表現への欲求は、誰の中にもある。ビジネスパーソンを”表現者”に変える場づくり(藤澤さしみさん)
「昔はバンドをやっていた」
「学生時代、演劇やお笑いにハマっていた」
一見すると、今の仕事とは関係のない”表現”の経験。でも、そうした記憶が、部署や会社の垣根を越えて新しい価値を生み出すきっかけになるかもしれません。
プロデューサーとして、ビジネスとアートをかけ合わせた場づくりやイベント企画を手がける、合同会社かけるアート代表の藤澤さしみさん。ビジネスパーソンを”表現者”として舞台に引き込みながら、企業や地域との共創の場を数多く生み出してきました。
本記事では、さしみさんの現在の活動やこれまでの歩み、これから描くビジョンをたどりながら、人を巻き込み、共創を前へ進めるヒントを探ります。

藤澤 さしみ(ふじさわ・さしみ)
合同会社かけるアート代表
関西大学ビジネスデータサイエンス学部 非常勤講師
1989年生まれ。関西大学落語研究部出身。新卒で株式会社クリーク・アンド・リバー社に入社し、劇団のエージェントを行う舞台芸術事業部を創設。企業の歴史を演劇にする周年事業や、地域創生におけるイベントプロデュースを担当。
現在は、宮崎県新富町ルピナスみらい劇場を起点に、地域活性を行うMIRISEプロジェクトの総合プロデューサー及び、東京はリアルコクリバにて、ビジネス×アートを通して共創が生まれる事業推進を行っている。
仕事は、アートとビジネスを「つなげる」こと
さしみさんは、企業や地域を舞台に、アートを取り入れたさまざまなプロジェクトを手がけていますよね。
普段、どのような取り組みをしているのか教えてください。


さしみ
僕の活動はシンプルで、普段出会わないもの同士を「つなげる」ことです。たとえば、ビジネスとアートだったり、劇場と地域活性だったり。
フェスティバルの運営からコミュニティの活性化まで手がけていますが、一貫しているのは、アートからビジネスへ越境していくことです。


さしみ
同時にさまざまなプロジェクトに関わっているのですが、東京では日鉄興和不動産が展開する共創型プロジェクト「Co-Creation BASE(コクリバ)」の会員制拠点「リアルコクリバ」で、場づくりをしています。


さしみ
宮崎県新富町では、劇場を起点とした地域活性プロジェクトにも取り組んでいますね。
劇場で地域活性化ですか?


さしみ
都会では予約が1年待ちになるような劇場が、地方では発表会くらいにしか使われていないことも多くて。
そんな劇場を使って、宮崎県新富町の皆さんが演者や脚本、デザインなどを担いながら、一緒に作品をつくっています。


さしみ
僕らは、劇場を「作品を観に行く場所」ではなく、「つくる人の拠点」として再定義しました。「つくる」というプロセスを通じて人がつながり、移住や新しい事業も生まれていきます。
僕らはこれを、定住人口でも交流人口でもない「創造人口」を増やす取り組みだと考えていて。現在、新富町では年間1000人の創造人口創出を目指しています。
手応えはいかがですか?


さしみ
プロジェクトを始めてまだ2〜3カ月ですが、この間、800名のホールがほぼ埋まりました。


さしみ
もともと新富町には、町民ミュージカルが20年近く続いていたり、神楽の舞を受け継いでいたりする文化があります。
こうした文化の後押しもあり、つくる人が着実に生まれ始めています。
新富町のほかにも、札幌で開催されるフェスティバル「NoMaps」の運営にも関わられていますよね。


さしみ
NoMapsは札幌を舞台にカンファレンスやイベントを通じて実験的な取り組みを仕掛け、新しいものを社会に生み出していくフェスティバルです。
名前の通り、まだ地図のない領域に踏み出すことを大切にしています。


さしみ
その中で160席ほどの新千歳行きの飛行機を舞台に、機内で演劇をするという企画にも挑戦しました。
飛行機の中で演劇ですか!?


さしみ
航空法をはじめとした安全上の制約があったり、思わぬトラブルで調整に走り回ったりと、試行錯誤の連続でした。それでも、参加者に面白い体験を届けたいという思いで、できることを積み重ねていきました。
結果的に約100席分は参加者を集められたものの、全席を埋めることはできませんでした。それでも、参加者からは「それも含めて、NoMapsらしいよね」と言ってもらえたんです。


さしみ
自分たちが思う形で進めるのは難しかったものの、このドタバタ劇を含めたプロセスが参加者にとって挑戦の経験となり、結束を強めてくれました。
表現への欲求は、誰の中にもある
さしみさんは、活動を進める中で、ビジネスパーソンを”表現者”として舞台に引き込んでいますよね。
どうやって巻き込んでいるんですか?


