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なぜ働くと”好き”を忘れてしまうのか。NTTの連続社内起業家が語る「ワクワクする仕事」のつくり方(猪原祥博さん)

「なんだか仕事にモヤモヤしている。でも、やりたいこともわからない」キャリアを重ねるうちに、ふとそう感じる人は多いはず。なぜ人は、働くうちに「ワクワクすること」を忘れたり、諦めたりしてしまうのでしょうか。

その問いに、「センサーが鈍っているだけですよ」と答えるのが、NTT PARAVITAの猪原祥博さん。仲間と共に電子コミック「コミックシーモア」(2024年3月期は 年商812億円)を筆頭に、再生可能エネルギー・睡眠ヘルスケアと、NTT西日本に在籍したまま3つの新規事業を立ち上げ、育ててきた”連続社内起業家”です。


猪原さんの原動力は「ワクワクすること」にあるそう。ただし、それは特別な才能や大きな覚悟から始まったものではなく、「面白そう」と感じたことを小さく口に出し、動き続けた結果だといいます。その姿勢が、なぜ連続起業につながったのでしょうか。猪原さんに「ワクワクする仕事のつくり方」を聞きました。

猪原祥博(いのはら・よしひろ)
1996年NTT入社。社内で3つの新規事業を立ち上げてきた”連続社内起業家”。2003年に電子コミック「コミックシーモア」を立ち上げ、国内最大級の電子書籍プラットフォームに育てる。2011年に再生可能エネルギーのNTTスマイルエナジーを設立、業界トップへ。現在はNTT PARAVITAで睡眠ヘルスケア事業に挑戦中。社内起業家育成の講師や、他社の新規事業立ち上げ支援にも携わる。著書『会社員3.0』(サンマーク出版)。

環境よりも「そこでどう動くか」

猪原さんは働くうえで「ワクワクすること」を大切にされていると聞きました。いつからそうされているんですか?

猪原

入社2年目でタイに赴任したときです。バンコク事務所では実際の事業は行っておらず、情報収集機関のような形で置かれた事務所で、トレーニーとして下働きの日々でした。

当時は、本社から届いたFAXが感熱紙でくるくる丸まってしまって。それを伸ばして束ね、時間の経過で文字が読めなくなったところを文字起こししたり……。

それは辛い。

猪原

辛いでしょ(笑)。なんかこれワクワクしないなと思って周りを見回したら、面白いことに気づいたんです。

タイから日本にDMを送ると、日本の国内便より安いんですよ。当時、日本のハガキが40円だとしたら、タイから出したら8円くらいでした。

5分の1だったんですね。

猪原

その時のタイは物価が安いから国際郵便も安かったんです。それで、タイからDMを送るビジネスの企画書を書きました。

でも提出したら、上司に「お前アホか、タイに何しに来てると思ってんだ」と諭されました。まだ新人ですし、海外で働くことの見聞を広めてほしかったんだと思います。

その後、企画案の検討はさせていただいたのですが、結局、国際郵便のルールでダメだと分かり頓挫しまして。

でも、そこで何かが残った。

猪原

はい。新しいもの、まだ世の中にないものをつくることに、初めてワクワクした体験でした。「こういう仕事って面白いな」と。

入社前は、「楽しい仕事を選ぼう」といった感覚はあったんですか?

猪原

いえ、あまりなかったです。サッカー部の先輩がNTTにいて、誘っていただいたことがきっかけでした。正直、NTTが他の会社や業界と比較してとびきり楽しそうだと思ったわけではありませんでした。

だから、ワクワク働くって場所じゃないと思うんです。どんな企業でも「そこで自分がどう動くか」のほうが多分大事で。連続起業がNTTじゃないとできなかったかというと、ちょっと違うかもしれません。

入った会社で、自分がワクワクできる仕事をつくっていくのが大事だと。

猪原

そう。それも考えているだけじゃダメで、小さな行動をしていくことが重要です。人に話すだけでもいいんですよ。

ワクワクは強みへのセンサーである

ワクワクが、社内起業にどうつながっていったのでしょうか。

猪原

1998年にタイから帰国しました。霞が関向けの政策提案チームにいたんですけど、楽しんで働いてはいたのですが、少し窮屈に感じていたんです。

そこで上司に、まだ注目されていなかった「モバイルブロードバンドコンテンツ事業をやりたい」と、A4で3枚の企画書を出しました。

通ったんですか?

猪原

「一晩寝かせてみるね」と言われ、翌日、「検討を進めてみようか」と。その上司がちょうど新設された新規事業部に異動になったことから、僕もプロジェクトごと引っ張っていただきました。

企画書がきっかけになったんですね。やっぱり、人に言わないといけない。

猪原

でも、出した企画が素晴らしかったからではなかったと思います。新しい部署をつくる時って何もかもがゼロで、ちょっとでもネタが必要だから引っ張ってくれたのだと思います。 

新人時代に会社から「君は素晴らしいから、ぜひ新規事業をやりたまえ」なんて、そうそう言われることはありません。でも、「自分はこれがやりたい」と発信し続けると、ピックアップされることもある。

でも、なぜ企画ができたんでしょうか。入社2〜3年目だと「言われたことをやるので精一杯」の人が多いと思うのですが。

猪原

単純にワクワクしたからですね。

人は楽しむと強みが発揮できる。強みが発揮できる領域の仕事は「6倍生産的」だというギャラップ社の調査もあるんです。つまり、6人分の働きができる。

それを応用して、気づくと3社起業していました。

事業に必要なのは、ワクワク・大義・ビジネスの三輪

最初に起業した「コミックシーモア」はどのように生まれたんですか。

猪原

2002年、当時はモバイル環境での動画コンテンツなどのブロードバンド化は不可能と言われていたころでした。でも、動画や漫画など重たいコンテンツを移動しながら見られたら楽しいよね、と。今では日常の風景ですが(笑)。

そこで、街角の電話ボックスでコンテンツを購入してダウンロードできる「フービオ」という端末をつくったんです。

ところが、当時はスマホもないので、特別な機器が必要でしたし、わざわざコンテンツダウンロードするためにフービオが設置してある所まで来ないとダメなので、サービスは利用がすすみませんでした。あと、フービオはコンテンツのダウンロードではなく、デジカメ写真の印刷として使われることが多かったんですよ。

プリンター代わりに使われていたんですね。

猪原

そこそこ印刷されたのですが、僕がそもそも企画したのは、モバイルブロードバンドのコンテンツ販売です。でも、気づくと「フービオをどう商売にするのか?」という話になっていました。

だから僕はコミック以外は人に任せて、2003年にスタートしていた電子コミック事業に全精力を傾けていったんです。その頃、『サラリーマン金太郎』で知られる漫画家・本宮ひろ志先生の全作品の許諾が取れたことが転機になりました。

どのように許諾をとったんですか。

猪原

「デジタルパブリッシングフェア」というイベントに出展した際に、フービオを「これは漫画のダウンロードマシンです」と紹介したんですよ。漫画以外の動画や新聞などのコンテンツやプリンターのことは一切言わなかった。

あくまで漫画一本だと。

猪原

そこに本宮ひろ志先生の作品を管理している会社の社長さんがたまたま通りかかって、「携帯電話で読めるなら、うちの作品全部許諾するよ」と言ってくれたんです。

すごい偶然ですね。当時は携帯電話にコンテンツを出せたんですか?

猪原

いえ、出せませんでした。でも、技術的に可能なことは分かっていたので出します、と。そのタイミングで「シーモア」というブランドを立ち上げ、リソースを漫画に集中することを社内外に示しました。

シーモアは、「comicの頭文字=シー」、「more=モア」と合わせて「もっと漫画を」という意味です。日本のすごい漫画家を、もっと世に広めたいという大義があったんです。

その「大義」について、もう少し聞かせてもらえますか?

猪原

日本の漫画家って、本当に天才だと思うんですよ。絵も描けて、ストーリーも作れる。一人で何役もこなしている。この才能を、もっと世の中に広めたかった。

僕自身、小さい頃から漫画にすごく勇気づけられてきました。野球を始めたのも、ちばあきおさんの『キャプテン』を読んだのがきっかけです。中学から大学までサッカーを続けたのも、サッカー漫画に背中を押されて、本当にたくさん練習した記憶があります。

漫画って、誰にとっても敷居が低い。それなのに、人を勇気づけたり、笑わせたり、創造性まで引き出してくれる。そんなコンテンツはなかなかない。だからこそ、もっと広く届けたい——それが、僕にとっての大義でした。

ヒットまでの道のりはどんなものでしたか。

猪原

パケット使い放題などのサービスが登場して、携帯電話に直接コミックを配信できるようになりました。

僕らは、携帯電話に配信するために作り続けていたコンテンツを業界に先駆けて大量に配信することができたのです。

当初想定していた男性だけではなく、女性利用者の伸びが加わって、配信を始めてから1年半ぐらいで、月商1億円を達成しました。

すごい!! でも、その記念パーティーで、心の底から喜べなかった、という話を以前されています。どういう感覚だったんですか?

