【クジラの眼-未来探索】 第6回「働く組織の一体感を高める要素とは? ~ラグビーとBUSHITSUから考える~」
働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による”SEA ACADEMY”潜入レポートシリーズ「クジラの眼 – 未来探索」。働く場や働き方に関する多彩なテーマについて、ゲストとWORK MILLプロジェクトメンバーによるダイアログスタイルで開催される“SEA ACADEMY” ワークデザイン・アドバンスを題材に、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。
―鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。
2019年の新語・流行語大賞になった「ONE TEAM」。今やスポーツ界だけでなく、働く現場でも、組織の結束や一体感は、盛んに叫ばれています。今回は、日本ラグビーフットボール協会理事、株式会社チームボックス代表取締役の中竹竜二様をお呼びして、組織の一体感を高める要素について考えてみたいと思います。(鯨井)
イントロダクション(オカムラ 垣屋譲治)
-垣屋譲治(かきや・じょうじ)株式会社オカムラ フューチャーワークスタイル戦略部 WORKMILLリサーチャー
オフィス環境の営業、プロモーション業務を経て、「はたらく」を変えていく活動「WORK MILL」に立ち上げから参画。2018年の1年間はロサンゼルスに赴任し、米国西海岸を中心とした働き方や働く環境のリサーチを行った。現在はSea を中心としたオカムラの共創空間の企画運営リーダーを務める。
垣屋: 初めに本日のテーマにどうして「組織の一体感」を選んだのかをお話しします。少し前まで私たちはオフィスの中で部・課・係のメンバーが机を寄せ合って働いていましたが、今では自宅やコワーキング・スペースなどオフィス以外の場所で働けるようになっています。また、オフィスの中でも、そのときの仕事を効率よく行える場所を自分で選んで働くABW(Activity Based Working)という働き方が主流になってきています。
そうなるとチームのメンバーとの関係性は希薄になってしまいます。昨年、働き方改革で目指しているものをアンケートしたところ、一番多く挙がった「時間の有効活用」に続いて多かったのが「チーム力の強化」でした。自分の組織に一体感が感じられなくなったことに問題意識を持っている方が多いと考え、本日のテーマを「組織の一体感」とした次第です。
プレゼンテーション1(日本ラグビーフットボール協会 中竹竜二)
-中竹竜二(なかたけ・りゅうじ)日本ラグビーフットボール協会 理事 株式会社チームボックス 代表取締役
1973年福岡県生まれ。早稲田大学卒。三菱総合研究所を経て、早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任し、自律支援型の指導法で大学選手権二連覇を果たす。2012年より3期にわたりU20日本代表ヘッドコーチを経て、2016年には日本代表ヘッドコーチ代行も兼務。著書に『新版リーダーシップからフォロワーシップへ カリスマリーダー不要の組織づくりとは』( CCCメディアハウス)など多数。
中竹:2015年、イングランドで行われた前ワールドカップラグビーワールドカップが終わってから、「にわか」ファンが堂々と試合会場で応援できるようにいろいろな仕掛けをしてきました。ご承知の通りこの活動はうまくいき、もともとのラグビーファンと「にわか」ファン、選手、スタッフが一体感を持って今回のワールドカップを戦い抜くことができました。これは社会全体が一体となる話ですが、今日は働く組織の中で一体感を高めるにはどうすればいいのかを考えていきましょう。スポーツを例えにしてみます。
チームづくりに必要なこと
チームづくりに必要なことが5つあると私は考えています。
まず「1.チーム指針策定」。どんな組織を目指すのかを決めなければなりません。売り上げの達成といった数値目標だけではなく、それが達成した後の組織の姿を示すことが必要で、英語だと「big picture」と言われるものになります。 次に「2.アスリート育成」と「3.スタッフ育成・連携」です。スポーツの世界では選手とコーチの育成、企業で言えばリーダーとそのメンバーの育成が必要です。それから「4.システム構築と運用」。仕組みや制度づくりがあり、最後に「5.組織文化の醸成」をしなければなりません。
これらをきちんと実行すれば、チーム内での変革がおこり、人が入れ替わっても組織の良い状態を長く維持していくことができるのです。大切なのは1から5までの要素を単発で実行するのではなく、5つ同時にスタートさせ連動させていくこと。そうしないと目指しているチームをつくるのは難しいと考えています。
このことを踏まえて、今回ベスト8入りを果たした日本代表チームがいかにしてつくられたのかをお話ししましょう。
かつてニュージーランドチームに145点も取られたことのあるチームがここまで来るまでには長い道のりがありました。強いチームへの転換点となったのは、前回の大会で優勝候補だった南アフリカに勝利したときかもしれません。当時ヘッドコーチだったエディ・ジョーンズは、それまでチーム内に蔓延していた「負け犬文化」を払拭するところからチームづくりを始めました。
そこで掲げられたスローガンが「JAPAN WAY」です。ホテルのミーティングルームにはもちろんこの言葉が掲げられていて、そこにはさらに「NINJYA BODY SAMURAI EYES」と書かれていました。これは、忍者のように俊敏に動ける身体と背後から来る敵も察知する目を持てということで、実際チームとして取り組んだのは、練習でのあり得ないほど厳しいハードワークと規律の徹底でした。南ア戦での勝利はこれが実行できたからなのですが、大会を終えたときには選手もラグビー協会側も正直言って疲弊しきっていました(笑)
そしてエディ・ジョーンズはチームを去り、後を引き継いだのがニュージーランドの元キャプテンで親分肌のジェイミー・ジョセフでした。ヘッドコーチ就任後、彼が掲げたスローガンが皆さんよくご存じの「ONE TEAM」です。ここからは本日のテーマである「一体感」の話になっていきます。
「ONE TEAM」になるために
よくチームワークを高めるためにどうすればいいかを問われますが、チームワークを発揮するには、その前にチームビルドがなされていなければなりません。ジェイミーはチームワークを引き出すためにはまず「ONE TEAM」になる必要があると考えたのです。
具体的な施策として実施したのは、「リーダーグループ」をつくることでした。31名の選手の中から8名をリーダーとして選出し、毎試合ごとにリーダーミーティングを行いました。このリーダーにヘルスコーチが付き、コミュニケーションスキル(本音で話しているか、タイミングはいいか、ちゃんと聞いているのか、一人の声が大きくなっていないか等)を植え付けたのです。スキルを身に着けたリーダーの下、3~4名の選手からなるスモールグループの中で話し合い、問いかけ合いが行われるようになりました。
「ONE TEAM」になるためには、そうなるための活動をしなければなりません。代表チームが実施したのは「オフ・ザ・フィールド」すなわちグラウンド以外での活動です。次の試合に向けて戦術を話し合うミーティングなどに使いたい貴重な時間を割いてまでして、コーチも交えてボードゲームをしたり、外食に出かけたり、スモールグループでカフェに出かけたりしました。このおかげで「ONE TEAM」になれたのだと思っています。
そして「ONE TEAM」になっていくと「つらいときは一人ひとりではなく、みんなで頑張ろう」という気持ちが生まれ、ジェイミーはハードワークではなく「タフネス」になることを指導しました。そんな中で生まれてくるのが「弱さのさらけ出し」です。これは、人材育成の分野で注目されている考え方で、リーダーも含めて、常に自分らしくあり、失敗したときには自分の否をはっきりと認めるものです。これができている組織には「心理的安全性」があると考えられていて、成功しているすべての組織にはこの心理的安全性があると言われています。代表チームは、自分のミスを正直に認めていい、認めるべきだという精神的土壌ができていたため、ファミリーであるかのごとき「ONE TEAM」として試合に臨み勝ち進むことができたのです。
