不確かな時代の羅針盤 ― KAOSPILOTから紐解く日本の未来の働き方
2018年3月28日に発刊された『WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE 02』。第2号では「世界一幸せな国」と称されるデンマークの働き方、学び、暮らしについて取材し、彼らの生きかたから日本の目指す方向性を考えてきました。
4月25日、その発刊記念カンファレンスとして行われた「Future Work Style Session 2018 Spring」。当日は基調講演として、デンマークのビジネスデザインスクール・KAOSPILOT(カオスパイロット)プログラムディレクターのDavid Storkholm(デイビッド・ストークホルム)さん(以下、Davidさん)とプログラムの共同開発者であるPaul Natorp(ポール・ナトープ)さん(以下、Paulさん)を迎え、その他4つのセッションが行われました。
今回はセッションの様子を振り返りながら、「誰しもがクリエイティビティを持っている」というKAOSPILOTの信念をもとに、あるべき「これからの日本人の働きかた」とそれを実現する方法を紐解いていきます。
「Yes」からはじまる学びの文化の醸成
1991年、デンマークに設立されたKAOSPILOTは、北欧のみならず世界中から20代から30代の若年層が集まり、クリエイティブ・アセット(創造的な資産)を高めるために独自のカリキュラムが行われています。これまでに約900名の卒業生を輩出し、「チェンジメーカーを育成するビジネススクール」として名を馳せるようになりました。
「教育は本来、ある特定の仕事に『合わせる』ためではなく、本来その人が持っている個性に基づいて能力を高め、醸成していくために行うものです」と話すのは、KAOSPILOTのクリエイティブリーダーシップ共同開発者で、プログラムディレクターを務めるDavidさん。KAOSPILOTの特徴的な教育方針は、その成り立ちが大いに関連しているのだと言います。
KAOSPILOT創業者のUffe Elbæk(ウッフェ・エルベック:現 政党The Alternative代表)は、80年代初頭から、ユースムーブメント団体The Frontrunnersを率いて、ギャングなどアウトサイダーたちのエネルギーをポジティブに転換し、政治的な活動やイベントを主催していました。そこから派生的に、自ら仕事をつくり、その名の通り「カオス(混沌とした)」な時代のなかで、クリエイティブ・リーダーシップを発揮できる「パイロット」を育てるために、教育機関が設立されたのです。
KAOSPILOTの教育の土台(ドメイン)となっているのは、
- クリエイティブ・プロジェクト……アイデアを具現化する能力
- クリエイティブ・プロセス・デザイン……プロジェクトを具現化するためにプロセスをデザインする能力
- クリエイティブ・ビジネス・デザイン……上記をビジネスの場でも着地させる能力
の3つ。生徒たちは「価値を創造する」ことを意識しながら、この3つをプロジェクトの中で実践することによって、リーダーシップを発揮していきます。
KAOSPILOTで特徴的なのは、座学的に何かを一方的に教えるような「講師」はおらず、生徒が進めるプロジェクトをサポートする「チームリーダー」がいること。そしてチームリーダーが主体となり、生徒一人ひとりが能力を発揮できる環境を作っていることだと話すのは、KAOSPILOTのクリエイティブリーダーシップ共同開発者であるPaulさん。チームリーダーと生徒との会話は、しばしば「あなたの夢はなんですか?」という質問からはじまるのだと言います。
「ある生徒の夢は『チベット初のサッカーのナショナルチームを作ること』でした。あまりに壮大な夢すぎて、彼は話すのをためらったほどです。けれどもチームリーダーは『素晴らしいね! そのために何ができるかな?』と賛同した。彼は夢を実現するためのプラットフォームとして教育を活用しました。そして、北欧初の国際試合の開催に至り、その結果ダライ・ラマを招待することができました。最初はどんなに小さなプロジェクトでも途方もない夢でも、それを実現するために必要なプロセスを構築し、それを可能とする環境をつくりだすことで、大きな成果として結実する可能性があるのです」(Paulさん)
KAOSPILOTでは、次の3つのような方向感覚で学習が進められます。まず「自分とは何なのか」を知ること。自身を個人として捉え、何がしたいのか、ゴールはどんなことなのかを理解します。
次に、チームを作ること。ゴールを達成するために必要なメンバーを集め、お互いの背景や考え方を理解することで信頼関係を構築し、相互に連携していく環境を作っていきます。
そして、「Practice(実践)」。ゴールを達成するために何ができるのかを理解し、学習を通して物事の見方を刷新し、チーム内で互いにインスパイアされることで新たな課題解決方法を見出し、それを実践することで、驚くような成果が得られるのです。
とにかく「自分の頭で考え、自ら手と心を動かし、実践に次ぐ実践」によってクリエイティブ・リーダーシップを身につけるというKAOSPILOT のアプローチ。DavidさんとPaulさんはセッションの最後に「ちょっとした実験による実践」と称し、会場全体でワークショップを行いました。
二人組になって、「あなたは今、何をしたいですか?」から質問をはじめ、それに対して
“Yes, and what I love about that is……. And, we could also……“
「(いいですね! 私はその考えの……というところが好きです。それなら、私たちは……といったこともできますよね)」
と、会話を広げながら共通の話題を作り上げていくのです。
会場からは「どんな突拍子もないことでも許容されるのが嬉しかった」「否定をせず肯定から入るので、どんどん広げていこうという意識になった」という感想が聞かれました。
「ゲームのように見えるかもしれませんが、すべては実践からはじまります。その根底にあるのは、同じ環境に身を置く一人ひとりが『学びの文化の醸成』に深く関与していること。そしてその学びによって誰もが成長している、ということです。その信念を持つことは物事をグロースさせるうえでも大切なことです。まずは、『Yes』と言ってみるところから、はじめてみてはいかがでしょうか」(Paulさん)
基調講演に続く第1セッションには、以前WORK MILLにも登場した株式会社Laere(レア)共同代表の大本綾さん(以下、大本さん)が登壇※1。WORK MILL編集長の遅野井宏とともに、「デンマークに学ぶクリエイティブな働き方」について対談しました。
2012年から2年間、実際にKAOSPILOTで学んだ大本さん。その卒業課題での苦い経験について振り返りました。「日本とデンマークをつなげる」をテーマに、半年間にわたって複数のプロジェクトを行ったところ、そもそも「日本とデンマークを繋げて未来を創るための最初の一歩として、どのような問いを設定するか」という点で内省が足りなかったため、最終試験の際、校長やリーダーから思うような評価が得られなかったと言います。「たくさんのプロジェクトを実行したこと」よりも、「質の高いプロジェクトを実行できること」が評価されるのです。「一言、『アヤ、“Work hard”ではなく“Work smart”なんだよ』と言われて、涙が出るほど悔しかった。一生懸命やったかどうかではなく、生産性や効率性を考え、いかにコンセプトを練り上げ、それを着地させるかを問われていたんです。今となっては、働き方という文脈において大きなインスピレーションの源になっています」(大本)
デンマーク社会の働き方として、対話の中では、労働、余暇、睡眠にそれぞれ8時間割くことが理想とされる「8×3」の考え方、雇用の流動性を高めながら、労働者の社会保障とリカレント教育を担保する「Flexicurity(フレキシキュリティ)」政策、デンマーク駐日大使の「デンマーク人は『自分の時間を生きている』から生産性が高い」という言葉など、さまざまなエピソードとともに紹介されました。
※1 WORKMILLでは以前、大本綾さんにインタビューしています。是非、こちらもあわせてご覧ください。
コラボレーションが生むクリエイティビティと、それを引き出すデザイン思考
そして第2セッションでは、BCGデジタルベンチャーズ Head of Designの石川俊祐さん(以下、石川さん)とTakrum代表の田川欣哉さん(以下、田川さん)が登壇。Forbes Japan編集次長の九法崇雄さん(以下、九法さん)とともに、「デザイン思考」をビジネスの現場で活かす方法についてディスカッションを繰り広げました。
そもそも「デザイン」とは何か、その言葉は非常に広範なものとなってきていると指摘したのは田川さん。「グラフィックを作る」など、いわゆるデザイナーの仕事としてイメージされるような一般的なデザインに加え、2000年以降、テクノロジーとデザインを掛け合わせた「デザインエンジニアリング」と呼ばれる領域、ビジネスとデザインの橋渡しをする「ビジネスデザイン」と呼ばれる領域が加わり、よりハイブリッドなものとなっていると言います。「デザインの定義は更新され続け、今や企業の価値に直結するほど重要なものとなってきているのです」(田川さん)
石川さんも、かつてデザイン会社IDEOで働いていたころ、同僚には建築家や心理学者、フードサイエンティストや手品師など、さまざまな背景を持った人びとがいるにもかかわらず、全員「デザイナー」という肩書きだったと振り返ります。多様な人びとが関わり合い、その掛け算によってクリエイティビティが生まれるのです。「すべては『人からはじまる』というのが、IDEOの信念でした」(石川さん)
その中で、「人の心をつかむようなモノやサービスを生み出すために必要なこと」を考えたとき、阻害要因のひとつとなっているのは、大企業特有の「分断された組織構造」だと田川さんは指摘します。「顧客視点からすると、企業の提供する価値が明快でシンプルなものほどすんなり受け入れられます。しかし、多くの場合、企業が生み出しているものは分断的でパッチワーク的なものになっています。営業、マーケティング、企画、設計などの部門ごと…あるいは事業ごとに分断されている中で、本来デザイナーは統合的な視点ですべてを束ね合わせる仕事をしなければいけません」(田川さん)
石川さんは、モノやサービスを生み出す際、企業側がそもそも「何のためにつくるのか」、チームとして考えられる体制になっていないと言います。「目的を明確にし、『不特定多数のため』のモノではなく、『この人のため』と名指しできるくらいターゲットを明確にして、『この人が喜んでくれるためにはどうすればいいのか』と考えぬいてモノづくりを行ったほうが、非常に優れたモノが生まれる可能性が高くなる。それが可能となるチームビルディングが重要だと思います」(石川さん)
企業に勤める多くの人が必ずしもクリエイティブに関わる職種でなくても、「デザイン思考」が必要となるその理由は、これからの時代にふさわしい働き方が「コラボレーション」にあるからだと指摘する石川さん。さまざまな背景の人びとを「マネジメント」するのではなく、「モチベート」するために必要なのがデザイン思考だと言います。
また、アップルやグーグルなど優れた企業ほど、デザインを経営の中核に位置づけ、各事業の上流工程からデザインのフィルタを通すことで、価値の高いモノやサービス、体験を生み出し、それ自体が顧客のロイヤリティを高めているのも事実です。「デザイン・リテラシーは『役に立つ』かどうかではなく、もはや『必須』のもの。経営者やビジネスパーソンは、そこに着眼を持ってほしい」(田川さん)
イノベーションを生む組織に不可欠な「対話」
続く第3セッションには、埼玉大学大学院人文社会科学研究科の宇田川元一准教授(以下、宇田川さん)が登壇。「イノベーティブで協働的な組織のあり方」について探りました。組織論、とりわけ対話を通じた「ナラティヴ・アプローチ」による組織論研究を専門とする宇田川さんは、日本企業がイノベーションを起こしづらい状況に陥っている理由を「組織の中で語られるものの範囲がとても狭いから」と、独自の視点で指摘します。「組織のオペレーションに違和感を覚えたり、モヤモヤしたりすることを正直に話しづらい。そういった状態で新しいアイデアを形にすることは難しいんです」(宇田川さん)
そこでとりあげたのは、随筆家のナシーム・ニコラス・タレブによる著書『反脆弱性』。新しいアイデアが生まれたとき、そのままの状態では、外部からの衝撃によって壊れてしまう性質「脆弱性(Fragility)」を持っています。そしてそのアイデアを形にする際、これまでのような戦略的な組織では、外部からの影響を受けないような「頑健性(Robustness)」を目指していました。けれどもこれからの時代、外部からの衝撃によってより強くなるような「反脆弱性(Anti-Fragility)」を目指すことが、不確実性の高い世の中においてはふさわしく、それこそが「進化する組織」のあり方だというのです。
「イノベーションは世の中になかったものだからこそ、エビデンスの確証度は低いです。その場合、戦略的な組織では認知される不確実性が上がり、棄却されてしまうのです。そういったイノベーションのジレンマを克服するためには、何か受け入れがたい『変なモノ』が出てきたとき、きちんと意味づけられるような組織であることが重要になってくるのです」(宇田川さん)
そのために必要なのが、ナラティヴ・アプローチ。違和感やイヤなことも含めて語れるような「対話」が、進化する組織の手がかりとなります。「たとえば、『満員電車ってイヤだよね』と話したとき、『みんな一緒だから耐えろ』ではなく、『そもそも、同じ時間に通勤する必要があるのか?』という問いが立てられるような組織だと、解決するためにまったく違うアプローチができる。そういう対話ができる組織づくりが必要なんです」(宇田川さん)
また、合わせて重要なのが「当事者性を生みだすこと」だと語る宇田川さん。どんなに対話の重要性を訴えても、当たり障りのない言葉をかわすだけでは、何も変わらない。課題解決やゴールを目指すために、当事者として考え、それを互いに表明すること。相手を尊重し、「対話の力」を信じることが必要だと言います。
「よく『こんなアイデアがあるけど、役員や上司から反対を受けている。どうしたらいいですか』と相談されるのですが、『なぜその人は反対しているのですか?』と聞いてみると、その理由はあまりわからない、と。『自分のアイデアは正しいけど、相手が間違っている』というのは『モノローグ』であって、対話ではありません。対話…つまり『ダイアローグ』は、『相手も自分と等しく正しさを持っている』というのを認めることからスタートします」(宇田川さん)
現代において、私たちが取り組まなくてはならないのは、「適応課題」…つまり答えのない課題。ロナルド・ハイフェッツが著した『最難関のリーダーシップ』でも、想定外のことが起きたとき、まずそれを認め、それがなぜ発生したのかを観察し、解釈して、行動へ介入する「対話的アプローチ」が必要だと解かれています。「組織の中で異なる価値観に出会った時、相手を説き伏せようとすることは、相手の信じることを『価値がない』とねじ伏せるようなもの。自分の正しさを一度保留にして、相手の考えにも一理あることを認め、相手の考えと自分の考えとの間の接点を探ることに根気強く取り組む。そうした対話的アプローチによって、いつの間にか問題の解消につながることもあるのです」(宇田川さん)
最後の第4セッションでは、日本マイクロソフトのシニアマネジャー輪島文さんが登壇し、「生産性26%向上を果たした」という自社の新しい働き方の実践例を紹介。グループウェアを活用した「働き方の見える化」、オンタイムでデータを引き出したり、ステークホルダーをチャットで呼び出したりして、意思決定に必要な情報を即座に集める「即断即決の会議」、チャットツールを活用し、社内外に対して「会話で巻き込み力を高める」という、3つの取り組みを具体的なエピソードを交えて話しました。売上や予算管理などのデータはクラウド上で共有され、社員が一覧できる状態になっており、「今や日本マイクロソフトでさえ、会議資料を事前準備するためにExcelを使わない」という事実は、会場に大きなインパクトをもたらしました※2 。
実践によるクリエイティブ・リーダーシップの習得、「学びの文化」の醸成、多様な人とのコラボレーション、ナラティヴ・アプローチや他者との相互理解…。日本企業がイノベーションを起こすため、そして日本人がより良く働くため、さまざまな論点やヒントがシェアされた今回の「Future Work Style Session 2018 Spring」。このセッションを契機に、一人ひとりが「自分らしい働き方」を内省し、「どのようにチームへ働きかけるべきか」、問い直してみてはいかがでしょうか。
現在発売中の『WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE 02』では、「デンマーク 『働く』のユートピアを求めて」をテーマに、さらに考えを深められるトピックを紹介しています。ぜひご覧ください。
※2 関連記事(Forbes JAPAN)_「日本マイクロソフトの事業生産性はなぜ、劇的に向上したのか」
2018年6月18日更新
取材月:2018年4月
テキスト:大矢 幸世
写真:WORK MILL編集部