猪原

もちろん、月商1億円は本当に嬉しい瞬間でしたし、売上は事業の命綱です。当時、電子書籍の可能性を信じて作品を預けてくださった作家さんや出版社さん、それを世の中に届けるために必死に動いたチームと、「ついにここまで来た!やったぞ!」と喜びを分かち合うことは最高の一時です。でも、業績の数字だけが目的の事業だと、自分は心が踊らないんです。売上よりもっと心が動いた出来事がありました。

最もやりがいを感じたのは、ある女性雑誌向けの漫画家さんの話を出版社さんから聞いた時です。その方は紙の漫画が売れないから、連載が中止となり、出版社を去ることになっていました。

ところが、シーモアに出していた作品が話題になり、復帰して連載を再開したんです。

やめた漫画家さんがシーモアの力で復活した。

猪原

これは売上1億円よりずっと嬉しかったです。天才漫画家の作品を世に広めることが、僕にとって「この事業は世の中にとって素晴らしいんだ」と感じられる大義だったからです。

事業をつくるときって、「ワクワクできる」と「大義がある」の2つが揃っていないと続きません

ワクワクしないのにやっていると、うまくいかないときに心が折れちゃう。大義がないと、人から応援されないし、儲からなかった瞬間に「やる意味ないよな」となってしまう。

ワクワクと大義の二輪。

猪原

大義って、肩肘張ったものじゃなくていいんですよ。自分が「これは世の中にとっていいことだ」と心から思えるなら、何でもいいんです。

猪原

——あ、ここまで「2つ」とお話ししましたが、ひとつ補足させてください。本当はもうひとつ、外せない輪があります。「ビジネス」です——事業として成り立つこと。当たり前すぎて話に出さなかったんですが、誤解されると困るので。

二輪じゃなくて、三輪なんですね。

猪原

ワクワクは情熱、大義は意味、ビジネスは持続可能性。最初の二つにビジネスという輪が加わった時、初めて自分達の想いが実際に広がっていくのです。

「すごい人」だから3社できたわけじゃない

コミックシーモアを軌道に乗せた後、2社目のNTTスマイルエナジー、3社目のNTT PARAVITAと、事業を立ち上げては本社に戻る……を繰り返されています。

猪原

猪原 本社のリズムが、たまたま僕には合わなかったんです(笑)。

同じ時間に出社して、お昼に同じ食堂にみんなで降りていって、また上がってきて、みんなで一緒にコツコツ働く。きちんと働く文化があるから大企業としての信頼があるんですけど、僕の性には合わなかった。だから、自分やそう感じる仲間がイキイキと働ける場所を事業として立ち上げた側面もあります。

それでも辞めずに、社内で起業を繰り返したのはなぜですか。

猪原

大企業って、資金もブランドも人材も、全部揃う。ポジティブな要因が圧倒的に多いんです。

業績が悪くても、意味あることなら撤退せずに粘れるのも、大企業ならでは。1つの新規事業がうまくいかなくてすぐに会社が潰れる、なんてことはありませんから。

でも、ネガティブな面を感じたわけですね。

猪原

そうですね。評価サイクルと新規事業の相性は悪いんです。

企業は単年度評価ですが、新規事業は最低でも3年から5年必要です。しかも、予定通りにうまくいくことなどありえないのですが、最初の予定を基準に評価されてしまう。あとは、人事異動もネガティブな要素です。事業を企画するにも、立ち上げるにも、長い時間が必要です。2-3年の人事異動のスパンとは相性が悪いのです。

猪原さんも異動の可能性があるのでしょうか。

猪原

会社員なので(笑)。ただ、僕は「新規事業スペシャリスト」という区分で働かせていただいているので、そのスペシャリティーが発揮できる分野内での異動ということになると思っています。

これまでは事務系か技術系の二択のキャリアしかなかったのですが、「今後は働き方に多様性が必要だ」という話になり、3つ目の道を開いてくれました。

制度は自分では変えられなくとも、猪原さんのように動き続けると、会社のほうが追いついてくるんですね。

猪原さんはコミックシーモアと再生可能エネルギー事業を業界1位に育て上げておられます。これは狙ったものでしょうか。

猪原

いえ、誰もやっていないブルーオーシャンだったから、結果として1位になったんです。

始める前は携帯でコミックを読む人なんて、誰もいませんでしたから。小さな再生可能エネルギー発電所を遠隔監視する仕組みも、それまで誰もつくっていませんでした。

「ないものをつくる」ことはリスクもありますよね。

猪原

財務的なリスクは会社が負ってくれるので、一定の安心感はありますが、事業としての不成立を恐れる気持ちは常にあって、不安や焦燥感にかられることもしばしばです。

そういう時は、例えうまくいかなくとも「世の中にとって良いことに自分の人生の時間を使った」のだから、その時間は決して無駄にはならないと思い直し、前に進みます。

大義は焦りや不安を和らげてくれます。

後悔が少ない人生が送れる、と。

猪原

リスクはないけどリターンもなくて、ワクワクもしない時間をダラダラ過ごす人生と比較したら、明らかにこっちのほうがいいと思っていて。

たしかに……。刺さります。

猪原

僕はすごい人だから3社立ち上げられたわけじゃない。「構え」をそこに置いているから、乗り越えられているだけなんです。

構え?

猪原

大義はあるか、自分がワクワク楽しめるか。その構えで戦っています。

この構えは特別なものではなく、みんな持っているはずなんです。でも意識していないから、いざというときに心が折れてやめちゃう。やめたらその道の成功はもうありません。続けられる構えで始めることがすごく重要です。

「新しいことをやりたい」と何回言いましたか?

最後に、「やりたいことがわからない」と言う若い方や後輩に、アドバイスをいただけますか。

猪原

「自分にはワクワクすることへのセンサーがある」と思い出してほしいですね。僕も子育てをしているからわかるんですけど、子どもって勝手に遊ぶじゃないですか。そして、面白くないことには興味を示さない。

あのセンサーは誰でも持っているはずなんですよ。社会に出ると、それを不思議と引っ込めちゃう。だからまず、「自分にはセンサーがある」と思い出して、何が楽しいのかを感じてほしいです。

センサーは磨けるものでしょうか。

猪原

みんなと同じように、個性を殺して集団のために働くという価値観により、気づかないうちにセンサーを鈍らせてしまっている事が多いと思います。

本来、人それぞれの多様なワクワクセンサーが内蔵されているので、意識すれば磨けると思います。好きな食べ物について「なんでおいしいの?」って聞かれても説明しづらいけど、好きというセンサーは反応しますよね。それと近いと思うんです。

仕事もポジティブに感じるか、ネガティブに感じるか、その中間か。この3つに分けるとシンプルかもしれません。「この仕事はどれに当てはまる?」と自分に聞いてみてください。

ポジティブに感じる仕事を増やすか、新たに提案すればいい、と。

猪原

はい。よく「うちの会社、新しいことをやらないんですよ」と相談を受けるんです。「やらせてくれって何回言った?」って聞くと、たいてい1回とか2回で(笑)。

それなら、「50回くらい言ってこい」っていう話です。声をあげないと存在にすら気づいてもらえません。

発信すればチャンスが訪れる。

猪原

そうです。やらせてください!と言い続けましょう。僕らはコミックシーモアを当てるまでに、会社のお金を本当にたくさん使わせていただきました。ホント、申し訳ないぐらい(笑)。可能性を信じて任せてくれた上司や、一緒に走ってくれた仲間がいなければ、できなかったことです。

でも、うまくいかなかったことも含めて、それが全部、何かに挑戦した経験という財産になります。

つまり、会社のお金で経験を得られる。

猪原

僕の自著のタイトルは『会社員3.0』(サンマーク出版)ですが、それはこういう意味です。

会社員1.0は、会社に時間を売り渡しているフェーズ。2.0は社内ピラミッドを、周囲と競争しながら上っていくフェーズ。3.0は会社と対等で、会社を活用させていただきながら自分達が意味を感じる事を実現させていくフェーズです。会社の資源を使わせてもらいながら、個人ではできない規模の挑戦もできます。

3.0になるためには、ワクワクに固執することです。そうすることで、きっと会社といい関係で渡り合えると思います。

2026年4月取材

取材・執筆=笹間聖子
写真=河相裕之
編集=桒田萌(ノオト)