本を貸さず、独自の棚づくり。働く人に寄り添う図書館運営が司書の働き方も変える(札幌市図書・情報館)
札幌の中心部にある札幌市図書・情報館は、「はたらくをらくにする。」というコンセプトのもと、働く世代を支えるためにつくられた公共の図書館です。
さらに、一般的な図書館とは異なり、実は「本を貸さない」場所。空間設計だけでなく、選書、本の配列や仕組みにもさまざまな工夫が込められています。
今回は、書棚のキュレーションやセミナーの企画を行う司書の草階彩香さん、山田あゆみさん、渡辺由布子さんにこの場所に集まる働く人々に届けたい時間・空間の使い方についてお話を伺います。
さらに、WORK MILLのステートメントである「もっと、ぜんぶで、生きていこう。」に共感する人に薦めたい本も選書していただきました。

札幌市図書・情報館(さっぽろしとしょ・じょうほうかん)
2018年、札幌市のビジネス中心地に位置する札幌市民交流プラザ内にオープン。ビジネスパーソンのための課題解決型図書館として、仕事や暮らしに関する本や情報の提供、関係機関との連携による相談窓口開設、セミナーの開催などを行う。司書によるオリジナルテーマに基づいた選書と棚づくりを行っており、本を貸し出さないのも大きな特徴。2024年度の来館者数は84万人超。
ビジネスパーソン向けの「貸し出さない」図書館

札幌市図書・情報館は、非常にユニークな図書館だと伺っていました。どういうところが個性的なのか、教えてください。


草階
当館は、札幌のビジネス・経済の中心地に位置する札幌市民交流プラザの中にあります。
その立地や近隣の図書館との差別化などもあり、ビジネスパーソンをターゲットにした図書館として構想されました。

具体的なターゲットを絞った公共図書館というのは、確かにあまり聞いたことがないですね。


草階
珍しいですね。
そして、「はたらくをらくにする。」というコンセプトを定め、具体的には次のような図書館にしていこうと計画が進められました。
・日本十進分類法(NDC)による分類ではなく、司書がオリジナルテーマを決め、それに則った選書、棚づくりをする
・いつでも最新の情報に触れられるよう本の貸出をしない
・司書の企画によるオリジナルセミナーの開催
・専門機関と相互連携し、定期的に法律や経営などのプロフェッショナルによる相談窓口を設ける


草階
約4万冊を所蔵し、開館時間もビジネスパーソンの利用に合わせて、平日は夜の9時まで開館しています。
コンパクトな空間なのに、かなりの席数がある印象です。



山田
人がたくさん来て、交流してもらえるようにという目的で座席数を多くし、スペースを広く確保しています。
札幌市内の地区図書館とも少し差別化をしていて。ほかの図書館の蔵書数は当館の倍の約8万冊なのですが、閲覧席は少なめ……というと規模感がわかりやすいでしょうか。


山田
また、気軽にビジネスの相談ができるよう、北海道よろず支援拠点や日本政策金融公庫などが、館内のカウンターで相談窓口を開いてくださっています。
ここだと本を読むついでに来られますし、ちょっと聞かれたくない話でもミーティングルームを使うことができるので、相談の良いきっかけになっていると思います。

「貸出がない」ではなく「常に新しい情報がそろう」図書館として
ビジネス関連も含めて、最新の本が個性的なテーマで並べられていて、本棚を見ているのがすごく楽しいです。
これも「貸さない」からこそですね。



山田
開館当初、やっぱり貸し出しをしないってことにすごく不安はありましたね。でも、今はメリットの方が大きかったと思っています。
もちろん、図書館なのに「借りられないこと」に驚かれる方もいらっしゃるのですが……。

渡辺
「私たちは常に新しい情報を提供したいから、いつでもここで本を読めるよう貸出をしていないんです」とちゃんと説明すると、「なるほど」と納得してくれます。


草階
札幌市図書・情報館の蔵書をその場で借りることはできないものの、市内の他館からの取り寄せは可能。
館内には、取り寄せた書籍の貸し出し・返却窓口も設置しています。
なるほど。実際に周辺の企業ではたらく方のご利用状況などはいかがですか?


山田
実は、地元の有名な企業の代表さんが、普通にワーキング席でお仕事や考え事をしているのをお見かけしたり……。

渡辺
返本作業をしていて振り向いたら、有名なデザイナーの方がいらしていたこともありましたね。

山田
そういう方が、お知り合いを「ここはこういう場所なんだよ」「こういう本があるんだよ」と連れてきて、案内してくれている様子をよく見かけるんです。
うれしいですね!


渡辺
企業ライブラリーを持っている大手企業もあるでしょうが、それが難しい会社もあります。本をそろえるのにはお金もかかるし、場所の管理も大変ですから。
なので、自社の企業ライブラリー的存在として、地域の企業の方に利用してもらえたらうれしいなと個人的には思っています。
産業データを調べてひたすら勉強。知識を積み上げて行う棚づくり
これまでの図書館と違うことをするということは、開館の準備は相当大変だったのでは……?


草階
そうですね。通常、図書館の蔵書は日本十進分類法(NDC)のルールに沿ってそろえていきます。ところが、当館では、オリジナルテーマに基づいて本を選んでいます。
そのため、どんなテーマが必要かをゼロから考え、方向性が決まったら、それに関連する本を集めていくというやり方で進めました。
それは、通常とは違う頭の使い方が必要ですね……! テーマを考えるにあたって何を糸口にしたのですか?


草階
WORKであれば、まずは札幌市の産業構造を調べて分析しました。
「これ面白そう!」「話題だから」などではなくて、まずはデータからなんですね!


草階
そうです。そこは司書っぽいところだと思うんですが……(笑)。


草階
まず札幌市の産業振興ビジョンと統計データから産業構造を探り、取り上げる業界をピックアップします。札幌の主要産業は、宿泊業や飲食サービス業などですね。
各業界の蔵書バランスを検討し、確定したらその業界についてひたすら勉強しました。そして、その分野の基礎知識になる資料とそこから派生するものをそろえます。
ひたすら勉強なんですね……。


草階
トレンドや動向は常に変わりますから。
蔵書を決めても、途切れずに勉強を続け、新しい情報に合わせてまた買い足して……の繰り返しです。

WORKとLIFEなど、複数のカテゴリーを担当することもあるのですか?


草階
はい。テーマもいくつか担当しますし、WORKに関連したLIFEの本も担当していますね。
たとえば、医療ビジネスなどの専門書(WORK)と患者さんが読む一般的な入門書(LIFE)の両方を担当します。これによって、医療従事者視点と患者視点の双方に必要なトレンドを掴んでいけるんです。
なるほど……。棚に並べた後の情報のリフレッシュはどのようにしているのですか?


山田
常に情報収集をしていますね。業界の専門誌や新聞、その業界に強い出版社のウェブサイトやSNSなどの情報発信も常にチェックしています。
あとは意外と、館内で作業している最中に新しいことを発見することがあって。
それはどういうことですか?


山田
16人いる司書は4人1組のチームごとに担当が決まっていて、4チームで動いています。
各担当が棚の中に「ハコニワ」と呼ばれる小さな展示をしていて。違うチームのハコニワを見ると、他の業界の動きから新しい発見をすることなどがあります。


草階
こうしてさまざまなことを考えているので、利用者の反応が思った通りだとうれしくて。貸出をしていないからこそ、館内で本が読まれている様子がよく見えるんです。
たとえば、「専門的だけど、誰か読んでくれる人いるのかな……。いやでもこれ絶対トレンドだから今買わなきゃ!」と悩みぬいた末に買った本があるんです。
それを棚に置いた途端に手に取った人がいて。「ああ、良かった!」と思いましたね。
アンテナを張り巡らし自分が聞きたい話を企画に
あと、セミナーもたくさん開催されていますよね。


草階
そうなんです。セミナー運営は、あえて棚づくりとは違うメンバーでチームを組んでいます。そうするといろんな棚の担当者が集まるので、多様な企画が出てくるんです。
オープン以来、セミナーは300回近くやっていますが、ネタがかぶったことがないんですよ。


渡辺
企画は、それぞれの「この人の話を聞いてみたいよね」から始まります。
チーム内で、「最近、何か気になることある?」と、Instagramや新聞記事、雑誌を見ながら、気になる人を挙げていく感じです。
自分が話を聞きたい人を呼んでいるので、参加者の気持ちになれて毎回楽しいです。
聞いてもらえる環境、踏み出せる仕組みがあるから挑戦できる
新しいチャレンジをたくさんしているこの場所で働く中で、皆さんの考え方や働き方の変化はありましたか?


山田
私はこれまで20年近く、NDC(日本十進分類法)という決まったルールの中で司書の仕事をしてきました。
なので、ここへ異動した直後は自分たちで新しい棚やテーマを組み立てるという新しい仕事のやり方にシフトするのはものすごく大変でした。でも、だんだん抵抗がなくなってきたというか……。


山田
その理由の一つが、年齢も職歴も全然違う司書たちと一緒に働いたこと。
その中で、「本当にいろいろな考え方があるんだな」「絶対に決まったものは実はないんだ」「自分の考えにあんまり固執する必要がない」「そういうこともできるかも」と徐々に柔軟に考えられるようになったんです。
すごい大きな変化ですね。


草階
札幌市図書・情報館は新規オープンの施設だったので、「図書館とはこうあるべきだ」を取っ払ったところからのスタートができたんです。
そこから、まず私たち司書のマインドも切り替わりました。さらに、人が異動しても「新しい図書館だから、これまでとは違うんだよ」というスタンスを引き継いで。

山田
やはり、私のようにほかの図書館での勤務が長い方ほど馴染むのに時間がかかる傾向はありますが、だんだんみんなの意識も変わっていきましたね。
渡辺さんは元々、民間企業で働いていたんですよね。


渡辺
はい。前職では販売の仕事をしていました。なので、一般的な図書館とのギャップに苦しむことはなかったですね。
同調を求められる雰囲気はないですし、「渡辺さんはどう思うの?」と聞いてくれるので、私も積極的に意見を言っています。


渡辺
ここは働く人のための図書館ですから。
「私、民間企業でも働いてたし、利用者像のど真ん中だ! 私の意見は絶対に歓迎される!」と思ったんです(笑)。
企画したセミナーにお客さんがいっぱい来てくれると、私の意見は求められていることなんだ、と実感します。

草階
私もずっと図書館勤務で民間企業での経験はないので、刺激になりますね。

渡辺
ここには、話を聞いてくれる環境と「じゃあ、やってみようか」と踏み出せる体制があります。だから、やりたいことを言ったら、結構実現するんです。
「もっと、ぜんぶで、生きていこう。」を深めるためのお薦め本
皆さんが自分たちの想いをどんどん発信し、つくりあげている図書館はとても素敵で、そんなふうに仕事をしてみたいと思う方も多いと思います。
WORK MILLでは、「もっと、ぜんぶで、生きていこう。」をステートメントに掲げているのですが、そんな想いへ共感してくれる読者の方へのお薦め本をご紹介いただけないでしょうか?


渡辺
じゃあ、私から。『ここだけのごあいさつ』です。出版社・ミシマ社の社長・三島邦弘さんが書いた本で、2018年から2023年までのミシマ社のサポーター宛の「ごあいさつ」をまとめたものです。


渡辺
ミシマ社といえば、面白いことをやろうと三島さんが走り続けている出版社ですが、それを継続するための葛藤などが書かれています。
小さな会社のままでは、人手不足で社員に負担がかかる、かといって大きくすれば面白みがなくなるかも……。
そんなふうに苦悩しながらも奮闘する姿は、面白いことを続けて行きたいという方の励みになるのではないかと思います。

草階
私が選んだのは『会社のためではなく、自分のために働く、ということ』です。
韓国の大手広告代理店の副社長だった著者が40代半ばで退職、自分の働き方と生き方を見直し、本屋さんという本当にやりたい仕事を見つけるという内容です。ビジネス書なのに泣けます。
やる気にあふれてバリバリ働きたいときよりも、自分の働き方は今のままでいいのかなとちょっと落ち込んだときに読むのがおすすめです。


草階
自分の考え方を変えて、その変化を受け入れていかないと成長はできない。
たとえ異動や転職で環境が変わっても、それまでの経験がゼロになるわけじゃなく、自分の中にちゃんと積み重なっていく。
それを著者の経験を踏まえて教えてくれるんですよね。変化を恐れない人の話です。
さっきの山田さんのお話とも、少し通ずるものがありますね。


山田
私はビジネス書ではないのですが、『私とは何か 「個人」から「分人」へ』を持ってきました。
自分と一言でいっても、「取材を受ける自分」と「同僚と話す自分」「家に帰ってからの自分」といろいろですよね。いくつもの場面で人とのコミュニケーションに応じる自分(分人)の集合体が本当の自分であるという考え方です。


山田
たとえば、どんなに話しても壁を感じてしまうような人がいても悩む必要はなくて。
その人は私と一緒にいるときにはなじまない分人で、違う場面ではもっと親しみやすい分人なのかもしれない。だから、その人を自分に見せる分人だけで判断はできないでしょう。
コミュニケーションで悩んだときに読むといいのではないでしょうか。
皆さん、見事に違うタイプの本を選んでいただき、ありがとうございます!
どれもとても面白そう……。読んでみたいと思います!

新陳代謝して常に変わり続ける図書館を目指して
今後、札幌市図書・情報館をどのように展開していきたいですか?


山田
やはり、新しいニーズにこたえていかないと。今から未来にかけての私たちの一番の顧客を常にキャッチしていきたいですよね。

渡辺
そのためにも、ここで利用者が来るのを待つだけではなく、積極的に外へ出ていくことも考えています。本を持って出張セミナーに行ってもいいですし。

草階
時代に合わせて働き方が変わっていくように、館全体も変化をいとわず新しいことをやっていきたいです。
新しい図書館をつくったことで満足していたら、古くなるばかりなので、これからもどんどん変わっていきたいと思っています。


草階
蔵書は1年に4000冊は入れ替えています。
開館から7年が経っているので、実は4万冊のうち、すでに半分以上の本は入れ替わっているんですね。本を買って出してっていう新陳代謝、すごいんです。
ということは……ざっくり計算でも、1日に10冊以上新しくなっているということですよね!?
人間の細胞のように中身が常に入れ替わって、まさに生きている図書館ですね。


草階
ありがとうございます。うれしい褒め言葉ですね。これからも頑張っていきたいと思います。

2025年9月取材
取材・執筆=わたなべひろみ
撮影=寺島博美
編集=鬼頭佳代/ノオト


