誰と、どこへ向かうか ― IoTオフィスを実現した「point 0」のチームビルディング
「皆で力を合わせて、よりよいものを生み出そう」
昨今のビジネスの現場では「共創・協創」の重要性が語られるシーンが増えています。ただ、言葉が意味するところは実にシンプルながら、企業の垣根を越えてそれを実現していくことは、決して容易ではありません。多くの企業がオープンイノベーションの推進を模索し始めている一方で、国内ではまだまだ目立った事例が少ないという現状が、共創の一筋縄ではいかない難しさを物語っています。
2019年7月、日本有数のオフィス街・丸の内に“未来のオフィス空間”を実現していくための会員型コワーキングスペース「point 0 marunouchi」が開設しました。手がけたのは、各業界のトップランナーたる大企業を含めた10社以上が名を連ねる協創型プラットフォーム「CRESNECT(クレスネクト)」です。彼らはどのようなビジョンの下に集い、いかにして共創のための強調関係を築き上げていったのでしょうか。
後編となる今回は「共創プロジェクトの実態」にフォーカスを当て、プロジェクトの中でかみしめた苦労や、共に課題を乗り越えるために必要なマインドセット、体験することで実感した共創の意義などについて、引き続きCRESNECTの中核を担った5名のメンバーに、赤裸々に語っていただきました。
ーflex space
チェア席・ソファ席・ローチェア席・ハイカウンター席へ気分に応じて移動し、周囲と会話も交えながら働ける自由席です。
共創での合意形成は「“当たり前”が違うこと」の理解から
WORK MILL:CRESNECTは、さまざまな企業からメンバーが集まっている「共創プロジェクト」であることが、大きな特徴ですね。オープンイノベーションや共創の場では、「どのようなフローで物事を進めていくか」という合意形成のプロセスを明確にしていくことが重要かと思います。そのあたり文脈も含め、どのようにプロジェクトを進めていったのか、お話を伺えますでしょうか。
ー石原隆広(いしはら・たかひろ) ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター 戦略室
2010年、同志社大学経済学部卒業後、国内大手ERPベンチャーに入社。HR製品の開発・保守に携わる。2013年にFintechベンチャーを立ち上げ5年間経営。2017年12月、ダイキン工業株式会社に入社し、『CRESNECT』プロジェクトに従事。2019年2月、株式会社point0を設立し、同代表取締役に就任。
石原:CRESNECTが共創プロジェクトとして本格的に動き始めたのは、昨年(2018年)の7月にオカムラさんやライオンさんたちと合同のプレスリリースを出したところからですね。その時点で「年度内にシェアオフィスをオープンします」と宣言はしていたものの、「つくる」ということ以外は何も決まっていない状態でした。プロジェクトの進め方についても最初からすべてが手探りで、なんと言うか、今でもずっと綱渡りを続けているような感覚です(笑)
プロジェクトの意思決定は、合議に基づく全会一致を基本として、どうしてもまとまらない場合に限り多数決を採ります。全体会議は毎週または隔週1回ほどの頻度で、3時間みっちり話し合います。今日ここに集まっている中心のメンバーとは、個別の調整も含めると週に3回くらい会うこともありますね。
ー石田遼(いしだ・りょう) 株式会社MyCit 代表取締役
東京大学大学院で建築・都市設計を専攻。卒業後、マッキンゼーアンドカンパニーにて国内外の企業・政府の戦略策定・実行を支援。主に都市開発、公共政策などを担当。LIQUID 国際事業戦略室長を経て、2017年にMyCityを設立。“都市とあなたをつなぐ“をビジョンとし、都市·不動産向けのIoTプラットフォームを提供。
石田:具体的なプロジェクトの進め方としては、「物件選び」「空間デザインの検討」「ソリューションの仕組みづくり」などのタスクを大まかに分け、それぞれ責任者を決め、責任者が大枠をつくり、その過程で生まれてきた課題などを全体会議で議論する…といった感じです。先ほど「まとまらなかったら多数決」との話が出ましたが、ある人の提案に対して誰かが決定的に反対することは今までなくて、ほとんど話し合いの中での合意で済んでいます。
ー宇野大介(うの・だいすけ) ライオン株式会社 研究開発本部 イノベーションラボ 所長
