外資系人事と摂食障害サポーター。2つの顔を持ちながら、「凸凹でも活躍できる環境」をつくる理由(松下結妃さん)
「人には見えない悩みがあるけど、周囲には言いづらい」。そんな生きづらさを抱える人たちが活躍できる仕組みをつくりたいと奮闘するのが、一般社団法人Allyableの松下結妃さんです。
松下さんは、学生時代から約8年間、摂食障害に苦しんだ経験を持ちます。現在は、外資系消費財メーカーで人事として働きながら、国内だけでも約22万人いると言われる摂食障害の支援事業を行っています。
摂食障害の経験が現在の活動にどうつながっているのか、どのようにして2つの活動を両立してきたのか。そして、生きづらさを抱える人々が活躍できる仕組みづくりのヒントとは。松下さんに伺いました。
松下結妃(まつした・ゆいき)
1992年生まれ。一般社団法人Allyableの代表として、学生時代に8年間経験した摂食障害の経験を活かして当事者の支援事業を行う。現在は外資系企業の人事部でも勤務し、障害者雇用に注力している。
人事の道を選んだのは、摂食障害の経験から
松下さんは普段、外資系企業で人事として働いているそうですね。
松下
はい。2017年に今の会社へ新卒入社し、人事担当としてキャリアをスタートしました。
これまで、工場やマーケティングなど8つの事業部の戦略人事として、各事業部の人事戦略立案と実行を担当してきました。
特にこの5年間は、全社横断の障害者雇用の仕事に力を入れていました。どうしたら発達障害や精神疾患を持つ方が特性とともに働けるポジションを作れるのかを考えるのが、私の仕事でした。
ずっと人事の仕事をされているのですね。
松下
うちの会社は新卒から職種別採用を取り入れているので、ジョブローテーションはなく、人事なら人事のプロとして成長していくという感じなんです。
人事を志したのは、摂食障害の原体験が大きくて。闘病中、自分自身が病気の影響でこんなにも変わってしまうのかと実感しましたし、できていたことが何もできなくなる辛さも知りました。
自分ではコントロールできない辛さがあったんですね。
松下
あと、大学院で日本語教育の研究をしていたのですが、言葉や文化の壁で力を発揮できず、悩む人を多く見てきたことも影響しています。
外部要因に関係なく、力を引き出せる環境づくりに携わりたいと思うようになりました。
自分本来の力を最大限に発揮できない辛さを知っているからこそ、それでもがんばれる環境づくりに取り組みたいと。
松下
はい。元々、大学院卒業後は、教師として深く人に関わる道を考えていたこともありました。
しかし、自分の担当生徒以外に関われないかもしれない、と思って。学校という場所だけでなく、より広く影響を与えられる取り組みをしたいと考えた結果、人事にたどり着きました。
そして今、会社の外でも活動に取り組まれているとか。
松下
一般社団法人Allyable(アライアブル)を立ち上げ、医師や心理士と連携しながら摂食障害の支援ツールの開発と啓蒙活動を行っています。
いま摂食障害に苦しむ人たちをサポートするための伴走者として元当事者を「ピアサポーター(※)」育成し、当事者とサポーターをつなぐプラットフォームの運営も行っています。
※ピアサポート:病気や障害、生きづらさなど、さまざまな困難を抱える人がその経験や境遇を活かして他の当事者の支援を行うこと
松下
摂食障害は、拒食や過食、過食嘔吐など、食事に関連した異常行動が続く精神疾患です。
生活に密着した食事にかかわる疾患なので、身近な人に打ち明けられず孤独に闘病する方が多いのが現状です。
また、約半数の方は治療につながらず、つながった先でも更に半数が中断してしまうと言われています。 だからこそ、当事者が安心して摂食障害の先輩に相談できる仕組みやオンラインの居場所を作ることで、前向きに治療に取り組める環境を作りたいと考えています。
社内での自己開示をきっかけに感じた行動の必要性
一般社団法人を立ち上げたきっかけも、ご自身が摂食障害を患っていたことが関係しているのでしょうか?
