兼業僧侶から、フリーランス僧侶へ。「フリースタイルな僧侶たち」四代目編集長・秦正顕さんに聞く、働く私たちと仏教の付き合い方
2009年の創刊以来、宗派を越えた僧侶たちが独自の視点で仏教を届けてきたフリーペーパー「フリースタイルな僧侶たち」。
最新のテーマは、「らしさ」「傷つき・傷つけ」「今日もはたらく」、そして「金」「休む」など。意外なものから、WORK MILLとしては気になる「働く」も大きなテーマとして取り上げられています。
この「フリースタイルな僧侶たち」は、どのような経緯ではじまり、どんな想いで続けられているのでしょうか?
今回お話を伺った秦正顕さんは、2026年5月までIT企業で働きながら実家のお寺をお手伝いする「兼業僧侶」でした。別世界のように感じる「仕事」と「仏教」について深掘りしてみましょう。

秦 正顕(はた・まさあき)
北海道札幌生まれ、浄土真宗興正派 晟徳寺(せいとくじ)の衆徒。早稲田大学社会科学部を卒業後、広告会社やITスタートアップでデータ分析・マーケティングの仕事に従事。仕事の傍ら、龍谷大学大学院博士前期課程を修了。2024年6月からフリーペーパー『フリースタイルな僧侶たち』四代目代表兼編集長に就任。
就活目前に出会った「フリースタイルな僧侶たち」
プロフィールを拝見すると聞きたいことがいっぱいなのですが……、まずは秦さんと「フリースタイルな僧侶たち」との出会いから教えてください。


秦
ありがとうございます。では、これまでのことを話しながら、出会いについてお伝えしていきますね。
僕は浄土真宗のお寺の子に生まれて、小さい頃から「大きくなったらお坊さんだね」と言われて育ちました。高校生のころの進路選択で「敷かれたレールに乗る人生はいやだ」と思い、早稲田大学に入学したんです。


秦
父親は「好きなようにしていいよ」と進路については寛容だったのですが……。
僕は「絶対にやりたいこと」を大学時代に見つけるぞ、という気合いを入れていました。親にも「お寺をやらないだけの“やりたいこと”を見つけてきます」って宣言して。
やはり、長男としてお寺に関わる多くの人に期待をかけてもらっていたので、ケジメとして親に伝えました。
では高校を卒業した時点で、お寺を継ぐことは考えていなかったんですね。


秦
そうなんです。それで、大学時代はバックパッカーなどいろいろなことをして過ごしました。
でも、大学3年生で就職活動が本格的に始まると、「やってみたいことはいっぱいあるけど、絶対にこれがやりたいというものは見つからなかった」と気づいたんです。
やりたいことって難しいですもんね……。


秦
そこで、「一旦、仏教を勉強してみるか」と思って学び始めたところ、子どもの頃は呪文のように聞こえていたお経にもすべて意味があることを知り、「面白いかもしれない」と思うようになりました。
その中で出会ったのが、フリーペーパーの「フリースタイルな僧侶たち」だったんです。
この中には、一般的なお寺のあり方にとらわれずに個性を発揮するお坊さんたちがいて、僕の知らない「お寺の世界」がありました。


秦
毎朝「まちの平和」を願って護摩焚きをしているお坊さん、お寺でお魚を販売するお坊さん、紙芝居をするお坊さんなど、知らない世界をたくさん示してくれました。
フリースタイルな僧侶たちを通して得られた「お坊さんって、こんなに自由でいいんだ」という気づきが、将来お寺を継ごうという決意につながりました。
それから数年経って、縁があってフリースタイルな僧侶たちの編集部に入り、制作にも関わるようになりました。
「フリースタイルな僧侶たち」と出会ったことが、秦さんを仏教の世界へと導いたんですね!


秦
結果的にそうですね。もし高校卒業後、仏教系の大学に進学してそのまま家業を継いでいたら、納得がいってないままグダグダ言いながら僧侶をしていたかもしれませんから(笑)。
若干遠回りしましたが、今ではお寺の子に生まれたこともラッキーだと思えるようになりました。
「悩み出し合い大会」から始まる企画会議
「フリースタイルな僧侶たち」は創刊から17年を迎え、四代目編集長として秦さんがバトンを受け取っています。
現在、どのように制作されているのでしょうか?


