異文化融合の秘訣は「余白」にあり ― STYLESHARE,29CM
この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE05 ALTERNATIVE WAY アジアの新・仕事道」(2019/10)からの転載です。
世界はアジアを見ている。それなのに私たちは、その価値をあまり知らない。少し拍子抜けしたものの大事な気づきだった。
やみくもに規模を拡大するのではなく、働く人や地域と共存する。目先の数字より事業の意義を優先する。
そんな「資本主義のその次」を見据えたオルタナティブな経営哲学を探しに、韓国、台湾、日本の企業を訪ねた。
サービスも社風もまったく異なる2つの会社が合併するとどんな化学反応が起こるのか。ファッションとビューティーのECプラットフォームを運営するスタートアップ、StyleShare(スタイルシェア)がこの疑問にひとつの答えを見せてくれた。
スタイルシェアは2011 年に当時大学生だったユン・ジャヨンが創業した、口コミをベースに商品を閲覧・購入ができるECサービスだ。F1 層の女性がメインターゲットで、韓国では15~25歳の57%が利用しているほど。ユンはフォーブスアジアの「30UNDER30」に選ばれたこともあり、学生の女性起業家だったユンに憧れる若者や起業家も多い。平均年齢31 歳、約100人の社員には元起業家や中途採用のエンジニアなども多く、規模を拡大するスタートアップの典型例といえる。
そんなスタイルシェアが2018 年、ターゲットのまったく異なるECサイト「29CM」を買収した。「29CM」はスタイルシェアよりも上の世代の男女をターゲットにしたライフスタイル全般のECモールで、ひとつひとつの商品を記事体裁で紹介するメディアのようなサイトづくりが特徴。扱う商品数を限定することでサイトとしての世界観を統一した、読み物としても楽しめるメディアのようなサービスだ。社内にはスタジオがあり、カメラマンやエディターも内製。自社で記事をつくるノウハウに長けたクリエイター集団だ。ユンは買収の背景をこう語る。「スタジオ業務のノウハウは圧倒的に29CMが強い。スタイルシェアとしてはそこから学ぼうと考えています。お互いのマーケティング力を分かち合うことで次のステップを目指します」
電子工学を学び学生起業したユンとは対照的に、29CMの創業者イ・チャンウは建築を学び、大手企業勤務やブランド立ち上げを経て、29CMにたどり着いた。年齢もひと回りほど違うふたりだけに、影響を受けたものも大きく異なる。
憧れる企業を聞くとユンは「多くのスタートアップ企業が無理をして成長してきたなかで、無理のない成長を実現していると感じるのがエアビーアンドビーだ」と答え、イは「変わらないビジョンをもち、全世界の社員がそれを理解しているという点でIBM」だという。影響を受けたものについてユンは「いろんな人が集まって同じ目的を解決するIDEOという会社に憧れた」。イは「子どものころに経験したおばあちゃんの家での田舎暮らし」だ。「自然は自分が何かしなければ何も応えてはくれない。同じものがひとつもないという点でも、クリエイティブな部分は自然から大きく影響を受けています」
2社による新体制がスタート
テイストも代表の気質も異なる2つの企業。買収を経て社員はおよそ倍の200 人になった。今年6月にはオフィスを移転・合併、ひとつの組織として動き始めた。新社屋は大手企業が軒を連ねるソウルのカンナム地区にある。合併したとはいえ、スタイルシェア(3階)と29CM(4階)でそれぞれフロアを分けており、組織体制は買収前のままを維持、これまで通りの業務を不備なく遂行できることを最優先した。唯一共同で使うのが2 階につくったコミュニケーションスペース。社内外のミーティング、交流のための空間で、誰に対してもオープンであることを意識した設計。会議室もすべてガラス張りだ。
韓国でも日本同様に大手企業での終身雇用という考えは薄まりつつある。イいわく「産業自体は大きくないものの、積極的に新しいものにトライしてはフィードバックをする傾向の強い韓国の消費者のおかげもあって、その規模は日に日に増しており、ビジネスも活発化している」。
だから、スタートアップ企業も人材獲得のために、風通しの良さや働き方をアピールする時代が来ているというが、スタイルシェアのオフィスはその点でもさまざまな工夫を凝らしている。ヨガルームや仮眠室、授乳室など、スタッフの健康・ライフスタイルをケアする設備が整っているほか、食事の費用はすべて会社負担。会社で飼っている猫のための部屋があったり、スタバ好きな社員のためにスタバと同じテーブルを設置してカフェスペースにするなど、一風変わった特徴もある。スタイルシェアの働き方やオフィスに憧れて入社を志望する若者は多いという。
記事をつくり込む「職人気質」がある29CMと、ITスタートアップという印象が強いスタイルシェア。買収を経て、両社がそれぞれ得意とする分野を掛け合わせることで事業シナジーを起こすことが買収の大きな目的だというが、戸惑いはなかったのか。29CMのイは「僕のようなオールドな世代からすると、少し大変な部分があって。力まかせに頑張ろうと言っても、若者はついてこないですね」と苦笑する。スタイルシェアのユンも、「スタイルシェアでは中途採用が多いのですが、外部である程度のキャリアを積んできた人には驚くことも多いようです」と語る。
どこに戸惑うのかと聞けば、ユンいわく「目標達成までのルールをつくらないこと」だという。「目標を設定し、そこに向かうやり方は自由にしています。やらなければいけないミッション以外は働き方に一切タッチしない方針なんです。会社で髪の毛にカーラーを巻きながら仕事をしてもいいし、ジムに行きたいからヨガウェアで会社に来てもいい。仕事と見た目は関係ないですからね」
個人のミスを個人の責任にしない
自由な仕事を推奨しながらも、会社としてひとつのビジョンを実現することは可能なのだろうか。ユンはこう考える。「個人が仕事に感じる魅力と会社としてやらなければいけないことをいかに合致させるかが重要。私が意識しているのは、個人が全力でチャレンジできるよう、会社のための仕事では個人のミスも個人に責任を問わないことです」。イも答える。「大企業から転職してくる方は、自分の能力・業務が目に見える形で会社の成長に関与することを実感したいと望む人が多いんです。だから、それぞれがどんな役割をもち、どんな形で会社に寄与するのかをきちんと描けるようにサポートする必要があると思います」。
目標を決めて、そのプロセスには個人が才能を発揮できる余白を残す。個による共創が会社だとするならば、重要なことは個人が能力を発揮するための土台づくりだと考える。だから、29CMではあえて部署という枠組みを排除した。組織でありながら「個人的かつ開放的」に働けるよう、プロジェクト単位でチームを組んで仕事内容を決めていく。個々がやりたいことに積極的にチャレンジできる仕組みだ。
しかも、共創の対象は社内にとどまらない。「社内だけでなく、外部のネットワークもとても重要です。このオフィスを利用して、社外も巻き込み、リソースをどんどんシェアしていくような環境をつくっていきたい」とイ。今後は2 階のオープンスペースを活用しながら、社内外を巻き込んだ共創チームによるプロジェクトが本格化する計画だ。
2020年3月18日更新
取材月:2019年7月
テキスト:角田貴広
写真:金 東奎(ナカサアンドパートナーズ)
※『WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE 05 ALTERNATIVE WAY アジアの新・仕事道』より転載