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暮らしの延長に仕事を作るには、自発的な欲求を自覚すること。3つの肩書きに通底するモットーとは(銭湯ぐらし・加藤優一さん)

自分の暮らしや関心事を、もっと仕事にリンクさせたい。そう考えながら、日々を過ごす人も多いのでは?

それを実践しているのが、加藤優一さんです。現在、株式会社銭湯ぐらしの代表取締役、一般社団法人最上のくらし舎の共同代表理事、東北芸術工科大学の専任講師、3つの肩書きを持ち、東京と山形を行き来しながらお仕事されています。

銭湯や温泉などのハード=空間を起点にまち・もの・ことづくりに励みつつ、故郷の山形県新庄市でも空き家再生の仕事を行うなど、「暮らし」と「仕事」をなだらかにつなげています。

キーワードは、「ワークアズライフ」。自分の暮らしの延長に仕事を生み出すヒントについて伺いました。

加藤優一(かとう・ゆういち)
建築家。東北芸術工科大学専任講師、(株)銭湯ぐらし代表取締役、(一社)最上のくらし舎代表理事、(一社)空き家相談・活用支援協議会アドバイザー。1987年、山形県生まれ。
デザインとマネジメントの両立をテーマに、建築の企画・設計・運営・研究に携わる。主な著書に『多拠点で働く』『銭湯から広げるまちづくり』など。

ゲームの世界を描いていた幼少期からまちづくりの道へ

加藤さんの現在の活動について、改めて教えてください。

加藤

大きくは3つあります。

1つ目が、一般社団法人最上のくらし舎共同代表理事。10年ほど前から地元の山形県新庄市で古民家再生に取り組んでおり、喫茶店兼間貸しスペースの運営をしています。

2つ目が銭湯を基点としたまちづくりを行う株式会社銭湯ぐらしの代表取締役。東京都の高円寺にある「小杉湯となり」というシェアスペースや「銭湯つきアパート」の運営ですね。

3つ目は、山形市にある東北芸術工科大学で教員をしながら、学生と一緒に空き家再生を進めています。

拠点も違った3つの活動をしているんですね。

加藤

はい。それ以外にも茨城県つくば市の拠点づくりに関わったり、法人のアドバイザーを務めたり。

空間を生かしたり場所をつくったりすることが加藤さんのお仕事に共通することかと思いますが、何か原体験があったのでしょうか?

加藤

親が美術の先生だったこともあり、小さい頃からよく絵を描いていたんです。

特に『がんばれゴエモン2』という江戸を舞台にしたテレビゲームが好きで、その中に出てくる江戸村をひたすらトレースしていていた時期がありました。

へぇ〜!

加藤

そのときも「そこで人がどう体験をするか」を考えていて、自分でも新しいステージを考えて友達に体験してもらっていたんです。

まさに今お仕事でやっていることにつながっていそうですね。

加藤

でも高校の時に大学進学で教育学部に行くか、建築学部に行くかで迷って。

なぜその二択だったんですか?

加藤

「居場所づくり」に興味があったんです。高校生になって、部活やクラスのメンバーや、購買のおばちゃんと喋るなど「多様な居場所」があることで救われた経験があって。

なるほど。

加藤

だから初めのうちは学校教育として「居場所づくり」をしたいと思っていたんですね。

でも、地元・山形が衰退していく姿を見て「場所自体を作ることが大事なんじゃないか」と思い、建築の道に進むことにしました。

大学生の頃は、小さな屋台をつくってコーヒーを振る舞ったりしましたね。空間の作り方によって人の居方が変わることを体感したり、多様な学部の人と活動することでソフト面の重要性が分かってきたり

加藤さんの「ハード面だけに固執しない」というスタイルは、大学時代にすでにあったのですね。

加藤

そうですね。基本的には、ハードとソフトを分けるのではなく、一体として作ることをずっと心がけてきました。

関わり方のグラデーションを見せること

場やまちを拠点に多様な人や物事を巻き込んだり、輪を広げていったりする際に、何か工夫していることはありますか?

加藤

多様な人が関わりやすいように、参加のグラデーションを設けるようにしていますね。

たとえば、「小杉湯となり」の運営には20〜80代の幅広い年齢のメンバーが40人程いるのですが、役員・正社員・アルバイト・ボランティアなど様々な関わり方があります。

また、利用者としても、日常的に使いたい人は会員利用、たまに使いたい人は都度利用という選択肢を設けていますし、1人で集中したい人も、誰かと交流したい人も居心地がいい環境づくりを意識しています。

高円寺にある銭湯・小杉湯の隣にある「小杉湯となり」は、平日は銭湯つきシェアスペーススペース、土日祝はカフェ&コワーキングスペースとして運営されている。銭湯と生活が密接につながる場所になっている。2020年オープン。

加藤

そのグラデーションの中で「自分はこういう形だったら関われる」と思える人を増やしていくように意識してきました。

一定のフェーズになれば、あとは自然と広がっていくものなのでしょうか?

加藤

そうですね。ただ、主体性を促すことは意識していて。

たとえば、「小杉湯となり」は今では会員さんが自発的に計画したイベントがたくさん開催される場になっていますが、最初の頃は運営側で積極的に企画していました。 そうすると会員さんも「やりたいことをやっていいんだ」と思ってくれるので、その輪を広げてきたことが今につながっています。

加藤さんが「背中を見せる」ことで、その背中を見て、加わる人がどんどん増えていくということでしょうか。

加藤

まさにそうですね。あと、自分の役割としても、企画から運営まで関わることは大切にしていますが、運営のプロフェッショナルではないので、誰かと連携しないといけない自覚があるんです。

だから、仲間を集めて、一緒にチャレンジすることを大事にしています。

そうしてスタッフや訪れる人との関係性を作る中で、小杉湯となりでは利用者みずからが自由に植物を育て始める風景も生まれたという

自覚があるからこそ、人を頼れるというのは強いですね。そして、空間をつくる上でも大切なポイントかもしれません。

加藤

そうですね。ちなみに、「頼る」ことに年齢や経験はあまり関係ないと思っていて。

山形での空き家再生プロジェクトでは、学生たちがとても頼れる存在なんです。地方には空き家はたくさんあるけど、プレイヤーが少ない。そこでまずは、空き家再生に熱意のある学生たちが住みながら経験を積んでいける仕組みを考えました。

空き家再生の様子(提供写真)

加藤

たとえば、一軒家を学生4人のシェアハウスとして活用しているプロジェクトがあります。4人が3万円ずつ出して住むと、月12万円、1年で144万円になりますよね。その家賃を1年目は全部DIY費に充てて、2年目の家賃を大家さんへ支払うとする。

そうすれば、大家さんは2年間だけ学生に貸すことで144万円の利益と、リノベーションされた家が手に入るので、放って置くよりは全然いいわけです。

Win-Winな仕組みですね!

加藤

そうなんです。これは「そこに住みたい」「自分で空間を作りたい」と思っている学生がいるからこそ。

だから学生にもプロジェクトを委ねるし、他のケースでも年齢は関係なく、その人ができること、やりたいことをリスペクトしています。

自分にとって、ほど良い距離でいられる場所をつくる

東京と山形を行き来している加藤さんは普段、どんなライフスタイルを送っているのでしょうか?

加藤

今は、平日は山形市にある東北芸術工科大学の宿舎に滞在して授業やゼミ、空き家再生の活動をしていて、週末は東京で「小杉湯となり」や都内の仕事をしています。

で、月に一度ほどは東京の代わりに地元の新庄に帰って、古民家再生の仕事をしている感じですね。

まさに3拠点を移動しながら仕事と生活をしているという。

加藤

東京に戻ったら、まずは小杉湯に入って顔馴染みの番台と軽く挨拶をし、小杉湯となりでは会員さんに「おかえりなさい」と言ってもらって……。そんな程よい距離の「ご近所付き合い」があります。

「小杉湯となり」からは「小杉湯」が見える

まさに仕事と暮らしがなだらかにつながっているんですね。

加藤

本当に「暮らし」ですよね。新庄に帰っても同じような仲間がいて、運営している喫茶店でクレープを食べて、新庄の仕事をして、温泉に入って。

ちなみに、東京には小杉湯、山形には温泉があることで、二拠点生活の疲れを癒やしています。基本的に僕は「湯」がないと生きていけないのかもしれません(笑)。

確かに! 「湯」のある場所が暮らしのベースになっているんですね。

生活の中で、「今は仕事モードだな」「今はプライベートだな」といったオン・オフはあるのでしょうか?

加藤

あまりないですね。ただ、湯に浸かることは切り替えになっています。あと、月に1〜2回くらい家にこもって誰とも話さずゴロゴロしながらYouTubeを観ている日はあります(笑)。

普段たくさん人とコミュニケーションをとっているわけですもんね。

加藤

そうですね。ただ、企画から運営までを一貫してやらないと面白い風景は作れないと思っているので、コミュニケーションは大切にしています。それを見たいという純粋な好奇心が原動力かもしれません。

そうしながら、自分にとって一番ほどよい距離感の場所を同時に作っているんだと思います。

距離感という点では、銭湯での人と人との距離感は唯一無二なものがありますよね。

加藤

はい。僕は銭湯での交流を「サイレントコミュニケーション」と呼んでいて。

気配を感じたり、会釈をしたり、という「弱いコミュニケーション」に救われることがあると思うんです。

たくさんコミュニケーションを取らないといけないわけでもなく、完全に1人というわけでもない。

それが心地よい時って確かにありますね。

加藤

僕自身、以前は田舎での強いつながりに疲れていたときもありました。一方で上京した直後に寂しさを感じたときもあったんです。

それらの中間にある距離感の場所があるといいなと思って「小杉湯となり」をつくっているし、山形での活動も同じですね。

だから今は、「自分がしたい暮らし」や「あってほしいコミュニケーション」をつくっている感覚なんです。

「ワークアズライフ」で暮らしと自分を重ねて働く

ここまでお話を伺ってきて、加藤さんはとても自然体で暮らしと仕事をしているように感じました。

加藤

「自然体」っていうのは割とよく言われますね。

この働き方をしていると、無理をしなくていないから疲れません。

加藤

逆に、僕自身は仕事と暮らしを分けるようなライフワークバランス的な働き方になると、全然バランスが取れなくなってしまうタイプです。それよりも、双方を分けない「ワークアズライフ」派というか。

とはいえ、向き不向きがあると思うので、自分は「アズ」派なのか「バランス」派なのかを自覚することが大事かもしれませんね。

自覚するには、どんな点に着目すればいいんでしょう?

加藤

生活の中で「こんなものがほしい」「こんなことがやってみたい」と感じたことを、どんな小さくてもまずはやってみることですかね。

今の活動の原点を振り返ると、大学生の時に作ったコーヒー屋台かもしれません。自分が欲しいと思った風景を、どんなに小さくてもいいので作ってみる。その延長に今があります。

「これは仕事だから」と義務的にやっていることじゃなく、自発的にやってみたいことの中にヒントがあるかもしれないですね。

なるほど。その結果、加藤さんは「ワークアズライフ」のスタイルになっている、と。

加藤

そうですね。今は暮らしの延長に「ただいま・おかえりが言い合える関係」とか、ときには「それより弱い関係」がほしいから、そんな場所を作っている。それが結果的に仕事になっている、という感じです。

「地元に完全に帰るわけじゃなくて、山形と東京を行き来していることが、結果的に好きである」という面もありますね。

自分の選択を客観的に捉えて自覚しているからこそ、作りたい関係や場所、生き方が叶えられている。WORK MILLのステートメント「もっと、ぜんぶで、生きていこう。」と重なる点が多そうです。

加藤

もちろん、最初から分かっていたわけじゃないんですけどね。

自分がどういう生き方が好きかを自覚的に考えながら過ごしているから、「今、ぜんぶで生きているな」と感じられるのかもしれないです。

前田 英里
前田 英里

【編集後記】
窓から射し込むゆるやかな陽射し、遠くに聞こえる賑わい、落ち着いた開放的な空間。この「小杉湯となり」の心地良さと、加藤さん自身の空気感とがあまりに自然に溶け合っていて、「なぜこんなにも自然体なんだろう」と思わずにはいられませんでした。お話を伺ううち、加藤さんが「自分にとって一番ほどよい距離感」を自覚して、そんな居場所を丁寧に育んできたのだと知って、なんだか腑に落ちました。
もし、自分はどういう生き方が好きなのかを今は自覚できていないとしても、そのヒントは日々の選択や感じ方の中に潜んでいます。やってみたいと感じたことを「どんなに小さくてもまずはやってみる」。この言葉を胸に、さっそくお隣の「小杉湯」へ初入湯してみる昼下がりなのでした。(株式会社オカムラ 前田英里)

2025年7月取材

取材・執筆=山越栞
写真=栃久保誠
編集=桒田萌(ノオト)