働く環境を変え、働き方を変え、生き方を変える。

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「働きたい」と「育てたい」 ー キャリアデザインの新たな選択肢「ママスクエア」

「女性活躍推進法」の施行以来、仕事と子育てを両立しやすい職場環境づくりは企業にとって課題のひとつ。少しずつ制度や環境が整いつつある中、「保活」がうまくいかずに保育費の高額負担を余儀なくされたり、一度は復職したものの「2人目の壁」を前に、仕事を諦めてしまったりと、厳しい選択を迫られている人は少なくありません。「スーパーウーマンにならなければ、仕事と子育ての両立は難しい」と考える女性も多いようです。 

そんな中、キッズスペースとワークスペースを一緒にした、まったく新しいワークスタイルを実現しているのが、株式会社ママスクエアです。そこでは、子育て中の女性が子どもを連れて出勤し、キッズスペースに子どもを預け、コールセンターやバックオフィス業務などに携わっています。前編では代表取締役の藤代聡さんに、ママスクエア創業のきっかけと、そこで働く人たちにもたらすバリューを伺いつつ、実際に働く方の声にも耳を傾けました。

面接すら受けられない現実……子育て中のポテンシャル人材が活かせる環境を

WORK MILL:「ママスクエア」を設立されたきっかけは?

藤代:私はリクルートを退職してから、「ディアキッズ」という親子カフェを運営してきました。親子カフェにはキッズスペースが併設されていて、キッズスタッフやカフェスタッフにも子育て中の女性を積極的に採用してきたんです。
それで、スタッフの面接を行っていると、特に主婦の方から「ありがとうございます」と丁寧に挨拶されるんです。いや、こちらこそ「求人広告を見て、わざわざ来てくれてありがとうございます」という感じなのですが。

―藤代聡(ふじしろ・さとし) 株式会社ママスクエア 代表取締役
1966年、東京都生まれ。平成元年、株式会社リクルートフロムエー(現リクルートジョブズ)入社。10年間の営業で3500社のクライアントを担当し、その後、事業企画部、メディアプロデュース部へ異動。タウンワークの全国展開プロジェクトのプロジェクトリーダーを務める。37歳で退職。2004年3月に親子カフェ「スキップキッズ」創業。1号店となる西葛西店をオープン。2013年10月株式会社ディアキッズを立ち上げ。2014年12月株式会社ママスクエアを設立。同社代表取締役就任。

藤代:履歴書を見てみると、とても優秀な方が大勢いらっしゃるんですよ。「メガバンクで人事やってた」とか、「大手流通チェーンで店舗開発やってました」とか……、驚きます。なかには、面接中に感極まって泣き出してしまう方もいて。「どこに応募しても毎回断られて、面接してもらえただけで光栄なんです。ありがとうございます」と。
要は、「子育て中の主婦」という時点で、他の企業や店舗からは断られてしまうというのです。電話口で「子どもが2人います」というと、募集枠が埋まったと断られたのに、翌週、そのお店の求人広告がまた出ている、とか。「面接はおろか、履歴書さえ見てもらう機会もない」と。

WORK MILL:「子育て中の主婦というだけで面接も受けられない」というのは、衝撃的ですね……。

藤代:「自分はこれほどまで、世の中から必要とされていないのか」と、みなさん自信を失っているんです。けれども、そういった方々を採用してみると、とても真面目だし優秀だし、きちんと仕事をこなしてくださる。学生とフリーターの欠勤率と主婦の欠勤率を比べると、主婦の方のほうが低いんですよ。休むとしても、ちゃんと連絡してくれますしね。
スタッフが手薄になった時も、「もし子どもを連れてきていいなら、シフトに入りますよ」と主婦の方が申し出てくれて、積極的に協力してくださるわけです。カフェのはじっこで小学生のお子さんが宿題をやりながら、お母さんはホールスタッフとして働いてくれて……。主婦も、そういった柔軟な働き方ができる環境なら、無理なく働けるんだな、という実感があったんです。
そこで、こういった方が働く環境として、「キッズスペースを併設したオフィスを作ればいいのではないか」と考えました。私たちのプランに複数企業から協賛をいただく形で、2015年4月に「キッズスペース付きワーキングカフェ」として、ララガーデン川口にママスクエアの第1号店をオープンしました。

