渋谷の広告業界から、南房総・岩井へ。ローカル複合施設「SHIP」で牧野圭太さんが仕掛ける地域の未来
広告やブランディングの世界で、社会課題とクリエイティブを結びつける仕事に取り組んできた、クリエイティブディレクターの牧野圭太さん。
現在は東京と千葉県南房総市・岩井エリアを行き来しながら、ローカル複合施設「SHIP」を仲間たちと育てています。
なぜ、広告・クリエイティブの世界から、リアルな場づくりに? 今回は、実際に「SHIP」にお邪魔し、牧野さんにローカルで仕事をつくる面白さや、都市と地域の新しい関係、そして南房総で見えてきたこれからの働き方について聞きました。
牧野 圭太(まきの・けいた)
株式会社DE Co-CEO / 南房企画 代表
1984年生まれ。早大理工・東大大学院修了後、2009年博報堂入社。独立後、文鳥社・カラス等を設立し、エードット副社長を経て現職。著書『広告がなくなる日』(クロスメディア・パブリッシング)。
ヤギに、ハンバーガーに、ビールまで。「SHIP」ってどんな場所?
JR内房線の岩井駅から歩いて約15分。緑に囲まれた道を抜けて、ローカル複合施設「SHIP」にやってきました。



牧野
こんにちは。本日はよろしくお願いします。
実はまだここに、引っ越して1年ほどなんです。「SHIP」という名前で場所を運営するのは、ここが2カ所目で。


牧野
1階はカフェスペースになっています。2〜3階は宿泊施設にしたくて、いま頑張って整えているところですね。


牧野
よかったら、イノシシ肉を使ったジビエバーガーを、ぜひ召し上がっていってください。
いいんですか? 喜んでいただきます!
どうして、イノシシ肉なんですか?



牧野
この辺りは農作物を荒らすイノシシが増えていて、害獣として駆除されているんです。ここ数年、隣の館山市にジビエの処理施設ができたことで、食肉として流通できるようになってきました。
誰かが食べなければ、駆除されて終わりになってしまいます。「房総の猪がおいしいぞ」とみんな気づいてくれて、みんなが食べるようになれば、循環が生まれていきます。
せっかく命をいただくのであれば、できるだけ活かしたい。僕らもその循環の一部を担えたらと思って、ジビエを仕入れてハンバーガーにしています。


牧野
またSHIPの館内では「BOSO CRAFT BREWING」というクラフトビールブランドがテナントとして入居してくれています。
鋸南ビールで経験を積まれた國井さんが新たに立ち上げたローカルクラフトビールの醸造所です。地域の資源を使ったフレーバーなどが展開されていて、ゆくゆくはSHIPでビアガーデンのような場づくりを行っていきたいなと思っています。


牧野
また、これから不動産事業も始める予定です。地域に眠っている空き家などを自分たちで再生して、次の使い手につないでいきたいなと。
そして、外にはヤギがいるんですね。しかも、3匹も!(笑)



ヤギがいて、カフェやブルワリーがあって、これからは宿泊施設としても準備を進められている……。
「SHIP」は、一言で説明するのが難しい場所ですね。


牧野
僕らは「ローカル複合施設」と呼んでいて。地域と都市をつなぐハブにしていきたいんです。
地域の人たちが交流する場所であり、他の地域から来た人が滞在して一緒に新しいことを考える場所ですね。
「いつか千葉の仕事を」が、思いがけない形で現実に
そもそも牧野さんは、なぜ南房総でこうした活動を始めることになったのでしょうか?


牧野
僕は千葉県市原市の出身、千葉県立長生高校を卒業しています。大学進学を機に東京へ出ました。2009年に博報堂へ入社し、6年間コピーライターとして勤めてから独立。
ベンチャー企業の経営などを経て、2021年から渋谷で企業のブランディングや広告制作などを手がける「DE」を経営しています。

広告やクリエイティブを中心にキャリアを重ねるなかで、南房総との接点はどのように生まれたのでしょう?


牧野
きっかけは本当に偶然で。2021年の夏、知り合いの経営者に誘われて南房総を訪れたんです。
岩井海岸の近くを歩いていたとき、向かいにものすごく大きな建物があって。「なんだろう」と見てみたら、そこが「渋谷区立富山臨海学園」でした。ちょうどうちの屋上から見えるんですよ。

千葉県に「渋谷区」の施設があったんですね。


牧野
そうなんです。渋谷で会社を経営していましたが、広告業界に入った頃から「いつか地元・千葉の仕事をしてみたい」とも思っていました。
そんなとき、たまたま千葉で渋谷区の施設を見つけた。「これは、自分が何かやるしかないんじゃないか?」とワクワクしたのを覚えています。

それが、「SHIP」の始まりだったんですね。広告やデザインの仕事から、建物に自分たちで手を入れて場をつくる。仕事としては、かなり違う世界にも見えます。


牧野
そうですね。仕事としては違うけれど、自分の人生としてはあまり違和感がなくて。もともと、こういうことが好きだったんだと思います。
分からないことだらけでしたが、自分たちで少しずつ手を入れ、2024年夏にカフェスタンドをプレオープンし、キャンプやイベントなどを行ってきました。


牧野
ところが、盛り上がってきた矢先の2025年9月にいろいろあって、施設を渋谷区に返却することになったんです。
「どうしようかな」と考えている中で、今の「SHIP」が入っている施設が空いていると知って。持ち主の企業に問い合わせたところ、販売していただけることになりました。
それで、軽トラックで慌ただしく引っ越したんです。2週間で100往復近くはしましたね(笑)。
「のぼる」のはもうやめた。「くだる」ことで見えてきた自分だけの道
牧野さんはこれまでも、社会課題を起点にした広告やコミュニケーションを多く手がけてきましたよね。


牧野
広告の仕事をしていた頃から、社会課題とクリエイティブをどう結びつけるかはずっと考えていました。
地域には、少子高齢化や空き家などいろいろな課題があり、それらは誰かが取り組まなければいけません。
ですが、実際に暮らしてみると、野菜を分け合うような暮らしもあって、地域の人がみんな困っているかというと、そうでもないこともあるんです。「地域における活性化ってなんなんだろう?」って考えながら活動しています。
外から見えていた「地域課題」と、実際に暮らして見えてきたものには違いがあったのですね。
少し離れるからこそ、東京に対してもこれまでとは違う角度から見えてくるものがありそうです。


牧野
少し感覚的な表現なんですが、僕の中で東京は「のぼる」場所なんです。みんなが山の頂上を目指して、同じ方向へ登っていく。そうすると、人が一つの場所に密集しますよね?
一方で、そこから「くだる」と360度に裾野が広がっていて、たくさんの道がある。それが自分にとっては概念的にローカルの取り組みに近くて。
それに、実際に地域の仕事をしてみたら、自分の場所を見つけられた感覚があって。


牧野
たとえば、僕が東京でハンバーガー屋を始めても、数多に存在する店の一つになるだけですよね。
でも、岩井ではカフェを始めたら地元の新聞が取り上げてくれる。まだ誰もやっていないことがたくさんあるから、一つひとつに希少価値があって、「自分がこれをやる意味」を感じられるんです。


牧野
東京で仕事をしていた頃は、「自分がこの仕事をする意味って何だろう?」と考えることがたくさんありました。
特にAIが出てきて、必ずしも自分がやらなくてもいい仕事も増えてきたようにも感じていて。
一方で、こっちで草を刈っているときは、「この作業に意味があるのか」なんて考えない(笑)。伸びているから刈る。終わればきれいになって、成果も目に見える。壊れているところを修復する。すぐに世界が変化します。

<キャプション>フィジカルな仕事をする中で、自分がやったことと、その結果が直接つながっているという大きな達成感を味わったのだそう。

牧野
東京の資本主義から少し距離を取ったことで、これまで自分が当たり前だと思っていた働き方や暮らし方を、客観的に見られるようになった気がします。
ローカルには圧倒的な「ゆとり」がある
とはいえ、地域に馴染む難しさはありませんでしたか?


牧野
南房総の方々って、とても優しくて穏やかなんです。なので、特別なことをしているつもりはなくて。
ただ、地域の浜の清掃に参加したり、お祭りに参加したり。あとは地元の野球チームに入っているメンバーもいます。


牧野
昔はもっと人口の密度も高かったので、いわゆるコミュニティ意識も強かったのかもしれませんが、今は人口が減り、地域のあり方そのものが変わってきているのだと思います。
そのため、外から来た人も今は入りやすくなっているのではないでしょうか。これは南房総に限らず、いろいろな地域で起きている変化だと思います。
少しハードルが下がりますね。


牧野
ローカルの圧倒的な価値を一つ挙げるなら、空間的な「ゆとり」です。「SHIP」の周辺にも、数百万円で買えるような家があって、一軒家でも月数万円で借りられます。そこから、経済的なゆとりも生まれるはずです。
そうしたゆとりがあるからこそ、「東京での暮らしは何か違う」と感じた人が地域に出てきて、自分で何かを始めることができる。まだ多くの人が目を向けていない場所に、いろいろな可能性が残っていると思うんです。

ヤギからでも、DIYからでも。「ネイバー」という地域との関わり方

牧野
関わり方も、いきなり移住や二拠点生活を選ばなくてもいいと思っていて。
たとえば、僕の知り合いの中にも、小旅行ついでに立ち寄って「何か手伝いたい」と言ってくれる人がいます。


牧野
その延長で始めたのが、「IWAI NEIGHBOR-SHIP」です。
住民でも観光客でもなく、岩井に関わってくれる人たちを「ネイバー」と捉えて、いろいろな入り口をつくっています。


牧野
もともと「SHIP」という名前には、「船」だけでなく、「リレーションシップ」のように、人との関係性を表す「-ship」という意味も重ねているんです。
たとえば、一緒にDIYをする「DIY-SHIP」や、農業に関わる「AGRI-SHIP」、ヤギとの散歩を楽しむ「YAGI-SHIP」、ビールづくりに関わる「BEER-SHIP」など、自分の興味から入って、少しずつ岩井との関係をつくってもらえたらと思っています。
将来的に、「SHIP」はどんな場所になっていったらいいなと思いますか?


牧野
訪れた人と地域との接点をつくれる場所にしたいです。旅って、普通はその場所を訪れて、観光して帰るじゃないですか。
でも、「SHIP」には僕らというホストがいる。僕らと話すなかで地域のことや課題を知って、そこから地域の人と出会ったり、何かに参加したりする。一度訪れて終わりではなく、そこから少しずつ関わりが深くなっていく。


牧野
いきなり二拠点生活を始めるのはハードルが高いけれど、その手前に「第二の故郷」のような関係があってもいいと思うんです。
まず「SHIP」や僕らとつながって、そこから地域との関係をつくってもらえたら。
「SHIP」からまちへ。岩井を「面」で面白くする
牧野さんは、南房総で自ら仕事や事業を生み出していますよね。ただ二拠点で暮らすだけにならなかったのはなぜですか?


牧野
やっぱり、その土地との出会い方も大きかったのかなと思います。
僕の場合は、地域で面白いことをしている経営者と出会えたことが、最初の入り口になった。普通に一人でこの地域に来ていたら、今のようなことはできていなかったかもしれません。
だから、そういう接点を増やしていきたいんですよね。今はいろいろな地域に面白い人がいる。そういう人に出会えたら、「自分にもここで何かできるかもしれない」とイメージが湧くので。

最初から「南房総をなんとかするぞ!」という強い使命感があったわけではないんですよね。


牧野
そうですね。「千葉に携わる仕事をいつかしたい」という想いは以前からありましたが、南房総だったのは偶然です。
でも、実際に来てみたら、すごく面白かった。南房総には、まだ知られていない歴史や文化、場所がたくさん残っていて。


牧野
たとえば、近くに浮島という無人島があるのですが、岩肌がむき出しになった独特の景観があって、日本書紀に登場して「料理の神様」がいると言われていて。
そんな歴史的な物語も、実はたくさん残っている。そういう、まだ多くの人に知られていない資源がいろいろあるんです。
「SHIP」だけではなく、岩井という地域を「面」で捉えて、使われていないものにもう一度役割をつくる。そんな循環を地域のなかにつくっていけたらと思っています。
まだ眠っている宝物を見つけていくようなワクワク感がありますね!


牧野
以前は田舎ってのんびりしていて、どちらかというと刺激が少ない場所だと思っていました。
でも、実際に来てみたら逆で! やりたいことが無限に湧いてくるくらい、刺激があります。わざわざ南房総を選んで活動する人って、何かしらの意味や情熱があってきているので面白い人もたくさんいます。
あとは、それを実現していくために必要なものを集め、実現できる力を育てていく。今はそのフェーズだと思っています。

2026年8月取材
執筆=矢内あや
撮影=森カズシゲ
編集=鬼頭佳代(ノオト)


