日本の働き方に求められる「自分の時間を生きる」意識ーWORKMILL ISSUE02 編集後記
2018年3月28日にWORK MILL第2号を発刊しました。コワーキングというテーマで世界各地を横断的に取材した創刊号とは趣向を変え、第2号はデンマークを多面的に深く掘り下げる特集を組んでいます。どのような仕組みがデンマークを世界一幸せな国にしているのか、またそこで暮らす人々のマインドにはどのような特徴があるのか、働き方、学び方、暮らし方という観点から探求しました。
日本人のこれからの働き方を考えるうえで、デンマークは多くの学びを与えてくれる国であり、たくさんのエッセンスが詰まった特集に仕上がりました。是非多くの方にお読みいただきたいと思います。今回はその第2号から誌面に掲載できなかった内容を中心に、編集後記を書き綴っていきましょう。
陽がささない冬のデンマーク
2017年8月の創刊号取材でヨーロッパを訪れた時に体験した日照時間の長さとは対照的に、1月のデンマークは昼間の時間が短く、夜明けは9時頃で16時には暗くなるという中での取材でした。ただでさえ少ない日照をさらに妨げるのが、上空を覆う分厚い雲。着陸時に高度を下げていく際には、まるで雲の上に着陸するかと錯覚するような厚さに見えたものでした。
成田を発って現地時間夕方にコペンハーゲン国際空港に到着後、そのまま最初の滞在地オーフスまで陸路電車で移動。日曜夜に電車で移動する人はそれほど多いわけではなく、ゆったりと旅客列車に揺られながら外を見ると、あたりはすでに漆黒の闇でした。線路の周囲には人家も少なく、街灯も家の灯りも見えない真っ暗闇の中を電車は進み、駅に停車するたびに駅周辺の明るさを感じるものの、すぐに漆黒の闇に戻るという繰り返し。8月のパリは21時でもまだ明るかったのに、と半年前を懐かしみながらオーフス駅のマクドナルドで遅い夕食をとり、さっそくデンマークの消費税の高さをしみじみと体感。
翌朝。午前8時の時点でもまだ夜明け前といった様相でしたが、すでに町は動き出しており、路面電車や自転車で移動する人の流れが生まれていました。滞在したホテルは、本誌巻頭で紹介しているオーフス市の図書館DOKK1のちょうど道向かいに立地していて、部屋からはその巨大な施設の全景がよく見渡せました。窓を開けてバルコニーに出て、DOKK1の入口前で8時の開館を待つ人やオフィスで働いている職員の動きを見ながら、これから始まる取材に思いを馳せたのが昨日のことのようです。
暖かい場づくり
ヨーロッパでもっともコーヒーを飲む国デンマークらしく、取材先ではどこでも温かいコーヒーと甘いお菓子に迎えられました。「共に居心地よく過ごす」という意味のデンマーク語ヒュッゲ(hygge)は、同国の単語でおそらく一番有名ではないかと思いますが、随所でその居心地の良さを体感しました。
デザイン会社コントラプンクト(Kontrapunkt)では取材後に社内のカフェスペースでランチを社員の皆さんと一緒に楽しみながら日本の働き方の課題について議論を交わしましたし、オーフスのポンド(pond)でもデニッシュサンドイッチを食べながら同社とのコラボレーションの可能性について語り合いました。昼だけでなく夜にはご自宅を訪問し、暮らしの中のヒュッゲを体感しながらインタビューする機会も。この「他者とインタラクションが生じる場をいかに居心地の良いものにするか」という意識がとても高い国民性のおかげもあり、取材はスムーズに進行していったわけです。
しかし、こうやって甘いものを都度食べているにもかかわらず、デンマークの方々はとてもスリムな方ばかりなんですね。寒い環境では脂肪を蓄えがちになるのではと単純に思いましたが、寒い中でもランニングをしたり徒歩や自転車で移動したりと、季節を問わず運動を欠かさない。化石燃料から自然エネルギーに転換するという国家的目標を社会全体が共有しているということも、この意識の背景にあるのかもしれません。コペンハーゲンで宿泊したホテルの部屋にダンベルが常備されていたのには驚きました。
一人ひとりの意思が最大限尊重される、デモクラティックな国
学びの取材で訪れた、壁のグラフィティがひときわ目を引く自由高校。生徒たちとの懇談の最中、不意に席を立って先生に断ることもなく教室の外に出た女子生徒がいました。ほどなくして席についた彼女に理由を聞くと「新鮮な外の空気を吸った方が、残りの時間に集中できるから」と答えてくれました。おそらく日本では、許可なく教室を出る生徒は秩序を乱す「お行儀の悪い行為」であり「授業をさぼる態度」として取り扱われ、注意を受けるでしょう。しかし生徒の自主性が最大限尊重されており、先生もそれを容認している。そして、この学校だけでなく、子どもたちは学校運営に対する意思決定のプロセスに参加しており、生徒代表の意見はしっかりと尊重されている。学校側の決定を履行する機能が強い日本の学校の生徒会とは異なる、学校と生徒との「大人の関係」を垣間見ました。
これを表現する言葉である「デモクラティック」は、ヒュッゲ以上に取材期間中最も頻出した単語です。日本では一般的に政治の用語でしかないデモクラティックですが、「デモクラシーはデンマーク人の生き方そのもの」とHappiness Research InstituteのアナリストIsabellaさんは表現していました。小さいころから「自分がやりたいことに影響を及ぼすことができる」という実感を得られることは、間違いなく高い幸福感に直結しています。
コワーキングスペース 5te STED
今回の取材期間中に唯一訪れたコワーキングスペースが5te STEDでした。ミレニアル世代がどんな働き方・生き方の価値観を持っているか。このコワーキングスペースのメンバーを中心に、10名の企業家・組織人に登場いただいています。
コペンハーゲンの繁華街からもほど近く、歴史ある建物の中に3フロアにわたって多数の部屋が連結する構造で、どの部屋も素晴らしいインテリア。とても居心地の良いコワーキングスペースで、インタビュー自体もこちらで実施しました。
このコワーキングの大きな特徴は、ルールがないこと。これまで数多くのコワーキングスペースを訪れましたが、ルールが存在しないというのは極めてユニークです。明文化されたルールでメンバーの行動を制限するのではなく、メンバー相互の支え合いでトラブルなく回っている。こうした運用がうまくいっていることに関して、このコワーキングのメンバーでもあり、インタビューにも登場する岡村彩さんは「デンマークには200年前くらいからコミュニティを作る文化がある」としたうえで、「各自のリーダーシップとコミュニケーションの取り方が必要不可欠です」と語ってくれました。協同組合の歴史も古い国であり、他者との時間を豊かにするヒュッゲやデモクラティックという意識も相まって、デンマークのコワーキングスペースは豊かに機能しているのだと感じました。
自分の時間を生きる、そして今を生きるデンマーク
取材を通じて感じたのは、この国の人々は自分の時間を生きているということ。そして今このときをとても大事にしながら生きているんだな、ということです。キャリアについても、一方通行ではない選択肢が多様に広がる中から主体的に選択できるし、誰に決められたわけではない成長と成功のプロセスを主体的に歩むことができている。
帰国後にデンマーク大使にインタビューした際、「日本人は過去を生きている」といみじくもおっしゃっていて、この実感をさらに強めました。日本は、教育課程や労働環境などの社会システムが画一的であり、過去につくられた仕組みを今も生きている。そして日本人はおそらく自分の時間を生きていない。まだまだ仕事の時間が何よりも優先され、家族との時間は二の次になっている。
自分の時間を生きているからこそ仕事の生産性が高くなる、というのは目から鱗でした。ワークライフバランスを考えれば至極当然のことであるものの、日本人が忘れている感覚ではないでしょうか。日本人が時間外までだらだら仕事をしがちなのも、自分の時間を大事にしていないからだという言い方ができそうです。生産性が上がらないことや、家族との時間を十分にとらないことの言い訳の余地がたくさん用意されている。残念ながらそれが日本の働き方の現状です。
日本の働き方の閉塞感に風穴を開けるのは、「自分は何を大事にして、誰とどんな人生を歩みたいのか」という人生そのものへの問いかけなのかもしれません。
デンマークで得られた知見をギュッと詰め込んだWORK MILL第2号、是非お読みください。この号をきっかけに多くの議論を交わすことができたら最高です。
2018年4月17日更新
取材月:2018年1月
テキスト:遅野井 宏
写真:遅野井 宏