さしみ
前提として、人は誰しも「何かをつくって表に出たい」という欲求を持っていると僕は思っています。
ただ、大人になると理性でその蓋を閉めてしまうんです。
わかる気がします……。


さしみ
ただ、僕に興味を持ってくれる人って、「学生時代、バンドでライブに立っていました」「実は演劇の裏方をやっていました」のような経験の持ち主が多くて。
「今は何もやっていないけれど、また面白いことをしたい」と心の中で思っている人はすぐに分かります。
声をかけられたら、さしみさんはどうするんですか?


さしみ
「じゃあ、やりましょうか」と場をつくります。コミュニティや行政、企業と一緒に、出たい人が集まる場をつくるんです。
一度舞台に立った人は満足そうな顔をして、次は「もっとこういう場をつくりたい」と言い出します。その人が触媒になって、周りにいる「出たい人」がまた集まってくるんです。
舞台に立つと、人はそんなに変わるものですか?


さしみ
変わりますね。
本番前、楽屋で縮こまって消えそうな顔をしていた人が、終わった瞬間にキラキラした顔になる。極限の緊張と、そのあとの緩和。この落差が、人の表情を劇的に変えるんです。
正解に向かうことが多いビジネスの仕事と違って、アートには正解がありません。だからこそ、ビジネスパーソンが失いがちな想像力や、問いを生む力が呼び起こされるのだと思います。
「おもろい奴がみんなをつなぐ」幼少期の原体験
ここまでのお話から、「つなげる」というのが、さしみさんの土台にあるように感じました。
その原点は、どこにあるのでしょう?


さしみ
僕の原点は、大阪・放出(はなてん)で過ごした幼少期です。正直、ちょっと荒れた環境で育ちました。いじめる側といじめられる側に分かれてしまう中で、唯一どちらとも仲良くできるのが「おもろい奴」だったんです。
たとえば、僕がいきなり川に飛び込むと、「なにしてんねん!」と笑いが起こり、対立していた両方がつながる。この原体験が、全ての始まりでした。
それで、その後にお笑いの道を?



さしみ
高校を中退して芸人を目指したのですが、一度挫折しました。その後、大検(現・高等学校卒業程度認定試験)を取って、関西大学のマスコミ学科に入りました。
当時、ちょうど「高学歴芸人」が台頭してきた時期で、勉強したことも武器になるのかもしれないと思ったんです。
特に「お笑い学」の講義が目当てだったのですが……。初日に授業に行ったら、担当の先生が急逝されて「心理学基礎入門」に変わっていたんです。
ええっ、そんなことが……!


さしみ
それで当時、学内で唯一お笑いをやっていた落語研究部に入りました。
6代目桂文枝師匠が創部した部活で、「さしみ」というこの芸名も当時の先輩からさしみという芸名をいただきました。

大学卒業後は、どんな道に進まれたのですか?


さしみ
卒業後は、就職しました。ただ、最初から明確な道があったわけではなくて、正直「なし崩し」だったんです。本当は出演者になりたかったけれど、厳しい世界だなとも感じていて……。
じゃあ制作の裏方なのか、テレビ局のようなメディア側なのか、それとも出演者なのか。いろいろな会社を受けながら、ずっと悩んでいました。
実は一度、不動産会社に就職が決まっていたんです。ただ、家を売る自信がなくて内定を辞退しました。
思い切った決断ですね……!
そこからどうやって、進む道を見つけたんですか?


さしみ
就活留年をして、企業研究を重ねる中で、この3つをかけ合わせて見つけたのが、クリエイターの支援を手がけるプロフェッショナル・エージェンシーの先駆け、クリーク・アンド・リバー社でした。
創業者の井川幸広さんも、表現者としての限界を感じ、クリエイターを支える側へ回った方で。その考え方に強く共感して入社しました。
具体的にどんな仕事をされていたのですか?


さしみ
入社後、新規事業として舞台クリエイターのエージェンシーを立ち上げました。
これは直談判しましたね。舞台クリエイターと企業をつなぐ事業です。
具体的にはどんな事業だったんですか?


さしみ
劇団は、自主公演だけでは赤字になりやすい構造なんですよ。そこで、企業の理念やビジョンを演劇にする「企業演劇」を考えました。
社員の皆さんにも出演してもらうことで組織も活性化し、劇団にも新たな収益源が生まれるという、企業と劇団、双方にメリットがあるモデルでした。
この事業を任せてもらい、入社4〜5年で事業部長になりました。約7年間勤めたのち、独立し、今に至ります。
実はオカムラでも2025年に劇団を立ち上げ、オーディションから選ばれた12名のオカムラ社員が実際に大阪・関西万博で演劇を行いました。
だからこそ、「舞台経験がない人たちも、表現や出演する」ことに共感するところが多くて。

信頼は「相手の課題解決に徹すること」で生まれる
アートやビジネスという領域を越えて、共創で事業を進めることにおいて、その難しさはどこにあると思いますか?