高い山を登らせるのではなく、まずは目の前の一歩から

WORK MILL:結婚や出産前はバリバリと働いていた方が働き続けられなかった、という現実はシビアですね。企業からは「子育て中の主婦を中心としたパート・アルバイトによる、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)サービス」というのは、すぐに賛同を得られたのでしょうか。

藤代:企業としては、CSR的な観点からも、「子育て中の女性人材の活用」は取り組むべき課題だと感じている。ただ、どう取り組めばいいのか、ノウハウがないわけです。私はそれまでのビジネスを通して、主婦の方がやりがいを持って働ける環境づくりには「配慮」が必要だと感じていました。
たとえば、最初の面接では「週に1回しか出勤できません」と言っていたのですが、最終的には店長として働くことになったスタッフがいました。その方はとても仕事の早い人で、周りからの信頼も厚かった。「もう1日お願いできませんか?」と少しずつできる範囲を増やして昇格してもらったのです。
ある時、新店オープンに際し店長をお願いした方に、「子どものこともあるし、私にはムリです」と断られてしまいました。そこで店長補佐を提案したところ、「それなら」ということで承諾をいただき「店長不在」のままお店がオープン。「店長は、いつ決まるんですか?」という質問に「うーん、いま探しているんだけど、なかなか見つからなくて」とかなんとか言いながら、結局、実質的に店長をやってもらった結果、正式に引き受けていただくことになりました。

WORK MILL:店長になるつもりはなかった方を「その気にさせた」んですね。

藤代:そうですね(笑)やっぱり、最初から高いところを目指そうと思うと、気遅れしてしまうんですよ。子どもの急な病気やケガもあるかもしれないし、PTAや保護者会だってある。だから、大役を引き受けるのには躊躇があったんですね。「扶養の範囲内で、おこづかい程度にできればいい」と思っている人もいます。

でも、サポートしながら、一歩ずつ進んでいくと、結果的に登れるんですよ。2年経って振り返ってみると、ビックリするほど高いところにいた、みたいな(笑)でもそれは本人にとっても大きな自信になるんです。
ここに来る前はみなさん、「幸せの尺度」が少し低くなっているんです。仕事から離れて、子育てに専念するようになると、「感謝と評価を受ける機会」が一気になくなってしまう。
僕がキッズスペースにいるとき、子どもさんが立ち歩きを始めたので、その子のお母さんに「あ、立ち歩き上手ですね」なんて、声をかけたんです。すると、その方がわぁっと泣き出されてしまって。「ダンナさえ、この子が立ち歩きしてることに気づかず、私しかこの子の立ち歩きを見てないのかと思うと寂しくて……。気づいてくれて、ありがとうございます」ってまた、号泣ですよ。

WORK MILL:よくお母さん方を泣かせてしまうんですね……(笑)

藤代:いやぁ……参りますよ。大したことを言ったわけじゃないのに(笑)でも、お母さん方って、ともすると、仕事をしていたときよりも大変な状況下に置かれていると言えるかもしれない。
会社員なら基本、8時間労働ですけど、ママ業は「365日24時間休みなし」ですからね。それなのに、ご主人からも「ありがとう」とか、「よくここまで育ててくれたね」と言われることも少ない。感謝も評価もない中で、仕事をはじめようと思ったら何件も断られる……というのは、心が折れてしまうんですよ。
だから、うちに来てくれるときには、「働けるだけでうれしい」と思ってもらえているのではないでしょうか。

藤代:我々は、お母さん方に2つの価値を提供していると考えていて、1つは、「就活と保活の一挙解決」。保育園に応募しようとすると、「就職先は決まっているんですか?」と聞かれ、採用面接へ行くと「保育園は決まっているんですか?」と聞かれる。ママスクエアは働く場所と子どもたちの居場所を一緒にすることで、「働きたいけど働けない」状況を解決しています。
もう1つは、社会復帰にあたって仕事のブランクを埋め、自信を取り戻す機会と環境を用意していること。採用面接をしていると、みなさん控えめなんです。どんなに子育て前にバリバリ働いていた人でも、4、5年ブランクが空くと、「WindowsXPは使っていましたが、Windows10はちょっとわからないです……」となってしまうケースも見ました。ママスクエアの業務を通じて、最新版のOSを使うことで、自信を持って、次の転職活動の履歴書に書ける。それが、我々が提供しているメリットなんです。

