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漁業をかっこよくて・稼げて・革新的な産業に。フィッシャーマン・ジャパンに集う若者たちが起こす革命

人材不足。多くの業界が抱える課題ですが、なかでも3K(きつい・汚い・危険)のイメージが根強い水産業では、まさに死活問題です。しかし、そんななか宮城県北東沿岸部にある石巻市に、全国から優秀な若者たちが集まっているんだそう。

彼らが向かうのは、「漁業をカッコよく」をコンセプトに掲げる若手漁師集団・Fisherman japan(フィッシャーマン・ジャパン/以下、FJ)。

宇宙や開発途上国の支援、微生物を活用した環境研究などに打ち込んでいた彼らがなぜ、FJに惹かれたのか。そして今、どんな未来を見ているのか。石巻に飛び込んだ5人の若者たちに語ってもらいました。

かっこいい、好き、面白い。それぞれが石巻に集った理由

皆さん、石巻に縁もゆかりもなければ、漁業をしている家で育ったわけでもありませんよね。FJと出会ったきっかけは?

渡部

山育ちなので、昔から海に憧れていて。大学の研究室で、石巻の沿岸部にガーデンをつくるプロジェクトに関わったのが最初の接点です。

漁師さんと話すなかで、「漁業って面白いな」って思いました。

渡部更夢(わたなべ・さらむ)秋田県出身、千葉大学園芸学部卒。造園や都市計画を学ぶ。築地市場でのアルバイトをきっかけに水産業に関心を持ち、2018年にFJのインターンに参加。大学院進学やイタリアでの漁村留学を経て、2021年にFJ入社。現在は人材確保・育成のリーダーを務める傍ら、自身も赤貝漁師として現場に立ち、持続可能な漁業のあり方を探っている。

渡部

その時、漁業法が70年間も変わっていないと知り、すごく興味を引かれたんです。人手不足が深刻なのに、新しいことにはなかなか踏み出せない現実もある。

でも、漁師さんたちは本当にかっこいい。知れば知るほど好奇心が湧きました。

渡部さんは今、赤貝漁師としても活動されていますよね。そのまま漁師になる選択肢はなかったんですか?

渡部

それもありでしたが、どうせなら産業全体の構造を変えていける立場で関わりたいと思いました。

香川

僕は大学4年の頃に「それまでと全然違うことをやりたいな」と思っていた時、なんとなく漁師が思い浮かんで。

先生に相談したら、FJを紹介されて、1年休学して石巻で漁師をやったのがきっかけですね。

香川幹(かがわ・たかし)。茨城県出身、2021年東京大学卒業後、FJに入社。大学在学中に石巻の水産業と出会い、漁師や魚屋として現場を経験。水産業の担い手を増やし育てる「TRITON PROJECT」や、100年後の海の森をつくる「ISOP」にも参加した。現在は水産業に特化したクリエイティブチーム「さかなデザイン」に所属し、「すギョいバイト」など体験型の企画や広報を通して、水産業の魅力を発信している。

寺田

私は大学1年生のとき、FJが手がける「復興・創生インターン」で石巻に来たのが最初です。牡蠣をPRする仕事でした。

ただ、当時の職場はWi-Fiも通っていない環境で……。正直、すごくしんどかったですね。

寺田杏寿(てらだ・あんじゅ)山口県出身、上智大学総合グローバル学部卒。高校時代のオーストラリア留学をきっかけに、開発途上国の支援やエシカル消費に関心を持つ。大学のインターンでFJと出会い、石巻と魚の魅力に惹かれて2022年に入社。現在は、「ふるさとワーキングホリデー」などを通じて、関係人口の創出や子どもたちへの水産業の魅力発信に取り組んでいる。

石巻や漁業が嫌になったりしなかったんですか?

寺田

全然。大変だったけど楽しくて。震災後、漁師さんたちがもう一度立ち上がって水産業を続けようとする姿にも惹かれました。

それで、石巻の日々を忘れたくなくて、東京に戻ってからもFJの居酒屋(2021年に閉店)でバイトして、縁をつないで。結果、大好きな石巻で働くために戻ってきました。

磯部

僕は大学院で宇宙の研究をしていましたが、コロナ禍で研究が止まってしまって……。

家に缶詰状態なのがつらくて、全然違うことをやりたくなって、たまたま見つけたFJのインターンに参加したんです。

磯部高弥(いそべ・たかや)大阪府出身、大阪大学では野球部の副キャプテンを務め、卒業後は宇宙への関心から東北大学大学院へ進学。在学中にFJのインターンに参加し、若手漁師の収入向上を目指す「TRITONパートナー」プロジェクトのリーダーを務めた。東京のIT企業でエンジニアとして勤務した後、2023年にFJ入社。前職で培ったスキルを生かし、現場のDX推進に尽力している。

磯部

参加してみると、人手不足など水産業の現場が抱える課題の多さに驚いて。

人口も減っているし、人間がやらなくてもいい仕事はITに任せていく必要性を痛感しました。それで、スキルを学ぶために東京のITコンサル会社でエンジニアとして就職したんです。

川鍋

実は、僕も同じ会社で働いていました。本当に偶然なんですが……(笑)。

大学では微生物や環境について学んでいて、会社でもCO2の可視化プロジェクトなどに関わっていました。でも、本質的な課題解決にはつながっていない感覚があったんです。

川鍋一樹(かわなべ・かずき)埼玉県出身。早稲田大学大学院で微生物研究に取り組む傍ら、築地市場でのアルバイトを通じて水産業の魅力に惹かれる。IT企業でコンサル・エンジニアを経験後、FJに入社。2024年10月には「フィッシャーマン・ジャパン研究所」を設立し、現在は石巻と南伊勢を拠点に活動。海洋環境の変化に対応するため、アカデミックな視点から調査や実証実験を重ねている。

渡部

実は学生時代、僕と川鍋くんは築地で同じバイトをしていたんです。僕が先にFJに入っていたので、悶々としている彼を石巻の現場に案内しました。

川鍋

海を見たら、いくつも解決のアイデアが浮かんできて。

それまでの自分の知識を活かせるイメージが湧いて、「ここで挑戦してみたい」と、転職を決意しました。

バイトの企画からDXまで――「新3K」実現に向けた取り組み

FJは、漁業をかっこよくて、稼げて、革新的な「新3K」に変えることを目指していますよね。

それぞれの立場から、具体的にどのような取り組みをしているのか教えてください。

香川

漁業の「かっこよさ」って、体験してみて初めて実感できるものだと思っていて。僕自身、大学時代に漁師や魚屋を体験したことで、水産業に惹かれましたし。

だから、今は「すギョいバイト」など、漁業の現場を体験できる企画に力を入れています。それが新3Kの土台となり、関わる人を増やすことにつながるんじゃないかな、と。

すギョいバイトでの漁業体験の様子

寺田

震災で工場も流され、海の環境も変わり、魚もなかなか獲れないなか、漁師さんや水産加工会社のみなさんは試行錯誤しながら頑張っています。その姿は本当にかっこいいと思います。

ふるさとワーホリなどで訪れる人にもがきながらも産業を守ろうと奮闘するその姿を伝え、興味を持ってもらいたい。そうすれば、私と同じように石巻や水産業を好きになってくれる人が増えると信じて活動しています。

川鍋

漁師ってもともと、すごくかっこいいんです。大自然と向き合いながら、命をかけて仕事する姿は本当に輝いています。

一方で海の状況はどんどん変わってきている。科学的なデータを組み合わせて漁をする、アカデミアな視点を持った漁師も増えてほしい。そういう漁師が増えることで、かっこいい水産業につながるんじゃないかと思っています。

川鍋さんの提案で、研究所を立ち上げた(提供写真)

「稼げる仕事」に変えていくための成果、手応えは?

磯部

取り組んではいますが、まだまだ本質的なDXにまでは至れていなくて。その手前のデジタル化、IT化の段階で止まっている感覚です。

たとえば、同じ情報をそれぞれ違うシステムに3回入力していたのを1回で済むようにしたり、取引先ごとの入出金を管理するシステムを導入したり。

デジタル化によって業務を効率化したんですね。

磯部

そうです。それまで1時間かかっていた作業を5分でできるようになりました。

業務コストが下がれば、売上を作るための時間を増やせるので、そういう意味での貢献や手応えは感じていますね。

渡部

僕は漁業の担い手の確保について、通年の雇用をサポートしてきました。今後は繁忙期のスポット雇用を増やす取り組みに力を入れていきたいですね。

さまざまな漁師たちのもとへ足を運ぶ(提供写真)

多様なバックグラウンドを「生かし放題」な懐の深さ

大学や前職で、漁業とは直接関わりのない分野にいらした方が多いですが、そうした経験やスキルもFJで活かせていると感じますか?

磯部

そうですね。僕は水産業を良くするためにITを学んできたので、そのままですね。

川鍋

僕の場合、微生物の研究が仕事に直接つながっているわけではないですが、大学の先生と話すときの基礎知識や土台にはなっていますね。

香川

自分で研究所も立ち上げたしね。FJって入口が広くて、関わりしろがたくさんあるんですよね。

川鍋

FJには「やりたい」と言えば「やってみろ」と返してくれる風土がある。

そういう意味で、どんなスキルも経験も、生かし放題な場だと思います。

「惚れた人」が求心力に。熱く優秀な若者を惹きつける、FJの魅力

香川

あと、FJは現場との距離がすごく近いですよね。自分の場合、FJの阿部勝太代表や、漁師さんたちの強い言葉が本当に響いて。

渡部

現場をみると、一気に視点が変わる。新3Kの意味を自分ごととして考えられるようになった感覚がありますね。

磯部

僕は最初のインターンのとき、FJの先輩である松本裕也さんと話して、「自分とまったく違うところに視座がある、面白い!」と思いました。

それで松本さんと一緒に仕事したいと思って、長期インターンを始めました。

香川

たぶん、みんな誰かしら「惚れてる人」がいるんじゃないかな。

「この人、めちゃくちゃかっこいい!」って思える人がいて、そこに惹かれて集まってくる。

寺田

あと、同世代が多いのも心強いです。全然違う土地に移住して働くって、やっぱり不安もあるので。同世代のみんなを見ると、自分も頑張ろうって思えます。

香川

分野や興味の方向は違っても、「水産業を良くしたい」という熱い思いは一緒。そういう仲間が隣にいるのは大きいよね。

渡部

あと、一般的な企業はピラミッド型で、上に社長や役員がいて、社員はその下。上が意思決定して、それが降りてくる構造ですよね。

でも、FJはそうじゃなくて、「丸い組織だよね」とよく言われるんです。一人ひとりがプロジェクトマネージャーみたいな感覚で動いている。基本「やってみなよ」って背中を押してもらえますし。

磯部

先輩たちからも、何を言っても最初から否定されることはないです。そういう心理的な安心感もありますね。

川鍋

仕事は自分で取ってくるし、つくることもありますからね。あと、FJには、自分の理想や思いに対して、ちゃんとフィードバックがしっかり返ってくる環境がありますから。

どうとでもなれる場所ですよね。だから、熱のある人が自然と集まってくるんだと思います。

「水産業×◯◯」のかけ合わせで、可能性は無限に広がっている

みなさんの今後の展望を教えてください。

渡部

FJから独立して一人前の漁師になります!……というのは半分冗談だけど、半分は本気。

現場に立ちながら、担い手育成にも取り組む両輪のスタイルを実現したいです。

香川

「すギョいバイト」のような体験企画を通して、水産業の魅力をもっと広めたいです。

同時に、水産業の現場を働き手にもやさしい、魅力ある場所に変えていきたいと思っています。その一つとして、障害のある方でも働きやすいよう、水福連携などにも取り組んでいきたいですね。

寺田

私は単純に「お魚をずっと食べていたい」って気持ちが原動力かもしれません。

だからこそ、子どもたちに魚の魅力を伝える食育や体験の提供にもっと注力したいです。

子どもたちへの食育なども行う(提供写真)

渡部

仕事中にワタリガニ食べてたりするもんね。

寺田

そうそう(笑)。水産業に対しての興味関心を向上させることが、産業を守るうえで大事だと思っています。

川鍋

僕は2つあって、1つは研究の知見を現場で生かせるようにすること。調査結果やデータなど、誰もが見られる仕組みを作りたいです。

そして2つ目は、そこから得た知識を活かして、しっかり稼げる水産業をつくること。僕自身が漁業でもエンジニアでもアカデミアでも、複合的に力を発揮できるモデルになりたいです。

渡部

自分で事例をつくることで、若い世代に水産業の可能性や余地を感じてもらうきっかけになればいいよね。  

磯部

僕は、新3Kの中でも「稼げる」が一番難しいと思っていて。今はとれる魚の種類も変わってきていて、これまでの常識が通用しないことも多いので、もっとそこにコミットしていきたいです。

今はDX支援に入っていますが、もっと深く経営の中核にも関わっていきたいですね。新規事業開発などでしっかり成果を出して、「売上をつくる」支援をしていきたいと考えています。

(提供写真)

渡部

すごく良い方向性だけど、1人でやるのは大変じゃない?

磯部

まさに。すでに1人じゃ埒が明かないと感じています。

環境の変化に追いつくには、まち全体で取り組まなきゃいけない。だから、共通の課題に対していろいろな会社が一緒に取り組める仕組みを整えるために分科会を立ち上げたりもしています。

香川

課題解決のコストを下げれば、それぞれのリソースも増えるし、挑戦するための余白もできますよね。

磯部

もし読んでくれている方のなかに、「何をしたいかわからない」「自分の熱量の使い道が見えない」って人がいたら、一緒に水産業をやりたいです!

香川

課題は山ほどありますからね。

寺田

「水産業×◯◯」って、かけ合わせれば無限に可能性はあると思います。

渡部

それが、すぐにお金になるかはまた別ですけど(笑)。

磯部

それも含めて、一緒に考えていけたら最高ですよね。

山田 雄介
山田 雄介

【編集後記】
「かっこよい、稼げる、革新的」——そんな新しい令和の3Kを掲げ、石巻に集う若者たちの姿に希望を抱きました! 宇宙や微生物、ITなど多様なバックグラウンドを持つ彼らが、フィッシャーマン・ジャパンのもとで漁業の未来を石巻で切り拓いています。彼らの取り組みは、単なる職業選択ではなく、共感する仲間とのつながりや、産業・地域への深い情熱から生まれる「生き方」そのもの。従来のやり方に捉われない斬新なアイデアで水産業の魅力を高めている彼らに今後も注目です。
(WORK MILL編集長/山田 雄介)

2025年3月取材

取材・執筆=岩崎尚美
撮影=窪田隼人
編集=鬼頭佳代/ノオト