませんか?
その人が仕事に取り組む姿勢や、仕事をすることで周りの人たちを巻き込んで結果的に全体の生産性が上がるという部分にももっと目を向けるべきではないでしょうか。それがイノベーションの源泉だと思うのですが、それはリモートだとどうしても難しいと思うのです。
だからこそ余白が大切なのです。例えば、社内の部活動のようなものを始めて他部署間の交流を活発化したり、仕事以外の部分でも一緒に飲みに行ったりランチに誘うなど、同じ空間にいるからこそ部署を飛び越えてコミュニケーションが活発化すると思うのです。面白い事業連携やイノベーションというのは、結局そういった余白からしか生まれないのです。
アフターコロナ時代の経営者に求められるのは、「余白づくり」の意思決定
WORK MILL:そうなると経営者が行うべき意思決定の中に、これからは「余白づくり」が含まれることになるのでしょうか?
小川:はい、「余白をどこまでつくれるのか?」という部分に関して、どこまで予算や時間を割くのか、そういう意思決定がアフターコロナ時代の経営者に求められるのだと思います。
その意味では、例えばオカムラさんのイスは決して安くないですが、座り心地はすごく良いですよね。弊社でもオカムラさんのイスがいつも取り合いになるのですが、これも余白だと私は考えています。
WORK MILL:「イスが余白になる」とは具体的にどういう意味なのでしょうか?
小川:単に座って作業をするという観点で考えれば、イスは安いもので十分だと思います。しかし、3万円の差額で従業員の生産性が◯%上がって、それなら3万円の投資は◯年で回収できる、といった余白に対する投資ができるか。
コロナ前まではそんなことを考えなくても良かったのですが、コロナによってオフィスの価値が問われた時、経営者はそういった部分に対して真剣に向き合わなけばならないと思います。
タイミーの2年後、5年後、そして10年後
WORK MILL:働き方、働く環境を大きく変えようとしている御社ですが、2年後、5年後、そして10年後はどのような姿になっているでしょうか?
小川:現在は2年後の最年少上場を目指しているところで、5年後にはしっかりとグローバル展開できる会社になりたいと思っています。
WORK MILL:グローバル展開はどこから進める予定なのでしょうか?
小川:グローバル展開というと多くの場合アメリカを想像する方が多いのかもしれません。しかし、タイミーとしてはいきなりアメリカを目指すつもりは全くなくて、むしろ日本から近いアジアの国から攻めていくつもりです。
日本は世界ナンバーワンの少子高齢化の国で、これは大きな課題であると同時にチャンスでもあると思うのです。タイミーは少子高齢化で人不足の日本だからこそ生まれて流行りつつあるサービスですから、韓国やシンガポールでも今後同じような需要が生まれるはずです。
その意味で、日本で蓄積したノウハウを元にグローバルに展開していく上で日本から近いアジアから攻めていくのが最適解だと思います。まずはアジアナンバーワンを目指します。
WORK MILL:では、10年後は?
小川:トヨタさんなどは長い歴史の中で現在の地位を築いたわけですが、一方でGAFAの一角を担うGoogleは実は創業から20年ほどの歴史しかないわけです。そう考えれば10年あれば、それなりに高いところまで行けるのではないかと考えています。
そもそも行動しないと何も始まりません。仲間とともに少しでも高いところに行けるようこれからも進んでいきます。
2020年8月4日更新
取材月:2020年6月
テキスト:高橋将人
写真:神宮司秀将