初めに、組織づくりに必要な活動として「1.チーム指針策定」「2.アスリート育成」「3.スタッフ育成・連携」「4.システム構築と運用」「5.組織文化の醸成」を紹介しました。「ONE TEAM」という旗印の下で、これらの活動を日頃から一貫性を持って実施できたからこそ、ベスト8に勝ち残ることのできる強いチームがつくれたのだと私は考えています。
プレゼンテーション2(オカムラ 垣屋譲治)
冒頭でお話ししたように、私たちはオフィスという物理的な空間から解き放たれ、どこにいてもオフィスにいるときと同様の仕事ができるようになっています。また、オフィスの中においても自席で働くという縛りから解放され、フリーアドレスや適業適所の働き方であるABWが数多くのオフィスで採用されるようになりました。オフィス以外の空間で働いたり、組織(部・課・係)として集まらずに働くようになると、チーム内のやり取りは減少し、これに伴ってチームの一体感も失われていきます。
こうした事態を解消するために、オカムラでは「BUSHITSU」というチームのたまり場をつくることを提案しています。そこはその名の通り、学生時代の部活で使っていた部室のような存在で、行けばメンバーの誰かと会える、チームの拠り所となる空間です。チーム内のコミュニケーションをとることと一人ひとりの個人作業。この2つが「BUSHITSU」が持つべき主な機能ですが、周辺との仕切り方3タイプを掛け合わせて下の6つのタイプに分類されると考えています。
既に「BUSHITSU」を利用しているオフィスでアンケート調査をしたところ、「BUSHITSU」の規模は5~9人くらいで利用できるくらいの大きさが望ましく、設えはリビングのような温かみのある雰囲気で、PC接続ができるモニターや情報を共有するホワイトボード、ミーティングテーブルが必要。運用は利用する部門に任せて欲しい、といった声が寄せられました。また、「BUSHITSU」内で行われている活動は、上司、部下への報告、部門内の打ち合わせ、個人の集中作業など多岐に渡ることが分かりました。
そして「BUSHITSU」があることで得られるメリットを訊いたところ、チームとしての一体感が高まったことを挙げた人が7割以上もおり、こうした空間がチームの活動に有効であることを裏付ける結果を得ることができました。自部門の「BUSHITSU」の目的やそこに必要な機能を自分たちが考え、空間をデザインし、できあがった「BUSHITSU」を自主運用することは、部門の主体性を高め、組織文化をつくり、チームの一体感を向上させる手助けになることでしょう。
クロストーク(中竹 × 垣屋)
一体感は全てのチームに必要なのか?
垣屋:そもそも論になりますが、一体感というものはすべての組織に必要なものなのか。このことについてお聞かせください。
中竹:一体感と聞くと何にでも効く万能薬のように思ってしまいます。常に一番大事なことのようにとらえがちですが、そんなことはありません。一体感を持つことよりももっと大切なことがあるチームだってあるはずです。これは優先順位をどうつけるかという話なのです。一体感を優先的に考えるか否かは「チームの指針」の内容によって変わります。チームワークで勝つチームにとって一体感は大切ですが、鍛え抜かれた個の力によって勝とうとするチームなら一体感はさほど重要ではないでしょう。チームの指針によって「一体感」の持つ重みは違ってくるということを知っておく必要があります。
垣屋:チームの指針が大切であることが分かりましたが、それはどのように作るものなのでしょうか。
中竹:時間が無い時は決める立場にいる人が決める。いわゆるトップダウンです。時間が許せばリーダーたち(企業で言えば主要な部下)と議論して在りたい姿を描くのもいいと思います。一番望ましいやり方は、最近のソフトウェア開発のように、まず試しにつくってみて始動させ、ダメなところを改定していくスタイルかもしれません。
一体感を高めるために、リーダーあるいはフォロワーの“私”(個人)ができることは?
垣屋:組織の中では、自分がリーダーになったり違う場面ではフォロワーになったりすると思いますが、それぞれの立場でチームの一体感を高めるためにどのようなことを心がけていればいいのでしょうか。
中竹:チームが目指す指針を意識することが大事です。そのためにはまず言葉をきちんと揃えなければなりません。「一体感を高める」「チームワーク」「ONE TEAM」どれも似たようなことを言っているようですが、三者の間には微妙な違いがあります。これらを併用していると、そうしたところからズレが生じて、やろうとしていることがバラバラになっていくのです。目指す先を示す言葉を例えば「〇〇〇」と定めたら、次はその概念を掘り下げ、世間一般の〇〇〇と自分たちが考える〇〇〇の違いを再定義し、それに当たる言葉を更につくってチーム内に浸透させます。
リーダーは、フォロワーに対して「〇〇〇のために今日は何ができた?」といった問いかけをすることで、お互いに指針を意識するようにすべきです。フォロワーは、自分に対して「〇〇〇に対してどのようなアクションがとれたのか?」を問いかけ、実践していかなくてはなりません。
それから言葉を浸透させるのに有効なのは、その言葉が書かれているグッズを作ることとイベントを開催してその言葉を読んだり聞いたりすることです。何もせずに言葉を浸透させるのは案外難しいもの。グッズ制作とイベント開催を合わせてやるなど、工夫や仕掛けが必要だと思います。
一体感と環境の関係に関してどう思うか?
垣屋:一体感を高めるために、物理的な場所や空間が果たす役割についてお話しいただけますか。
中竹:場所は重要です。空間が変わることで人の意識も入れ替わるからです。人間は一日の行動の6割を無意識のうちに行っているそうです。一部の行動を変えさせたいとき、普段と違う空間を利用させるのは有効な方法だと思われます。「BUSHITSU」のような空間があれば、選手たちは「ここならリラックスして色々な話ができる」と意識して行動してくれることでしょう。
空間というハードはとても重要ですが、同時にコンセプトが大切です。どのような目的でつくられた空間なのかをしっかり考え、それに応じた空間づくりがなされなければなりません。さらに、空間の利用者がどれだけコンセプトを意識して行動してくれるか。ソフト面のマネジメントも必要になってくると思います。
一体感を生むメソッド
垣屋:最後に中竹さんから一言お願いします。
中竹:今から一体感を生み出すメソッドをやってみたいと思います。
- 隣の人とジャンケンをします。勝ったら大げさに喜び、負けたら大げさに悔しがってください。
- 次に私と皆さんでジャンケンします。勝ったら喜び、負けたら悔しがってください。
- 最後にもう一度私とジャンケンです。今度は勝っても負けても大喜びしてください。
同じ空間にいて同じ方向を向いて集中していると一体感が高まることを体感してもらいました。それと感情を表に出すところも重要です。「あのとき嬉しかった(悔しかった)」という思いを一つの空間で共有することによって一体感は芽生えます。職場でも、初対面の人が集まってチームを組むとき、このメソッドを行うと信頼関係を築くきっかけになり、チームに一体感が出てきますので、ぜひ実践していただければと思います。
おわりに「2020に向けて」
「チーム一丸となって戦う」
1985年、21年ぶりにリーグ優勝を果たした我が阪神タイガース。「チーム一丸」は試合後の勝利監督インタビューで吉田義男監督が盛んに使っていたフレーズです。今から思うと、一丸となったから勝てたのか、勝てていたから一丸になっていたのか、そもそも一丸となって戦っていたのかどうかも定かではありませんが…。
それでも監督の口から「チーム一丸」とことあるごとに繰り返されると、選手もファンもその気になっていたことは確かです。吉田監督にその意図があったかどうかは分かりませんが、チームの指針、戦い方はこのことによって見事に刷り込まれていたと思います。実力のないチーム(ちなみにタイガースが次に優勝するのは18年後です)でも「チーム一丸」で勝てたのです。
個性豊かな人材が集まっても、各人が違う方向を向いていたのではチームとして大きな成果を残すことはできません。「一丸」とまではいかなくても、チームとして一体感を持つことは、チームが栄光をつかみとるためには必要不可欠。全員が同じ方向を向いた中で各自が自主性を発揮して自分の仕事をする。そんな強いチームを意識してつくっていければと思います。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。次回までごきげんよう。さようなら。(鯨井)
2020年3月5更新
取材月:2020年2月
テキスト:鯨井 康志
写真:大坪 侑史