秦
現在は、10名ほどの編集スタッフで制作していて、毎号1万2000部ほどを発行しています。僧侶もいますが、仏教に関係ない仕事をしている方もいますね。
編集長ごとに方針は少しずつ変化していますが、SNSが当たり前になった今は「仏教思想が自分の生活や悩みにどう寄り添えるか?」を大切にしています。

普段、「フリースタイルな僧侶たち」を読んでいるのは、どのような人たちなのでしょうか?


秦
10代からご年配の方まで性別も関係なく幅広い層の方がいらっしゃいます。属性も宗派もありませんね。
2026年の文学フリマ東京では600部ほど無料配布したのですが、特に若い方にたくさんの関心を寄せていただいて。「仕事で〇〇について悩んでいるんですよね」とその場で相談されたり、「めっちゃ刺さります」と声をかけてもらえたり……。
嬉しいですね。最近の特集テーマは「今日もはたらく(Vol.64)」「傷つき・傷つけ(Vol.65)」「らしさ(Vol.66)」など、「現代の苦」で組まれていますよね。
企画会議は、どのように進められているのでしょうか?


秦
まず編集部内で「悩み出し合い大会」を開催するんです。みんなで赤裸々に悩みを共有し、そこから特集テーマへと落とし込んでいく流れです。
そして特集テーマが決定した後、テーマに沿った企画を持ちあって企画会議を行い、担当者を決めていきます。

これまでの中で印象に残っている特集はありますか?


秦
すべて印象に残っていますが……。
あえて挙げるのなら政治学者の中島岳志先生へのインタビュー(Vol.65より)ですね。特集タイトルを考えるのに1週間悩みました(笑)。


秦
もともと先生の大ファンで取材を依頼させてもらったら、「フリースタイルな僧侶たち」のことを知ってくださっていて……。すごくうれしかったのを覚えています。
自分の好きな人に取材できるのは、メディア運営の醍醐味ですよね。
わかります!

会社は「一蓮托生」だった。世間を知って、仏教をより深く理解できるように
学生時代にお寺を継ぐことを決意された秦さんですが、大学卒業後は会社員になったんですよね?
どうして、僧侶ではなかったのでしょうか?


秦
一度、俗世間をちゃんと経験したいと思ったからです。世の中の人たちが、どんなことを考え、どう生きているのかを知りたかった。それで、大学卒業後は広告会社に就職しました。
その後、メンタルヘルスケアのベンチャー企業に転職し6年ほど働きながら、兼業僧侶として活動していました。
実家でのお寺の仕事は、先代である父がまだ元気なので、お盆などの忙しい時期の手伝いが中心です。

兼業僧侶という働き方があるんですね。


秦
トータル8年ほど会社員をしていたのですが……、実はちょうど昨日が最終出社日で(笑)。
これからは、フリーランスの僧侶になります。(※取材は2026年5月に実施)
そんなタイムリーな! なぜ、ご退職を?


秦
「お坊さんである時間をもっと増やしたい」と思うようになったからです。それに、現代の資本主義の中で、お坊さんらしいあり方を実現していくのは正直、難しいと感じていて。
「企業で働くこと」と「僧侶でいること」。それぞれに深く向き合うほどにお互いが離れていくような感覚も出てきました。
どんな違いがあるのでしょうか?


秦
仏教では、苦しみは「執着」から生まれると考えます。執着とは、特定の物事にこだわったり、しがみついたり、思い通りにしようとすることです。
しかし、この世界は自分中心に回ってはおらず、思い通りにならないことばかりです。
お釈迦様はこのことを「一切皆苦」という言葉で言い表しました。この「執着」を手放すことが、苦しみを滅する道であると説いていきます。
聞いたことがある言葉です。


秦
一方で、資本主義の中にある企業で働くということは、競争が前提になりますから、成果や成長への強い執着を求められますよね。
成果にコミットすればするほど、思い通りにならないことも増えて、葛藤や悩みが大きくなっていきます。
頭ではわかっているんですけど、やはりビジネスだったら目標に執着せざるを得ないですよね。


秦
ええ。それが良いか悪いかを論じたいわけではなく、そのようなルールのゲームになっているよねということです。仏教から見れば「仕事とは、苦しみが生じる行為である」とも言えます。
もちろん会社で働くことでの気づきもたくさんありました。「一蓮托生」という言葉をご存知でしょうか?
はい。小説やドラマのセリフなどで、たまに聞きますよね。


