第6話「多・遠・長」から「少・近・短」へ
働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による連載コラムです。働く場や働き方に関するテーマを毎月取り上げ、『「〇〇」から「××」へ』という移り変わりと未来予想の視点から読み解きます。
長い会議はみんなの嫌われ者
「無駄な会議が多いなぁ」と思ったことがありますか。勤め人ならおそらく誰しもが日々感じていることでしょう。そもそも日本人は集まってみんなで合意しないとことを先に進めることのできない民族。いったい私たちは1日に何時間くらい会議をしているのでしょうか。日本オフィスオートメーション協会(2000年当時)によれば、会議や打ち合わせに費やしている時間は、勤務時間のなんと25%をも占めているのだそうですよ。
組織として働いている限り、まわりの人とのコミュニケーションは欠くことのできない行為。情報を共有して、意見を出し合い、次の一手を決めていく。とても大切なことですし、逆にこれをしないのなら、そもそも組織を組む意味さえありません。仕事の最終的な成果物(例えば書類など)を仕上げるのは一人の人間です。このときは個人の単独作業。ですが、そこに至るまでには何人かの人間が関わっているのが一般的だといえるでしょう。みんなが検討した結果がひとつの仕事としてまとめられる。ですからコミュニケーションは働く場にはなくてはならない極めて大切な活動ということになります。
今回はコミュニケーションを行うための空間のことを考えてみたいと思いますので、どうぞ最後までおつき合いください。
ー鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』など。
会議・打ち合わせをしているのはどこ
オフィスにある代表的なコミュニケーション空間といえば、それは会議室と打ち合わせスペース。それらはオフィスの中にどのくらいあるのでしょうか。オカムラで実施している最新の調査では、会議室はオフィス全体の12.1%、打ち合わせスペースは2.3%を占めていました。これは広さにするとオフィスで働いている人ひとりに対して、会議室では1.9㎡、打ち合わせスペースでは0.4㎡が割り振られていることになります。執務するための空間(机や椅子が並んでいるところ)が、それぞれ41.8%、6.3㎡であることを考えると、コミュニケーションをとるための空間は、けっして小さくはありません。やはり時間を割いているだけのことはある、といえるでしょう。さて、そんな会議室と打ち合わせスペースですが、ずっと同じような割合や面積を維持しているわけではありません。ここ10年くらいのあいだで徐々に変わってきているのです。それが今回の話のタイトル『「多・遠・長」から「少・近・短」へ』です。
変化の話に行く前に、会議室と打ち合わせスペースの配置について簡単におさらいをしておこうと思います。一般的にオフィスの真ん中には執務するための空間が置かれます。そして、それに隣接するように設けられるのが打ち合わせスペース。これは、打ち合わせというものが少人数で数十分ほどの比較的短い時間で行われることが多く、ひとつの同じ打ち合わせスペースを利用者が入れ替わり立ち替わり使うので、執務しているところのそばにあると都合がいいからです。
これに対して会議室は、もっと離れたところに置かれるのが普通です。利用者は数名から十数名、多い場合には数十名と打ち合わせに比べれば大規模なものになります。規模が大きくなればなるほど一回の会議に要する時間は長くなり、逆に開催頻度は小さくなっていく。20名を超えるような会議室は、ひとつの部署で占有するのではなく、全部署で共有するのが普通なのではないでしょうか。みんなで平等に利用することを考えると、必然的に執務スペースから離れたところに配置されることになっていきます。
コミュニケーション空間の移動説
それでは、会議室と打ち合わせスペースの変化はどうでしょうか。結論から言うと、遠くにある会議室は減り、近くにある打ち合わせスペースは増えてきています。この傾向は今後も続くし、むしろ続いていかなければならないと私は考えています。その理由は次のようなことです。
大勢の人が参加する会議は、実は議論する場には向きません。参加者の性格にもよりますが、人は集団の規模が8名を超えるとなかなか発言できなくなっていくと言われています。これは誰もが経験したことがあると思います。欧米に比べて日本人は引っ込み思案な人が多いのでこうしたことが起きてしまうのかもしれません。ですから大きな規模の会議は、議論や検討をする場にはなりにくく、報告会形式の会議になってしまうことが多くなるのです。へたをすると、既に別の場で用意された結論を参加者で合意・確認するだけの儀式的・形式的な場になってしまいます。情報を全員で共有すること自体は大切なことですが、それだけならば、多くの人が集まりそれぞれの貴重な時間を費やさなくても、今の時代なら情報通信技術を駆使してもっと効率的にできるはずです。参加者の人件費を無駄にしてはならない。そんな考えが、会議室の面積を減少させている理由のひとつだと思われます。
