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そのままの自分を差し出すことが価値になる「コアキナイ」という働き方(コアキナイ主宰・嶋田匠さん)

「会社の歯車としてではなく、自分だからこそできる仕事がしたい」

会社や組織に所属していても、そういう気持ちを抱えることがあります。今回お話を伺うのは、嶋田匠さん。人の個性を活かした小さなビジネス「コアキナイ」をサポートする取り組みを2019年から主宰しています。

どうすれば自分だからこそできるコアキナイを生み出せるのか。どんなコアキナイがあるのか。一歩を踏み出すためのヒントを伺います。

嶋田匠(しまだたくみ)
2015年、リクルートキャリアに新卒入社。2018年に日替わり店長の「ソーシャルバーPORTO」を開業。その後リクルートキャリアから独立。2019年から「コアキナイ」というエコシステムを主宰。コアキナイをつくるゼミやコミュニティ、シェアハウス、コアキナイを差し出すガレージなどを運営する。

小商×個商=コアキナイ

嶋田さんが主宰する「コアキナイ」について教えてください。

嶋田

コアキナイは、「小商(こあきない)」と「個商(こあきない)」の2つの意味を合わせた言葉です。

「小商」は小さな商売のことで、不特定多数ではなく、特定の人に向けて価値をお届けします。

「個商」は、その人の個性や自分らしさを活かした商いのこと。マーケットのニーズを重視せず、そのままの自分を差し出して「自分がいることを仕事にしてみる」という考え方です。

自分の存在が、そのまま仕事になるんですか?

嶋田

そうです。資本主義社会では、顧客や市場のニーズを最優先に考えて、製品やサービスを開発・提供する「マーケットイン」の価値観で駆動する事業や仕事が多いと思います。

嶋田

でも、コアキナイはマーケットインとは真逆の「パーソナリティアウト」の考え方をしているんです。つまり、自分らしさを小商という形にして、社会に差し出す試みなんですよ。

一般企業の当たり前とは全く違う考え方ですね。「自分らしく仕事がしたい」と願う人たちからすると憧れる働き方かもしれません。

嶋田さんが、その考え方に行き着いたきっかけは?

嶋田

言葉として整理できたのは、リクルートキャリアで勤務しながら、複業として「ソーシャルバーPORTO」の経営を始めた頃ですね。

「PORTO」は、日替わり店長のバーなんですけど、店長が変わると、やってくるお客さんも変わるんですよ。その日お店に立っている店長に会いたくて来てくれる人たちが多いので。

壁に貼られているのは、日替わり店長たちの写真。日替わり店長はお客さんだった人から、店長経験者の紹介までさまざまな経緯で集まってくるそう。

嶋田

たとえば、ぼくが店長をする時には、学生時代や社会人生活を通してできた友達が遊びに来てくれました。

正直、お酒を作るのは上手じゃないし、話が特別面白いわけでもない。それでもぼくに会いに来てくれる人がいる。ぼくにとって、すごく安心感があり、何か足りなかったものが満たされている感覚がありました。

それはどんなものですか?

嶋田

会社にいると役職や職種などの役割に引っ張られて過ごす部分があるじゃないですか。

でも「PORTO」では、「この佇まいでいたい」と思える自分のままで仕事ができた感覚があったんです。自分の中にある“自分自身”が、仕事を通して“社会”とつながった感じです。

「PORTO」に設置された寄せ書き帳。店長を介して初めて知り合ったお客さん同士が交流する場面も多いそう。

嶋田

ぼくは「よりどころ」と「やくどころ」という言葉を使っていて。

・その人がいるだけで喜び合えるような、存在価値が認められている関係性を「よりどころ

・何かしらの価値や機能を提供することで感謝されるような、提供価値・機能価値が認められている関係性を「やくどころ

嶋田

「PORTO」という仕事は、ぼくがずっと求めてきた、自分が自分であることをやめない限り大丈夫な、自分にとって自然な「やくどころ」だなと感じたんです。

「よりどころ」と「やくどころ」が重なった瞬間ですね。

嶋田

そうですね。ぼくが通う銭湯の近くに中華屋さんがあるんですけど、たまに立ち寄りたくなるんです。その理由は、「ごはんがおいしい」だけじゃなく、いつもいるおばあちゃんに会いたいから。

そんな風に、その人が存在すること自体が、ある人にとっては価値になる。存在価値と機能価値が重なっているような仕事があると思うんです。

「コアキナイ」では、そういう重なりを大切にした営みをそれぞれが、みんなで育んでいけるといいなと思っています。

「コアキナイ」の取り組みに興味を持つ人って、どれくらいいるんですか?

嶋田

最近、コアキナイに関するイベントに以前よりも多くの人が集まってくれるようになりました。

副業・複業をすること自体は一般的になって、「どうせ本業とは別に副業するなら、自分自身が人生を通して育んでいきたいと思えるものにしたい」という人が増えてきた印象です。

でも、「脱サラ」という言葉が1970年代に流行ったように、会社員としての働き方に疑問を抱く人は昔から一定数いたんだと思います。

PORTO創立5周年を祝うコメントたち。コアキナイ的な仕事の在り方に賛同する人たちが少しずつ増えています。

コアキナイゼミで生まれた2つのコアキナイ

嶋田さんは、コアキナイを始める手伝いをするコアキナイゼミを開催されていますよね。

皆さん、どんなコアキナイを開業するんですか?

嶋田

コアキナイには、大きく「ミッション型」と「パッション型」があると思っています。

「ミッション型」
自分の抱えている痛みや不安、社会への願いを起点にしたコアキナイ。

「パッション型」
誰に頼まれるでもなくお金や時間を使ってしまうような、その人の偏愛や熱中を起点にしたコアキナイ。

嶋田

ミッション型のコアキナイの例では、大分のシェアハウス「すすすハウス」があります。

立命館アジア太平洋大学(APU)に在学しながらコアキナイゼミを受講してくれた瀧本まなかさんが始めた営みです。

「すすすハウス」の一角。生きづらい世の中で「素でいられる・巣である」場所を作りたいという彼女の想いからスタートした。ネーミングには、「素」「巣」、体に良い「お酢」の3つの意味が込められているそう。(提供写真)

嶋田

すすすハウスでは、その中でしか使えない通貨「Shame」が流通していて、例えば何か恥ずかしかったエピソードを披露したりするともらえるシステム。貯めると豚汁がと交換できたりするんです。

実際に100shameでやりとりがされるところ(提供写真)

恥をかくと、通貨がもらえる! ユニークですね。

嶋田

ほかにも、「すすすハウス」にはいろんなルールがあって、初めてきた人にはわけがわからないと思います(笑)。でも、それがすごくコアキナイっぽい。

マーケットインな発想だと、サービスはニーズに的確に応えていくシャープなものになっていきます。でも、パーソナリティアウトな発想だと、サービスは多面的で多層的な自分自身が表出されていくから、価値が複雑でわかりにくくなっていくんです。

それが「その人らしさ」につながるんですね。

嶋田

パッション型のコアキナイでは、「あなたらしい」オリジナルのスパイスカレーが作れるオンライン講座「アパナマサラ」がわかりやすい例だと思います。

「あなたらしい」オリジナルのスパイスカレーが作れるオンライン講座「アパナマサラ」(提供写真)

嶋田

発起人の宇田川寛和くんは、PORTOで山椒を使ったキーマカレーを振舞った時に、「ヒロカズくんらしい味だね」と言われて、「自分らしさを表現して受け取ってもらう嬉しさ」に気付いたそう。

彼の本業はコーチングなので、オンライン講座を受講する人のストーリーを深堀しながら、表現の手段としてカレー作りを教えています。

最後にはオリジナルカレーをお客さんに提供するお披露目会も(提供写真)

まずは「自分らしさ」の棚卸しから

どちらも素敵ですね。「コアキナイを始めたい」と思ったら、どういうことから着手したらいいんでしょうか?

嶋田

まず、自分らしさの棚卸しを始めることだと思います。いろんな切り口がありますが、1つは「誰に頼まれるでもなく、自分のお金や時間を使っているもの」を見つけることです。

嶋田

たとえば、ぼくたちが運営するシェアハウス「コアキナイハウス」には、それぞれのコアキナイを育み合う中で、気づきや学びを得たいと願う人たちが暮らしているんですけど。

住人の中には、ストレスが溜まるとタマネギの千切りをする人がいるんですよ。

タマネギの千切り! 変わってますね。

嶋田

そうでしょ。でも、その人からすると、平凡で当たり前のことなんです。そんなふうに、他者との関わりの中で、「自分はこれがユニークだ」と気付くことがあります。それを大切にしてみてください。

とはいえ、職場だと、自分のままでいる瞬間って少なくなりがちです。なので、自分自身として生きている状態で、他者と関わる時間を意識的に増やすことも必要だと思います。

その際に、注意したいポイントはありますか?

嶋田

社会人経験が長い人ほど、自分らしさの棚卸しが「スキルアウト」になっちゃうことですかね。

「その人らしい」って難しくて。「スライドを作るのがうまい」「網羅的な思考が得意」とか、機能的な部分に注目しがちなんです。いままでの人生では、仕事となると人の役に立つことを重視してきた人が多いと思うので。

なるほど。できることが多い分、スキルによってしまう……。

嶋田

はい。

誤解を恐れずに言うと、コアキナイでは「他者の期待に応えないこと」が大切だと思います。あくまでも、他者からの期待に応えるのではなく、自分自身を他者に差し出すこと・活かすことを重視します。

そう考えると、自分らしさの棚卸しって難しいかも……。

嶋田

マーケットインの発想で先に市場を考えると、その後から自分自身につなげていくのが難しくなってしまいます。

だから、まず自分自身とつながった営みを生み出し、特定少数の関係性から特定中数へと。最後に不特定多数の市場につなげていくのが大事だと思います。

嶋田

そう考えるとミッション型のコアキナイは、「私の痛み」が「誰かの痛み」と地続きになることが多くて、他者からの期待に応えること(マーケットイン)に傾きやすいんです。

だから1人で挑戦する場合は、パッション型のコアキナイを探すことの方がやりやすいのかもしれません。とはいえ、自分の平凡さ(であり自分らしさ)に気がつくための他者の存在は大切ですが。

コアキナイで、「私のための社会、そして経済」へ

コアキナイを始めたけど、続かずに辞める人もいるんですか?

嶋田

そうですね。本業があまりに忙しいと、資本主義的なムードで生きるリズムと、パーソナリティアウトで営むリズムがかみ合わなくなってしまったり。

それにマーケットインは、やっていることがちゃんと他者から評価されて、感謝されることがほとんどじゃないですか。でも、パーソナリティアウトは他者に理由を求めづらいから、営みを続けるモチベーションを保つのが大変だと思います。

他者からの評価が欲しい時はありますよね。そういう時はどうしたらいいでしょうか?

嶋田

「自分なりの豊かさ」に立ち返る手段を持つことが大切だと思います。「(他者にとっての)社会的な成功」と「(自分にとっての)個人的な幸福」が一致している人って、そんなに多くはないと思うので。

当たり前だけれど、個人的な幸福に向かっていくこと。それでも、社会的な成功を気にしないことは難しいことです。

だからこそ、個人的な幸福に立ち返る手段として、豊かさのものさしが重なっている人たちと過ごす時間そのものを増やすことが大事なのかもしれません。

コアキナイを始める人に、アドバイスするとしたら?

嶋田

ぼくは挑戦に必要なのは「勇気」ではなく、「安心」だと思うんです。

ぼくがPORTOを始める当時、リクルートキャリアを辞めることに対して「もったいない」と否定的な意見もいただきました。

でも、パートナーからは「2年間くらいなら、ヒモしててもいいよ」と言われて。その言葉で、「退職して、思いっきりコアキナイしてみよう」と挑戦できたわけです。

おお……!

嶋田

そう考えると、やっぱり本質的に挑戦に必要なのは、「勇気」じゃなくて「安心」なんじゃないかな。

それに、勇気を振り絞るのは精神論だけれど、安心を培うのには方法論があると思うんですよね。もしも挑戦に必要な勇気が足りないのであれば、どうしたら安心を担保できるのか。考えてみるのも一つです。

嶋田さんの場合は、パートナーさんの言葉が背中を押したんですね。

嶋田

あとは始めたり・続けたりするためには、その人の小さな挑戦を周りが「Witness(目撃者/証人・目撃する)」すること。そうやって、その挑戦・その人生が、見守られている・認められている感覚が大切です。

だから、ぼくたちはコアキナイを続けるためのコミュニティの運営を始めました。

木としてのコアキナイ(ぼくにとってのPORTO)をみんなで育むのと同時に、森としてのコアキナイ(「コアキナイ」というエコシステム)もみんなで育んでいく。そういう関係性が重要なんじゃないでしょうか。

嶋田さんはコアキナイの今後をどのように考えていますか?

嶋田

コアキナイ的な営みのあり方は、少しずつ社会に広がっています。そうすると企業も変化するはずです。

副業する個人が増えたことが副業解禁を促したように、コアキナイ的な営みを育む個人が増えることで、そんな個人を活かす方向に組織や企業のあり方が変化していくと良いなと思います。

コアキナイは本人のパッションやミッションに近いものから発露させていくもの。そんな人材と営みを組織の中で活かせること・応援できること・育めることで、いま流行りの人的資本経営が、より本質的なものに変わっていくんじゃないでしょうか。

企業の中でもコアキナイができるかもしれないですね。

嶋田

はい。ぼくたちも、今は自治体や学校向けにしか提供できていない、パーソナリティアウトなマイプロジェクトやコアキナイが生まれるプログラムを、今後は法人向けにも展開できたら面白いと思っています。

本業でコアキナイ的な営みを始めることができれば、継続もしやすくなるかもしれません。

確かに時間も使いやすくなりますよね。

嶋田

その人のモヤモヤやワクワクを起点に新規事業やプロジェクトを創出していけば、エンゲージメントの向上にもつながるでしょう。何より、その人のスキルだけでなく、その人自身を活かすことにつながると思います。

そういう個人発のプロジェクトやアイデアを組織が応援する姿勢が増えてくれば、経済の流れが「社会のための個人」から「私のための社会、そして経済」という順番に整っていくと思うんです。

素敵です!

嶋田

そうすると「わたしがわたしでいる」ということに、もっと安心できる社会が発展していくんじゃないでしょうか。

もしかすると、コアキナイが生きづらさや居づらさをマクロに和らげていく突破口になるかもしれないと、ワクワクしています。

宮野 玖瑠実
宮野 玖瑠実

【編集後記】
「自分らしさ」を社会に差し出して、それが「商い」となる。そんな生き方に憧れつつも、どうしても他者からの評価や承認を求めてしまう自分がいます。しかし嶋田さんのお話を通じて、幸せのものさしに絶対的なものはなくて、「これが私にとっての幸せだ」と心から感じられる感性やアンテナを持つことが大切だと感じました。PORTOという空間は、まるで嶋田さんの温かで包容力のあるお人柄がそのまま形になったような、心理的安全性に満ちた場所。ここでは、「これが私たちの幸せだよね!」と自然に語り合える仲間たちと出会える、そんな特別な場なのかもしれません。
(株式会社オカムラ WORK MILL 編集員 / Sea コミュニティマネージャー 宮野 玖瑠実)

2024年12月取材

取材・執筆=ゆきどっぐ
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト