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「ビジョン」「ミッション」から「パーパス」へ ― 個人と組織の存在意義が仕事における幸福度を高める

「働くことは、幸せですか?」――そんな問いかけに「はい」と答えられる人は、どれだけいるでしょうか。私たちには、少なからず「働くことは大変なこと」「我慢すること」という潜在意識があるのかもしれません。

「幸せに働く個人が増えれば、組織の生産性は高まる」と話すのは、Ideal Leaders株式会社の共同創業者の丹羽真理さん。丹羽さんの役職はCHO (Chief Happiness Officer)というもの。果たして「CHO」とはどんな役割でしょうか。そして、丹羽さんが推進する「パーパス・マネジメント」とは。

前編ではその概要から、「幸せに働くこと」と「パーパス」の関係性。いま「パーパス・マネジメント」が求められている背景やその方法などをうかがいます。

仕事における幸せに不可欠な4つの要素

WORK MILL:丹羽さんの役職は「CHO (Chief Happiness Officer)」なんですね。

―丹羽真理(にわ・まり)Ideal Leaders株式会社 共同創業者 / CHO (Chief Happiness Officer)
国際基督教大学卒業、University of Sussex大学院にてMSc取得後、2007年に株式会社野村総合研究所に入社。民間企業及び公共セクター向けのコンサルティング、人事部ダイバーシティ推進担当等を経て、社内ベンチャーIDELEA(イデリア)に参画。2015年4月Ideal Leaders株式会社を設立し、CHO (Chief Happiness Officer) に就任。社員のハピネス向上をミッションとするリーダー「CHO」を日本で広めることを目指している。経営者やビジネスリーダー向けのエグゼクティブコーチング、Purposeを再構築するプロジェクト等の実績多数。特定非営利活動法人ACE理事。2018年8月31日に初の著書「パーパス・マネジメントー社員の幸せを大切にする経営」を出版。

丹羽:そうです(笑)。私は、会社を発展させるうえでいちばん重要なのが「仕事における幸せ」なんじゃないかと考えていて。前職で3つの職場を経験したんですけど、1つ目は眉間にシワを寄せて、ガリガリ働くような職場。2つ目は…「無表情」。淡々と業務をこなして、残業もあまりしない職場でした。そして3つ目は、私も楽しいし周りも楽しそうだし、そんなに長時間労働というわけではないけど、3つの中ではいちばん利益を挙げている職場でした。それなら、3つ目みたいに、みんなが楽しく幸せに働ける職場を、ほかにも広げていくことが、会社にとっても社会にとってもいいんじゃないか、と。それが、CHOとして働くようになったきっかけです。

働く人の多く…というか、日本社会全体に言えることかもしれませんが、仕事は「つらいもの」と考えられていますよね。「就業時間のあいだ、我慢して仕事をして、なんとか給与を得られる」みたいな。「いやぁ、大変ですね」なんて言い合って、通勤電車でもみんな暗い顔して…それこそ「無」か「イライラ」の状態。そうじゃなくて、仕事は楽しいもの。楽しく仕事をすれば良いことがいっぱいあって、みんなそうなれたらいいよね!って思えるように日本社会を変えていきたい。それが私のパーパスなんです。

WORK MILL:「パーパス」というのは…?

丹羽:まずは、その前提となる「仕事における幸せ」についてお話ししますね。私たちは、仕事における幸せには4つの要素が必要だと考えています。ひとつは、「パーパス(Purpose:存在意義)」。2つ目は「オーセンティシティ(Authenticity:自分らしさ)」、3つ目は「リレーションシップ(Relationship:関係性)」、そして4つ目が「ウェルネス(Wellness:心身の健康)」です。この4つの要素が1から順にピラミッドを形成しているんです。つまり、個人単位で考えてみると、自分が意義感じられるような仕事を、自分らしさを発揮して、周囲との関係性を構築しながら取り組むこと。その土台として心身ともに健康なこと。それが、幸せに働くために必要な条件なんです。

私たちはさまざまな企業にコンサルティングを行なっているんですけど、いわゆる企業コンサルとは少し一線を画していて、特にこの「パーパス」にフォーカスしているんです。クライアントに対して、「会社の存在意義や事業の目指す方向性を明らかにする」ようなサポートをすることを大切にしています。それが、私たちが掲げる「パーパス・マネジメント」の考え方のひとつです。

WORK MILL:「パーパス・マネジメント」について、もう少し詳しくうかがってもいいですか?

丹羽:「パーパス(Purpose)」というと、日本では一般的に「目的」などと訳されます。でも、目的だと私たちの意図するニュアンスとは異なるので、「存在意義」としています。存在意義というと、自分は、あるいは組織は何のために存在しているのか、ということ。パーパスは個人と組織、それぞれが持っているもので、個人のパーパスと組織のパーパスが重なり合っていて、それが大きければ大きいほど個人は幸せを感じますし、組織の生産性は上がるのです。「パーパス・マネジメント」というのは、個人と組織それぞれのパーパスを適切に導いていくことで、仕事における幸せを最大限に高め、組織の生産性を向上させる方法なんです。

WORK MILL:個人の幸せを高めることがなぜ組織の生産性向上につながるのでしょうか。

丹羽:さまざまな研究によってそれが証明されています。たとえばポジティブ心理学のある調査では、幸福度の高い社員は、そうでない社員と比較して31%生産性が高く、創造性は3倍となっています。より具体的な職種で言うと、楽観的な生命保険外交員は、そうでない人よりも37%売り上げが高い、とか。他にもたくさんのメリットがあります。

残念ながら、日本は世界的に見ても生産性が低く、日本生産性本部が発表する労働生産性ランキングでは、毎年のように最下位です。どんなに組織改革や業務改善を行なって、業務効率化するシステムを入れたとしても、生産性を31%も高める方法はそう多くありませんよね。しかも、元手はかからないわけですから。社員の幸福度を高めるのは、経営的にもれっきとしたビジネス上の戦略になりうることなのです。

「パーパス」には社会的意義がある

 WORK MILL:では、パーパスを適切に設定するにはどうすればいいのでしょうか。

丹羽:まず個人レベルでパーパスを考えると、2つの要素が含まれていることが重要です。ひとつは、自分の大切にしている価値観に適合していること。もうひとつは、社会的意義が含まれていることです。たとえば、「今期の売上目標1,000万円を達成すること」というのは、自分の価値観は特に関係ない定量的な目標ですし、社会的意義も含まれていない。なので、これはパーパスとは言えません。やはり、自分の人生の目的になりうること、その仕事を行うことで、社会に対して何らかのインパクトを与えられること。自分の大切にしている価値観に沿ったものであることが重要です。そして、組織の場合は「組織の価値観に合っていること」と「社会的意義があること」が重要です。

WORK MILL:組織の場合だと、ビジョンやミッションを掲げているところも多いですが、それらとパーパスはどう違うのでしょうか。

丹羽:ビジョンやミッションって、企業によってその定義もあやふやなところがあると思うのですが、私の理解では、ビジョンは5年後、10年後、将来のある時点でのありたい状態、どんな事業でどんなプロダクトを世の中に提供しているのか、社員たちはどのように働いているのか…スナップ写真や動画のように、具体的なイメージとして表せるようなものだと考えています。そしてミッションは、一部パーパスと重なるところがあります。たとえばGoogleの「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」や、ユニリーバの「よりよい明日を創るために」というのは、まさに社会的意義に根ざしていて、広くインパクトをもたらすものとなっていますよね。これらはいわゆるミッションとして掲げられたものですが、私たちが意図するパーパスと言えるものです。

WORK MILL:確かに、ミッションと言っても、社会的意義があるものとは限りませんからね。

丹羽:「業界ナンバーワンになる」とか、「1兆円企業になる」とか、「株主の利益を最大化する」とかいろいろありますけど、残念ながらそれらはパーパス、存在意義とは呼べません。もちろん、企業活動として利益を上げることは大切ですが、本質的に何を成し遂げたいのか、どんな価値を世の中に提供していきたいのか、というのがあるはず。その会社が存在することが、社会にとってどんな意義があるのかを明確にすることが大切です。多くの会社にはミッションや企業理念が掲げられていますが、形骸化していたり、社員一人ひとりが納得していなかったりすることもよくありますよね。それは、パーパスとは言えません。

WORK MILL:「社員一人ひとりが納得している」ということはつまり、「個人のパーパスと組織のパーパスの多くが重なっている」ことにもつながりそうですね。

丹羽:まさにそうなんです。パーパスに不可欠な要素として社会的意義を含んでいるのは、組織と個人、それぞれの「社会のためにこうしたい」という思いが重なると、一人ひとりが心から「この仕事をやりたい」と本気で思える。そうすることで、組織のパーパスが自分ごと化するからなんです。

組織を変えるにはまず経営層から

WORK MILL:パーパス・マネジメントに取り組もうとしている企業は、どういった課題を抱えているのでしょうか。

丹羽:企業側は働き方改革や業務改善など、さまざまなことに取り組んでいますが、やはりなかなか業績が上がらない停滞感は影響していると思います。それと同時に、特にミレニアル世代と言われるような若手社員を評して、「どうも元気がない」「仕事に思い入れがない」とか、粛々と仕事はしてくれるけど、何かブレークスルーするほど頑張ってくれるわけではないし、「年間売上1000億円目指すぞ!」とハッパをかけても、「はぁ…」みたいな。

WORK MILL:管理職の方が「今どきの若手は何を考えているかわからない」と嘆いているのも、よく聞かれますよね。

丹羽:これまでのマネジメントは、「仕事は必死にやるもの」「頑張ればいつか給与が上がる」という前提があったから、ただ数字を追っていればよかったけれど、いまは部下に対するモチベーションアップも考えなくてはならない。そう考えたとき、みんなで一緒に頑張れるための何かが必要なのではないか、と考えるようです。

WORK MILL:実際に組織へパーパス・マネジメントを広げていくため、どのようなプロセスを踏んでいくのですか

丹羽:方法論として鉄則なのは、組織の中で影響力の高い人から取り組むことです。いくら若手が「パーパスが大切」「幸せに働きたい」と言っても、上司が「つべこべ言わずにやれ」というスタンスでは、なかなか組織は変わりません。私たちはよく合宿形式で代表や経営陣に対して「Purpose策定ワークショップ」をおこなっているのですが、そこではまずなんでも話し合えるようなチームビルディングを行います。一人ひとり個別のコーチングも行なって、自分のパーパスを明確にし、どんな仕事をやりたいか、どんな組織をつくりたいかといったことを明らかにします。そしてそれぞれのパーパスを持ち寄って、それと照らし合わせながら会社のパーパスを改めて考えます。

WORK MILL:会社の前に個人のパーパスから考えるんですね。

丹羽:個人のパーパスがしっかりないと、「自分が興味あるわけではないけど、流行ってるから」とか、自分ごとで考えられなくなってしまうんです。それは部下や他の社員にも伝わりますし、パーパスとして機能しません。

WORK MILL:ただ、経営陣の多くは、これまでの組織の中で成果を出してきた方々ですよね。ある意味仕事に邁進してきた人が、「個人としての存在意義は?」と問われても、なかなか思いつかないのではないでしょうか。

丹羽:そうなんですよね…。世代的にもそうですが、大きな会社で出世してきた人の多くが、上司から指示されたことに対して期待以上に応えてきたということ。それはそれで素晴らしいんですけど、そんな人がトップに上り詰めると、誰も指示してくれる人はいませんから、自分たちで会社の方向性を定めていかなくてはならないわけです。そんなときに「自分が本当にやりたいと思えることは?」と問われると、戸惑う人は多いんです。ですから、私たちがコーチとして関わることで、自分の内発的な意思を見つめ直して、本来的にやりたかったことやなりたい自分の姿を見いだしていきます。そこで気づきを得た経営者は、これまで通り部下へやみくもに「働け」と言うようなことはなくなります。

WORK MILL:実際にコーチングを受けた経営陣はどのように変わっていくのですか。

丹羽:ある企業では、そもそも経営陣があまり一枚岩になれていない状態でした。合宿を行うこと自体にも納得のいっていない人もいた。それが、3日間のワークショップを行ったことで、前提となる相互理解の状態が築けて、会社のパーパスもみんなで納得したうえで合意することができました。その過程でしっかりと経営陣も一枚岩になることができたんです。そこから、そのパーパスを実現するためにはどんな新規事業や人事制度があればいいのか、各部署の取り組みレベルにブレークダウンして実行されつつあります。結果として、社員が受け身体質から主体的になって、組織の風通しや企業風土もよくなってきました。

WORK MILL:「個人のパーパスと組織のパーパスが重なれば重なるほど社員が幸せを感じ、組織の生産性も上がる」とのことですが、それぞれパーパスを見定める過程で、「思ったより重ならなかった」「自分のパーパスはもっと別のところにあった」と気づく人も出てくるのではないでしょうか。

丹羽:どれくらい重なるかどうかは人によって異なりますが、やはり「どう考えても会社のパーパスと自分のパーパスは違う」と気づいてしまう人は出てきます。ただ、それがわかったことだけでも第一歩ではあるんですよね。もちろん、それでもその会社に居続けるという選択をすることもひとつですが、それが本人にとって幸せかどうかは難しいところ。無理してその会社に残っても、その人はずっと仕事をしている時間はつらいってことですよね。おそらく会社にとっても、その人が仕事をしている間アンダーパフォーマーになってしまうことは、マイナス要素となる。人生のうちの長い時間、仕事に費やすわけですから、同じ時間働くならハッピーなほうが絶対いいじゃないですか。ですから、できれば違う会社や環境を探したほうがお互いにとっていいことだと思います。


前編はここまで。後編では、ボトムアップから考えるパーパス・マネジメントや、社員の幸福度を向上するための実践的な方法についてうかがいます。 

 

2019年2月19日更新
取材月:2018年11月

 

 テキスト: 大矢 幸世
写真:中込 涼
イラスト:野中 聡紀