日本社会と働き方改革の10年間。第一人者が見る現在地とは?(小室淑恵さん・髙崎順子さん対談・前編)
残業規制や有給休暇の義務取得など、国の「働き方改革関連法」が施行されて、はや6年。その前の議論の時期を含めてこの10年間、「働き方改革」は日本社会の重要マターであり続けています。
残業時間が管理されて短縮し、年次休暇や男性育児休業の取得率も右肩上がりで上昇中。「長時間労働の是正」や「より休める働き方」への移行が確実に進む一方で、不満や批判も出ています。
「休む同僚や部下のフォローでより激務になっている」
「自分はもっと働きたいのにそれができない」
「人手不足がひどくなった」
働き方に関心の高い人ほど、そんな声を耳にしているのではないでしょうか。今、日本の働き方は、何が改善され、どんな課題が浮かび上がっているのでしょう。働き方改革は、まだ道の途上? それとも、行き過ぎている?
活動開始からちょうど10周年を迎えたWORK MILL。この機に「働き方改革の10年間と今」を、ワーク・ライフバランス社の小室淑恵社長に伺いました。
小室さんは働き方改善のコンサルティングを専門とし、民間議員として「働き方改革関連法案」の制定にも関わった、このテーマの第一人者。聞き手は「休める働き方」を推進するライター・髙崎順子さんが務めます。

小室淑恵(こむろ・よしえ)
株式会社資生堂勤務を経て、2006年に株式会社ワーク・ライフバランスを設立。多数の企業・自治体などに働き方改革のコンサルティングを提供し、残業削減と業績向上の両立、従業員出生率の向上などの成果を上げる。自身も二人の子の母親で、自社では全社員が残業ゼロ、有給取得100%を実現しながら増収増益を達成。豊富な知見から、政府審議会の委員を多く務める。日本の働き方改革の第一人者。

髙崎順子(たかさき・じゅんこ)
1974年、東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て2000年に渡仏。パリ第四大学ソルボンヌなどで仏語を学ぶ。ライターとして書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアでフランスの文化・社会を題材に執筆の他、各種コーディネートに携わる。著書に、『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。
二つに分かれた「働き方改革」の道

髙崎
2018年にもWORK MILLでインタビューに答えてくださいました。
ここ10年間の「働き方改革」を、小室さんはどう見ていますか?
いろいろありましたが、一つの大きな節目はやはり、2019年に「働き方改革関連法」が施行されたこと。
長時間労働を是正するために、日本の労働法史上初めて「これ以上は働いてはいけない」という、労働時間の上限ができました。

小室

髙崎
その前まで日本では、労働時間に上限がなかったのですよね。法律ができた時にそれを知り、驚いたのを覚えています。文字通り「24時間働けますか」な法制度だったんだな、と。
長時間労働は、過労死やうつなど、命と健康の問題を引き起こしてきました。
はい。過労死が社会問題となり、命と健康を守るためにも、働き方改革が導入されました。
この法律が施行された2019年から、国全体が揃って働き方改革に向かっていけばよかったのですが、そうはならず……。日本の職場は今、大きく二つに分かれていると感じています。

小室

髙崎
と言いますと?
一つ目は、改革に失敗した方。「上限ができて困った」と言いながら、労働時間として記録しない「かくれ残業」を従業員に強いたり、定時で終わらなかったりした仕事を管理職に巻き取らせた職場です。
本質的な働き方は何も変わらず、働く人がもっと苦しくなった。その結果、離職する人が後を絶たず、慢性的な人手不足、利益率の悪化などマイナス面が見られています。

小室

もう一つは、改革に成功した方。人事部やダイバーシティ推進部など、働き方改革を推進する部署が、全社的に根本的な働き方の変革を働きかけたところです。
残業時間や休み方の改善で離職率が減っただけではなく、業績面でも、プラスの成果をあげています。

小室

髙崎
そこまではっきり、マイナスとプラスが分かれているのですね。
マイナスになった職場には、どんな理由があったのでしょうか?
仕事の内容を何も変えず、「その場しのぎ」の間違った改革をしてしまったところが多いです。また中小企業の中には「やり方が分からなかった」というケースもあります。
働き方改革をする意味や、具体的なやり方のノウハウといった情報が届かなかった。そこから、ただただ規制されて「困った! 労基署が怖い!」という反応になってしまいました。

小室

髙崎
大企業は外国の投資家が入っているなど、中小企業よりも先進的な情報に触れやすい面がありますよね。
また業界として、改革が進みにくかった分野もあります。建設・運輸・医師・中央省庁などです。
建設・運輸・医師の業界は働き方改革法が施行された時、業界団体から「すぐには無理だ、時間が要る」との訴えがあって、法律の適用を5年間、猶予されました。
ですが、その5年間で他の業種の改革が進んだため、業界全体が、働く先として選ばれなくなってしまったんです。

小室

髙崎
猶予時間があったことが、逆効果になってしまったのですね。
これらの業界の中にも、働き方改革をうまく進めた企業はもちろんあります。
ですが業界全体としての魅力を高めるため、下請け企業の働き方も一緒に見直すべきところを、そうしなかった企業が多かった。
このような業界では、「働き方改革のせいで、人手不足と業績が悪化した。日本経済のためにも規制を緩和しろ」と、残念なバックラッシュ(反動)が起きています。

小室

髙崎
あ! 最近になってちらほら耳にする、「行き過ぎた働き方改革」という主張も、ひょっとしてそうなのでしょうか?
はい。この点はまた後で詳しく話しますね。

小室
改革が成功した職場にあるもの

髙崎
では先に、働き方改革がうまくいった企業について伺います。
どんなポジティブな変化があったのでしょう?
真っ先に起きたのは「属人化の解消」です。これまで多くの企業では、長時間労働できる人に大きな仕事を丸ごと任せて、長時間働けない人にサブ的な業務を与える形で回していました。
が、もうそのやり方はできない。仕事を一人に固定せず、部署内でパス回しできるように変える必要がありました。そのためには業務を見直して、モジュール化し、部内で情報を共有していかねばならなかったのです。

小室

髙崎
それをするだけでも、かなりスッキリした風通しの良い職場になっていそうです。
残業を削減するだけでなく、気持ちよく働ける職場になっているのではないですか?

まさにそうなんです。働き方改革に成功した職場では、安心して仕事ができる「心理的安全性」にも目をつけました。業務を効果的にパス回しするには、ミスや課題も隠さず、共有できる職場環境でなければなりませんから。
仕事が大きく膨らんでいく原因として、ミスした社員が不安や恐怖からそれを言い出せず、抱え込むことがありました。ミスはすぐに共有し、部署のみんなで対応すれば、ほんの数分で解決できるのに、です。

小室

髙崎
ああ〜。ミスを言えずにごまかすうちに、問題がどんどん膨らむ「雪だるま式」の悪循環ですね。
心理的安全性が低い職場では、上下関係が厳しいために、上役への気遣いで細かい雑務が多い、という特徴もあります。
企業では取締役によって資料の単位を千万と百万に書き換えたり、中央省庁なら大臣によって資料のフォントやサイズを好みのもので作り替えたり……。そんなことが実際に起こっていたんですね。

小室

髙崎
都市伝説ではなく、実話なんですよね!?
外側から見ていると「まじか!?」と驚くばかりですが……!
その細かい対応ができるかどうかで、評価が変わっていたんです。でも、労働時間を減らそうとなったら、そんな雑務はやってられません。
そのためには心理的安全性の高い環境が必要で、しかもトップ層や管理職が率先して取り組まねばならない。簡単なことではないですが、これをやった職場では、確かに効果が出ました。

小室

髙崎
どんな効果が出たのでしょう?
部署の人数が少なくても、介護や子育てなどで時間制限のある同僚が多くても、仕事が効率よく回っていきました。すると以前より少ない労働時間で、売上が増えたんですね。
結果、利益率の高い仕事ができるようになり、残業代も浮きます。私の知る例では、1年間で1億8000万円の残業代を削減した企業もありました。

小室
働き方改革のポジティブな余波

髙崎
残業代だけで1億8000万!
経営者にとっては、願ってもない好転ですね。
この企業では浮いた残業代を、さらに生産性を上げる方向に使いました。従業員に還元して、ボーナスアップに回したんです。
しかも、そこに「残業時間が月平均20時間以内、有給休暇の取得率が80%以上のチームだけ」との条件をつけた。それで生活費が減るのが嫌だからという理由で長時間労働に固執していたチームも奮起して、全社的に働き方が改善されています。
浮いた残業代を給与に還元した企業では、求人の条件が良くなって、多様で優秀な人材を獲得しやすくなりました。そこからイノベーションが起きやすくなり、さらに業績が上がり離職率も減っていく好循環が起こっています。

小室

髙崎
働き方改革を起点に、いくつもポジティブな変化が、連鎖して起こったんですね。
働き方改革の成功は、2022年に施行された男性育休制度にも、よい影響があったんです。
以前は、職場における有能な人とは「長時間職場にいて、結果を出せる人」。働き方改革によって、有能評価の基準が「上限のある労働時間で成果を出せる、生産性の高い人」へと変わりました。
ところが、企業の評価がそのように変わったのに、残業したい人たちがいました。「帰れ」という会社の命令に反しても、会社に残りたがったんです。「なぜ?」と改めて考えると、実は家庭に居場所がなく、職場に残っていた男性がもともと少なくなかったんですね。

小室

髙崎
定時で退社しても帰宅しない「フラリーマン」、コロナ禍明けのあたりで多く耳にしました。
そのような男性たちが、なぜ家に帰りにくくなったのか?を紐解くと、企業の責任も大きいのです。子育ての一番大変な時期に長時間労働や単身赴任を命じて、家庭との絆を断ち切ってしまったことで居場所がなくなっていたからです。そうすると、早く家族のもとに帰りたいという生産性を上げる最大のモチベーションがわかないのです。
仕事熱心で残業していると思っていた人達の中に、会社を居場所にしてしまっている人が多くいることに人事部も気づき始めました。
こうしたことが繰り返されないためには、家庭において最初のボタンの掛け違いが起きてしまう、子どもの誕生直後に家族の一員として父親が活躍できることが重要、と。それが男性育休制度の整備に繋がっていったんです。

小室

髙崎
働き方改革によって、会社が父親を家庭に返すようになったと。確かに、父親を家庭から遠ざける理由の多くは、仕事がらみですよね。
男性育休を取り入れてみると、他にも意義があったんです。
たとえば、働き盛りの男性社員が数カ月抜けても対応できるチーム作りや、介護や子育て中の女性社員の休みにくさが改善するなどの効果ですね。

小室
成否を分ける「生き残り戦略」の理解

髙崎
お話を伺っていると、改革がうまくいかなかった職場が、本当に残念に思えてきますね……。
改革がうまくいかなかった企業でも、残業を減らして、人件費のコストを削減できたところはあったんです。でも、それを社員に還元しなかった。
特に大企業より基本給が低い中小企業では、残業代カットで月に数万円も収入が減った社員の生活が、どんどん苦しくなっています。
それを、「働き方改革で残業ができなくなったせい」と考えてしまう人々がいるんです。

小室

髙崎
働き方改革で、ここまで道が分かれてしまっていたとは……。
失敗した職場にいるか、成功した職場にいるかで、見えている「日本社会」が全く違っていそうです。
働き方改革に反発する方々はよく、「労働時間が短くなって、日本経済が悪くなった」と言います。
それは一人当たりの平均労働時間が短くなったことを指しており、日本全体のGDPが減っているのを、そのせいだと分析するアナリストがいます。
しかし実際には、日本人の一人当たり労働時間が短くなった要因は働き方改革ではなく、日本の人口構造の変化なんです。

小室

髙崎
人口構造というと、少子高齢化などでしょうか?
はい。定年後にパート労働で働く高齢者の比率が高まったことから、一人当たりの平均労働時間は年々減っていますが、フルタイム男性の労働時間は全く減っておらず、世界の平均よりも1日2時間も多い現況です。
戦後の経済成長期の日本は、人口構造に若い人の割合がどんどん増えた「人口ボーナス期」でした。今の日本はその逆で、人口の多い世代が高齢化して、若い世代の割合は減っていく「人口オーナス期」に入っています。

小室


髙崎
「人口オーナス期」という言葉は、少子高齢化に比べてあまり知られていないような気がします。
が、ものすごく重要なキーワードですよね?
はい。人口構造はただの数ではなく、割合の問題ですから。
この「人口オーナス期」は、「人口ボーナス期」を経た国にはどこにも、必ずやってきます。オーナス期には、長時間は働けない人も分母に入れて、国全体で働き方を戦略的に変えていかなくてはなりません。
ヨーロッパなどの国々はもう、そちらにシフトしています。

小室

髙崎
私がフランスの長期休暇制度について書いた『休暇のマネジメント』(KADOKAWA)という本の取材でも、長時間労働は「やってはいけないこと」の扱いでした。それを容認すると、働ける人が減ってしまうから、と。
あれは「人口オーナス期」を前提にした労働政策だったんですね。
そうなんです。そして長時間労働できる人は、これからもますます減っていきます。
労働時間を短くして働ける人を増やす政策は、人口減にある国が労働・経済を維持するための、とてもシビアな生き残り戦略なんです。

小室

髙崎
生き残り戦略……!
働き方改革というと「短い時間で余裕を持って働こう!」のような、ちょっとキラキラしたイメージで考えている人もいますが、小室さんの今のお話は、全然トーンが違って聞こえます。
生き残りのために、細切れでも労働力の「総量」を増やす戦略に、国を挙げて切り替えていく必要がある、かなりシビアな話です。
その深刻さが経営者にも理解されなかったのは、国策としての働き方改革の課題だと思います。

小室

髙崎
この記事で、今からでもシビアな理解が広がることを願います……!
そして頭では必要と理解できても、現場にある目の前の困りごとはどうするんだ、という声もあります。そんな具体的な声についても、小室さんのご意見を聞きたいです!
ぜひ! たっぷりお話しましょう!

小室

続く後編では、働き方改革が進んだ「イマココ」の日本での課題と対策、そして小室さんご自身のワークとライフについて伺います。
2025年10月取材
取材・文=髙崎順子
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト


