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WORK MILL

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ポップに世に問う国民的社会派雑誌 ― OHBOY!

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE05 ALTERNATIVE WAY アジアの新・仕事道」(2019/10)からの転載です。


愛犬の死をきっかけに、一人でマガジンを作り始めた。扱うテーマは「地球と未来と動物の共存」。世の中を巻き込みながら、彼は今も模索し続けている。

地球と未来と動物の共存

「スター・ウォーズ」に「Tシャツ」「ファッション・フォトグラフィー」「ベルリン」など、多様な切り口で特集を作ってきた韓国のカルチャー誌「OhBoy!(オーボーイ!)」。これらのテーマからは想像しにくいが、同誌が一貫して掲げるテーマは「地球と未来と動物の共存」だ。

愛犬の死をきっかけに動物愛護や環境問題に関心を寄せ、その現状を伝えるために「オーボーイ!」発行に至ったという編集長のキム・ヒョンソンは「いくら動物虐待などの現状を伝えたくても、ただ動物愛護についてだけ取り上げるのでは、誰も興味を持ってくれません。テーマを幅広くすることでたくさんの人に関心を持ってもらい、読み込むうちに自然と雑誌の意図がくみ取れるコンテンツを意識的に作っています」と媒体の方向性について説明する。

―キム・ヒョンソン
ファッションフォトグラファー、「オーボーイ!」編集長、韓国ファッション写真家協会会長。1997年からフォトグラファーとして活動を始めたが、愛犬の死をきっかけに2009年に「オーボーイ!」を創刊した。

彼の本業はフォトグラファー。その技術を生かしながらも一からエディトリアル・デザインを勉強し、取材・執筆もこなす。これまで約10年にわたって、ほとんどひとりで特集をつくり続けてきたキムの周りには、次第に共感してくれる仲間が集まり、ようやく4~5人のチーム編成が整った。「オーボーイ!」の特徴のひとつが、著名人を表紙起用した定期的に発行される特集だ。同誌ではこれまで、媒体の知名度向上と幅広いファン獲得を狙い、意図的にSHINeeや2PMなどの人気アイドルを表紙に起用してきた。創刊9周年を記念した特集では、TWICEの9人のメンバーが単独で表紙に登場する9種類の限定版を製作した。こうした芸能人が表紙を飾る特集は通常号の倍以上の冊数がすぐにはけてしまうこともあるという。

ショップ2階の壁面には圧巻のバックナンバーがそろう。通常1号1万部程度の印刷だが、表紙に有名アイドルや芸能人を起用することも多く、その場合には2万部程度の増刷分がすぐになくなることも珍しくない

ここ最近では映画やファッション、写真など、カルチャー側面の特集が目立つが、一見「動物愛護」に関係のなさそうな特集もすべて、新しいターゲットを狙った戦略的な特集だ。

たとえば写真を使ってソウルのライフスタイルや文化を取り上げる「THIS IS MYSEOUL」という特集を組んだ際には「写真好きな人に環境問題を知ってもらいたい」という裏の意図があった。ただし、毎号必ず環境・動物をテーマにした固定記事は維持しているし、年に数回は「ANIMALSAVERS」「ALL ABOUT CATS」といった直球勝負の特集を組む。(毛皮を使わない)ファーフリーを主張するブランドや動物試験をしない化粧品などを積極的に取り上げる。こうした、いくつかのポリシーは崩さない。

率直に言うと、悲観的に見ている

ショップでは日本のアイテムも数多く扱われている。キムは日本の商品が非常に好きだそうで、イチオシは「中川政七商店」のタオル

雑誌を通じて動物愛護と環境保全を10年間発信し続けてきたキムは、その効果と現状をどう見ているのだろうか。「率直に言うと、サステナビリティについては悲観的に見ています。人間がいくら環境保全を頑張っても、虐待や破壊のスピードのほうが圧倒的に速い。かといって、何もやらないわけにはいかない。どうにか被害を最小限に抑えたいという思いが媒体を続ける根底にあるんです」

ここ最近は、世界的にもサステナビリティが大きな議題になっているし、若者の関心も高まっているわけだが、キムは「動物愛護自体がひとつの自己表現として消費されているという印象も拭えない」という。だからこそ「オーボーイ!」では特集の意図を無理に打ち出すことはしないし、それ以上を読者に求めることもしない。2016年には雑誌が伝えたい思想を持つアイテムをそろえた「オーボーイ!コミュニケーションセンター」をオープンしたが、ここでも過度な宣伝や思想の押し売りはしない。「無理に伝えようとすることによる対立や問題の激化は望まないし、風潮自体がなくなってしまってはいけないので、ゆるやかに長く訴えかけ続けるしかないんです」

戦略的に活動を広げていく

ショップ1階にはポップアップスペースがあり、定期的に展示を開催。そのほか、地下にも展示ルームがある

それでも、成果は着実に出始めている。もともと環境問題に興味のなかったアイドルのファンが雑誌をきっかけにファンクラブで寄付集めの活動を始めるなど、雑誌から派生した動物愛護活動の輪は広がりを見せている。表紙に起用するアイドルも無料で快く仕事を受けてくれるというが、最近では表紙に起用してほしいと事務所から提案されることも増え始め、雑誌としての知名度も上がってきたと実感するそうだ。また、これまで広告収益をベースに無料を貫いてきた同誌が有料化に向けて動きだした。販売をしてほしいという声が多いためだ。サステナビリティを主張する雑誌自体が存続できなければ元も子もない。きちんと収益化を図ることで、雑誌としての声を絶やさないことを目指すという。

だが、彼は苦悩し続けている。ヨーロッパで販売をしたいという声や、海外からの取材依頼も増えてきた中で、主導権を握るポジションにキムひとりではどうしても手が回らない状況に陥っている。「方向性さえ損なわないという保証があれば大資本が入るようなことも大歓迎」だというが、10年間ひとりで作り上げてきたわが子のような媒体だけに、環境保全というテーマをこれからいかに大衆化していくのか、その一方でクオリティーを保てる保証はあるのか。そのはざまで揺れているのだ。

今後の媒体・組織のあり方については「正直まだ革新的なアイデアが出てこない」とキム。「自分が続けられなくなったら意味がないということをつねに考えていますが、一番の課題は、このユニークさを保ちつつ媒体を維持し続けられる人が現状ではいないことなんです。僕が死んだ後にも誰かがこの媒体を引き継いでほしいし、ほかにも同じようなメディア発信が増えることを願っています。今できることは過激にならず、小さい声ながらも伝え続けること。焦らずにやっていくしかないですね」

取材月:2019年7月
2020年2月5日更新

テキスト:角田貴広
写真:金 東奎(ナカサアンドパートナーズ)
※『WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE 05 ALTERNATIVE WAY アジアの新・仕事道』より転載