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テクノロジーの力で、豊かなペットライフの未来をつくる ― シロップ代表・大久保泰介さん

皆さんにとって、ペットとはどのような存在でしょうか。飼っていない人にとって、この質問に答えることは少し難しいかもしれません。一方で、長く連れ添っている犬猫がいたりする人たちの中には、ペットをおよそ家族に近い存在として捉えている方も多いかと思います。 

2015年3月に創業した株式会社シロップの従業員は皆、ペット愛好家です。彼らは「人が動物と共に生きる社会をつくる」というミッションを掲げて、ペット産業が抱えている社会課題の解決に取り組んでいます。2019年の春に“日本一ペットフレンドリーなオフィス”にするためのリフォームを行なうとともに、「ペットワークライフバランス」――ペットとの共生と労働の両立を目指し、新たな働き方を模索し始めました。

社会の構成要員は、人間だけではありません。私たちはこれから、どのように動物たちと向き合っていけばよいのでしょうか。動物と共生していく世界の中で、オフィスや働き方はどのようにアップデートされていくべきか……そんなお話を、シロップ代表の大久保泰介さんにお聞きしました。

前編ではシロップを立ち上げた経緯から、現代社会が抱えているペットにまつわる社会課題、その解決に向けてのアプローチ方法などについてうかがいます。

「昔、犬や猫って苦手だったんです」

WORK MILL:まず、シロップを立ち上げられた経緯からおうかがいできればと思います。大久保さんは、昔から動物やペット市場に興味があったのでしょうか?

ー大久保泰介(おおくぼ・たいすけ)
同志社大学卒業。ユニクロUKのマーケティングプロモーションを担当し、「+Jプロジェクト」等に携わる。帰国後、グリーに入社し、グローバル・新卒採用マーケティング、採用戦略、財務管理会計を経験。2015年3月、「人が動物と共に生きる社会をつくる」をミッションに掲げ、株式会社シロップを創業。

大久保:いえ、そんなことは全然なくて。むしろ犬や猫が苦手な側だったんです。

WORK MILL:えっ、そうだったんですか?

大久保:実家が田舎の方だったので、川や田んぼでカニやザリガニを捕まえたり、山でカブトムシを捕まえたり、ハムスターを飼ったりはしていましたが、なぜか犬や猫は遠い存在に感じていました。なんででしょうね、噛まれたわけでもないのに、年齢を重ねるにつれてなんとなく怖い存在になっていました。

ペットに対する印象が変わり始めたのは、イギリスに留学した頃からです。日本より、街で動物を連れている人が、圧倒的に多いなと感じました。バスや電車にも大型犬が乗ってくることも日常的で、皆がそれを普通に受け入れている。僕はちょっと苦手意識を感じながらも、「国によって、こんなにもペットの受け入れられ方が違うんだな」と興味を持ち始めたんです。

WORK MILL:それをきっかけに、ペットへの関心が高まっていったと。

大久保:帰国してからグリーに入社したのですが、当時付き合っていた彼女がトイプードルを飼っていまして。初めは家に遊びに行く時に、ソファで「構って構って」としてくることすら怖くて、ソファに座れなかったほどです(笑)

ただ、触れていくと次第に慣れるものなんですよね。触らず嫌いだったんだと思います。それから一緒に暮らし始めるうちに、この子たちに合った情報や商品がインターネット上にないなとか、動物病院も現金決済だけだったりとか、不便を感じるようになりました。そして、保護犬猫の問題も知って、大きな負がペット市場にあると感じ、グリーで学んだデジタルの力で負を解決することを次の人生のミッションにすることにしました。

WORK MILL:シロップを起業されたのは2015年でしたね。現在、どのような事業を手がけられていますか。

大久保:犬や猫を家族として愛するライフスタイルを、自分たちらしく表現することをコンセプトとしたペットライフメディア「ペトこと」と、犬や猫との運命の出逢いをつくることをコンセプトとした保護犬猫マッチングサイト「OMUSUBI」を運営しています。直近では、「ペトこと」のお客様の声を通して、最高のドッグフードを提案するオーダーメイドドッグフードサービス「PETOKOTO FOODS」を開始しました。

私たちは「人が動物と共に生きる社会をつくる」をミッションに掲げています。この思想の下で、家族の一員である動物たち、その飼い主たちのQOLを最大化していくためのサービス開発、運用に日々力を入れています。

年間の捨て犬猫は10万匹。ペット産業が抱える課題

WORK MILL:「保護犬猫」というのは、さまざまな理由から飼い主に捨てられて、行政に保護された犬や猫のことですよね。

大久保:そうです。平成29年度のデータになりますが、日本では年間約10万匹もの犬猫が保護されていて、そのうち約4.3万匹が新しい飼い主に出会えないまま、殺処分されてしまっているんです。

WORK MILL:そんなに多くの犬猫が……。

大久保:現状のペット産業は、こうした社会的な課題をいくつも抱えています。殺処分問題は、そのうちの大きなトピックのひとつですね。

WORK MILL:ほかにはどんな課題があるのでしょうか?

大久保:たとえば、「生体流通の課題」があります。日本だと、ペットはペットショップで販売されるのが一般的ですよね。流通の構造で見ると、ペットショップはいわゆる“小売店”的な立場です。彼らはブリーダーと呼ばれる繁殖業者から、商品となる動物を仕入れています。ペットショップに流れてくるのは、いわゆる“A級品”と呼ばれるような子たちです。野菜でも見た目の良し悪しでランクがつきますよね。あれと同様のランク付けが、ペットの中でもあるんです。

WORK MILL:ちょっと見た目がおかしいだけで、ランクが下がって、価値も下がってしまうということですか?

大久保:最悪、0円になります。僕が今飼っているコーギーのコルク(※名前)も、「足が少し内股になっている」という理由だけでB級品扱いになって、競り市で買い手がつかず、捨てられてしまった子なんですよね。健康的には、何の問題もないのに。もちろん、ブリーダーにもいろんなスタンスの方がいて、一頭一頭を大切に育てている方もいます。けれども中には、動物を単なる商品として捉え、その命がどうなるかも考えずにたくさん繁殖させていく業者もいるんです。その結果が先ほどお話しした「保護犬猫は年間約10万匹」につながっています。

WORK MILL:ペットという生体が、モノ的な商品として扱われる裏側で起こっているのが、「生体流通の問題」だと。

大久保:まさにその通りです。流通市場に乗ってしまっているがゆえに、人の勝手な価値観や都合で、動物の命の価値が決まってしまうこと。ここに大きな、倫理的な問題があると思っています。最近の行政は基本的に「保護した動物は殺さない」という方針を取っていて、保護団体の方々が一生懸命に、保護された子たちの新しい飼い主さんを探しています。ただ、数が増えすぎると行政側でも物理的に収容できなくなるため、どうしても処分せざるを得なくなってくる。僕らはそこに「テクノロジーの力」を介入させることで、少しでも人間の都合で殺処分されてしまう犬猫を減らせるのでは、と考えました。そうして生まれたのが、保護犬猫とのマッチングサイト「OMUSUBI」なんです。

データマッチングの力で、犬猫を救う

WORK MILL:「OMUSUBI」というのは、具体的にはどのようなサービスなのですか。

大久保:これまでの保護犬猫の仲介は、「飼い主候補がたくさんいる犬猫の中から自分で選ぶ」という構図が一般的でした。僕らの「OMUSUBI」はそこに、データレコメンドの機能を持ち込んでいるのが大きな特徴です。初めて登録された飼い主さんには、「休日のライフスタイルは?」「どんな性格の子が相性良い?」など、6つの質問に答えてもらいます。その回答結果から、それぞれの子との相性度を導き出しているんです。この機能は、飼い主と犬猫とのミスマッチを防ぐ役割を果たしてくれています。

WORK MILL:ミスマッチ、というのは?

大久保:たとえば、皆さんダックスフンドってご存じですよね? すごく可愛くて、ペットショップでも人気の犬種です。ただ、もともと狩猟用に改良されたという背景もあって、吠えやすく噛みやすい傾向があるんですね。もちろん、その子の性格にもよりますし、トレーニングによって犬も人も暮らしやすい環境づくりをすることもできます。そういった知識がないままに、ただ「可愛い!」という印象だけで衝動買いしてしまった人が、実際飼ってみて「よく吠えるし噛むし面倒だな」となるケースが多い。ダックスフンドって、人気の犬種である一方で、よく捨てられてしまう犬種でもあるんですよ。

「犬」「猫」と大きな言葉でくくられがちですが、一般的に飼われている犬猫でもそれぞれ100種以上もいて、それぞれの犬種、猫種ごとで特徴や飼い方が異なります。もっと言えば、一匹ごとにも個性がある。そこは本当に、人間と同じなんです。だからこそ、飼う時にはお互いの相性がとても大事になってきます。

WORK MILL:相性診断の精度が高まれば、「合わなくて捨てられてしまう」というリスクは確実に軽減していけそうですね。

大久保:僕らはOMUSUBIを「日本一さまざまな犬や猫と安心安全に、かつ運命的に出会えるマッチングサービス」にしたいと思ってます。その中には血統書を持っている子もいれば、雑種の子もいる。子犬や子猫もいれば、ペットショップでは絶対に置かれないような老犬や老猫もいる。実際にあと2、3年で寿命を迎えるだろうシニアの犬猫を選んでくださる方も、たくさんいらっしゃるんです。そうやって「ペットの迎え方の多様性」を広げていくことで社会に貢献していきたいと考えています。

WORK MILL:お話をうかがっていると、社会的な意義の大きい取り組みだなと感じます。事業としてのマネタイズはどのように考えられているのでしょうか。

大久保:現状は広告収益のみですが、長期的な視点では飼い主になる候補者が集うサイトを目指しています。そうすると、ペットライフに関わる企業さまとしては、大きなタッチポイントになり、マネタイズが発生すると考えています。非営利でやっている保護団体さんや、新しく飼い主になる方々からは、できるだけお金を取らないモデルにしたいなと。現状は保護犬猫だけを対象にしていますが、将来的にはペット流通そのものを根本的に見直し、あるべき出逢い方を提案していきたいと考えています。

ペットライフスタイルの選択肢を広げたい

WORK MILL:シロップが運営するペットライフメディア「ペトこと」について教えてください。

大久保:「ペトこと」は、ペットライフが豊かになる情報や商品を記事を掲載しているペットライフメディアです。犬や猫を家族として愛する社員で編集部を構成し、140名以上の獣医師やトリマーなどの専門家とともにコンテンツを作っています。犬や猫が家族だからこそ、獣医療やしつけなど、信頼に足るべき専門家が監修ではなく自ら執筆し、編集部が文字や画像、動画などを通して分かりやすく加工してお届けしています。時間はかかりますが、地道に新しく、信頼があり、分かりやすく、一歩上の提案ができるコンテンツを意識して日々改善に取り組んでいます。今では最大時で160万人の方々に来訪いただけるまでになりました。

WORK MILL:短期的・中期的なビジョンとして、今後どのように事業を展開していこうと考えられていますか。

大久保:大きな着眼点としては「ペットのデータビジネス」をどうやっていくか、と模索しています。

WORK MILL:ペットのデータビジネス?

大久保:僕らのビジョンは「ペットと飼い主さんのQOLの最適化」なんですけど、たとえば“健康”について考える時って、人間だと体調に関するデータが大事になってきますよね。一方で、ペットの生体データというと、現状では体重と年齢くらいしか記録されていないんです。犬や猫の種類は100種類以上いて、特徴が異なり、ペットライフで求められるニーズも異なります。そこで、「ペットと健康」にまつわるデータを収集・解析していくことで、彼らのQOLにコミットする新しい提案ができるんじゃないかなと。

その第一弾として最近リリースしたのが「PETOKOTO FOODS」というオーダーメイドのフレッシュドッグフードサービスです。犬や猫が家族同然になっている中で、今、最も人間と犬とで生活習慣が異なる要素は、“食”だと思っていて。私たちは毎日新鮮な食材を調理して違う食事を楽しみますよね。でも、犬や猫は毎日同じジャーキーのような乾物を食べています。犬はその食事しか知らないけど、もっと楽しい食の在り方があるんじゃないかなって。

WORK MILL:たしかに、人は毎日同じものを食べないけど、犬には同じものをあげていたりしますね。

大久保:そうなんですよね。加えて、既製品のドッグフードは原材料や製造過程がブラックボックスになっているものも多くて、自分自身が納得してコルクに食べさせたいものがなかったんですよね。ペトことのお客様にもアンケートを取ったところ、ほとんどの方が同じ悩みや想いを持っていらっしゃいました。そこで、「最高の料理と最高のサービスを通して犬や猫に幸せを提供する」というコンセプトで、PETOKOTO FOODSを始めました。現在は多くの事前申込みをいただき、本販売開始に向け、全員で開発をしています。僕も社員も愛犬に食べさせていますが、本当に美味しそうで、見ている僕が嬉しくなります。

WORK MILL:ペットを大事に飼われている飼い主さんたちにとっては、ペットは家族同然ですもんね。

大久保:僕らは「ペットライフスタイル」という言葉でペット市場を捉えることで、QOLを上げる選択肢を増やしていきたいと考えています。フードだったり保険だったり直接的なサービスだけでなく、レジャーキャンプや観光、自動車、不動産、リフォームまで、ペットと暮らすライフスタイルは人が介する以上、多くのビジネスチャンスで溢れています。ペットライフを豊かにするサービスを展開することで、お客様にファンになっていただきお金をいただく、このサイクルを大切に、ミッションである「人が動物と共に生きる社会をつくる」ことの実現に取り組んでまいります。


前編はここまで。後編では、シロップの“ペットフレンドリー”なオフィス空間や、ペットと共に働ける環境に配慮することで生まれる場の変化について、詳しくお話をうかがっていきます。

2020年1月14日更新
取材月:2019年9月

テキスト:西山武志
写真:藤原慶
イラスト:野中 聡紀