1990年ライオン株式会社入社。歯磨剤の研究開発を約16年担当の後、クリニカブランドのブランドマネジャーを担当。更に歯磨剤開発マネジメントを経た後、オーラルケア製品の生産技術開発のマネジメントを担当。2018年、新規事業創出をミッションとしたイノベーションラボ発足と同時に所長に就任、現在に至る。2019年7月よりPoint 0取締役に就任。
宇野:始めのうちは話し合いをしながら「話し合いの仕方」自体を調整していったりと、プロジェクトの地ならしが必要でした。議論の進め方やお互いの考えていることがわかり始めてきてからは、スピーディーに話が進んでいきました。最初のうちは、議論が平行線のまま次回に持ち越しになることも、何度かありましたし。
ー遅野井宏(おそのい・ひろし) 株式会社オカムラ マーケティング本部 DX推進室 室長
1999年、キヤノン株式会社入社。レーザープリンターの事業企画を10年間担当後、事業部IT部門で社内変革を推進。2012年日本マイクロソフト株式会社に入社し、働き方改革専任のコンサルタントとして製造業の改革を支援。2014年から岡村製作所(現・オカムラ)に入社。WORKMILLプロジェクトを立ち上げ、統括リーダーと同メディア創刊にあたり編集長を務める。2019年4月より現職に就任。
遅野井:そうそう、大変でしたよね。その時に気づいたのが、メーカーと非メーカーではマインドセットが大きく異なる、ということです。もっと言えば同じメーカー同士でも、我々みたいなハードウェアをつくっている会社と、ソフトウェアをつくっている会社とでも、物事の捉え方はかなり変わってきます。
ー豊澄幸太郎(とよずみ・こうたろう) パナソニック株式会社 ライフソリューションズ社 マーケティング本部 テクニカルセンター 主事
2008年松下電工株式会社入社。大阪配属後、ビルシステムソリューションの技術営業を約7年間担当。その後、2014年東京にて大規模再開発プロジェクトやオリンピックプロジェクトの技術営業を担当。現在はプロジェクト案件推進に加えて、非住宅分野における「アップデート事業」を社内外共創により実現することに従事。2019年7月より現職に就任。
豊澄:業種による違いのほかにも、先行投資に対するスタンスなど、社風や文化にかかわる部分でも各社の差異は出てきますよね。
石原:議論を繰り返していく中で、そういった「そもそも物事の捉え方や背景が違うこと」「こちらの当たり前が、向こうの当たり前でないこと」が共通認識になっていくのは、プロジェクトとして大事な要素ですね。そこに対する理解があればこそ、「じゃあどう折り合いをつけていくのか」と真摯に検討ができるのだと思います。
チームづくりの要は「誰と、どこ行きの船に乗るのか」
WORK MILL:2018年度内のオープンには間に合わなかったものの、これだけステークホルダーが多いプロジェクトであるにもかかわらず、発表から1年ほどで「point 0 marunouchi」の開設にまで至った合意形成の速さには、並々ならぬものを感じます。
遅野井:オフィスづくりの常識で考えたら「ある程度の規模のシェアオフィスをゼロベースから半年弱でつくる」なんて絶対に無理なんですよ、絶対に。僕も当初から「無茶だよ石原さん」と何度言ったことか(笑)
ただ、「無茶な目標があったこと」「その目標を公表していて後に引けなかったこと」は、プロジェクトのスピードにかなり寄与していますね。おかげで「皆で力を合わせてなんとかしないと!」という意識を、早い段階で共有できていた気がします。先に「いつまでにこれをやります」と宣言するのは、共創を円滑に運ぶ大きなポイントかもしれません。
石田:テクニカルな面で言うと、情報共有や意思決定のプロセスをできる限り透明化することには、かなり気を配っていました。「これについてはこういう判断材料を元に、こんな決定をしましたよ」と明文化して、わかりやすい形で共有していくことが、ステークホルダーの多いプロジェクトでスムーズに合意形成を積み重ねていく上では不可欠なのかなと。
豊澄:目標もそうですが、初期でビジョンが明確に共有されていたこともよかったですよね。石原さんが各メンバーを誘う段階で「このプロジェクトでどういう世界を目指していくのか」をじっくり話してもらえていたので。どんなにシビアな議論になっても、「志を同じくしている仲間だ」という感覚が持てているからか、雰囲気が悪くなるようなことはほとんどないです。
宇野:仲間感は、結構ありますよね。「ここで決まったはいいけど、持ち帰った後の社内調整のハードルが高そうだな、どうしよう…」といった懸念も、皆で共有して対策を立てたりしてますし。他社の人たちの前で悩みや弱みを見せ合うなんて、よくよく考えてみると、ほかの仕事ではなかなかあり得ない光景かもしれません。
WORK MILL:こうしてお話を伺っていても、皆さんが仲間としてお互いに信頼している感じが伝わってきます。どうして、そのような「腹を割って話せる関係性」が築けたのでしょうか。
石原:何でなんだろうな…。
遅野井:やっぱり、石原さんがメンバー集めにおいて「会社のつながりではなくて、人としてのつながりを大事にする」「やりたいと思える人たちとやる」という方針を明確に打ち出していたのが、よかったんだと思いますよ。
豊澄:たしかに、それは大きいですよね。
石原:…みたいです。
石田:あ、石原さんちょっと嬉しそう(一同笑)
石原:具体的に説明すると、僕がチームづくりの段階で意識していたのは「誰と」「どこ行きの船に乗るか」ということでした。気の合う素晴らしいメンバーが集まっても、行きたい所がそれぞれ違っていたら、不幸な結果になってしまう。一方で行き先が同じであっても、お互いに気が合わなければ途中で座礁してしまう。協創プロジェクトにおいて、この2つの要素はどちらが欠けてもいけないんだと思います。
石田:皆さんよくも悪くも、「会社人間ではないな」と感じますね。このプロジェクトがある前から、会社の枠を超えて動いている方が多い。個人として「こういうことをやりたい」という想いが強くあって、それを実現するための手段として会社に属しているんですよね。だからこそ「人ととしてのつながり≒個として信頼関係」をベースにした、いいチーム形成ができているんじゃないでしょうか。
ムリめでも諦めない、「何とかする」の原動力
ーmeeting rooms
高解像度モニターや壁面ホワイトボードを完備した会議室(3部屋)。予約管理はwebとアプリから可能です。
豊澄:これまで「大企業同士の、あるいは大企業が参画する共創プロジェクト」は、なかなか芽が出ないケースも多かったかと思います。そんな状況下で、大企業が多く集っているCRESNECTから、こうして成果物を発表できたのは、きっと社会的にも意味のあることなのではないかな、と感じます。
遅野井:始め、僕がとある役員にCRESNECTへの参画の可否を相談をしたら、「今は擾乱(じょうらん)の時代だ」と言われたんです。擾乱とは気象用語で「地球の大気圏では、自転などの影響で常にある一定の動きをしているけど、その中には普通の動きとは違う、時間とともに刻々と変化する小さな乱れがたくさん発生している」状態のことを意味します。それが、昨今の社会情勢にも重なると。
「だから今は『この局面ではこの会社と組むけど、次の局面では別の会社と組む』といったことを、どんどん仕掛けていくべき時代だ。細かいことは気にせずにやってみろ」と、その役員は僕の背中を後押ししてくれました。そういう風に、過去の協力・対立関係にとらわれない発想を持った経営層がいることは、共創プロジェクトにとって大きな推進力になりますね。
石原:「そうした経営層と話ができる関係性にある」というのも重要ですね。CRESNECTに集まってくれたメンバーが、それぞれ「社内を説得できる人たち」だったことには、本当に感謝しています。ここで決まったことについて、ある意味で事後報告になってしまっても、会社で話を付けられるパワーがないと、何も進んでいかないので。
豊澄:多分、ムリだとか大変だとか言いつつも、ここにいる全員「まあ何とかなるやろ」と思っているんです(笑)。決して楽観的な意味だけではなくて、いろいろな施策を考えられるこのメンバーなら「最終的に何とかできる」という意味で。たとえ「ムリだ」とわかっていても、そこで考えることを止めない人たちが集まっている。
宇野:「皆で決めたのに、うちだけ決裁が間に合いそうにない」なんて許されないだろ……ってプレッシャーはありますよ(笑)。ただ、それがいい方向に働いているなと感じています。
というのも、それも別に誰かに強制されたからではなくて、各メンバーがそれぞれに「やりたい」と思ってやっているからなんですよ。仕事だけど、単なる仕事に留まらない強い想いを持っていることが、「何とかする」パワーの源になってますね。
遅野井:初期のメンバー集めの段階でいくつかの会社に声をかけたのですが、時々「何を期待していますか? 私たちに求めていることを教えてください」と言われることがあって。それはちょっと違うというか、「CRESNECTの枠組みを使って、こういうことをやってみたい」と語れる相手とじゃないと、やっぱりダメなんです。会社として、組織として、そして個人として「何がしたいのか」を語れることが、共創の場には必要なんだと思います。
ーcafé
1日の始まりや、ほっと一息つきたいときに、バリスタが淹れる本格コーヒーを飲むことができます。
共創の価値、価値ある共創のために必要なこと
WORK MILL:ここまで取り組まれてきた中で、とりわけどのような点に「共創」の価値を感じられましたか。
石原:「それぞれの分野の専門家がいること」は、シンプルながら極めて重要なポイントだと思います。このチーム内では、どんなことを相談しても、誰かしらがパッと答えてくれるんですよ。さまざまな要素が絡んだプロジェクトを推し進めていく上でとても心強いし、それによって自社だけではたどり着けないところまで行ける。めちゃくちゃ大変ですけど、こんなに楽しい仕事はないなと感じています。
石田:石原さんとは少し逆のベクトルの話になるのですが、僕は「未知の領域に踏み込まざるを得なくなること」が、共創らしい価値だなと感じています。照明や空調など部分ごとの専門性はそれぞれ持っているけど、全体として各要素の連携をどうつないでいくかは、ここにいる誰もがやったことのない取り組みでした。
そんな風に、一般的な業務の範囲を飛び出さざるを得ない何かを、共創の場では全員が要求される。やったことがないから骨は折れるんですけど、だからこそ面白いし、そここそがイノベーションの生まれるポイントなのかなと思っています。
ーmeditation room
ヨガ等のアクティビティや、いつもとは違う環境で思考を巡らせたいとき等に使えるメディテーションルームです。
WORK MILL:ここまでのお話の流れでもいくつか出てきているかと思いますが、あらためて「共創の場づくりで大事にするべきこと」をまとめていくと、どんなことが言えそうでしょうか。
石原:…仲間は大事に。だからこそ、大事にできる仲間を見つけること。
宇野:なんかルフィ※みたいになってきてる(笑)
※ 尾田栄一郎作 『ONE PIECE』(集英社)の主人公。「麦わら海賊団」を率いる。
石田:石原さんも船って言ってたし、最初に「海賊王になる!」みたいなビジョンが明確にあることも重要だし(笑)
豊澄:でも、たしかに「誰と、どこ行きの船に乗るのか」に尽きるのかもしれませんね。
遅野井:あえて付け加えるなら「ビジョンをいかに言語化して、それを情熱的に語れるか」も大事かなと思います。言語化のアイデアを膨らませていくには、メンバー同士で壁打ちをしなければいけない。そこで強く打てば、強く跳ね返ってくるし、思いも寄らない方向に飛んでいくことで、自分の発想も広がって磨かれていく。
そうやってお互いの情熱の温度を保ちながら、ビジョンの解像度を上げていけるような仲間たちが、共創には必要なんですよね。というより「仲間になったら、そういうことをやっていかなきゃいけない」ということなのかもしれません。
石田:あとは…コミットメント、覚悟も必要かなと。共創って、どうなるかわからない不確定要素が多い。常に課題だらけだし、思うようにいかないことも数多くあります。それらを一緒に乗り越えていくためには「何となく集まりました」みたいなチームじゃ、やっぱりダメなんですよね。
初期メンバーが集まった最初の全体会議で、石原さんは「このメンバーで全力でやってダメなら、誰がやってもダメなんだろう」と言ってたんです。あれは、集まったメンバーの覚悟を引き出す言葉だったなと感じます。「少なくともこの期間は、ムリなことでもムリと思わず、協力して何とか突破していこう」と、全員が同じ温度感の覚悟を持つことも、大事だと思います。
石原:なんか……こうやって話だけ聞くと、すごい“何かを成し遂げたいいチーム”感出ちゃってますけど、これからが正念場なんですよね(笑)。プロジェクトとしても走り出したばかりだし、ここでのやり方が唯一の正解だとも思っていません。関わる人が変われば、導き出されるチームの答えは変わってくるはずなので。
ただ、ここにいる皆さんの協力のおかげで、「point 0 marunouchi」は本当にいい共創空間になったし、今後アップデートを重ねて、さらに価値のある場になっていくと信じています。これからも共創することの意味を常に問いながら、CRESNECTとして、社会に新しい価値を創出し続けていけたらと思っています。
ーdedicated desks
空間を共有しながらも自分専用の席と収納をもてる専用席です。
2019年8月6日更新
取材月:2019年6月