大企業だからこそできることがある―「100BANCH」が生み出す有機的な循環
WORK MILL編集長の遅野井が、気になるテーマについて有識者らと議論を交わす企画『CROSS TALK』。今回は、2017年7月渋谷にオープンした「未来をつくる実験区 100BANCH」プロジェクトの中心人物であるパナソニックの則武里恵さんとロフトワークの松井創さんをお迎えしました。
前編では、100BANCHの立ち上がった背景に、次世代を担う若者との接点として、創業者・松下幸之助の「世界文化の進展に寄与する」という思いを体現する場を作る、という狙いがありました。後編では、則武さん自身のキャリアを振り返りながら、オープン4ヶ月(取材当時)の100BANCHから生まれる変化への兆しや今後のビジョンについて、熱い話が展開します。
これからに必要なのは「労働」ではなく「活動」
遅野井:100BANCHができたことで、何か社内の雰囲気が変わってきた部分はあるのでしょうか。
ー遅野井宏(おそのい・ひろし)WORK MILL編集長
ペルー共和国育ち、学習院大学法学部卒業。キヤノンに入社し、レーザープリンターの事業企画を経て事業部IT部門で社内変革を担当。日本マイクロソフトにてワークスタイル変革専任のコンサルタントとして活動後、岡村製作所へ。これからのワークプレイス・ワークスタイルのありかたについてリサーチしながら、さまざまな情報発信を行う。WORK MILLプロジェクトリーダー、ウェブマガジン・ペーパーマガジン 編集長。
則武:まだ4ヶ月なのでそこまでできていなくて、これからもっと社内の巻き込みは頑張っていかなければ・・・と思っています。ただ、パナソニックの全員にかかわってもらうのは難しいと思うので、今は社内のイノベーターやアーリーアダプターにまず来てもらうにはどうしたらいいかを考えています。そもそも、このカオスを受け入れられて、何かを掴んで帰ろうと思えるような人でないと、ここに来るだけでは何も変わらない気がして・・・。なので今は、社内への発信よりも、100BANCHに多様な人が集まり、この場を面白くするということを優先しています。
—則武里恵(のりたけ・りえ) パナソニック株式会社 コーポレート戦略本部 経営企画部 未来戦略室 100BANCH推進プロジェクト
岐阜県生まれ。神戸大学国際文化学部で途上国におけるコミュニティー開発を学ぶ。パナソニックに入社後、広報として社内広報、マスコミ向け広報、IR、展示会、イベントの企画・運営など、さまざまなブランディング活動を担当。2016年2月より100周年プロジェクトを担当し、2017年7月、渋谷に「未来をつくる実験区 100BANCH」を立ち上げる。
遅野井:則武さんは100BANCHのプロジェクトに参画される前は、広報部門の所属だったと伺いました。
則武:そうですね。社内広報をはじめ、マスコミ向けやIR、事業、直近の2年半は車関連のビジネスをやっているカンパニーなど、ひと通りいろんな形で広報に携わっていて、俯瞰的な部分もあれば、「社会からパナソニックはどう見られているのか」「どういうことを求められているのか」「どんな責任を問われるのか」と外の目と向きあい続けなくてはならない仕事でしたから。
松井:広報畑の人が前面に立ったイノベーションプロジェクト自体、珍しいですよね。よくあるのが、その企業の中では「異端」と呼ばれる方が前に立つことが多いのですが、彼らは自社のコア事業に強い課題感を持っていて批判的になることも多くあります。それを、企業が大切にしているコアとつながりながら、プロジェクトを引っ張っていける人はあまり多くないのかもしれません。
—松井創(まつい・はじめ) 株式会社ロフトワーク Layout Unit CLO(Chief Layout Officer)
千葉大学で都市計画を学び、地域活性やまちづくり等のプロジェクトに学生時代から深く関わる。2012 年よりロフトワークに参加し、企業の新製品・新サービスのコンセプト策定、建築空間・コミュニティの計画からコミュニケーション戦略まで、新しい価値を生むためのプロジェクト・プロデュースを担当。
遅野井:そうか……なんだか、ちょっと身につまされる感じがします。確かに、それは重要な要素かもしれませんね。異端の人はそれなりに世の中にもたくさんいるけど、コアとつながりながら外へ出ていくしたたかさも必要、というか。
松井:則武さんって、保守的な部分と革新的な部分、両方持っているんですよ。大胆に変えていく意思はあるけど、「ここはパナソニックとして絶対守る」と頑なに守るところもあって。その両輪がもしかしたら、本当のイノベーターなのではないかと思うんです。
先日、ここに津賀(一宏パナソニック代表取締役社長)さんが来られて、100BANCHのメンバーとの懇親会が開かれたんですけど、「みんなの『アイデアドリブンで進む』というエネルギーをリスペクトしているし、その頑張りを大事にしてほしい。一方で、パナソニックは、『チームワークで物事を大きく動かす』仕事をしている。このふたつは一見、すぐに接点は見出せないけど、僕らが君たちのようなアイデアやスピードを身につけるか、あるいは、君たちが僕らのチーム力を身につけるか。そうやって、尖ったアイデアがもっと規模を持って、社会にインパクトを与えるような活動も『おもろい』んやで」という話をしてくださいました。おそらく本当に社会を動かすほどのイノベーションは、ちょっとした「おもしろ商品企画」みたいなものではダメで、そこにさまざまな価値観や世界観を内包していくようなものでなければいけないんだろうな、と思いながら聞いていました。
則武:そこにどれだけの世界観を描けるか、ビジョンのようなところに突き動かされるところがあるでしょうね。100BANCHメンバーの場合は、マーケットニーズとかよりも「こうなるはず」「こう信じている」から「これをやるんだ」という信念のようなものがある。その範囲が広がっていって、「あたり前」とか「日常」になってきたときに一つの文化になるのかなぁと思います。
松井:それで思い出しましたけど、ふんどしファッションショーのメンバーが成果報告会で振り返っていたとき、「ショーという“打ち上げ花火”をやってみたけれど、これからいちアパレルメーカーとして、このふんどしを量産するために、生地を集めて、縫製工場をきちんと回して、クラウドファンディングで寄付してくれた人たちに商品を供給する、という現実に向き合わなければならないと考えています」って。
則武:え、今の段階でやっと!?(笑)
松井:当たり前のことに立ち返って(笑)。彼らはまず、とにかく自分のやりたいこと、描きたい世界をやりきる。そして、そのあとにやらなくてはならないことがついてくる、という順番だった。
でもそれは、まさにこのプロジェクトを立ち上げたときの狙いだったな、と。哲学者のハンナ・アーレントが『人間の条件』で「人間には『労働』『仕事』『活動』の3つの動力があって、近代は『労働』が優位となり、残り2つが意味を失いつつある」と定義していましたけど、100BANCHではまさにその「活動」……「自分が本当にやりたい活動ができる場所にしよう」というコンセプトを立てていたんです。実際、そういうメンバーが活動しているし、日々のご飯のためでもなく、受託制作でもなく、本当にやりたいことをやる、というのは続けていきたいですよね。ちょうど今の時代は過渡期で、これからは常に向き合っていかざるを得ないんだと思います。
遅野井:すごく根源的ですよね。「これがやりたい」という情熱に応えられるようなテクノロジーがどんどん民主化されてきていて。
則武:今はAI(人工知能)も話題になっていますが、「労働」と言われるものがテクノロジーで代替できるようになっていくと、人間は「仕事」や「活動」にシフトしていくはず。それが見つけられないと、毎日惰性で職場へ行くようになってしまう。それでは悲しいので、もっと自発的なエネルギーや動機で生まれる「活動」が増えていくよう、仕掛けていけたらと思っています。
自分を抑えて待っていても、「救世主」は現れない
遅野井:「これから」という部分が大きいとは思うのですが、100BANCHによってパナソニックへ何か波及効果があればいいなと考えていることはありますか。
則武:いくつかあるんですけど、1つは「スピード」ですね。「3ヶ月でここまでできるんだ」というのを目の当たりにするだけでも、そのスピード感に気づくことはあるんじゃないかと思います。もう1つは、「自分を出す」ということ。一見するとクレイジーなプロジェクトですよ。でも、それを突き詰めた先にしかない世界が必ずあるし、彼らと話をできる距離感にいて、「ああいうふうに生きていいんだ」と思うのも、ひとつ、固定概念を崩すことになると思うんですね。津賀社長もこの間、100BANCHから戻って、秘書さんに質問されたらしいんです。「彼らは、どうやって生計立ててるんだろう」と。自分の若い頃とは違うエネルギーの使い方をする彼らとの出会いは、「未知との遭遇」という感じで楽しんでくれたみたいです(笑)。
これは、私がパナソニックで飽きずに働き続けている理由だと思うのですが、パナソニックの人ってものすごいポテンシャルを持っているんですよ。アイデアソンをやってみれば面白いアイデアが出てくるし、広報時代にいろんな開発者の方にインタビューしたけど、本当にすごい人がたくさんいて・・・。でも組織になると、なかなか「自分を出す」って難しいし、思うことを言えないこともあると思うんですよね。そこを100BANCHのエネルギーに触れることで、何か突破するきっかけになればいいな、と個人的には思っています。
遅野井:私も最初の会社がキヤノンなので、それは共感しますね。本当に、一人ひとりがすごい技術者だし、いろんなことを可能にしている。でも、組織の中にいるとある種自分の可能性にフタせざるを得ない局面もあるというか、勝手なことをやり始めたら、それこそマスに届く製品なんてできないわけで。
則武:それは間違いなくあるんですよ。異動前は車関連の事業カンパニーにいたので、些細なミスが命にかかわることもある、というのは理解しています。ですから万事「自由な空気を」とは思わないし、しっかり仕事をしていくことは当然です。でも、組織風土が自由ではないとか、自分を出せないのは、ちょっと違うなと思っていて・・・。それを切り分けて考えていけば、堅い仕事でももっと楽しくすることはできる、と信じています。
則武:例えば、物理的に忙しいことと、「繁忙感」とは違うと思っていて、忙しいときに協力を求める声も上げられないとか、よりよくしようというモチベーションも起こらなくなってしまうということが、より忙しく感じてしまう。悩みがあるときに「悩みがある」と言えるような関係性を築けているかどうかで、忙しく感じる度合いは違いますよね? 「もっとこうすればいいのに」と、思っていても言っていないことが多かれ少なかれあるんじゃないかと思います。商品提案に限らず、仕事のプロセスにおいても・・・。「誰かが救世主のように現れて、物事を解決してくれる」なんてありえないわけで、「言わない遠慮」を一人ひとりが破っていくしかない。「自分にもそれができるんだ」と信じて進んでいくしかないんじゃないかなと思います。
遅野井:お話を伺っていると、則武さんってものすごくパナソニックのことがお好きですよね。松下幸之助もそうだし、社員や役員の方々に対しても。
松井:以前、おっしゃってましたよね。「パナソニックって『カワイイ』んです」って(笑)
則武:ですねー。不器用で、ほっとけないんです……って、なんだか上から目線ですけど(笑)。別に「愛社精神に燃えてる」ってわけでもないし、どこが好きなのかはわからないんですけど、素敵な先輩方に育ててもらった感覚はすごくあって。陳腐な言葉しか出てこないんだけど、本当にみんないい人たちなんです。広報の仕事でいろんな方々のインタビューをして、それぞれのドラマを追いかけていると、もっとこの人たちの頑張りを世の中に知ってもらえたらいいのに、もっと伝えられることはあるのに、と、ものすごく思っていました。伝えきれない自分の不甲斐なさもあるんですが……。
遅野井:それはキヤノンのとき、私も同じように思っていましたね。一人ひとり人情味があって素晴らしいのに、なんで伝わらないんだろう、って。
則武:やっぱり、エンジニアをすごくリスペクトしてるんです。でもほとんどの人が口ベタだし、「自分なんて、大したことやっていないから」って思っている。いや、本当にすごいのに! って。広報の仕事は、その原石を探して、輝かせることだと思うので、「この頑張りが報われてほしい」って気持ちが強いのかもしれません。
遅野井:なんとなくその姿は、多くの日本人と重なるところがありますね。何かと「このままでは世界と戦えない」みたいな感じで、メディアも煽ることが多いけど。
則武:そんなことないですよ! もっと自信を持って前に進みましょう!って言いたいですね(笑)
遅野井:なんか、母性に近い感じですよね(笑)
ビオトープの中からこそ見える景色がある
松井:まだ4ヶ月ではありますが、少しずつ目に見える変化もあるんですよ。たとえば、パナソニックの人で100BANCHへ定期的に来てる人の服装が、だんだんカジュアルになってきたこと。はじめのうちはもちろんスーツだったんですけど、なんだか居心地が悪いのか、私服っぽい感じになって。
則武:確かに、服は変わっていきますね。みんなここでは好きなものを着ているし、それが心地いいね、という感じ。
遅野井:渋谷という街がそうさせるのか……。
松井:ここでまた「私服を着たほうが浮かなくて済む」というと同調圧力になってしまうけど、「着たい服を着る」という感覚と地続きで「やりたいことをやる」というふうに仕事ができるようになったら、それが、この場所の成功の形かもしれない。
則武:そこには「自分を出す人」がいて、「それを許容する人」もいる。そのどちらも重要なんですよね。「ふんどし」も表現のひとつだけど、それを周りも受け入れている。
遅野井:単純に「多様性とその受容」という言葉で片付けるには惜しいくらい、示唆的な話ですね。それが100BANCHの温かさというか、優しさのようなものなのかもしれない。それこそ、母性というか。でもまだ4ヶ月、ですよね。これからの展望はどのようにお考えですか?
則武:まずは、100BANCHが本当に「未来を作る実験区」として、いろんな人が集う場になっていくこと。ここからいろんなインパクトがもたらされるような、創造的な場になっていくといいな、というのはあります。GARAGE Programの卒業生たちも積極的に関わって、後輩たちを応援してくれるような、ひとつのエコシステムになっていけばいいな、って。
パナソニックとして考えると……「こういうことができる会社なんだ」ということを社員に誇りに思ってもらえるような100BANCHにしたいと思っているし、スピード感や外とのつながりを、もっと会社の中でも活かされるような流れを作っていきたい。会社の中でも今までとは異なる、新たなものを生み出すエコシステムができればいいなぁと思っていて、堅実にいくビジネス的なところ、トライアンドエラーを早く回せるようなところ、両軸をバランスよく回せるきっかけになればいいな、と考えています。
松井:いかにそのエコシステム……ビオトープ(生態系)を作るか、というところなんでしょうけど、ビオトープって、外から見ると怖いですよね。ジャングルとか、得体の知れないものを外側から見るのと、その構成員として入りこんで生存していくのとでは、全然感覚が違うはず。
100BANCHはビオトープを作っていくひとつのプラットフォームではあるんです。その生態系を成長させていくのは当たり前なんですけど、いかにそれをみんな一人ひとりにいち構成員として認識してもらうか大事。大企業、若者、地域の人……さまざまな人が入っていけるような間口の設計を考えていきたいと思っています。ビオトープの中から、この景色を見てもらう、というのが重要で。
則武:中に入って、この変化の波をもっと感じて、それに対応できるようなストレス耐性を作っていかなくてはならないと思うんです。「次の100年」を考えるからには、この変化の中でどう生きていくかを考えなければならない。そのためのアンテナのひとつなので、そこで得た情報や人とのつながりを活かしながら、パナソニック本体にもここの空気が循環するように、繋いでいきたいと思います。
遅野井:まさにビオトープのように、有機的な循環ですね。今日は本当にありがとうございました。
2017年12月26日更新
取材月:2017年11月
テキスト: 大矢 幸世
写真:meg (Gem Photoworks)
イラスト:野中 聡紀