一人ひとりが自分らしく過ごせる場所を。大阪の「TSURUMIこどもホスピス」がクリエイターとつくった10代の居場所とは?
友達と思いっきりゲームがしたい。夜ふかししながらおしゃべりしたい。誰にも邪魔されることなく、一人で思いのまま過ごしたい。「あたりまえ」と思われがちな、子どもたちの過ごし方。
しかし、生命をおびやかす病気を抱え、それが叶わない状況にある子どもたちもいます。そんな子どもたちの「あたりまえ」を叶えられることを目指しているのが、大阪市鶴見区にある「TSURUMIこどもホスピス」です。
施設内には10代の子どもたちのための「Teen Clubhouse」という特別スペースがあり、ゲームで遊んだり、カラオケで歌ったり、一人で考え事をしたり、さまざまな過ごし方ができる部屋がそろっています。
子どもの「やりたい」を「できた」に変えるためのTSURUMIこどもホスピスの工夫、そして「ホスピスのイメージを変えたい」という想いについて、場の運営に携わっているスタッフで保育士の川戸大智さんにお話を伺いました。
日本で初めてのこどもホスピス
今日はよろしくお願いします。
「TSURUMIこどもホスピス」は、2016年にできた日本で初めての民間型のこどもホスピスだそうですね。
そもそも、こどもホスピスとはどういう場所なのでしょうか?
川戸
こどもホスピスは、小児がんをはじめ、心臓病や免疫疾患など、生命をおびやかす病気を持つ子どもと家族が対象にしたホスピスです。
「TSURUMIこどもホスピス」の場合、医療行為を行わない通所型施設のかたちをとっています。その代わり、同じく病気を抱えている仲間と出会う、ケア環境の整った安心できる場所で家族と一緒に過ごす、のびのびと遊ぶことができる。
そんなふうに、一人ひとりが自分らしく過ごせる場所になっています。
川戸
2024年で開所9年目になりました。
現在は0〜20歳代までのお子さんとそのご家族190組に利用いただいています。そのうち5〜6割が、6歳までのお子さんとそのご家族ですね。
温かみのある空間で、安心して過ごせそうですね。
川戸
三角屋根のおうちのような外観も特徴の一つです。
内部も手すりがなく、壁も温かみのあるアイボリー色。吹き抜けもあり、解放感を演出しています。
「豪華なおじいちゃん家みたい」と言ってくれた子どももいましたね。
10代向けには、さらに特別なスペースがあると聞きましたが……。
川戸
はい。「10代のあたりまえができるところ」をコンセプトに、建物の2階を「Teen Clubhouse」という特別なスペースに改装しました。
川戸
こどもホスピスは0〜20歳が対象ですが、「Teen Clubhouse」は利用者を10代に絞って空間づくりを行いました。
友達とワイワイ遊んだり、一人でゆったり過ごしたり、黙々と工作したり、お泊まりしたり……。
すごくおしゃれですね……!
川戸
コンセプトは「10代のあたり前ができるところ」。また来たいと思ってもらえるよう、家庭ではそろえられないようなゲーム機やカラオケも設け、一般的なホスピスにはない特別感を演出しました。
川戸
ちなみに、TSURUMIこどもホスピスに通う10代は無料でこのスペースを使えますし、兄弟姉妹や利用登録をしていないお友達を連れてきてもOKです。
すごい……! こうしたアイデアはスタッフさんが考えたのですか?
川戸
クリエイターさんも交えて、スタッフでワークショップを開きながら構想を膨らませていきましたね。
自分たちが10代の頃に熱中したことを振り返りながら、それぞれのコンセプトに合わせた部屋を一つひとつつくっていきました。
あえて、このようなスペースを設けたのはどうしてでしょうか?
川戸
医療現場では、以前から10代の子どもたちの心のケアが課題にもなっていました。
十分に学校に行けないことから、集団行動の経験を積めていなかったり、多くの子どもと同じように成長の機会が得られなかったり、同年代の友達ができにくかったり……。
なるほど……。
川戸
でも、ここにくると同世代の仲間がいるし、自分の思うように過ごすことができる。ここでコミュニケーションの取り方を学んだり、自分の世界を広げたりできるわけです。
もともとTSURUMIこどもホスピスは10代の利用が少なかったのですが、おかげで今では13〜20歳代の利用者が30人ほどにまで増えました。
10代が安心できる場とは
ホスピスの中にある施設ということもあり、「安心感」が重要になってくるのではないかと思います。
川戸さんの考える、「安心できる場所」とはどんな場所でしょうか。
川戸
誰に遠慮することなく、自分の「好き」や「想い」を表に出せる場でしょうか。
1人でいたい、友達と過ごしたい、こんなことがしたい。あらゆる願いを叶えることができ、それを十分に堪能できる場所ですね。
「本音を言える場」とも言えそうですね。
川戸
そうですね。そのために大切なのは、子どもたちが私たちスタッフを信頼できるかどうかです。
そもそもスタッフはみんな、子ども一人ひとりの病状を把握していますし、それを踏まえて子どもたちに接しています。
川戸
子どもたちはよく、「最近、体がしんどいんだよね」と自分の辛さや苦しさをぽろりと打ち明けてくれることがあります。打ち明けられる相手がいるのもまた、子どもたちにとっての安心につながりますね。
辛さや苦しみ……。確かにそれは、いくら親しい友人や身近な家族でも言えないことがありますよね。
川戸
そうなんです。どれだけ身近な人々に囲まれていても、心には深い孤独を抱えている、といったケースもあります。
それは、「自分の気持ちや辛さをわかってくれているだろうか」という不安からでしょうか。
川戸
そうかもしれません。私たちも「いつでも言ってね」「何でも聞くよ」というメッセージは常に発信しているため、それが子どもたちにとっての安心になっているのかな、と思います。
コミュニケーションを広げるイベントも企画
川戸
先ほどお話ししたような孤独感は、ただゲームやカラオケするだけでは軽減されるものではありません。それらは「きっかけ」に過ぎなくて。
この場所を通して、他者との関係性を構築してほしいと思っています。そのためにも月に1度、中高生を対象にした「ティーンイベント」を開催しています。
ハード面だけでなく、ソフト面でも働きかけているのですね。
川戸
こうしたイベントを通じて同じ病気の子どもと出会ったり、異なる疾患でも共通の好きなもので仲良くなったり……。内側にこもりがちだからこそ、人と人でつながる機会になればと考えています。
いいですね。
どんな企画を行っているのでしょうか。
川戸
「未体験への挑戦」、「子どもが好きだと思えること」、そして「ホスピスの外のお友達も参加できること」の3つを軸に企画しています。
ときにはプロの力をお借りしていて。たとえば、寿司職人をお呼びしたこともあるんですよ。
指南を受けて一緒に魚をさばき、それをお寿司にして食べたり、プロのフォトグラファーから素敵な写真の撮り方を習ったり。
プロに直接教えてもらえるのはいいですね。
川戸
本物を体験してほしい、という思いからです。
病気によっては生ものを食べられない子もいるのですが、代わりに自分の握った寿司を一緒に訪れた友だちや家族に食べてもらえる。 そうやって、子どもたちの関わり合いを促せたらという思いで企画・運営しています。
クリエイティブの力で創る、伝える
「ホスピス」のイメージが覆る場づくりですね。
川戸
ホスピスと聞くと、何となくネガティブな場所を想像される方もいらっしゃるのではないでしょうか。
でも、「こんなホスピスもあるんだ」と、世間のイメージや認識を変えたいという願いもあって。
そのためにも、クリエイターさんたちのお力をお借りしてこの場所をつくっていきました。
クリエイター?