一方で打ち合わせスペースが増加しているのはなぜでしょう。今、世の中は知識社会。独創的なアイデアをどんどん出して新たな価値をつくり、ビジネスに展開していかなければ、企業は市場の中で置いていかれることになります。そうした中で求められるコミュニケーションは、少ない人数で機敏に議論するものでなければなりません。自席の近くにメンバーがさっと集まり、意見やアイデアを出し合う。そうしたコミュニケーションを素早くタイムリーに繰り返すことが、知識社会を乗り切っていくためには必要不可欠なのです。執務空間のそばに打ち合わせスペースが増えているのには、そんな事情が関連しています
オフィスでより必要とされるコミュニケーションは、参加人的には「多く」から「少なく」へ。執務空間からの距離は「遠く」から「近く」へ、時間は「長く」から「短く」へ。つまり「多・遠・長」から「少・近・短」へ、ということになります。
もっと豊かに
ここまで大きな規模の会議のことを悪者扱いしてきましたが、大勢で長時間やることを否定するつもりはまったくありません。問題にすべきなのは、会議の成果、あるいはコミュニケーションの質です。報告し合うだけの会議であっても、トップの一声でそれまでの議論が白紙になるようなことがあっても、それがその後の組織運営に有効ならばそれでいいんです。必要なコミュニケーションはどんどんやるべきなんです。会議が多いからといって嘆くことはありません。繰り返しますが、私たちが目指さなければならないのは、良いコミュニケーションをとることなんです。
「少・近・短」の傾向が続く中、今後オフィスの中で行われる会議や打ち合わせはどうなるか、どうすればより質の良いコミュニケーションをとれるようになるのでしょう。そのあたりのことに触れて今月はお開きにしたいと思います。
会議室にしても打ち合わせスペースにしても、もっと環境にバリエーションを持たせ利用者の選択の幅を広げていく、という提案はいかがでしょう。先月のこのコラムでは、デスクワークをするときの姿勢の話をさせてもらいました。座りっぱなしじゃなく時々は立って仕事をする働き方をお奨めするものでしたが、実は会議にもこの考え方を展開することが可能です。いわゆる「立ち会議」と呼ばれるもので、会議時間を短縮できるという効果だけでなく、立っていると参加者が互いの距離を調整しやくくなるのでコミュニケーションがとりやすくなったり、思いつたことをホワイトボードに書きに行きやすくなったりします。頭が活性化するなんて効果を唱える人もいるくらいで、議論の質を高める効能が期待されています。
また、ソファ形式の打ち合わせスペースなどは既に採用されているオフィスが少なくありません。通常の椅子よりも視線が少し低くなることによって人はリラックスできるので本音が出やすくなります。ゆったりとして意見交換をしたい場合などに有効な形式だといえそうです。もっと姿勢を低くして、床に坐って車座でコミュニケーションをとる場もいいように思えますし、さらに低くなって、寝っころがって会話するっていうのはどうでしょう。そこまで行くとさすがに行儀が悪すぎますか...。
こうした姿勢のことも含め、とりたいコミュニケーションに適した内装や設備、空間の広がりなどはどのようなものなのかを真剣に考えることがこれからのオフィスづくりには求められるのです。
以前お話ししましたが、日本の労働生産性はとても低い。つまり時間を有効に使えていないのです。そんな時間の無駄使いの代表選手が会議や打ち合わせのやり方なのかもしれません。なんせ日本人は一日の25%もそれに時間を使っているのですから。ここのところを改善すれば、我が国の生産性向上に多少なりとも貢献できるはずです。
おわりに
「安・近・短」。これは、費用が安く、距離が近く、日程が短いこと。旅行や行楽の傾向をいうもので、小旅行や日帰りで楽しむレジャーなどを指します。私たちの中にすっかり定着している上手なコピーですよね。今回はそれを真似てコミュニケーション空間の変遷について語ってみたのですが、いかがでしたでしょうか。少しでも参考にしていただけたのなら幸いです。
それでは来月またお会いしましょう。皆さん、ごきげんようさようなら。
第6話 完
2016年12月27日更新