【クジラの眼-未来探索】 第4回「デジタルメディア時代の働き方 ~日本におけるワーケーションは今後どうなるか?~」
働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による”SEA ACADEMY”潜入レポートシリーズ「クジラの眼 – 未来探索」。働く場や働き方に関する多彩なテーマについて、ゲストとWORK MILLプロジェクトメンバーによるダイアログスタイルで開催される“SEA ACADEMY” ワークデザイン・アドバンスを題材に、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。
―鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。
いきなりですが問題です!
「豪華客船クイーンエリザベス号の乗客は、陸地から遠く離れた洋上で、自分のスマホからメールを送ることができるでしょうか?」
大方の予想通り、答えは「Yes」です。
私たちは今や地球上の多くの場所でいつでもネットに接続することができ、自分のモバイルツールを使って(大変ありがたいことに)仕事をすることだってできるのです。バケーションの代名詞のような豪華客船の旅のさなかであってもです。
今回のキーワードは「ワーケーション」。「ワーク」と「バケーション」を組み合わせた造語です。はたしてどんな「働き方」なのか、はたまたどんな「休み方」なのか…。(鯨井)
イントロダクション(オカムラ 垣屋譲治)
ワーケーションという言葉をご存知でしょうか?リゾート地などで休暇しながら一部働くスタイルのことです。近年働き方改革の一環として、制度として導入する企業も出てきました。
今後日本においてワーケーションは広まっていくのでしょうか、そうだとすればどのような場所が必要なのでしょうか?これらのことについて、二人の方と共に考えてみたいと思います。一人目は7月に出版された『モバイルメディア時代の働き方』の中で、世界各国のワーケーションをフィールドワークしてその意味を考察された実践女子大学の松下准教授。もう一人は2017年からテレワーク推進の一環としてワーケーションを導入した日本航空株式会社 人財戦略部ワークスタイル変革推進グループの東原様です。
-垣屋譲治(かきや・じょうじ)株式会社オカムラ フューチャーワークスタイル戦略部 WORKMILLリサーチャー
オフィス環境の営業、プロモーション業務を経て、「はたらく」を変えていく活動「WORK MILL」に立ち上げから参画。2018年の1年間はロサンゼルスに赴任し、米国西海岸を中心とした働き方や働く環境のリサーチを行った。現在はSea を中心としたオカムラの共創空間の企画運営リーダーを務める。
プレゼンテーション1(実践女子大学 松下慶太)
「モバイルメディア時代の働き方 ワーケーションについて」
-松下慶太(まつした・けいた)実践女子大学 人間社会学部 准教授
1977年神戸市生まれ。博士(文学)。京都大学文学研究科、フィンランド・タンペレ大学ハイパーメディア研究所研究員などを経て現職。2018-19年ベルリン工科大学社会学部テクノロジー&イノベーション部門客員研究員。専門はメディア論、若者論、学習論、コミュニケーション・デザイン。近年はソーシャルメディア時代におけるワークプレイス・ワークスタイル、渋谷における都市文化に関する調査・研究を進めている。著作に『モバイルメディア時代の働き方』(勁草書房)など。
ワーケーションとは
松下:私はメディア論や社会学の立場から新しい働き方、働く場所について調査をしています。モバイルメディアの進展によって、私たちはオフィス以外の場所で働くことができるようになりました。さらに最近ではオフィスらしくない場所で働くケースも出現してきています。今回皆さんと考えていきたい「ワーケーション」は、まさにオフィスではない場所での働き方になります。その定義はまだ固まってはいませんが、私は「ワーカーが休暇中に仕事をする、あるいは仕事を休暇的な環境で行うことで取得できる休み方であり働き方」と位置づけています。
ワーケーションには図のように2つの種類があります。1つは、休暇先でテレワークをする「Work in Vacation」です。もう1つは「Vacation as Work」。こちらは仕事としての休暇といったものになります。普段のオフィスとは違う所で仕事をする働き方で、例えばリゾート地で行う開発合宿や研修などがこれにあたります。さらにワーケーションに近い働き方に「ブリージャー」と呼ばれるものもあります。これは出張(business)の前後に個人的な休暇(leisure)をつけた働き方・休み方になります。ブリージャーを含めたこれら3つの働き方を参考にして、自社に合ったワーケーションはどれなのかを模索していただければと思います。
ワーケーションを導入するときに考えておくべきこと
ワーケーションの導入を検討する場合、次の3つのことついて考えていく必要があると私は考えています。
1「田園」をつくる
私たちが働いているオフィスは「都市」にあります。これと対極の位置にある環境は「原野」です。ワーケーションする先として普段と異なる環境が求められるからと言って、原野ではさすがに働くことはできません。都市が持つ利便性と原野の自然性が共存する「田園」(Y. F. Tuan, 1977)と表現されるような環境がワーケーションには適しているのです。ワーケーションする先の条件をきちんと見定めることはとても重要なポイントです。
2 スタイルをつくる
企業の中の組織は「実践共同体」と呼ばれます。これは、組織自体の目的を達成するために集められた集団で、ビジネス的な知識やスキルを共有しながら活動は進められます。ワーケーションをしている人たちのコミュニティを見ていて分かったのは、彼ら彼女らは実践共同体ではなく「スタイル共同体」とでも呼ぶべき集団であることです。こちらは、構成メンバーを次々と入れ替えながら、ワークスタイルやライフスタイルを共有し、自分たちの関心事について議論していく人たちです。企業は、ワーケーションに送り出す個々のワーカーや集団を実践共同体からスタイル共同体までの間のどのあたりに位置づけるのかを考えておかなければなりません。
3 遊びをつくる
英語の「play」には、「遊び」や「戯れる」という本来の意味以外に「起動する」「演じる」「役割を果たす」「参加する」といった意味もあります。これらは仕事に通じるところが多いと私は思います。新たなビジネスの種を発見し、そこから新規事業へと発展させていくことが求められるビジネスの場では、遊びから仕事を見出していくことも有効だと考えられます。ワーケーションはそれをするのに格好です。遊びから仕事を見出すために、ワーケーション時の遊びと仕事をどうバランスさせるのかを企業は事前に考えておく必要があります。
ワーケーションへの取り組み
現在進められているワーケーションの状況について考えてみます。
企業は、働き方改革の一環としてであったり、休暇の取らせ方の一形態として、あるいは研修・人材育成の方策としてワーケーションを導入しています。ワーケーションを受け入れる側の地方自治体は、関係人口の増加、観光業の促進などの面でワーケーションに期待しています。一方で、ワーカーはUIターン先での仕事や副業・複業を実施することにワーケーションを活用することが考えられますが、企業や自治体に比べその動きはまだまだ様子見の状態です。企業、自治体、ワーカー、立場によってワーケーション導入の目的や期待するところは異なります。それぞれがどのように影響し合い、その結果得られる効果について現在調査・研究が進められています。
プレゼンテーション2(日本航空 東原祥匡)
「社員一人ひとりにあわせた新しい働き方~ワーケーションの生み出す可能性」
-東原祥匡(ひがしはら・よしまさ)日本航空株式会社 人財戦略部 ワークスタイル変革推進グループ アシスタントマネジャー
2007年日本航空株式会社入社。関西国際空港における空港業務や、国際線を中心とした客室乗務員の業務を経験した後、2010年より客室乗務員の人事、採用、広報等を担当。2015年末より2年間の社外出向を経て、2017年12月より現職に至る。
ワーケーションを目指した背景
東原:お客さまへ最高のサービスをお届けするには、 JALで働いていて良かったと思う環境で社員がイキイキと働くことが必要だと私たちは考え、働く環境の整備や人財育成に取り組んでいます。経営トップからもほぼ毎年ダイバーシティ&インクルージョンの実現に向けたコミットメントが発信されており、2015年以降は「ワークスタイル変革」を目指し、フリーアドレスオフィスの運用や週2回のテレワーク制度など働く環境の整備を進めてきました。現在では、総実労働時間1,850時間/年、年休20日の取得を具体的な目標として労働時間管理の改革にも取り組んでいます。
この年休目標の達成はなかなか難しく、社員からは「帰省先でもテレワークがしたい」「長い休暇は取りにくい」「長く休むと仕事がたまり、その後の業務が不安になる」といった要望が上がりました。こうしたニーズを叶え年休取得の目標を達成するために、私たちは働き方・休み方の選択肢の1つとしてワーケーションを制度化し社員に促す手立てを整備してきたのです。
ワーケーションの導入・実施
まず取り組んだのは、ワーケーションがどのようなものかを社員に理解させる活動でした。社内でワークショップを開催してワーケーションを正しく理解してもらったり、休暇中に仕事をする時間が組み込まれた1泊2日の旅行を仕立て、参加してくれた社員にONとOFFを体感させることでワーケーションを感覚的に理解してもらうといった取り組みも行いました。その後、個人向けに国内外のワーケーションパックツアーを企画したり、有志の社員同士でワーケーションを実施したいという要望を受け、グループでの利用に適したワーケーション施設を紹介したりもしました。
そのような中、昨年の冬には鹿児島県の徳之島町から声をかけていただき、ワーケーションの実証実験に参加させてもらいました。これは、離島である徳之島に雇用先をつくるためにはどのような要素、環境が必要なのかを考えたり、関係人口を増やす方策の立案や観光産業を開発するのに活かしていけそうな情報を利用者からフィードバックしてもらうことを目的に、同町と富士ゼロックス鹿児島株式会社が企画したものです。JALの社員10名と家族を含めた合計20名は3泊4日のワーケーションを体験することができました。企画者側が得たメリットはさて置き、弊社として得たことは、参加した社員が自分の人生を考える機会を得たり、働くことを俯瞰して見つめ直すといった忙しく働いている日常ではできない貴重な体験をワーケーションはもたらしてくれるという知見でした。
ワーケーションの促進
社内の理解を一層高めるための取り組みとして、社内報で前述のワーケーションツアーの様子を紹介したり、勤怠管理システムで「ワーケーション勤務」を選択項目に加えることで認知度を高めています。また、役員がワーケーションしている遠隔地からテレビ会議で役員会に参加するという試みも行っていて、どの世代、どの役職であってもワーケーションに取り組めることを会社として発信しています。
さらに社内のイントラネットにはワーケーションの専用ページを設けていて、関連情報を共有したり、企画を行った際はその詳細を掲載するようにしています。ワーケーションという働き方・休み方が当たり前になっていくという感覚を社員に持ってもらうことが大事だと考えています。
まとめ
ワーケーションのゴール、可能性について考えてみたいと思います。まず、企業としては、時間と場所に捉われない柔軟性のある働き方の推進することで、長期休暇の取得促進やダイバーシティ&インクルージョンの推進がはかれることが挙げられます。次に個人・チームとしては、いつもと異なる環境と経験で自己成長が期待でき、新たな活力の獲得につながっていくに違いありません。最後に社会に対しては、関係人口の増加や観光の掘り起こしなどを通じて地域活性化へもつながっていく可能性が考えられます。
今年になって実施した最新の取り組みでは、ワークとバケーションを重ねたワーケーションに「アクティビティ」も実施してもらうものとしました。北海道ではビールの醸造、愛媛ではライムのもぎ取り体験、オーストラリアではインバウンドについて現地の企業担当者と議論をするといったことをプラスアルファで経験してもらい、そこから何かを得て帰ってきてもらおうとするものです。毎年新たな施策を打ち出すこともワーケーションという新しい働き方・休み方を発展させていく上で重要なことだと考えています。
クロストーク(松下 × 東原 × オカムラ 庵原悠)
ー庵原悠(いはら・ゆう)株式会社オカムラ フューチャーワークスタイル戦略部 戦略企画室 デザインストラデジスト
既存のデザイン領域を越えて、デジタルメディアや先端技術がもたらす新しい協働のスタイルとその場づくりに従事。慶應義塾大学SFC研究所 所員(訪問)。最近は地方やリゾート地のコワーキングスペース、ワーケーション拠点づくりに参画する機会が増加中。
ワーケーションをどう取り入れていくのか?