さしみ
信頼をつくるには時間がかかるんです。ちゃんと向き合える関係がないと、面白い企画は成立しません。
だから僕は、まず相手がやってほしいことをやり切ると決めています。地域のお祭りの手伝いでも何でもやります。
その上で、自分のやりたいことを少しずつ混ぜていくんです。
先に自分の要望を出したくなってしまいそうですが……。


さしみ
それをやると、必ず失敗します。
以前、コーチングスクールのメンターとして運営に関わっていたときに、うまくいく人といかない人をずっと観察していたんですが、自己都合で動く人は、ほぼ全員うまくいっていなかったんです。


さしみ
逆に、うまくいく人は、相手の課題やリソースから入って、そこに自分のやりたいことをつなぎ込んでいます。
まずは相手の課題解決に徹する。そうすると信頼が生まれて、結果的に自分のやりたいことにも周りが巻き込まれていくんです。
「終わり」があるから、次が始まる
これからさしみさんが挑戦したいことを教えてください。


さしみ
演劇という枠にはこだわらず、表現の幅を広げていきたいですね。
今、ある企業の方と作品のIP(知的財産)を起点にした舞台づくりを進めています。IPを起点にすることで、これまでとは違う人や関係性ともつながれるようになるはずです。
あとは「舞台経験がない人たちも、表現や出演することができる」プラットフォームを作るなど、出演する人を引き続き増やしていきたいですね。



さしみ
表現って、プロセスに人間味が出るんですよ。本番前に緊張で鼻がひくひくしていたり、楽屋で死ぬほど汗が止まらなかったりしている人も、本番が来たら覚悟を決めて舞台に向かっていく……。
そういう姿を見ると「いいな」と思うし、周囲の人も感化されていくと思うんです。
実際にさしみさんが活動を続けるうえで、大事にしていることはありますか?


さしみ
プロジェクトに「終わり」を持たせることです。ビジネスには終わりがありませんが、演劇には必ず千秋楽があります。
始まり〜中間地点〜終わりで、しっかり仲間と向き合い、振り返り、やるべきことをやれるように集中する。幕を下ろすから振り返ることができ、次の一歩につながります。


さしみ
印象的だったのは、ある起業家の話です。「20年越しに演劇をやりたい」と、大学時代の演劇仲間を再結集して公演を実現しました。
千秋楽を迎えたあと、その方の経営にも変化がありました。会社で整理や判断がうまくつかなかった複数の事業をやめる決断ができたそうです。
演劇で一つの区切りを経験したことが、経営でも区切りをつける力につながったのだと伺いました。
こういう考え方は、共創の場づくりにもつながりそうですね。
場づくりに関するご相談を受けたら、どんなことをお話しされますか?


さしみ
「面白い人が集まらない」と相談や課題をいただいた時は、「自分自身はまず目の前の1人と、丁寧に『一(いち)』をつくっていくことを意識している」とお話します。
効率的に人を集めようとするのではなく、1対1の関係を一つずつ積み重ねていく。その集積をコツコツやっていくことだけが、真実につながると信じています。
なるほど。


さしみ
もう一つ意識していることがあるとすれば、共創の担当者の自分自身が当事者として、実際にビジョンの体現者であること。これは大事にしています。
僕自身、今も月に一度は舞台に立っています。「おもろいものを日々創る」気持ちで、仲間と切磋琢磨していく。
自分がやっていないのに人にやらせていると、いざという時に腹から声が出ないので。何より、自分が動くことで見えてくる世界や築ける関係性があると思って、今日も一歩一歩を大切に頑張っています!

【編集後記】
とにかく取材中に感じたのが「さすが落語家さん!」ということ。「それでそれで?」と、次の展開が気になる語り口に、思わず前のめりで聞き入ってしまいました。
さしみさんは全国各地で幅広い活動をされていますが、その根底には一貫して「みんなと一緒に表現して遊び続けたい」というスピリットが流れているように感じました。
プロの表現者ではない、ごく普通の会社員がなぜそこに立っているのか、その「文脈」こそがクリエイティビティである。昨年、自身のチームが社内で劇団を立ち上げた経験を通して感じいていた本質とも重なり、心から共感し、今後もそんな活動を続けていきたいと改めて思いを強くする取材となりました。
(株式会社オカムラ WORK MILL 編集員 / 共創ディレクター 宮野 玖瑠実)
2026年7月取材
取材・執筆=スギモトアイ
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト


