肩書きのないままで「はたらく」の意味を問い続ける。宮坂友介さんが「衝動」の先で見つけた、自分らしいはたらき方
結果を出そうと長時間働く、自分の意見を抑えて組織に合わせる、同僚との競争に必死になる――。会社員は、社内で生き残ることに追われがちです。
そんな日々を送るなか、「これは自分がしたいことなのか?」と違和感をもつ人も多いでしょう。しかし、キャリアチェンジを決意しても、具体的にどう行動すべきかがわからず、躊躇してしまう人も少なくないはずです。その結果、現状にとどまり続け、自信を失い、働くことの喜びを見失ってしまうことも。くすぶり続ける自分から抜け出すには、どうすればいいのでしょうか?
そのヒントを、大企業からフリーランスへと転身し、一人ひとり形の違う「はたらく」をテーマに、各地で対話の場をつくる宮坂友介さんに聞きました。
宮坂友介(みやさか・ゆうすけ)
1979年山梨県生まれ。2003年早稲田大学卒業後、ネット系企業を経て、2007年スカパー!入社。主に番組広報・宣伝などに携わる。2018年フリーに転向後、フランスのナチュラルワインの作り手の元を転々と渡り歩き、翌年「#2018仏蘭西滞在日記 自由でリアルなナチュラルワイン生産者の暮らし」を自費出版し、各地でトークイベントなども行う。2022年からは主にPRプランナーとして企業から依頼を受け、PRマインドセットから戦略立案、チームビルドなどの領域まで幅広く手掛ける一方、並行してSHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERSにて働き方研究家・ 西村佳哲氏を招いて「はたらく」を考える読書会ワークショップのファシリテートや対話会企画など、近年場づくりなどにも興味領域を拡げ活動を続けている。
心の矛盾を解くために大企業を退職し、単身フランスへ
現在、宮坂さんはフリーランスですが、前職はスカパー!で働いていたそうですね。
宮坂
はい。「メディア業界で働いてみたい」と2007年に、28歳で入社しました。スカパー!では10年以上働き、主にJリーグ中継のプロモーションや広報を担当しています。念願だった仕事ということもあり、楽しく働いていました。
でも、30代半ばくらいから、自分のやっていることに違和感を覚えるようになって。
何があったんですか?
宮坂
大きな理由としては、「会社からの指示」と「自分のやりたいこと」が違ったからです。
それでも、「この矛盾を抱えながら働くことが社会人になっていくことなのだろう」と思い、八方塞がりな気持ちで働き続けていました。
宮坂
そんなときに通い始めたのが、東京・富ヶ谷にある「AHIRU STORE(アヒルストア)」というナチュラルワインを楽しめるビストロです。
その店の常連さんたちの自由な働き方に触れるうちに、「いろいろな働き方があっていいんだ。自由に働いている人たちもいるから、会社員を辞めて独立しても大丈夫だろう」と心強い気持ちになれました。
独立も考えていたんですね。
宮坂
はい。とはいえ、「安定した大企業をドロップアウトしたら、キャリアを積めなくなるのでは」と思い、なかなか決断できなくて。
でも、自由に働く人たちは僕よりも楽しそうに活躍されていて、会社を辞めてもやっていけると思えたんです。
周りの方の影響って大きいですね。
宮坂
それまでは、どこにも行けない気持ちでモヤモヤしながら会社勤めをしていましたが、「やりたいことと行動を一致させて、心の矛盾を解いていきたい」と2018年、38歳のときにスカパー!を辞めています。
30代後半で大企業を辞めるのって怖くありませんでしたか……?
宮坂
次に何をするかも、どこで働くかも全く決めていなかったので、もちろん怖かったですよ。それまでの転職では、必ず次の仕事を決めてから動いていたので、なおさらですよね。
でも、「先のことはわからないけど、とにかく行ってみたい」という強い衝動を優先させて、会社を辞めた2カ月後にはフランスにいました。
なぜ、フランスに?
宮坂
「ナチュラルワインがどう作られているのか、好きな作り手の元で見てみたい」という無邪気な欲求に従おうと思ったからです。
お酒の飲めない僕が、アヒルストアで唯一飲めるようになったのがナチュラルワインです。この飲み物のおかげで、新しい人間関係が生まれ、会社以外のコミュニティを知り、会社を辞めるという新しい展開へと踏み出せました。
(※)ナチュラルワイン……手摘みでのぶどう収穫や自然の力による温度管理や水やりなど、環境や自然を尊重してつくられるワイン。添加物や保存料、砂糖などを一切使用せず、熟成させたブドウ果汁だけで作られることが多い。その年の気候や環境に左右されやすいため、同じ品質のワインを造り続けることは難しい。
宮坂
「人生観が変わった飲み物の原点を見てみたい」という純粋な欲求と、「きっと、そこには何かがあるはずだ」という予感に突き動かされて、衝動のままフランスへと向かいました。
衝動のまま行動できるのがすごいです……! フランスでは、どのように過ごしたんですか?
宮坂
観光ビザで滞在できる3カ月間、ナチュラルワインの作り手たちの元を渡り歩き、収穫や製造を手伝っています。
そのとき、精神的な豊かさを体現したフランス人のような生き方、働き方に惹かれていく自分がいました。
精神的な豊かさ?
宮坂
彼らは「自分の生活は自分でつくる」という自立心が強く、そのために自分たちの生き方や働き方を選んでいるように見えました。
ナチュラルワインの作り手たちの多くも、自分らしい生き方を追求するための手段としてドロップアウトを選択している人も多かった。それが僕にとってはカルチャーショックでした。
宮坂
そして、「生き方や働き方に正解はなく、それぞれが自分らしく自由にはたらくことこそが、もっとも大切なのではないか」ということがわかったんです。
衝動を形にしながら、自分らしいはたらき方を体現する
2019年11月、宮坂さんはフランスでの経験を小冊子『#2018仏蘭西滞在日記 自由でリアルなナチュラルワイン生産者の暮らし』にまとめて発表しています。なぜ、小冊子を制作したんですか?
宮坂
映画館「アップリンク渋谷」(現在は閉館)で、フランス滞在中に魅了された『ワイン・コーリング』(ナチュラルワインの作り手のドキュメンタリー映画)の上映が決まったからです。
縁あって、その上映に合わせてZINE(※)を販売してもらえることになり、「これはチャンスだ!」と上映初日になんとか間に合わせる形で制作しています。
(※)自費で制作される小規模な出版物や冊子
宮坂
同時に、「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS」をはじめとする、全国各地の独立系書店にも営業したら置いてもらえて。
そうしたら、友人やSNSのフォロワーさんが買いに行ってくれて、徐々に認知が広がっていきました。
ここでも、すごい行動力ですね……! どんな反響がありましたか?
宮坂
本が出たことを知った友人から「一緒に出版記念のイベントをやろう」と誘われたことをきっかけに、全国各地を旅するトークイベントなどを開催しています。
すると、「仕事を辞めたいけど、踏ん切りがつかない」という人たちがたくさん参加してくれて。
それは嬉しいですね……!
宮坂
イベントをやってみて分かったのですが、みなさんが知りたいのは、ナチュラルワインそのものの話ではなく、「僕がどうして会社を辞めて、フランスに行ったのか」とか「フランス人の自由な生き方や働き方のこと」でした。
僕もその話をしたいと思ったし、その話をするのが面白かったんです。
求められていることと、やりたいことが一致したんですね。
宮坂
しかも、「元気が出ました」「勇気を出して新しい仕事を探してみます」と言ってもらえたことで、自分の経験が誰かの背中を押すことに役立つんだと思ったらワクワクしました。
その感覚がいつまでも忘れられなくて。「自分らしくはたらく」を表現する仕事をやっていきたい、という気持ちが強くなっていきましたね。
衝動のままに行動した結果、情熱の源泉を見つけたんですね!
それから、どうやって活動を広げていきましたか?
