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未来に多彩な選択肢を。月60時間の短時間正社員制度の導入、お仕事マッチング事業を通してつくる働き方のグラデーション(ママントレ代表・須澤美佳さん)

子どもを産んだあとも、正社員として働き続けたい。けれど、いろいろな理由から望む働き方を手放さざるを得ないケースもあります。そんな中、株式会社ママントレは、女性が出産後も「自分らしい働き方」をあきらめないために、さまざまなサポートを行っている企業です。

自社でも「短時間正社員制度」を取り入れ、「週2日」や「月60時間」などの短時間でも正社員として働ける環境を整えてきました。

その代表であり、自身も高校生の娘を持つ代表の須澤美佳さんに、事業の内容や想い、働くママたちと向き合うなかで大切にしていることを伺いました。そのお話には、誰もが自分らしく働くためのヒントが詰まっていました。

須澤美佳(すざわ・みか)
大学卒業後、大手SIerの人事系SEとして従事。出産後はフリーのWebディレクターとして活動し、2012年にママントレを設立。2014年に仕事マッチング事業「エリアマイスター」を立ち上げ、近畿経済産業局主催第1回LED関西でファイナリストに。芦屋市他さまざまな自治体で在宅ワークやフリーランスに関する講座の講師や、多様な働き方の推進にも注力している。

何時からでも、1日何時間でも自由に

ママントレで導入されている、「短時間正社員制度」について教えてください。

須澤

いわゆる週5日・フルタイムで働けない人にも、正社員として適正な評価と公正な待遇を確保するためにつくられた雇用形態です。

制度の利用者は労働時間が短くとも、一般的な正社員と同じように社会保険や福利厚生を利用できます。

どんな方がこの制度の対象になるんですか?

須澤

期間を定めのない労働契約を企業と結んでいて、時間当たりの給与や賞与の算出方法が、同じ種類の仕事をしているほかの社員と同等の方です。

ママントレで「短時間正社員制度」を適用されている社員さんは、具体的にどんな働き方をされているのでしょうか。

須澤

短時間正社員になった当初は月60時間、今は月90時間の契約で働いています。

何時からでも、1日何時間でも、都合に合わせて自由に労働時間を決められる「スーパーフレックス」のスタイルです。場所も、在宅でもオフィスに出勤してもOKです。

かなり柔軟ですね。勤務日は事前に社内に伝えておくのですか?

須澤

会社に来る日は共有カレンダーに入れてもらっていて、仕事ができない日も事前に分かっていたら入れてもらっています。

ママントレではなぜ、そのような「短時間正社員制度」を導入しはじめたのでしょうか?

須澤

対象である社員は、元々は業務委託で仕事をお願いしていたライターさんでした。

メルマガ作成を依頼していたのですが、お子さんが成長して余裕ができたので、ほかにも仕事をどんどんお願いしていったんです。

そこで立ち塞がったのが「130万円の壁」です。それ以上仕事を増やすと、配偶者の扶養範囲を超えてしまう。すると、社会保険料の支払いによって、実際の手取りは少なくなってしまうんです。

今はニュースでも話題になっていますが、多くの方が悩まれていますよね。

須澤

はい。本人も悩んでいましたし、私ももっと仕事をお願いしたかったので、「どうにかできないかな……」と考えたときにこの制度を知りました。

とはいえ、正社員として雇用すると、会社としては、社会保険や厚生年金の負担が増えますよね。

須澤

そうですね。それでも一緒に働きたい人材でした。

同時に、業務内容も多岐に渡り、「ライター」「事務」みたいに仕事を区切ってタスク化する業務委託の考え方では、報酬を算出するのが大変になっていたんです。

だったら雇用して、契約時間内に自由に仕事をお願いできる形にしたほうが、お互いにやりやすいんじゃないかと。それで本人と話し合って、喜んでいただけたので取り入れました。

制度を導入後、どんな変化がありましたか?

須澤

それ以前は本人にも、「この仕事やっていいのかな」「どこまでやっていいのかな」と躊躇があったようです。でも今は、積極的に提案してくれることが増え、実際にやってくれる業務の範囲も広がりました。

「自分を大切にしてもらった」とも感じてくれたようで、会社への貢献度や責任感も上がっています。雇用形態が変わると、こんなにモチベーションが変わるんだなと驚いています。以前より、なくてはならない存在になりました。

企業とワーカーの間に入り、タスク化や契約を請け負う

須澤さんは、以前より女性の働き方や選択肢を増やすための事業をされていたと聞きました。

須澤

はい。ママントレが企業から受けた仕事を、分野や経験に応じて登録ワーカーに業務委託として依頼する「エリアマイスター」というサービスを運営しています。

事務系、WEB制作、ライティングなど分野で「月10時間」といった時間単位や、「バナー1個」といった業務単位など、柔軟な仕事の発注ができるんです。

スキマ時間にもできそうですね。

須澤

そうですね。家庭の事情で正社員として就業が難しいけれど、スキルや就業意欲の高い方が登録してくれています。ほとんどが子育て中のママですね。

どのようなきっかけで「エリアマイスター」に登録される方が多いのでしょうか。

須澤

働き方に悩んでいる人に向けて毎月開催している相談会で登録される方がほとんどです。お話すると、みなさん選択肢を知らない。フルタイムかパートの二択しかないと思われている方が多いんです。

そこで、「今は働き方にグラデーションができているんですよ」と伝えると、「え、そんなのもあるんだ」と動き出す人が結構いらっしゃいます。

ママントレさんが、企業とワーカーの間に入ってやりとりをされるのでしょうか?

須澤

そうです。私達が間に入ることで、企業の要望を適切にタスク化してワーカーに伝える一方、契約面では不平等がおきないようサポートしています。

企業側のメリットとしては、人を雇用する負担が軽減する点が大きそうですね。

須澤

雇用もそうですが、採用にはお金がかかりますし、入社しても辞めてしまうリスクがあります。「やってもらいたい仕事を、欲しい時間だけ」得られる環境は、かなり貴重ではないでしょうか。

また、「Webサイトの更新も経理もできる事務」といった人材を探している企業も多いのですが、人材不足のこの時代、なかなかいません。エリアマイスターに登録いただければ、経理、総務経験者を別々にアサインしてチームでお受けすることもできます。

フルタイムの正社員はできない時も、自分のスキルを生かせる場があるのは貴重ですね。

須澤

そうですね。フルタイムでなくとも、継続的な関係の中でパートナーシップが育っていくケースが多いです。

仕事を認めていただき、やりがいを感じることで、自然と成果の質も量も向上していきます。そうなると企業のほうから、「がんばっているから」と単価アップのお話をいただけることもありますよ。

オフィスの中には、ビジネスコンテスト入賞時の賞状や、情報処理支援機関としての認定証などがずらりと並ぶ

働き方にはもっとグラデーションがあっていい

ママントレの事業をはじめたのは、ご自身の経験がきっかけだったのでしょうか。

須澤

はい。私は元々東京でSEとして働いていたのですが、結婚相手が関西の方だったので、「大阪に新しいシステムを広める役割を担う」という前提で転勤を許可してもらったんです。

ところが、仕事が激務すぎて、新婚なのにほぼ毎日終電。昼休みにスーパーに行って買ったものを会社の冷蔵庫に入れ、深夜持ち帰るような生活をしていました。だんだん苦しくなって、子どもも欲しかったので退職して……。

大変な働き方をされていたんですね。

須澤

その後、フリーランスのSEとして働きはじめたんですけれど、すぐに妊娠したんです。しかも、切迫流産で絶対安静だったので、仕事を辞めました。

出産後は保育園に子どもを預けて働く予定でしたが、娘が1歳になった2008年にリーマン・ショックが起きたんです。働かざるを得ないママが急激に増えて、保育園の倍率が3倍になって。正社員はあきらめました。

そこからどうされたんですか?

須澤

パートをいろいろ経験したのですが、パート代が全部託児代に消えて、収入が増えるどころかマイナスになってしまった。

これは本末転倒だなと感じていた2010年に、当時は珍しかった女性向けの起業塾が開催されることを知りました。そこに通って、個人事業主として起業したんです。

どんなお仕事からはじめたんですか。

須澤

HPや名刺作りです。SEの知識を活かして、ITが苦手な方のサポートもしていました。そこから派生して、WEBデザイナーだけれどコーディングは苦手、といった人と組み、私はコーディングだけを担当する分業をしたり。

振り返れば、この経験がママの得意分野を活かして働く「エリアマイスター」の原点かもしれません。

そこからどう展開していったのですか。

須澤

2012年に「笑顔で働きたいママのフェスタ」という、私のようにフルタイムで働きにくい人たちの「働き方の見本市」のようなイベントがあったんです。

私は実行委員の一人として参加したのですが、出展していた方々はハンドメイド商品の販売やアロマのレッスンをされている方が中心でした。

でも話してみると、「可能ならば事務の仕事がやりたい」という方が多くいたんです。

そのときに「エリアマイスター」の事業を思いついたんですね。

須澤

同時期に、「雇うほどではないけれど、仕事を手伝ってほしい」という声を個人事業主から聞く機会も増えていました。

そこで、「エリアマイスター」の事業を、女性起業家の登竜門である「LED関西」というコンテストでプレゼンしてみたんです。

すると、まさかにファイナリストに選んでいただいて。「これは時代に求められている」と考え、さまざまな方のアドバイスを受けながら、働きたいママのサポートをする事業を形にしていきました。

LED関西での様子(提供写真)

起業から10年以上が経ちますが、パワフルに会社を経営される原動力はどこにあるのでしょうか。

須澤

「働きたいと思っている人が、働ける環境があるといい」という気持ちかもしれません。ママだけでなく、介護や病気などさまざまな状況にあるがために、パートしか選べない人が多くいます。

「人の働き方にはもっとグラデーションがあっていい」という思いはずっとありますね。自由に働く方が増え、働く悩みを持つ人が減ってきたら、私の役目は終了ではないかと思っています。

ロールモデルをたくさんつくり、良い循環を

今、「短時間正社員制度」のような働き方は、多くの方が必要とされていると思います。

「こんな制度があれば退職せずに済んだ」という方も多いと思うのですが、なぜあまり広まらないと思われますか。

須澤

「子持ち様」という言葉に象徴されるように、誰かが時短で帰ったり、子どもの発熱で休んだりすると、周りの社員に負担がいき、職場での風当たりが強くなるからではないでしょうか。

そうやってフォローしてくれた方への適切な評価や報酬が必要だと思います。その大変さを上層部が理解して、認めてあげることが大切ですよね。

確かにそうですね。

須澤

そもそも「短時間正社員制度」はママに限らず、誰もが使える制度です。

理由は何であれ、誰もが気軽にこの制度を使えるようになれば、「この前助けてもらったから、今日はその人が困っているからフォローしよう」とお互いに助けられる環境になるかもしれません。

実際に制度の対象である社員の藤本さんにも同席いただいています。この制度のもとで働いてみて、どうでしょうか?

藤本

このような制度があると、「自分は会社から大切にされているんだな」と思うことができるのではないかと思います。

実際、私も同じように感じていますし、それによって会社に貢献したい、仕事を頑張ろうと思えますね。

取材時に同席していた、短時間正社員制度で勤務している藤本亜希子さん

須澤

たとえば、推し活に使ってもいいじゃないですか。「ママだけどうしてそんなに権利があるの?」といった不公平感が課題なんです。

パパが育児に参加するためにも、みんなが平等に時短や休みが取れる仕組みが必要です。

子育てにおいては、ママに負担が集中している不公平感もありますよね。

須澤

お互いにサポートしあって「ありがとう」と言える環境が大切だと思います。

ママントレでは、どのように環境づくりをされているのでしょうか。

須澤

コアメンバー6人は全員ママで、「自分らしい働き方をあきらめない」という理念に共感する仲間です。だから、自然に助け合う雰囲気があるんです。

そうやって社内に「働く女性のロールモデル」をたくさん作ることで、良い循環が生まれていくと考えています。

その姿を見て、私もこんなふうに働きたいという人、こんなふうに雇用したいという企業が増えていってほしいですね。両者の出会いから生まれる信頼やつながりは、AIが台頭してもなくならないものだと思っています。

その出会いの場として「エリアマイスター」の事業をされているんですね。

須澤

お互いに必要としていても、そこがなかなか出会えないんですよね。出会いの場を提供して、信頼やつながりが生まれる機会を増やしていきたいと思っています。

そこで重要なのは、企業とワーカーの対等な関係性です。「社会貢献のためにママを雇う」といった上から目線や、「ママだから報酬は安くてもいい」という考えではうまくいきません。

ギブアンドテイクで、「いてくれて良かった」と言ってくれる企業とが一番うまくいきますね。ママの経験とスキルを正当に評価してくれる企業とは、正しいパートナーシップを築いていけると思います。

そういった関係性が広がると、ママの働き方も変わっていきそうですね。

須澤

この事業を始めた当初からの目標が、「自分の娘の世代に、女性が働きにくい社会を引き継ぎたくない。もっと多彩な働き方が選べる社会を残したい」ということでした。

自分らしく働いて、結婚、出産を経ても、望めばまた自分らしく働ける。そんな社会にしていきたいですね。

2025年2月取材

取材・執筆=笹間聖子
写真=三好沙季
編集=桒田萌(ノオト)