駅から始まる、ものづくり。燕三条こうばの窓口・齋藤和也さんが描く地域の10年先とは
金属加工技術の集積地として知られる、新潟県の燕三条エリア。日々、全国からものづくりの相談を抱えた営業たちが訪れます。
ただ、訪ねた工場の設備が期待と違っていたり、依頼したい仕事に対して会社の規模が合わなかったり……。思ったような成果を得られないまま帰る人も、かつては少なくありませんでした。
そんな人たちの受け皿として2023年に誕生したのが、JR燕三条駅構内の「燕三条こうばの窓口」。地域の企業135社とものづくりの相談をつなぐ場所で、3年間で約2万7000人が足を運びました。
運営するのは、株式会社ドッツアンドラインズの齋藤和也さん。かつてはオープンファクトリー「燕三条 工場の祭典」の実行委員長も務めた齋藤さんの今の想いとは?

齋藤和也(さいとう・かずや)
1987年、新潟県三条市生まれ。高校卒業後の2007年、家業の金属加工メーカー・有限会社ストカに入社し、現在は専務を務める。2019年からの4年間、「燕三条 工場の祭典」実行委員長を担う。2020年、「人と工場、企業と工場をつなぐ」をミッションに株式会社ドッツアンドラインズを設立。無人駅を活用した「EkiLab帯織」に続き、2023年にJR燕三条駅に「燕三条こうばの窓口」を開設した。本人曰く、「夢は燕三条の海賊王になること」。
出張帰りにふらっと立ち寄れる、ものづくりの相談窓口

まず、「燕三条こうばの窓口(以下、こうばの窓口)」がどんな場所なのか教えてください。


齋藤
ひとことで言うと、ものづくりの相談窓口です。
「こういうものを作りたい」など相談を持ち込んでいただくと、地域の135社のなかから条件に合う会員企業を、ものづくりコンシェルジュが提案します。
予約も不要なので、帰りの新幹線の待ち時間などにふらっと寄っていただいても大丈夫ですよ。
現在、どんな企業が会員になっているんでしょうか?


齋藤
材料の仕入れから、加工、溶接、表面処理、梱包まで、ものづくりの工程はひと通り揃っています。
あとはデザイナーやカメラマン、販売代理店、弁護士もいます。
幅広いですね。
紹介してもらえるのは、ものづくりの会社だけではないんですね。


齋藤
はい。
商品を作って、見せ方を整えて、売るところまで。全てを一貫して手がけられるのは、大きな強みだと思います。
なぜ、こうばの窓口のような場所が必要だと考えたんですか?


齋藤
僕は「燕三条 工場の祭典」という、年に一度、地域の工場を一斉に開放するオープンファクトリーイベントに長く関わってきました。
続けるなかで、通年見学できる工場も増えました。ですが、燕三条にふらっと来た人が「今、ここの工場は見学できますか?」と聞ける状態にはなっていません。
だったら、年間を通して燕三条の企業を案内できる場所があればいいのでは、と考えたんです。

JR東日本との連携から、こうばの窓口が生まれたと伺いました。
駅にあることの強みは何でしょう。


齋藤
実は、燕三条駅の利用者の8割ほどは、出張で訪れるビジネス客なんです。みなさん、それぞれ目的を持って来られるんですけど、そのうち何割かは成果を得られずに帰っています。
たとえば、Web上の情報だけでは、保有設備や対応可能な加工範囲まで把握しきれなかったり、頼みたい仕事に対して会社の規模が合わなかったり。
現地に来てみないとわからない情報ですものね。


齋藤
そうなんです。しかし、収穫なしで帰るのは営業マンとしては大きな痛手です。
でも、こうばの窓口で話を聞いて、条件の合う会社が見つかれば、その日のうちに訪ねてもらうこともできるかもしれない。時間がなくて帰るとしても、各社のことを詳しくわかる人間がここにいれば、次に来るきっかけになります。
「燕三条には何もなかった」で終わらせず、次の種を植えられるんです。

紹介だけなら完全無料。その先のサポートも任せられる
実際には、どんな相談が寄せられるんでしょう?
やはり刃物やカトラリーに関するものが多いんでしょうか?


齋藤
いえ、実はそうでもなくて。
三条は刃物、燕はカトラリーというイメージがありますが、実はそれらBtoC製品は地域の生産の4割弱に過ぎないんです。残りの6割以上はBtoBの工業製品。部品を作ることが、この地域の商いと雇用を支えています。
「この部品加工ができる会社を探している」「ゼロから製品を作りたい」「燕三条の製品をOEMで販売できないか」……。このあたりが多いですね。
相談が来てから、企業を提案するまではどんな流れなんでしょう?


齋藤
まずヒアリングシートに、作りたい製品の内容や材質、サイズ感といった基礎情報を書いていただきます。
その情報を僕たちが解析して、「この会社とこの会社を組み合わせればできるな」と考える。そこからお客さんとやりとりを重ねながら、条件に合う企業を提案していきます。
なるほど。
ちなみに、棚に並んでいる、このカードは何でしょう?



齋藤
会員企業のロゴと情報が入った企業カードです。
ネジで留めて自分だけのコレクションカードにして、お土産として持ち帰れるんですよ。

紹介してもらったあと、お客さんは自分で企業に連絡を取るのでしょうか?


齋藤
2つのパターンがあります。一つは、お客さんと企業が直接やりとりする形。紹介するだけなら、うちは費用をいただきません。
もう一つは、うちの会社・ドッツアンドラインズが間に入る形です。燕三条の企業と初めて仕事をするときに、「話が上手く進むだろうか」「トラブルが起きないだろうか」と不安に思う方もいますからね。
ドッツアンドラインズさんが間に入る場合は、具体的に何をしてくれるんでしょうか?


齋藤
デザインや設計、図面を作るところから、材料の仕入れ、製品ができあがるまで、工程全体をうちが取りまとめます。
お客さんはうちとだけやりとりすればよくて、各企業への連絡はこちらで引き受ける形ですね。
その場合、どのような形で費用が発生するのでしょうか?


齋藤
一律ではなく、案件内容に応じてコーディネート費やプロジェクト管理費をいただく形が基本です。
製品を1個だけ作りたいという場合は、打ち合わせや設計に時間がかかるわりに製造費が小さいので、かかった時間を分単位で換算して、コーディネート費用として別にいただくこともあります。
案件によって、費用の決め方が変わるんですね。


齋藤
もちろん、ご自分で商談を進めていただいても大丈夫です。
うちは無理に入りたいわけじゃないので、お好きなように選んでください、というスタンスですね。
イメージは「工場」。会議にも勉強にも使えるワークプレイス
こうばの窓口の奥には、ワークプレイス「JRE Local Hub 燕三条」があるんですね。


齋藤
はい。こちらのコンセプトは「工場(こうば)」です。
ここに来た人が地域の工場を連想して、しかもかっこいいと思える。そんな場所にしたかったんですよ。

ローラーコンベアがあるんですね!


齋藤
ローラーコンベアは、ものを次の工程へつなぐのが役割です。ここも人と企業をつなぐ場所なので、そのイメージを重ねました。
この空間は、地元企業数社と共に作りました。材料、切断加工、溶接、板金、塗装、電気、ガラス、建築関係などです。

実際に、どんな方がどんな目的で利用しているんでしょうか?


齋藤
商談や会議で使われる方が多いですね。
新幹線の待ち時間に打ち合わせをして、そのまま帰るという使い方もあります。あと、時期によっては大学生や高校生も多く来ますよ。
万博の椅子から日本酒ガチャまで。ここから生まれた製品たち
こうばの窓口開設から3年が経ちました。利用実績を教えてください。


齋藤
2023年から2026年までの3年間で、来館者数が2万6,859人、商談数が269件、受注数が56件、売上が1億4,423万7,800円になりました。
来訪から商談につながるのが約1%、商談から受注につながるのが約20%です。
実際にどんな製品が生まれていますか?


齋藤
たとえば、サウナプロデュースをするマッドサウニスト合同会社さんとつくった「スチームジェネレーター」があります。
過熱水蒸気を用いた全く新しいサウナ体験が評価され、Saunner of the Year 2024を受賞しました。


齋藤
「商品を作りたいけれど自社に製造のノウハウがない」という会社さんだったので、製造は一任していただいて、開発に尽力させていただきました。
燕三条の技術が、思わぬところで活きているんですね。


齋藤
他には、大阪・関西万博の椅子も手がけました。
「Co-Design Challenge」というプログラムを通して、提供したものです。


齋藤
JR東日本さんとの取り組みだと、「ポンポン酒」のガチャガチャがあります。
これは燕三条製のお猪口と新潟の日本酒が入ったガチャガチャで、東京駅でイベント出店したときに、1日100個以上売れたんですよ。

前に出ることが全てじゃない。40歳目前でキャラ変した理由
いろいろなものが生まれているんですね。
ところで、もともと齋藤さんは、まちづくりの活動に長く関わってこられたんですよね。どうしてこの場所を立ち上げることに?


齋藤
24歳で青年会議所に入って、コロナ前までは地域のイベント事業に一生懸命でした。
ただ、青年会議所って40歳で卒業なんですよ。僕もその年齢が近づいてきた時に、「自分たちがいつまでも活動を続けるのではなく、もう世代交代していくべきじゃないか」と思ったんです。

まだまだご活躍されている方もたくさんいるご年齢なので、ちょっと早い時期にも感じます。


齋藤
40代、50代になっても前に出続けようとする人はたくさんいますよね。でも、僕は前に出ることが全てじゃないと思うようになって。
それで、2024年からはメディア出演や講演会もほぼ全て断って、仕事一択にシフトしました。
長く関わってこられたオープンファクトリーイベント「燕三条 工場の祭典」も運営を後進に託されたそうですね。


齋藤
はい。実は、僕が実行委員長を降りるにあたって、「このイベントは自分の代で終わりにしましょう」と提案したんです。そうしたら後輩たちが「引き継ぎます」と言ってくれて。
昔は、地域を盛り上げるんだと前に出て旗を振っていましたが、今は、経営者として一歩引いたところから動くようにしています。数年前と比べると、自分を俯瞰して見られるようになったと思います。
10年で1兆円の経済効果を。目指すのは燕三条全体の底上げ
今後の目標を教えてください。


齋藤
10年以内に、燕三条全体で1兆円規模の経済効果を生み出すことです。
製造業は、部品が一つ採用されると何年も発注が続きます。航空や船舶業界など、年間で契約が決まれば10億、100億は見えてくるんです。
地域を越えた連携も模索されていると伺いました。


齋藤
神奈川や広島の企業との連携を考えています。オープンファクトリー関連でつながりまして。産地は地域ごとに得意分野が違うんですよ。燕三条にない鋳物や鋳造の技術を他の地域は持っている。
大事なのはお客さんが作りたいものを実現すること。だったら、一つの地域で抱え込むより、補完し合ったほうがいいんです。
地域単体で完結する時代ではない、ということでしょうか。


齋藤
そうですね。人口は減りますし、首都圏に人が集まっていくのは避けられない事実なので。この地域だけやっていくのは、限界があると感じています。
でも、ものづくりは社会のライフラインの一部。AIが発達したなかでもこの地域が生き残る策は、まだまだあるはずです。
最後に、新しいことに挑み続ける齋藤さんのモチベーションの源泉を教えてください。


齋藤
この地域が好き、ですかね。地域って、長年連れ添った奥さんみたいなものなんですよ。39年間もここで生きていると、もう仕方ないなというか……。だったら、自分の地域を世界一にしたいじゃないですか。
地域が良くなれば、家族も友人も社員も豊かになる。自分の身の周りだけを良くしようとするより、そのほうがずっと幸せなんじゃないかなと思います。

2026年7月取材
取材・執筆=渡辺まりこ
撮影=斎藤恵
編集=鬼頭佳代/ノオト