宮坂
前職の経験を活かして収入を得る一方、やりたい仕事ができるように、いろいろと試しました。
そのひとつが、2021年に開催した「好きなことをして、zineをつくる。」というZINE作りのワークショップです。
貸し会議室を借りて、イベントページで募集をかけたら10人くらいが一気に集まってくれて。「こうすれば場づくりができるのか」と要領が分かったら、さらに面白くなりました。
すごい、どんどん進化しているんですね。
宮坂
そのあとも、働き方研究家・西村佳哲さんをゲストにお招きした読書会ワークショップや、参加した人それぞれの「はたらく」を語ってもらう対話形式のインタビューセッションなど、やりたいと思ったことを一つひとつ叶えていったんです。
「自分らしくはたらく」について考える場をつくること自体が、宮坂さんにとっての「自分らしいはたらき方」になっているんですね。
宮坂
そうなんですよ。「自分らしくはたらく」というテーマを掲げることで、自立心が強く、自分の力で新しいことを始めたい人たちが集まることもわかりました。
受講生の方には、会社員を辞めて喫茶店を開いた人や、世界中を旅している人もいます。
宮坂
最近では、50年間同じ仕事を続けている人たちを追いかけた写真集『ひとすじ』の出版と写真展開催をクラウドファンディングで実現した写真家・中村創さんともその読書会ワークショップに参加してくれたことで出会いました。
オリジナリティを持って活動している人が集まる面白さもあります。
いろいろな個性が集まる場をつくっているんですね。
「やりたい」と思っても、なかなか一歩を踏み出せない人も多いと思います。
宮坂さんは、どうして躊躇なくやりたいことを実現できるのでしょうか?
宮坂
2つの理由があるのかな、と。ひとつは、「自分らしくはたらく」を表現するのが好きで、それを仕事にしたいと思うからです。
もうひとつは、挑戦しやすい土壌で生きているからだろうと。「会社員を辞めて、衝動のままフランスに行く」という大胆な挑戦をしたことで、どんなことに対しても挑戦するハードルが低くなっているのだと思います。
「熱量高くなれるもの」をひたすらやれば、自分だけの肩書きがつくられていく
宮坂さんのように自分らしくはたらきたくても、「何をしたらいいのかわからない」という人も多そうです。
くすぶり続ける自分をやめるには、何から始めればいいのでしょうか?
宮坂
まず、モヤモヤの正体をはっきりさせることです。
そのためには、心の内側で抱えている迷いや悩みを外に出して表現することが大切です。言葉にしたり、絵に描いたり、体を動かしたりと何でもいいから表現してみる。
そして、その表現が正しいかどうか自問してみて、心のありようを精度高く表現できるまでトライしていけば、モヤモヤが整理されていくはずです。
たしかに誰かに話すことで、自分の本音を認識できることがあります。
宮坂
そうですよね。精度高く自分の本音を表現するには、たくさんの人やコンテンツと接点を持つことも必要です。
宮坂
たとえば、「サードプレイス」と呼ばれる自宅や職場以外の居場所で出会った人の考えや雰囲気に触れていると、自分に合った言葉や考え方を見つけられる瞬間があるはずです。
すると、モヤモヤを的確に表現しやすくなると思います。
いいですね! 自分の言葉を見つけるプロセス自体も楽しそうです。
ただ行動に移すとなると、「成功するかわからない」とためらってしまいそうです。
宮坂
行動といっても大きなことをする必要はなく、小さな挑戦を少しずつ重ねるだけで大丈夫です。
行動パターンを少しずつ変えてみるとか、「これは何かありそう」と予感したことにトライしてみる。すると、熱量高くなれるものが見つかるはずです。
行動してみないと、やりたいことが見つからないんですね。
宮坂
無邪気にやり続けられるものが見つかったら、とにかく一生懸命続けることに尽きます。
僕もそうしていて、打席に立たなきゃいけないとき、目の前にあることに全力で取り組んでいます。そうすれば、現状を突破できると思いますよ。
宮坂さんは前職を活かすことよりも、やりたいことにフォーカスした働き方を選んでいるのがすごいなと思っています。
宮坂
今は、明確な肩書きがあるわけではありません。便宜上は「プランナー」や「ファシリテーター」と名乗ることはありますが、それ以外にも個人の活動として、やりたいことをいろいろとしているからです。
だから、肩書きは意識していませんが、初めて会った人に自分の職業を説明するのが難しくて。一つのことに専念したほうがいいのかなと思うこともあるんです。
そういう思いもあったんですね。
宮坂
でも、やりたいことを続けていくことで、最終的にはすべてが統合されていき、「自分だけの肩書き」にたどり着けるんじゃないかと思いながらやっていますね。
自分だけの肩書き、いいですね。
宮坂
僕は「仕事とはこうあるべきだ」という既存の枠組みに、あまり馴染めないタイプなんです。
既存の形に合わせるのではなく、自分にフィットするように少しずつ形を広げていくか、オーダーメイドで自分らしいはたらき方をつくり上げていくというほうが合っています。
だから、既存の肩書きにとらわれないまま進んでいますね。
「私」から「私たち」へ視野を広げることで、解決したい社会課題が見えてくる
やりたいことを実現するとき、ときには協力者の存在が不可欠です。周囲の人をどう巻き込んでいけばいいのでしょうか?
宮坂
やりたいことに対して、ピュアな気持ちを持ち続けることだと思います。
僕は、「有名になりたい」「金儲けしたい」という目的でやっていなくて。たとえば、読書会ワークショップは、「自分が強く共感した本の内容に対して、みんなはどう思うのか知りたい」という無垢な思いから、すぐに開催しました。
宮坂
同じような生き方をしている人たちには、その気持ちが伝わります。
だから、読書会を開こうと当時は面識がなかった著者の西村さんに「読書会にご参加いただけませんか?」と純粋な気持ちでアプローチした結果、すぐに快諾していただけたのだと思います。
熱意が伝わったんですね。読書会をはじめ、「やりたい」と思ったらどうしてそんなに素早く行動できるんですか?
宮坂
自分のことを「思考・感情・肉体」に分けて考えるようにしていて、とにかくフィジカル(肉体)重視だからだと思います。
フィジカルとは、実際に体を動かすということですか?
宮坂
そうです。結局、動きから思考が生まれると思っていて。
動きありきの思考だと素早く行動できる一方、思考ありきの動きだと遅れてしまうんです。思考はなるべく弱くして、体が動いてしまうことを重視していますね。
すると、思考があとからついてきます。自分がなぜ動いたのかを理解できたら、それを理論化して次のステップにつなげています。
やりたいことを突き詰めていく過程で、「自分がやっていることは誰かに求められているのだろうか?」と悩むことはないのでしょうか?
宮坂
そういう人は、「私」から「私たち」へ視野を広げてみてはどうでしょうか? 自分を深掘りしていくと、「こんな悩みを抱えているのは自分だけだろう」と孤独感を抱えがちです。
でも、解決のために動き始めると、同じような悩みを抱えている人がたくさんいることに気づけます。
その瞬間、心強さを感じる一方、「自分のために」ではなく「みんなのために」という視点でやりたいことが見つかると思います。
実際、宮坂さんもそういう経験をされたんですか?
宮坂
はい。イベントで同じ悩みを抱えている人たちと出会い、「私」から「私たち」へと視野が広がることで、みんなのためにという視点でやりたいことが見つかりました。
だから、僕の仕事の意義を示すために、昨年立ち上げた会社には、フランス語で「私」と「私たち」という意味から来ている「モアエヌ」という名前を付けています。
会社名の由来にもなっているんですね。
宮坂
「みんなのために」という視点で世の中を見渡すと、解決したい社会課題がたくさん見えてきます。社会の常識や価値観に対する違和感が生まれて、「みんなのために変えられないだろうか」という気持ちになれるんです。
これからも、熱量ある人の背中を押して、自分らしくはたらける人を増やしたい。そのために内なる衝動に従い、目の前のことをひたすらやり続けるだけです。
企画・取材・執筆=流石香織
撮影=塩川雄也
編集=鬼頭佳代(ノオト)