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「好き」を信じて、小さく生み出すワークスタイルを―スマイルズ・遠山正道さん

世の中の体温を上げる。当たり前の中に新しい価値を見出す。やりたいことをビジネスにしよう――食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」やセレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」などを展開するスマイルズの代表・遠山正道さんは、明快で温かみのあるメッセージを発信しながら、柔軟な働き方を実践しています。そんな遠山さんに、スマイルズでの制度や取り組みを聞きながら、「これからのよりよい働き方」について一緒に考えてもらいました。 

後編ではスマイルズでの採用基準や社風の捉え方の話からスタート。軸を持つことの重要性や、大企業での働き方を変える具体的なアイディアなど、さまざまな話題で盛り上がりました。

「スマイルズさん」は、愛される人格であってほしい

WORK MILL:いま、組織として何か大きく課題だと感じていることはありますか。

遠山:そうですね……「もっとこうしよう、こうしたい」とか思うことはいろいろとありますが、差し迫って「ここが課題だから、何とかせねば」とネガティブに捉えていることって、そこまでないですね。

ー遠山正道(とおやま・まさみち) 株式会社スマイルズ代表取締役社長
1962年、東京生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、三菱商事株式会社に入社。1999年に「Soup Stock Tokyo1号店を開店。2000年、三菱商事初の社内ベンチャー企業「株式会社スマイルズ」設立。2008年、MBOよりスマイルズの株式を100%取得し、三菱商事を退社。著書に『成功することを決めた』(新潮文庫)、『やりたいことをやるというビジネスモデル』(弘文堂)など。

自分に将来の目標があったら、現場でのアルバイトさんとの接し方、お客様からのご意見も、すべてが肥やしになるじゃないですか。そうやって仕事を自分事にしていけば、働くことは楽しくなるし、無駄なく力になっていきます。一人ひとりが「自分事」として仕事に向き合える環境をつくるのが、会社や組織の役割かなと思っています。

 WORK MILL:スマイルズには主体性を持って、楽しんで働いている方が多いなと感じます。採用時には、どのような点を重視されていますか。

 遠山:採用については「自分に動力のある人」を採用したいと思っています。貨物を引く汽車の先頭車両のイメージですね。できれば「その動力を使って、どこへ行って何をしたい」という思いまであると、スマイルズの環境を十分に生かせて、お互いにハッピーです。そんな採用の仕方なので、スマイルズにはいろんなタイプの人間がいて、我ながら多様性にあふれている職場だなと感じます…

 WORK MILL:なるほど。

 遠山:一方で、「そのブランドらしい」人が多いなと思うのはマークスアンドウェブですね。マークスアンドウェブの社長の松山くんは、実は後輩なんです。慶応卒で博報堂に入って、三菱商事に転職し、その後で実家の石鹸工場を継いだ。もともと町の下請け工場だったものを、彼が自らオリジナルのブランドに変化させていった。然るや。本社も工場も、すごくキレイで素敵なところなんですよ。ブランドの人格がよく見えます。

 WORK MILL:ブランドの人格、ですか?

 遠山:スマイルズでは、会社のブランドを人に例えて「スマイルズさん」「Soup Stock Tokyoさん」と呼んでいます。ブランドを人格として捉えて考えると、自分たちが大事にしたい価値観がわかりやすくなるんです。企業として考えると利益第一になりやすいですが、「何よりも優先してお金が大事な人」って考えたら、絶対イヤじゃないですか(笑)

 WORK MILL:確かにそうですね。

 遠山:私たちは「スマイルズさん」が、自分たちが心から愛せる人であってほしいと願っています。その価値観から生まれた優先順位によって、さまざまな意思決定が行われていると、体温のある会社になると思います。

ゼネラリストには後からでもなれる

WORK MILL:遠山さん自身は、これからどんな働き方をしていきたいと考えていますか。

 遠山:フットワークを軽く、いろいろなことを試してみたいです。その一環として、「交換留職」や「業務外業務」を始めたりしました。ほかの会社、今までと違う環境に行って、お互いに少しずつ首を突っ込んでいる状態を、さまざまな場所でつくっていきたい。そうすることで、相対的に自分の強みや弱みが、今よりもはっきり見えるようになってくるはずなので。

 WORK MILL:昨今では複業に注目が集まる一方で、「本業が疎かになるのでは」とリスクを懸念されている方も少なくないようです。

 遠山:リスクという考え方とは少しずれますが、今いる環境から外に出て活動を広げる上では、何かしら自分の中に軸があった方がいいですよね。以前、私の娘がロフトワークの林千晶さんに進路相談をしたことがあるのですが、その時に「ゼネラリストには後からでもなれる。専門性を追求するのは早いうちの方がいいから、やりたいことがあったら思いっきり打ち込むべきだ」とのアドバイスをもらったそうです。私も、そのほうがいいなと思います。

 WORK MILL:その専門性が、軸になると。

 遠山:専門性はもちろんですが、「好き」や「興味」でもいいと思います。私にも、「経営者の遠山」とか「アート好きの遠山」といった軸がある。軸があると、そこをフックにいろいろな情報が引っかかりやすくなるし、自信も持ちやすくなります。最初からゼネラルでいようとすると、ちょっとフワフワとしてしまう。新しい場所に入っていこうとすると、必ず「何をやっている人なんですか?」と説明を求められますからね。そこで軸を持っていないと、せっかくの貴重な情報や経験も、自分の中に引っかからずにすり抜けていってしまう気がします。ただ首を突っ込むだけじゃ、どこにもたどり着けませんから。

小さく生んで、大きな喜びに

 WORK MILL:いわゆる大企業では、どちらかと言えばゼネラリストを育成する傾向にあると思います。そういう環境下でも、個人が意識的に自分の「好き」を突き詰めて、軸を見出していくことが重要ですね。

 遠山:自分なりの「好き」を信じることが、始めの一歩ですね。そこから方向性を定めて、誰かを説得するときに言い切れる何かができると、さらに前に進んでいけます。

 WORK MILL:歴史があったり規模が大きかったりする会社では、なかなか思うように時代に合った働き方にシフトできず、悩んでいる方が多いように感じます。もし、遠山さんが老舗の大企業から「うちの会社の働き方を変えるにはどうしたらいいか?」と尋ねられたら、どんなアドバイスをしますか。

 遠山:何かを生み出していく現場を、どんどんつくったらいいと思います。その上でコツが2つあって。1つは、中央からなるべく離れてやること。現状で子会社があったら、決裁者のいない孫会社をつくって、そこでいろいろと実験してみる。もう1つは、小さくやること。小さければ小さいほどリスクは少ないから、その分思い切ったことができます。うちで言えば、出資先の一つである森岡書店がわかりやすい例ですね。「5坪で1冊の本を売る店」だから、皆さんが面白がってくれて、海外でも話題になりました。あれがもし「150坪を5000万円で買って書店をつくろう」という話だったら、1冊の本だけを売るなんてできなくて、普通の本屋になってしまっていたでしょう。

 WORK MILL:規模が小さいからこそ、強いユニークネスが生まれたと。

 遠山:Soup Stock Tokyoも、中央から離れて、小さく始めたブランドです。私が三菱商事からケンタッキーに出向していた頃に、当時の社長の個人会社で1号店をオープンさせました。社長1人のハンコさえあれば話が進むから自由度は高いし、小さいから小回りも効きました。

 WORK MILL:小さく何かを始める事例がポツポツと出てくると、それに勇気づけられて「自分も何かやってみよう」と動き出せる人が増えてきそうですね。

 遠山:そうやって「個人の夢」を尊重する空気が、職場に生まれてくるといいなと思います。個人の夢なら、狙うのも現実的なラインで、その人の一家が食えるくらいのビジネスでもよかったりするわけで。森岡書店も檸檬ホテルも、三期目を迎えましたが単位は小さくともしっかりと黒字になっていて、立派です。

 力まずに浅い呼吸で生きていけて、でも喜びはすごく大きい。規模やエネルギー量は小さくていいけど、やりがいは十二分にある スマイルズは、そういう小さな商いが集まった、村みたいな場所になっていくのかな。「スマイルズ村に行けばユニークな人に出会えるし、何か新しいことができる」と思われるようなコミュニティでありたいですね。

編集部コメント

前編から通して、『「作業」を「仕事」に変えていく楽しさ』、『主体性のある意志がなければ、いくら制度があっても意味がない』などいくつもの言葉が心に刺さりました。特に、会社のブランドを人格として捉える、という考え方はとても分かりやすく、以前に取材しましたRebuilding Center Japanも同様に企業理念を人格化することで組織の文化や価値観を共有しやすくして事業を進めていました。

「世の中の体温を上げる」という遠山さんのメッセージですが、まさに個人の夢や自主性の尊重を通して、メンバー(従業員)の体温を上げながら社会(世の中)に対して新しい価値を見出しているのではないでしょうか。私もまずは、小さい改革を積み重ね、仕事を楽しくすること。そして体温を上げて、大きな喜びを生む仕事を目指していきたいです。(山田

2018年9月4日更新
取材月:2018年7月

テキスト:西山 武志
写真:岩本 良介
イラスト:野中 聡紀

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