一人で抱え込まず、周囲に手放す。コワーキングスペースを開いた明覺寺の住職・柱本惇さんが考える開かれた場づくりの秘訣
近年、働き方や働く場所の多様化により、さまざまなスタイルのワークスペースが増えました。たとえば、お寺の中に開設されたコワーキングスペース。本堂や部屋の一部を開放する寺院もみられるようになりました。
その先駆けとして、2018年からコワーキングスペースを運営してきたのが、東本願寺の裏にある京都の明覺寺です。コワーキングスペースをはじめ、「場を開く」ことに注力してきたのが、住職の柱本惇さん。
お寺を起点に心地よい場をつくり、コミュニティを広げるコツは、どんなところにあるのでしょうか? コワーキングスペースを始められた経緯なども含めて、柱本さんにお話を伺いました。
柱本惇(はしらもと・じゅん)
1987年京都市生まれ。1490年に創建された浄土真宗本願寺派明覺寺の住職。大学時代は心理学を学ぶものの、仏教に惹かれ生まれ育った明覺寺の跡を継ぐことに。龍谷大学非常勤講師・本願寺派布教使。2018年より「お寺でコワーキングスペース」として寺院を開放したり、野菜市を開催したりするなど、寺院を起点にさまざまな取り組みを行う。
自習室のように自由で、住職の顔が見える空間
畳に座卓。壇上では仏様が見守ってくださっていて、とても落ち着いた空間ですね。
柱本
月〜水曜日の9時〜15時に不定期でオープンしています。
PCを広げて作業されるビジネスパーソン、自習される学生さん、打ち合わせされる近所の方、京都を観光されている方など、老若男女の方が来られて、さまざまな使い方をしてくださっています。
居心地が良すぎて、ついうたた寝してしまいそうです……。
柱本
ちなみに、お昼寝していただいても大丈夫ですよ(笑)。食事も通話もオンラインミーティングもOKです。
すばらしいワーク環境ですね!
柱本
本堂をコワーキングスペースにしているので、私自身も利用者と一緒にここで読書したり、仕事をしたり。私が本堂に座っているときは、仏教やお墓にまつわる相談やお話をしていることもあります。
お勤めの風景をこれだけ身近で見られる機会は少ないので貴重ですよね。
コロナ禍以前から先駆けて始められたコワーキングスペースですが、なにかきっかけがあったのでしょうか?
柱本
「いつお寺に行ったらいいのかわからない」と言われたことがありまして、なるほどそうかと。お寺に興味がある人は多いはずなのに、タイミングがわからないそうなんですね。
こちらは常にオープンな気持ちでお待ちしているのですが、「いつでも来ていいですよ」と言われると、逆に難しいのかと感じました。
それならば逆に、日や目的を決めてしまえば入りやすくなるのではないか?という逆転の発想です。
お勤めの風景をこれだけ身近で見られる機会は少ないので貴重ですよね。
コロナ禍以前から先駆けて始められたコワーキングスペースですが、なにかきっかけがあったのでしょうか?
柱本
最初は自習室のようなイメージで気軽に始めました。空いている日をSNSで告知して、当日は自分も日課をしながら座っているというような。
住職の顔が見えると、お寺の雰囲気を知ってもらいやすいかなと考えていました。
もっと仏教の魅力を知ってほしい!という強い想い
柱本
もうひとつの理由としては、「みんな仏教をもっと知ってよ!」という思いが根本にあります。だから、お寺をこうやって開いていて。
私自身、仏教が大好きで、仏教に救われた人間でもあります。
そうなんですね!
柱本
後継ぎとして生まれましたが、大学生の頃までそれが嫌で逃げていたんですが(笑)。あるお彼岸のときでした。
檀家さんがお参りに来られ、仏様に手を合わせながら真摯に祈っている姿を見てハッとしたんです。仏様という存在は、大の大人に頭を下げさせる、涙を流させる力を持っている。これはとても大切なものかもしれないと、突然感じたのです。
気づきの瞬間だったんですね。
柱本
はい。この仏教の力とは何なのだろうと思い、大学を卒業してから本格的に仏教を学びました。それは自分の価値観を変えるほどの面白さで、それまで抱えていた悩みや迷いがするするとほどけていくような感覚すらありました。
たとえば命や救いに関する考え方など、誰もが知っておくべきだと思っていて、それは今でも変わりません。
野菜市や子ども食堂、さまざまに開かれた場としても
柱本
これもコワーキングスペースの始まりにつながってくるのですが、実は本格的に住職になる数年前まで、京都・祇園でバーテンダーとして働いていたこともあるんです。
え! そうなんですか。
柱本
お酒の勉強をしていたときに、「あなたが来なくてもバーの明かりはついている」という格言に出会いました。
あなたが来られなくても、この場所は開いている。だから私が行く機会ができる。いつでも開いているという点はお寺にも必要な要素だなと感じました。
具体的にどういった点でしょうか?