松下
そうですね。私が摂食障害を発症したのは高校2年のときでした。きっかけは、ダイエットです。
しかし、この病気は「きっかけ」と「原因」が異なることがあって。私の場合、自己肯定感がもてなかったことが根本にありました。
……というと?
松下
この頃、家族との関係が悪化していたり、彼氏とのトラブルが重なったり。そのストレスが引き金となり、ダイエットへのめり込んでいったのです。
大学生になると症状が悪化し、過食や過食嘔吐も始まりました。
いろんな要因が重なっていたのですね。
松下
当時は病院へ行くことへの抵抗感が強く、病気を認めることもできませんでしたが、ある日、渋谷の交差点で突然倒れてしまって。それがきっかけとなり、治療を決意しました。
そこからどのように回復していったのですか?
松下
摂食障害そのものは社会人2年目ぐらいまで続きましたが、根本的な要因だった自己肯定感を少しずつ高めるきっかけがありました。
今振り返ると、研究や仕事が認められたり、大学の先生や職場の上司など、自分の症状とともに生きる私を受け入れてくれる人が現れたりしたことが大きかったです。
症状は次第に消えていき、もう6年ほど症状は出ていません。
おそらく人によっても病気に向き合うアプローチ方法は違うと思いますが、結果的に松下さんご自身の回復の方法が見つかったのですね。
松下
はい。私を「摂食障害の患者」ではなく、1人の人間としてしっかり接してくれた人たちのおかげで、自分を肯定できる感覚が少しずつ積み重なっていったのだと思います。
この経験から、同じように苦しんでいる人の力になりたいと思うようになり、法人立ち上げにつながりました。
あえて会社での仕事を続けながら、ご自身の活動をされているのはなぜですか?
松下
人事として働き始めた当初は自分の病気について周囲に言えませんでした。ところが、自己開示をしていくなかで、社内でも疾患を抱えていることを話してくれる人が増えたんです。それで次第に「何かしたい」と強く思うようになって。
周囲から見ると、私は学業・就職と順調に過ごしてきたように見えるかもしれませんが、私自身は周囲に恵まれたことが大きいと思っています。だからこそ、昔の自分と同じような人が少しでも減ったらと、この活動を続けています。
Allyableでは、摂食障害に苦しむ当事者と、元々当事者だった人を「ピアサポーター」としてつなぐ取り組みをされていますね。
松下
摂食障害に限らず、キャリアアップや育児など、目指すロールモデルに近い経験者に相談したくなるのは、当たり前のことだと思っていて。
しかし、闘病当時の私は同じ立場の人に話を聞いてもらいたい一方で、相談できる場がありませんでした。
Allyableでは、摂食障害に苦しむ当事者と、元々当事者だった人を「ピアサポーター」としてつなぐ取り組みをされていますね。
松下
実際に当事者や医師など、150名近くにヒアリングをしましたが、「気持ちを分かってもらえない」「隠して生きていくのは辛い」と9割近くが回答していて。
気持ちを打ち明けられるかどうかは当事者にとって大きな課題です。
本人の気持ちを受け止める相手として、元当事者は最適な存在。治療を続けていくためのモチベーションを保つためにも、さまざまな人がロールモデルや伴走者でいてくれたら……と思っていて。
松下
私の場合、もう少しハードルを下げて、「OB・OG訪問」くらいの気持ちで当事者と元当事者が関わってほしいと思っているんです。
摂食障害の当事者の方が大切なのは、とにかく誰かに相談できる環境にいること。その仕組みづくりがしたいですね。
病気も自分の一部。レッテルを貼らず、人として接して
松下
私も摂食障害の当事者として、職場での適切に相談し合える関係づくりについて考えたことがあります。
ヒアリングをしていると、「病気は自分のすべてではなく、一部だと思ってほしい」という当事者の声を多く聞きます。
私自身も「摂食障害の私」はほんの一部であり、他にもいろいろな「私」がいると感じています。だからこそ、上司や周りの人が病気というレッテルを貼らず、「人間として」接してくれると、とても安心します。
人事という立場からはいかがでしょう?
松下
病気に限らず、本人が必要なときに話せる環境があればいい、と私は考えています。
人事など受け止める側としては、相手を気にして過剰な配慮をするより、その人を知ろうとする姿勢の方が大切です。
もし摩擦が生じて考えが噛み合わなかったり、相手を傷つけたりしたとしても、「不愉快な思いをさせてごめんなさい。あなたについて教えてくれますか」と相手を知っていくことを繰り返す過程が、理解を深めることにつながります。
丁寧な対話を重ねていくことが、お互いの理解にもつながりそうです。
松下
ただ私自身、人に優しく寄り添うのはあまり得意ではありません。
だからこそ、自分の言葉がどんな影響を周囲に与えるのかを自覚することも必要かな、と。それが丁寧な関係を築いていくことになると思い、意識しています。
目指すは自分らしく働き、生きられる環境作り
本業と個人の活動を両立させるのは大変なことだと思います。両立のために大切にしていることを教えてください。
松下
まずは本業のパフォーマンスを落とさないことです。
パフォーマンスを保つためには、上司など、本当に必要な人には自身の活動や本業の思いや現状などを、細かなレベルで自己開示をしていく。
すると、ネガティブになりがちな自分を意識的に励ますこともできる気がするんです。ただ、伝える相手によっては言い訳に聞こえてしまうケースもあるため、伝える相手との関係値には注意を払っています。
ある意味、本業は会社から与えられたミッションやパーパスに従って仕事を進めていきますよね。
一方で、自分のやりたいこと(Will)と会社から求められること(Must)に乖離を感じる人も少なくはないように感じます。
松下
そうですね。私の場合、やりたいことをやってみようと動く中で、やるべきことが見つかったイメージです。
たとえば私のWillは「個々人が、その人自身のこと・所属組織のことを好きになるきっかけづくりをしたい」です。だから、本業では障害者雇用など組織のD&I(多様性と包括性)につながるような、私が関心のある分野でやってみたいところに手を挙げてきました。
個人の活動も、起業したかったというよりも、いろいろなことを試す中で、今、自分がやるべきことに自然と出会い、取り組んでいる感覚です。
自分がやるべきことが見つかると、職種という面でも可能性が広がりそうですね。
松下
法人を立ち上げる前は、人事というキャリアしか歩んでいないことに少しコンプレックスを持っていました。人事だと、どうしても関われる範囲が限られてしまうからです。
でも、今は自分が個人で事業をやることで、本業の会社の事業部の気持ちが分かるようになって、シナジーを生み出せているのかなと。それによって、本業と副業のバランスが取れているとも思います。
今後、本業とご自身の活動において、それぞれ何を目指していきたいですか?
松下
本業では、どのような事業サイズやフェーズにおいても、人々が働きやすく、輝ける環境づくりを目指したいです。
入社当初はWillとMustが一致していた人でも、時が経つにつれ、そのズレに悩むことは少なくありません。思うように活躍できないと感じることで、帰属意識が薄れてしまう人もいるでしょう。 私は、そうした人たちが「ここで働いている意味」を見出せるような環境づくりを進めていきたいです。
ご自身の活動についてはいかがでしょうか?
松下
自身の事業の最終目標は、摂食障害の方が希望を失わない環境づくりです。
当事者だけでなく、その周りの人たちも絶望せずに支え合えるよう、エビデンスに基づく予防・治療・予後の情報発信や啓蒙活動、今苦しむ方に直接届ける支援ツールの整備を進めていきたいですね。
2024年10月取材
取材・執筆=スギモトアイ
アイキャッチ制作=サンノ
編集=桒田萌/ノオト