秦
ドラマや時代劇などをみると、「良くも悪くも運命共同体!」みたいな意味で使われています。
でも、元々は仏教の言葉で「阿弥陀様の救いを信じてお念仏をしていれば、皆必ず同じように浄土に生まれることができる」というのが、本来の意味です。
それが転じて、心を同じくする人がいることの心強さ・頼もしさを表した言葉なんです。


秦
企業で働くということは、「一蓮托生」だなと思ったんです。何人もの人が集まって、かけがえのない人生の時間を同じ企業に捧げているって、すごいことじゃないですか?
成功する時も失敗する時も一緒です。同じように人生をかけている仲間がいて、毎日一緒に時間を過ごしているって、なんと頼もしいことだろうか、と。
そう思ったときに、僕は救われたような気持ちになったんです。最終出社日に、組織から離れてみて初めて気づきました(笑)。
「一蓮托生するぞ!」と掲げるものではなく、仲間で集まっている時点で救われている。
これは、秦さんが兼業僧侶を経験したからこその気づきかもしれませんね。

さまざまな苦しみに必ず何かしらの道を示せるのが仏教
ここまで「フリースタイルな僧侶たち」について、そして秦さんの考える「仏教」と「仕事」について伺ってきました。
資本主義の中で生きる私たちはどのように仏教の教えを取り入れたらいいでしょうか?


秦
何も難しいことはなく、誰もが大なり小なりの「苦しみ」を抱いていると思うんです。その苦しみに対して、何かしらの道を示すことができるのが仏教です。
モヤモヤする、イライラする、悩んでいるなどあなたの抱える苦しみの単語と仏教を掛け合わせて検索すれば、お寺のブログなど、色々情報が出てきますよ。それくらい気軽に触れてもらえたらと思います。
たとえば、「上司ムカつく 仏教」とか(笑)。
なるほど(笑)。


秦
宗教は目に見えません。でも、それが強みでもあると感じています。どう頑張っても説明できないもの、科学では証明できない事象に目を向けて生きる指針を示してくれると感じています。
新しいウイルスで世界が混乱したり、身近な人の突然の死に直面したり、生きていると自分の力ではコントロールできないことと出会いますよね。
最初から「コントロールできないのだ」というスタンスで、物事を受け入れる。仏教はそんな生き方のヒントを教えてくれるかもしれません。

ついつい正解を求めてしまいたくなりますが、言葉にならないことや思い通りにならないことをどう自分ごとにしていくかみたいな感覚ですかね……?


秦
禅宗の言葉に「不立文字」という言葉があります。「これが悟りか!」とわかった瞬間に、悟りが消えているという意味です。
自分の認識や概念、理論に当てはめて理解した瞬間にその真実は見えなくなってしまうってことなんですよね。
言葉を伝えるひとりとして、「不立文字」は自分の心に深く刻みたい……!
あらゆる物事に通じますね。


秦
仏教が起源となっている言葉は他にもいろいろあるので、ぜひ調べてみてくださいね。
兼業僧侶からフリーランス僧侶へ
もっとお話を聞きたいのですが、ここで最後の質問です。
兼業僧侶からフリーランス僧侶へと転身された秦さんのこれからについて教えてください!


秦
僕のお寺は札幌ですが、まずは東京で仏教と企業などを橋渡しするような役割を担っていきたいです。
たとえば、若手のお坊さんたちの横のつながりを作るためのコミュニティを作って、多様なお寺のあり方やノウハウを共有できればと思っています。
お坊さんのコミュニティ?


秦
はい。やはり、お坊さん同士が横で繋がって情報を共有し合えることが大事だと思っていて。
素敵なお坊さんはたくさんいるので、そのコミュニティを起点に、企業との共創なども含めて皆さんが活動する機会を増やせたら、と思っています。
素敵ですね!


秦
ありがとうございます。
これからは「フリースタイルな僧侶たち」の運営ももちろんですが、仏教と他のジャンルの共創も探りながら、活動を広げていきたいと思っています。

2026年5月取材
取材・執筆=つるたちかこ
写真=星野祐司
編集=鬼頭佳代/ノオト


