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クリエイティブ・クッキング・バトル — フードロス問題から考える「自分ごと」化

「フードロス」という言葉を聞いて、どんなイメージを思い浮かべますか。コンビニやスーパーの過剰在庫、飲食店の食べ残しなどが廃棄される……。「もったいない」と考える人は多いでしょうが、実際に何らかのアクションを取っている、と言える人は、そう多くないかもしれません。 

そんな中で、個人的な課題意識から、企業を巻き込んだアクションにつなげた二人がいます。クックパッドの横尾祐介さんと、フードアレンジャーのキムラカズヒロさんです。“アリモノからおいしい料理を作ることは、生活の中で最もクリエイティブな行為である”を合言葉にはじまったフードロス解消イベント「Creative Cooking Battle」は、2018年にスタートし、賛同の輪を広げています。

前編ではそのきっかけから課題意識、Creative Cooking Battle開催の様子や参加者からの反響などについて、二人にうかがいます。

フードロス問題を「理解」から「参加」へ

WORK MILL:Creative Cooking Battleは「残り食材を工夫して自由に料理する能力に焦点を当てた、エンターテイメント型フードロス解消イベント」とのことですが、そもそもはじめたきっかけは何だったのですか。

キムラ:僕は普段、ケータリングやフードコーディネートなどでいろんな企業とお付き合いしているのですが、それこそ、白金にオフィスがあった頃からクックパッドさんともずっとつながりがあったんです。このオフィスのキッチンのこけら落としも僕がやって。一方で、フードロス問題に関心を向ける取り組みとして、「サルベージパーティ」に参画していたんです。

WORK MILL:「サルベージパーティ」というと?

キムラ:参加者が自宅から余り物を持ち寄って、シェフが美味しく調理したものをみんなで食べるパーティです。それはそれで意味のある取り組みなのですが、料理を考えるのはシェフだけですし、みんなその場では「へーっ!」「美味しい!」と、感動して帰っていくけど、どうしてもお客様の立場というか、それだけで終わってしまう気がして。体験としてもっと実践的に、見るだけ聞くだけでなく、もっと自分ごとにできないかな、と考えるようになりました。

─キムラ カズヒロ(きむら・かずひろ) 合同会社ctl代表 / Creative Cooking Battle 実行委員長
1981年、兵庫県明石市出身。19歳からキャリアスタート。大阪、フィレンツェ、東京で腕を磨き、調理専門学校講師を経て独立。「食を通じて様々な課題を解決する」フードアレンジャーとして活動。与えられた課題を解決するだけではなく、その本質の問題を追究し発見、本来の目的にたどり着くためのサポートを行う。食のプロデュース、フードコンサルティング、マーケティング、レシピ開発、イベント出演、プライベートシェフ、ケータリング、撮影スタイリング、料理教室など食に関わる事業を展開。
著【サルベージ・パーティから生まれた「使い切る」ための4つのアイデアと50のレシピ:余った食材、おいしく変身。】

キムラ:そんなとき、クックパッドでサルベージパーティをやることになったのですが、はじめて参加者自身が調理に参加することにしたんです。しかも、どの料理がいちばん気にいったか、最終的に投票してみたりして。それがすごく楽しかったんですよ。それで、もっと他の会社も巻き込んで、対抗戦みたいにしてやってみたら面白いんじゃないかと思って、クックパッドの方に相談してみたら、「ちょっと会社の中で検討してみますね」と。

横尾:それで、のこのこ出てきたのが僕だったんですね(笑)

─横尾 祐介(よこお・ゆうすけ) クックパッド株式会社 コーポレートブランディング部 部長 / Creative Cooking Battle 代表
大手電機メーカー、トリンプ・インターナショナル・ジャパンを経て、2017年3月にクックパッド入社。2018年3月から現職。フードロスをテーマにしたCreative Cooking Battleなど、社会課題を料理の観点から捉えた企画を生み出している。

横尾:僕自身も仕事柄、フードロスやフードウェイスト(食品廃棄)の問題に対して関心を持って、そういったイベントに参加することもあるのですが、こう……率直に言うと、つまらないものが多いなぁ、って。

WORK MILL:問題として切実なものでもありますから、そうなるのもしかたないですよね……。

横尾:そうなんです。ファクトとしてお伝えすると、発展途上国は流通前や流通でのロスが多くて、経済発展国では家庭など、流通の最終工程でのフードウェイストが多いのですが、日本では年間で、世界の食糧援助量の約2倍にあたる約600万トンがフードロスとして廃棄されているんです。皆さん、よくイメージされるのは、恵方巻きとかが過剰に製造されて、節分を過ぎると値引きされて、それでも余って大量に廃棄されてしまう……みたいなことなんでしょうけど、実は食品小売業から出るフードロスって、全体の10%ほどと言われているんですよ。

WORK MILL:てっきり、スーパーやコンビニで廃棄されているものが大半だと思っていました。

横尾:外食産業から出るフードロスも20%ほどです。実は、家庭から出るフードロスが圧倒的に多くて、全体の約45%を占めているんです。でも多くは、「恵方巻きを捨てるなんて、けしからん」「もったいない」という気持ちを抱いたところで止まってしまう。本当は、もっと自分たちでもできることはあるはずなのに、行動につながっていないんです。

みんな、食べ物を捨てるのは良くないことだとはわかっている。けれども、世の中のフードロスのイベントの大半は「理解型」で、そもそも関心を持っている人には届くけど、それ以上には広がっていかない。それなら、もっと楽しい方法で、ついやってみたくなるような「参加型」のイベントができないかな、と思っていたんです。それで、キムラさんから話を聞いて、ぜひやってみよう、と。半年で2回くらいトライアルイベントをして、とにかく「楽しさ」から入ってもらえるような設計を考えていきました。

WORK MILL:Creative Cooking Battleはどういったルールで行われるのですか。

横尾:動画を見ていただくのがいちばんわかりやすいかと思うのですが、チーム対抗戦のクッキングバトルで、冷蔵庫に残りがちな基本の食材と、各参加者の家庭から持ち寄った食材を使用して、よーいドン!の掛け声とともに、食材を奪い合います。もちろん、誰からも見向きもされず残った食材も、各チームに強制分配します。調理時間45分、審査基準は、おいしさ、見た目の美しさ、創造的なアイデア、そして生ゴミの量の4つで調理の腕前を競います。

キムラ:食材が多すぎてもいけないし、道具や調味料は何をどれくらい準備するか、全体のバランスはかなり気を配ったというか、ギリギリのところを攻めた感じですね。

横尾:順番としては、はじめにフードロスの現状について学んでもらって、「問題に気づいた」後にどう行動へつなげるか。そこで意識したのは、「当たり前を疑う」ことです。

横尾:みんな、料理をするとき、当たり前のように皮をむいて、ヘタを取って、例えば大根の葉っぱを捨てるじゃないですか。親もそうしてきたから、って。でも、その当たり前を疑うことがフードロスを減らすきっかけになるかもしれない。「当たり前を疑う」のはつまり、自分がこれまで培ってきた価値観や常識を崩すことですから、「子どもに立ち返る」ことだな、と。それで、いつもと違う雰囲気や世界観になるように、会場の作り方や座る位置、ビジュアル、音楽やどんなエプロンを着るかまで、いろいろと「いつもはやらないこと」「子どものようにはしゃげること」をイメージしました。そしていつもどおりの料理ができないように、食材も、調理器具も時間も制限したわけです。

「関心のある人だけの集まり」にならないように

WORK MILL:2018年にはじめて開催されて、その翌年には「小学生大会」や「オランダ大会」などと、この1年で一気に広がっていったんですね。

横尾:数えてみたら、述べ1000人の方に参加していただいたんです。……すごかったですよね?

キムラ:もう、あわただしくてよく覚えてないですもん(笑)

横尾:というのも、翌年以降に広げるため、初年度の時点でかなり戦略的に参加者を募ったんです。普通なら、フードロス✕料理のコンテストって言うと、食品関連の会社や社会活動の団体などが集まりやすいと思うのですが、それ以外の方にも伝えたいな、と。フードロス✕料理、というテーマを全面に出すのではなく、あくまで「クリエイティブ」に主軸を置きました。

だから、審査員も映像ディレクターやファッション誌の編集長、モデル、デザイナー、さらには僧侶など、できるだけ幅広いジャンルの方をお呼びしたんです。参加チームもIT系やアパレル系、電機メーカーや官公庁と、本当にバラバラ。二人でいろんな団体に声をかけて、全部で40社に参加してもらったのですが、見学者を含めると、述べ約300名の方に来ていただきました。そのおかげで、「あ、こんな会社も出るんだ」と他の企業も触発された感じで、2019年はさらにジャンルも国も飛び越えた形ですね。社会人大会では小学生の子に審査員をお願いしましたし。

WORK MILL:テーマ性のあるイベントって、どうしてもクラスタ化してくるというか、登壇者も参加者もジャンルや専門分野の近しい人が集まりやすいですからね。

横尾:「フードロスに関心のある人だけの集まりではない」と思ってもらえるかどうかがポイントでした。やっぱり、それを見て「面白そう」と思ってくれた人たちが、2019年に参加してくれたり、運営を手伝ってくれたりしたんですよね。結果的に、社会人大会、大学生大会、小学生大会、オランダ大会、そして食ロス全国大会・自治体大会と、さまざまな形で実施することになりました。

キムラ:最初の1年目が終わったときに、「こういうことをやりたいね」と話していたことは、ほとんど実現しましたね。学生はまさにそうでしたし。

横尾:特に自治体からの引き合いもかなり多くて、ちょうどこの前は徳島に行ってきたんです。それぞれの自治体には資源循環担当の方がいて、当然、SDGsにある「2030年までに小売・消費レベルにおける世界全体の一人当たりの食料の廃棄を半減させ、収穫後損失などの生産・サプライチェーンにおける食品ロスを減少させる」というターゲットの達成を果たす責任を背負っている。けれども具体的に何をすればいいか、アイデアがほしいわけです。それで、2018年に環境省や農林水産省、神奈川県庁の方に参加してもらいましたが、体験した人から話を聞いた方が「価値ある取り組みなので、ぜひうちの自治体でもやりたいです」と、次々に問い合わせをいただくようになりました。

WORK MILL:反響はかなり大きかったのでしょうか。

横尾:ほぼすべてのキー局に取りあげてもらいましたし、想像以上に大きかったですね。参加者からも、イベントの感想だけでなく「家でもこんなのを作りました!」って、SNS経由で写真が送られてきたりしたんですよ。「カブのつけ根を刻んでそのままスープに入れました」とか。普通のイベントでは、そこまでの反応ってないじゃないですか。Creative Cooking Battleといつもの生活が地続きになっているというか、テンションが上がって、「こういうところにも気づけた!」とうれしくなって、ついSNSで伝えたくなる、という。

キムラ:「イベントに参加した後は、普段の調理工程が変わった」と言われることがとても多かったですね。「皮を捨てずに、そのまま使ってみた」とか、「さっそくレシピを考えてみました」とか。

横尾:参加してくれた知人も、わざわざ直接「帰りにみんなで、自分たちの会社やチームでも何かできることがあるか、考えてみました。すごくいい経験になりました!」とメッセージをくれて。結果的に、皆さん自分ごととして考えてくれて、自分の生活や仕事でも、どうしたら現状を変えることができるのか、と見つめ直してくれた。そうやって、どんどん広がっていけばいいなと思うんです。

「当たり前を疑う」ことで世の中を変える

横尾:もともと、Creative Cooking Battleで社会人を中心に大会を開こうと思ったのには、わけがあったんです。人が暮らしているなかで、仕事にかかる時間が多くを占めているけど、ただお金を稼ぐだけの時間にしてしまうのはもったいないなと思っていて。ちょっとでもその人が「当たり前を疑う」視点を持って、世の中をより良くする方向で社会影響力を発揮してもらえたらいいな、と。

キムラ:料理のプロセスって、仕事と重なる部分が大きいんですよ。限られた時間と素材で、チームメンバーがそれぞれの役割を担って、料理を完成させる。たぶん、仕事を進めるうえでもそういうのって、必要ですよね。だから、社会人はできて当然でしょう、と(笑)

横尾:「チームビルディングにピッタリですね」という声もあるんです。

WORK MILL:確かに!

横尾:官公庁の方とか、面白かったですよ。普段の仕事では上司と部下でも、料理になると立場が変わる。日ごろから料理をしてるかどうかで動きに差が出ますからね。若い女性の職員から「ちゃんとやってください、時間ないんで!」と、上司が指示されていたりする(笑)

キムラ:素の人間性が表れますよね。

横尾:だから、役職関係なく仲良くなれるんです。料理という行動自体はほとんど企業活動にかかわることはないので、面白いギャップが生まれる。

WORK MILL:以前なら企業対抗運動会とか社員旅行とか、会社側が業務以外のレクリエーションを設定していましたけど、もうそういう時代ではありませんからね。

横尾:それに、家庭で料理を担当している方は既に普段から頑張ってるじゃないですか。限られた時間と食材で、なるべく節約して……って。そういう人に「もっと頑張れ」というのではなく、普段あまり料理をしない人こそ、普段の思考とは違ったところで新しいものを作ってもらいたい。

キムラ:今まで当たり前にやってきたことを、本当にそれでいいのか、という意識で改めて仕事を見てみると、きっと価値観も変わってくるはずなんですよ。

横尾:スピード感覚も身につきますし。料理のいいところは、自分たちのしたことがすぐに結果としてわかるところなんです。「どれだけ生ゴミを少なくできたか」というのが、目で見てわかる。

キムラ:食べてみて美味しいかも、すぐわかりますからね。

横尾:普段のプロジェクトでは結果が出るのにはすごく時間がかかるし、たくさんの人が動いていて、自分がどこまで何に関われたのかわからなくなることもある。そういう意味では、Creative Cooking Battleは短期間で企画して、チームで手を動かして、プロセスも可視化されて、結果がすぐに出る。架空のワークショップではなく、実体験として具体化できる。しかも、帰った後にも冷蔵庫を開けて食材を見るたび、買い物行くたびに思い出しますからね。「これ買って、残さずちゃんと使い切れるかな」って。そうやって、意識的にも無意識的にもCreative Cooking Battleで取り組んだことが、「自分たちも何かできるんじゃないか」という思考につながって、仕事を進められるようになるんじゃないかと思うのです。


前編はここまで。後編ではCreative Cooking Battleを経て浮き彫りになった「料理の本質」や、企業活動の起爆剤となりうる個人の活動について、掘り下げていきます。

2020年3月3日更新
取材月:2019年11月

テキスト:大矢幸世
写真:黒羽政士
イラスト:野中 聡紀