「ネイチャーポジティブな世界を作る」という白馬村のビジョンと日本に根付く精神性
戦略デザインファームBIOTOPEを経営し、「戦略デザイナー」という肩書きで、企業のビジョン策定やイノベーション支援の仕事をしている佐宗邦威さん。戦略デザイナーの目には、世界がどのように映っているのでしょうか。佐宗さんが仕事や普段の暮らしの中で見えたこと・考えていることを、手帖を見せてもらうようにカジュアルに公開していくビジネスエッセー連載です。
ネイチャーポジティブとは?
あれはコロナ禍が始まってからしばらくした頃。白馬村の観光局が主催するGREEN WORK HAKUBAという企画に関わるようになった。
GREEN WORKという名前の通り、元々は冬のスキーリゾートとして有名な白馬村の夏のグリーンシーズンを盛り上げるという自治体としての要請から来た取り組みだ。過去一貫して、「白馬村を持続可能な村にしていくために何をしたら良いのか?」といういわゆる、サーキュラーエコノミーをテーマにしたイベントが行われている。
先日、GREEN WORK HAKUBA#6の基調講演に呼ばれ、白馬村の今までの軌跡を振り返りつつ、これからのチャレンジについてパネルディスカッションを、白馬村観光局 事務局⻑の福島洋次郎さんと、白馬村役場 GX(グリーントランスフォーメーション)総括監の白濱雄太さんと話す機会があった。
最初にこの企画に呼ばれた時、コロナ禍で日本人しかいないやや閑散としたスキー場の横で、「白馬村をカーボンニュートラル、ならぬ、カーボンポジティブ、つまりCO2を減らす村にしていこう!」という地元住民の熱い想いを聞いてジーンとしたことを鮮明に覚えている。
GREEN WORK HAKBAでは、過去3年カーボンニュートラルを目指した経済、サーキュラーエコノミーのテーマを一貫して扱ってきているが、2024年にそこに入ってきたテーマが、「ネイチャーポジティブ」というキーワードだ。
環境省によると、ネイチャーポジティブ(自然再興)とは「生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せること」と表現されている。この考え方は、まだ日本にはそこまで広がってきていないが、これから大事になってくるテーマだと思う。
実は、気候変動に対するアクションの先進地域、欧州においては、「Climate Positive, Nature Positive」と言われており、気候変動に対する対策としてカーボンニュートラルからカーボンポジティブな街にしていくのは前提。さらに、生物多様性を復活させていく「ネイチャーポジティブ」まで踏み込んでビジョンが語られているのだ。
2022年12月にカナダ・モントリオールで開催されたCOP15において「2030年までに生物多様性の損失を食い止め、反転させ、回復軌道に乗せる」、いわゆる「ネイチャーポジティブ」の方向性が明確に示されている。
また、具体的な取り組みとして、TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures, 自然関連財務情報開示タスクフォース)という国際的組織によって、事前関係リスクや生物多様性への事業の影響について企業が開示をする動きが進んでいる。
実は、グローバルのTNFDの実践の取り組みは、アダプターに手を挙げている企業は502社あり、その25%に当たる133が日本の事例だといい、世界から見て日本が突出した先進地域でもある。
「自然の豊かさの回復」に社会的意義とロマンを見出す経営者も
また、僕の周りからも、スタートアップや中小企業を中心に自然を回復させる事業を行いたいという相談が増えてきた。
BIOTOPEが過去にご一緒したケースだと、ソニーCSL(コンピューターサイエンス研究所)発のスタートアップ株式会社SynecOは、多品種のタネを一気に植え、耕さない農法によって、土壌の中の生物多様性を回復し、地球全体の食糧生産性を上げていくというビジョンを掲げて活動している会社のビジョンストーリーの作成に伴走したことで、このネイチャーポジティブの概念を知った。(当時は、生態系保全のためのサービス、生態系サービスという言葉で呼ばれていた事業だったが)