「私も社会の一員なんだ」実際に働くママの声

ママスクエアで働いているのは、そのほとんどが子育て中の女性たち。彼女たちは、子どもとともに働ける環境で、新たな「社会とのつながり」を見出しているようです。

キッズスタッフ:高橋美妃さん
小学生の長男と3歳の次男の母。児童館や保育所などでの勤務を経て、2017年7月からママスクエアで勤務。
オペレーター:新潟彩子さん
1歳の長女の母。スポーツクラブでの勤務を経て、2017年7月からママスクエアで勤務。

WORK MILL:お2人はなぜママスクエアで働こうと考えたのですか。

高橋:私は、「子どもが幼稚園に入るまでは自分で育てたい」という思いがあって、長男の小さいときにも、一緒に通える託児付き保育所で働いていたことがあったんです。
次男が生まれてしばらくして、今回もそういうところで働きたいなと思っていたところ、ママスクエアがオープンすることを知りました。「あ、ここしかない!」と思いました。幼稚園が終わってからも子どもを連れて来ることができるので、ここで仕事できるようになって本当によかったと思っています。

新潟:私も子どもが小さいうちは近くにいたくて、託児所付きで無理なく働けるところを探していました。もともとはチアリーディングの指導をしていて、夜が遅くなってしまうことがあったので、また働くのであれば、新しい仕事を探さなければいけないな、というのを覚悟していました。

WORK MILL:新潟さんは、それまでとまったく違う仕事だったんですね。

新潟:はい。それまでは、パソコンも「チアリーディングで使う曲順を編集する」くらいしか使ったことがありませんでした。それでも、事前に研修がしっかりあったので、不安なくとりかかることができました。仕事中も、お互いに事例を共有し合ってスキルアップに努める空気感があります。

WORK MILL:実際に働いてみて、いかがですか。

高橋:いつも考えているのは、「子どもたちの安全と笑顔」です。不思議と、他の子どもたちも自分の子どものように大切に思えてくるんですよね。ここにいる子どもたちのお母さんは、ママ友でもあり同僚でもあるので、自然と信頼関係が強くなっていると思います。みんな同じ立場なので、助け合って働いています。

新潟:仕事仲間でもあるし、ママ友でもあるっていうのがすごくいいんですよね。通常の仕事仲間だったら子どもの急な病気などでやむなく仕事に穴をあける時に肩身の狭い思いをしてしまうと思います。一方ママ友だけだと、それぞれ働いている/働いていないという違いもあるし、当たり障りのないように、子どもの話だけになってしまう。
でも、ママスクエアだと仕事も一緒で子どもも同じ場所にいるので、仕事の相談や情報交換、子どもの相談も、分け隔てなくできるんですよね。

高橋:LINEグループでつながっているから、子どもが熱出しちゃった時にもすぐ連絡して、「じゃあ私が代わりに早めに出勤しますね」ってフォローしてもらえるし。

新潟:すぐそばに子どもがいる安心感もあるし、仕事していて、ちょっと疲れたな……と思っても、ガラス越しに子どもが楽しそうに遊んでるのを見ると、「よし、がんばろう」って思えますね。

WORK MILL:お二人にとって、ママスクエアで働く意義は?

高橋:ずっと2人の子どものママ業をやっていましたけど、ここで働いてみて、「私って社会の一員なんだな」ってすごく感じました。子どもたちと一緒に遊ぶ、ということは今までもやっていましたが、それをきちんと仕事として評価してもらえるのは、とてもうれしいです。

新潟:たぶんママスクエアがなかったら、まだ主婦だったんだろうな、と思います。がんばろうと思えたのは、やっぱりこの職場の雰囲気が良かったから、というのもあって。どんよりしている職場にはあまり行きたくないし、この会社のために向上心を持ってやろう、とは思えないじゃないですか。
ここにいるみなさんが仕事仲間であり、ママ友でもあり、いろんな障壁を取っ払ってくれたなと思います。


前編はここまで。後編では、新たなワークスタイルの形が生み出したビジネスの可能性と、社会課題に取り組む意義について、掘り下げていきます。

2018年5月8日更新
取材月:2018年2月

テキスト: 大矢 幸世
写真:岩本 良介
イラスト:野中 聡紀