川戸
そうです。アートディレクションを務められた松倉早星さんや、コピーライターやデザイナーなど、さまざまなプロフェッショナルの力を借りてきています。Teen Clubhouseでは空間設計のプロである岩沢兄弟さん、アートディレクターいすさんや編集者の伊藤ガビンさんらにご協力いただきました。
川戸
そもそも、代表の高場秀樹は「クリエイティブの力を信じる」という信条を持っていて。
この場所を作る上で、コンセプトや空間の設計など、「ホスピスの見せ方」を変えるには、クリエイターの皆さんの存在は欠かせませんでした。
なぜ、そこまで?
川戸
やはりこの場所を、ホスピスでありながら外に開かれた場所にしたくて。そのためには「言葉」が大切なのだ、とクリエイターさんと接する中で実感しました。
というと?
川戸
私たちは医療や看護を専門としています。でも、地域に開かれた場所にするには、専門用語を使うだけではこの場所の重要性が地域の人に伝わらないですよね。
だからこそ、「どんな場所にしたいのか」「子どもたちにどんなふうに過ごしてほしいのか」「私たちが子どもの頃は、どんなものが好きだったのか」など、さまざまな問いを建てました。
それに対して、繰り返し言葉を考えてかみ砕いて、この場所がつくられていったと思います。
プロの力を借りることで、より確かな場づくりが行われたわけですね。
川戸
結果的に、さまざまな方の理解を得られるようになったと思います。
たとえば、「TSURUMI こどもホスピス」の利用者は利用料を払う必要がなく、運営はすべて寄付で行なっています。
2023年度は1億円を超える寄付があり、その半分近くが個人からの寄付でした。
額もさることながら、個人の寄付金の多さに驚きました……!
川戸
日本は寄付の文化があまり浸透していないため、「ホスピスを寄付で運営するなんてありえない」といわれたこともあります。でも、実際に10年近く運営し続けられている。
寄付金以外にも、賛同してくださる企業様からゲーム機やカラオケ機器を貸与いただいたり、清掃のボランティアに来てくださったり……。
懸命に生きる子どもたちを思ってくださる方が全国にいることに感謝の気持ちでいっぱいです。
全国に増やしていきたいこどもホスピス
「TSURUMIこどもホスピス」の、今後の展望を教えてください。
川戸
まだこどもホスピスの存在を知らない人たちに、もっともっと伝えていかなくては、と思っています。
地域に愛されるだけでなく、そんなこどもホスピスを全国に増やしていきたい、とも思っています。
まだまだ広く伝えていかれるのですね。
川戸
はい。現在、寄付で運営をする民間型のこどもホスピスは大阪にある「TSURUMIこどもホスピス」と、横浜にもう一ヶ所しかありません。
全国で合計2施設。それは少ないですね……。
川戸
やはり建設費用や維持費がネックになっているようです。
しかし、命をおびやかす病とともに生きていく子どもがいき生きと自分らしく生きられる場所は、やはりもっと必要だと思うのです。
理想は、47都道府県にすべてに1カ所ずつ。そのためにも、こどもホスピスの大切さを伝えていけたらと思います。
最後に、TSURUMIこどもホスピスはみなさまのご寄付により運営しております。みなさまの温かいご支援をお待ちしております。
すべての子どもたちに青春を謳歌してもらいたい、「あたりまえ」の過ごし方をしてほしい、というスタッフの皆さんの熱意と真摯な姿に心が打たれました。
本当にありがとうございました。
【編集後記】
「10代のあたりまえができるところ」というコンセプトを見た瞬間に、40代ながらどんな場所なんだろうとワクワクしました。そして実際にTSURUMIこどもホスピスが描く世界に触れたとき、優しさと力強さを感じました。一人ひとりの「ありのまま」を受け入れる、その場所は、「施設」ではなく、生きる喜びをともにつくる「居場所」でした。また、子どもたちの「好き」や「想い」を発露させ、それを形にするスタッフを含めたクリエイターたちの情熱も灯火をともす大切な力です。この場所で生まれる笑顔と優しさが、周りの人々へと広がり、さらに多くの「あたりまえ」が叶えられる居場所になることを応援します。
2024年10月取材
取材・執筆=國松珠実
写真=三好沙季
編集=桒田萌/ノオト