庵原:日本の企業や社会は、今後どのようにしてワーケーションを取り入れていけばいいのでしょうか。導入するときに日本航空の内部にも障壁があったと思います。どのようにそれを乗り越えたのかお聞かせください。
東原:当時「休みの日なのに働かせるのか」といった否定的な声が上がりました。確かに休めるときにはしっかり休む方がいいと私も思っていたのですが、ワーケーションは、なかなか休みをとれない人に休暇を取得してもらうことや、より長い休暇を取得することを目的としているため、背景や趣旨をしっかりと理解してもらうことを意識し、休暇取得を促進するための導入であることを伝えていきました。
実施してみると高評価を得られたので良かったのですが、常に多くの意見を聞き、弊社に合った制度設計や工夫ができないかを考え、その時の課題が改善できるような企画をしながら今に至っています。ただ、私たちは以前からテレワークの制度を持っていましたので、ワーケーションはその延長線上に位置づけることができており、大きな制度改革をせずにワーケーションの運用をスタートできたのは幸いだったと思います。
ワーケーションを取り入れた後どうしていくのか?
庵原:ワーケーションを受け入れる地方自治体側などに求められることについてどうお考えですか。
松下:2つあると考えています。1つは観光産業の再定義です。ワーケーションに刺さる観光資源を新たに見出したり、従来の観光資源であってもスポットライトの当て方を変えることでワーケーションを呼び込むことができると思います。もう1つは、やってくる企業の目的やニーズを事前に知っておき、ワーケーションを受け入れる側として何ができるのかを考えておくことです。企業のやろうとしていることへ積極的に関与していくことが大切で、これができるかできないかがワーケーションがうまくいく地域とそうではない地域とを分けていくでしょう。
庵原:ワーケーションに対して、日本航空としてどのような展望をお持ちですか。
東原:ワーケーションに対して全社員が同じ認識に立っているとは言えませんから、促進活動を続けていく人を増やしていかなければならないと考えています。新たな取り組みとして考えていきたいのは、長期滞在です。あわただしいワーケーションで疲れて帰ってくるのではいけませんし、長い滞在が人間の幅をより広げ、それが企業や社会の発展への貢献につながってくれればいいと思っています。
おわりに ~バケーションとワーケーション~
そもそも「バケーション」とは長めの休暇を意味する言葉です。どのくらいの日数休めばバケーションと言うのか、国によって違うと思ったので調べてみました。
欧州各国では2~3週間休暇を取るのが普通で、特にEU加盟国では、すべての企業に対して社員に年に4週間の休暇取得を義務付けているくらいです。これに続くのがイギリスとアメリカで連続した休暇は2週間がいいところだそうです。カナダはもっと短くて1週間程度。やはり国によってバケーションの日数はまちまちのようです。
さてそこで日本の話に移りましょう。有給休暇の取得率が先進国の中で著しく低い我が国ですから、長期休暇をストレスなく取れる企業なんてそうそう無いことは火を見るよりも明らかでしょう。ワーケーションは確かに素敵な「働き方」ですし「休み方」ですが、これから先も日本人は長い休暇が取れないのだとすれば、それに合った日本独自のワーケーションを誰かが発明しなければなりません。私たちの明るい未来のために。私たちの家族のために。ワーケーションを受け入れる地域を活性化するために。そしてもちろん企業の発展のためにも。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。次回までごきげんよう。さようなら。(鯨井)
2019年12月5更新
取材月:2019年10月
テキスト:鯨井 康志
写真:大坪 侑史