柱本
私が住職に就くまで、明覺寺はあまり開かれた寺ではありませんでした。いわゆる檀家さんだけが手を合わせに来るための場所だったのです。
でも、お寺の役割はそれだけではいけないと感じました。もともとお寺は、地域コミュニティのひとつとして人々を結びつける役割を担ってきたはずです。
もっと公共的な役割も果たすべき。そのためには、閉じるのではなく開く必要がある。今こそこの場所を、地域に返していくような活動がしたいと思ったんです。
コワーキングスペース以外にも、野菜市やこども食堂なども開催されていますが、そういった活動にもつながってきているんですね。
柱本
はい。コワーキングスペースを始めたことで、色々な方がこの場所に関わってくれるようになりました。
野菜市は、かつて役所との合同プロジェクトで京都府南丹市に畑を設けたことがあり、そこで育った野菜を中心に門前で販売していました。そのご縁は今も続いており、毎月16日に開催しています。今では少しずつ周知され、リピーターさんも増えてきています。
柱本
他にも、本堂では地域の団体さんがこども食堂を開催されていたり、奥の蔵は貸しギャラリーとして展示会や即売会が行われたりしています。
寺にやってくる入口はさまざま。何かがきっかけになって訪れることで仏教に触れ、少しでも多くの人が興味を持ってくれたらうれしいです。
入口の敷居は下げない。集まってきた人に頼る。
明覺寺さんには、仕事がしたい人、野菜を求めている人、こども食堂にやってくる人など、さまざまな人々によって豊かなコミュニティが築かれていると感じました。
場づくりをする上で気をつけていることなどはあるのでしょうか?
柱本
よく、「たくさんの人に来てもらうには、敷居を下げることが大切」と言いますよね。それは少し違うと思っていて。門は開くけれど、敷居の高さを変えないことの方が大切だと思うんです。
本堂は私たちにとって、神聖で唯一の場所。私たちが仏様に手を合わせている姿などを通して、お寺にやってくる人には自然とそれが伝わるものだと思います。それをあえてくだけたりする必要はなくて。
「誰でも来ていいこと=敷居を下げること」ではないんですね。
柱本
そう思います。大切にされている場所だということが伝われば、細かなルールはいらないと思います。
だからコワーキングスペースを利用される皆さんは綺麗に使ってくださいますし、こども食堂のときもわざわざ「壇上に上がらないで」と子どもたちに言ったことがありません。大人たちがそのように振る舞ってくれているからでしょうね。
確かに。「想いは伝播する」と聞きますが、代々大切に引き継がれてきた長い歴史も、空間に染み出しているかもしれませんね。
柱本
あと、ほかにも場づくりを続ける中で心がけていることがあるならば、すべて自分だけでやらないこと、です。お寺ではさまざまな企画が行われていますが、これらはすべて集まった方に委ねています。
元々私は、なんでも自分で仕切ってしまう性分でした。でもそれでは凝り固まってしまいます。人に任せることを心がけるようにしてから、いい循環が生まれるようになったんですよね。
一人で頑張るより、やりたい人に任せてしまった方が豊かに回るんです。それが面白いなと思います。
ビジネスパーソンにも当てはまる話です。人に任せることが大変だとよく聞きますが、全く逆なのですね。
柱本
あれをしたいこれをしたいと、お寺に集まってくれた人が企画してくれたり、こんなことができないかと、外からお声を掛けていただいたりすることも増えました。
お寺は公共のもので、みんなのもの。自分の持ち物ではないと気づきました。
まさに開かれた場所、ですね!
柱本
コワーキングスペースを開いてみたら、思いもよらぬことが多発的に起こった、そんな感じです(笑)。
これからも、この場所に縁があった人たちの中から、仏教を通した新しい繋がりが生み出されていけばうれしいです。私の仏教愛についてもっと知りたければ、どうぞ会いに来てくださいね。
2024年10月取材
取材・執筆=小倉ちあき
写真=楠本涼
編集=桒田萌/ノオト