また、友人が経営する合同会社シーベジタブルは、特に悪化が激しい海洋の生物多様性を取り戻していくための事業として、海苔の養殖技術を事業化。新たな食文化として国内外に提案している。2024年9月には、新宿伊勢丹の食品売り場全体でSea Vegetableの海藻を使った売り場が実現したほどだ。
まだ公にはできないが、BIOTOPEでは事業を通じて地域の生物多様性を復活させていくための取り組みを一緒に企んでいる企業が他にもいくつかある。感度の高い経営者にとっては、事業によって自然の豊かさを回復させていくのは社会的意義もあるし、何よりロマンのある取り組みなのだと思う。
白馬村が歩む「ネイチャーポジティブ」の道のり
白馬の話に戻ろう。その後、「GREEN WORK HAKUBA」のプロジェクトの一環で「白馬村のサーキュラービジョンをまとめよう」という動きが広がり、村民参加型で作るビジョンを作っていくプロセスの取りまとめを依頼していただいた。
2021年3〜9月にかけて、村民40人余りを巻き込んだ2泊3日のビジョン合宿「ビジョンブートキャンプ」を開催。白馬高校の高校生たちにも実際にブートキャンプに参加してもらい、白馬村の未来のビジョンを描いてもらうなど、「次世代のために残したい白馬村の姿」を大人たちが明確に示したのも非常に印象的だった。
そうしてできあがったのが、以下のビジョンだ。
「サステナブルを、遊ぶ、企む、つくる」というコピーでもわかるように、雪不足で気候変動におけるマイナスの影響をモロに受ける白馬村自体が、気候変動に対する対抗する実験場として持続可能な未来を、遊びながら、自由に実験し、そして形にしていける村になるというビジョンがここで掲げられている。
GREEN WORK HAKUBAは、白馬村に環境意識の高い技術を持った企業を巻き込むためのハブとして機能しながら6回目を迎えたのだが、その間にも大きな変化があった。
それは、白馬村が自治体として「ゼロカーボンロードマップ」を発表したのだ。そして、その中に、カーボンニュートラルに向けた自治体としてのアクションが書かれているのはもちろんのことだが、「生物多様性の回復」というテーマも掲げられていることは注目に値する。
実際に白馬村では、生物多様性を回復させる取り組みとして、姫川の源流で、人も含めた生き物の多様な関係性を育み、手を入れ、暮らしてゆくための活動「はくばいきものラボ」が始まっている。
歴史・生活文化を踏まえ、経済合理性とも両立できる座組を
冒頭に書いたGREEN WORK HAKUBAのイベント登壇の話に戻ろう。そのパネルの中で、環境に対しての取り組みを白馬村で広げてきたものの、今後これをさらに広げるためには、環境だけではなく、白馬村にあった文化に着目することに可能性があるのではという話になった。それに対して、僕はこう言った。
環境問題は、どうしても意識の高い環境活動家のリベラル色の強い活動になりやすい。
もちろん意識と理想を高く持つことはとても素晴らしいことなのだが、自治体規模で環境問題に取り組む場合は、保守の人たちにも響く形で広げていく必要がある。
そのときに、白馬村の過去の歴史の中で自然環境と共生してきた歴史や、生活文化の視点から課題を語り直すことで共感の輪が広がるのではないか?
日本に住む人々は昔から自然と共に生きてきた。CO2削減という目に見えない取り組みよりも、自然を回復させるためのビジネスの方が我々の生活文化に根ざした感覚でわかりやすい。
「ネイチャーポジティブ」というビジョンには、日本に住む人々が持っていた自然と共に生きる生活文化という根っこがある。うまく経済合理性と両立できる座組を作れば、共感が広がっていく可能性は高いのではないかと思う。
今は、まだ始まったばかりの潮流だが、これから数年で「ネイチャーポジティブ」な事業は着実に広がっていくのだろう。全国に点在するそういう想いを持った人のビジョンを形にしていくことを支援していきたい。
アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト