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みんな“濃い”コミュニティを目指しすぎ? 「半径100m」でつながる心地よい関係のつくり方(Goldilocks代表・川路武さん)

コミュニティや場作りが大切、とはいうけれど……。人が集まらず場所だけが残ってしまったり、人とのつながりが生まれなかったり。“つながり方”に迷う人も多いかもしれません。

今回は「半径100mの人と人をつなぐ」をテーマに、日常生活で人のつながりを生み出す株式会社Goldilocks代表・川路武さんに、「心地よいつながり方」について伺いました。どうして半径100mなの? どうしたら心地よく、無理なく関われるの? 率直な疑問を川路さんにぶつけます!

川路 武(かわじ・たけし)
1974年鹿児島生まれ。上智大学経済学部卒業後、1998年三井不動産入社。官・民・学が協業するまちづくりプロジェクト「柏の葉スマートシティ」や新しい働き方を提案する法人向けシェアオフィス「ワークスタイリング」を立ち上げる。2011年にはNPO法人「日本橋フレンド」を立ち上げ、次の100年を見据えた日本橋でのまちづくり活動を行う。2022年に24年勤めた三井不動産を退社し、新たに「半径100mの人と人をつなぐ」ことをミッションとした株式会社Goldilocksを起業。座右の銘は「それもあり」。

いい場所があるだけでは、人は交流しない?

「半径100mの人と人をつなぐ」と聞いて、「ん? 意外と狭いぞ?」と思いました。

100メートルに設定された背景を教えてください。

川路

単純に「語呂がいい」っていうのもあるんですが(笑)。

厳密な距離ではなく、建物を起点に考えることが重要だと思ったんです。

建物を起点に?

川路

自分が働いているビルの周辺、都心のタワマン1棟分など、自分の生活圏内のエレベーターですれ違ったり、同じバス停でよく会う人たちは、半径100m以内で働いたり暮らしたりしている人たち。

でも、話しかけはしないですよね? そんな場所を起点としたご近所さんでつながりましょうと、100mに設定しました。

確かに、同じビルに入居している他の会社の人も、実は同じお店でランチを食べていたりしますよね……!

そこをコミュニティにしていこう、ということですか?

川路

僕が「半径100mの人と人をつなぐ」と言うと、すぐに「コミュニティ」と表現されるのですが、実は僕たちは半径100mの「コミュニティ」を作りたいわけではないんです。

もっと、ゆるくていい。何かあった時に声をかけあえる状態でつながったらいいのでは?と考えていて。

学校にたとえると、仲良しの友達グループではなく、同じ学校に通っている人くらいの感覚……でしょうか?

川路

そうそう。ヤンキーとガリ勉は友達じゃないけれど、同じ学校に通っていて同じクラスだから、いざどちらかが困っていたら助けてあげられる。

そんな関係でいいんですよね。友達になるのもいいけれど、みんな全員が仲良しのコミュニティをつくろうと思うから窮屈になっちゃう。

川路

ちなみに、場所があるだけでは、自発的な人の交流は生まれません。

いくら素敵なタワーマンションがあっても、ただ住んでいるだけでは住民同士が仲良くはなりませんよね?

確かに……。

川路

特に都市の中では、多くの人が「つながり」を求めているのに、人と人がつながる機能はまだ発明されていないんです。

もちろん、個人がやっているお店の店主さんが地域の人を繋ぐなどの事例はありますが。

住んでいる街にいいお店があるかどうかは運ですよね……。

川路

はい。つまり都市には「これをすれば交流が生まれる」というパッケージはまだ存在していない。人と人が出会うためには場所に合わせたソフトとルールを考えて、作っていかないといけません。

僕たちはこれを「関係工学」と呼んでいます。

提供画像

川路

どんなに素敵な場所でも「交流しましょう」とルールだけを決めても、それだけでは自然にはつながりませんよね。また、LINEやSNSなど便利なツールだけがあっても、人は交流できません。

それぞれの場所にあったソフトとルールをデザインしないと、人は交流できないんですよね。

いい場所なのに人が集まらない……。中の人はやる気があるのにつながれるツールがない、盛り上がらない。どれも、場づくりであるあるのお悩みです……。

3つの歯車がうまく噛み合わせるために、どんなポイントがあるのか教えてください!

川路

神奈川県横浜市旭区にある左近山団地のコワーキングスペースの事例を紹介しましょう。

3人集まれば何かがうまれるという意味も込めて「トリオ左近山」と名付けました。

この場所は、何か始めたい人にどうやって火をつけるか? をテーマに作った場所です。作戦会議をしたり、サークル活動したりする拠点として「コワーキングスペース」を作りました。

横浜市旭区の左近山団地内にあるコワーキングスペース『トリオ左近山』。Goldilocksが「半径100mの人と人をつなぐ」の実証実験事業として運営しています。(提供写真)

働く場所としての機能だけでなく、団地の人たちのつながりが生まれる場所のようなイメージですね。

川路

ここでは「トリオのたね」を閲覧・登録できるようなツールを入れてみたんです。誰がどんなことをしたくて、一緒にやりたい人が誰で、応援している人が誰か? みたいに。

関わる人の想いをデータで可視化してそのデータをもとに、トリオ左近山をサポートしています。

たとえば、「左近山でラジオやりたい」とか「スナックやってみたい」とか。その“たね”の中にドンピシャで「やりたい!」って人がいたらそのタネは動き始めるんですよね。

コワーキングスペースという「場所」と、“たね”という「ツール」、そして使う人たちの「ルール」がうまく噛み合っているんですね!

川路

そうそう。それなりに場所が機能していないとできないことなんですよ。ちなみに1つのスペースを複数人でシェアする書斎「DOORs 2nd room」も作りました。

みんな使う時間帯はバラバラなので、顔を合わせることがないんですよ。

DOORs 2nd roomの様子(提供写真)

え、その中でどうやってつながるんですか?

川路

そう思うでしょ?(笑)

この書斎を使う人は近所の住民が多いので、10〜5分くらいで来られちゃうんです。仕掛けのタイミングを設計して、ミートアップイベントを行いました。

なるほど!

川路

あとチェキ写真付きの自己紹介シートを作って掲示するようにしたんです。そうすることで、同じ場所を使うユーザーを意識しあって、みんなが綺麗に書斎を使ってくれるようになる。

シェア書斎を使う時はいつも一人だけど、「この場所をこの前、話した人たちが使っている」と思うと愛着が湧いてくるんですよね。

「DOORs 2nd room」でも使われている自己紹介シート。一見するとアナログなツールがとっても重要とのこと。

時間差コミュニケーションができているわけですね! 最新のことをしようとか、新しい設備を取り入れようとかじゃないんだ、と実感できます。

ファンキーなお母さんの「イラン人ディナー事件」

川路さんはいつから「人をつなぐ」ことに興味を持ったのでしょうか?

川路

実は僕が育った家がすごく特殊で。

普通の一軒家なのに、常に近所の子どもが10人くらいいて、一緒にご飯食べたり、遊んだりする家だったんですよ。

どういう状況ですか……!?

川路

僕の母が面白い人だったんです。

働く女性を応援したいと「仕事の帰りが遅くなる」「子どもの熱で仕事ができない……」って相談があると、「いいよ! うちにおいで!」ってすぐ預かっちゃう人だったんです。

もっとびっくりなのが、僕が中学生くらいの頃、家の庭でゴーヤを育てていたら、近所に住むイラン人が興味深く見ていたんですよ。

そこに母親が「一緒に食べる?」と話しかけて、夕飯に誘っちゃったの! これを「イラン人ディナー事件」と呼んでいます。

だいぶファンキーなお母さんですね!(笑)

川路

昭和の当時は、まだ外国人への警戒心も強くてね。近所の人は彼らにほとんど話しかけることはありませんでした。

でも、一緒にご飯を食べると楽しいんだよね。言葉も通じなかったけど、とてもいい時間だったことは覚えています。

幼い頃から自然と人と人をつながる楽しさを知っていたわけですね。

川路

そうかもしれませんね。

社会人になってからは企業で働きながら、『働く場所を、第2の地元に。』と掲げたNPO法人日本橋フレンドを立ち上げ、月1で朝ごはんを食べるイベントを11年かけて100回行いました。

100回も……!?

川路

「アサゲ・ニホンバシ」といって、
・日本橋の100年を作ってきた人:マエヒャクさん
・日本橋のこれからを作る人:アトヒャクさん
をそれぞれゲストスピーカーに迎えて、みんなで朝ごはんを食べるというイベントでした。

アサゲ・ニホンバシの様子(提供写真)

川路

そんなことをしていると、次第に街に顔見知りが増えていきます。

僕が日本橋の三越前駅を仕事に疲れてトボトボ歩いていたら、ポン!と肩を叩かれて「お〜い、川路さん。元気ないんじゃない?」って話しかけてくれて、その心の霧がパァーッと晴れて一瞬で元気になれたんですよ。

知り合いに一言声をかけるだけで、人は元気になれる。そんな経験をたくさんしてきました。みなさんも職場や学校で経験があるんじゃないでしょうか!?

昔のコミュニティは濃すぎた?

まさに半径100mの心地よいつながりですね!

川路

話しかけてもらっただけで、心がぽっとあたたかくなりますからね。

ついついもっと仲良くなろうとか、濃いコミュニケーションを求めてしまいますが、毎日一緒にいなくてもいいんです。

心地よいつながりはどうしたら生み出せるのでしょうか?

川路

人によって心地いいラインが違うので、一概にこれをしたらいいってことはありません。なにせ人と人をつなぐ機能はまだないので。

川路

今の私たちに必要なのは、ちょっとの勇気。

社内なら「今日も暑いですね〜」とコーヒーを淹れながら話しかけてみる、マンションですれ違ったら挨拶を交わす。ちょっとの勇気で話しかけて、お互いの心地いい場所を探っていくんです。

それくらいなら、できそうな気がします!

興味・関心で「JiwaJiwa」つながる

ちなみに、時代とともにつながり方も変わっているのでしょうか?

川路

昔は、人と人が助け合わないと生きていけなかったので「同じ場所に住んでいる」だけで仲良くしなければいけませんでした。

そこから働く場所が生活の中心となり、社員旅行や職場の飲み会で情報を得るようになった。

でも今は、できれば会社の飲み会に行きたくない人が大半。飲み会で自動的に隣の人と仲良くなるのは幻想なんです。

幻想……。

川路

自分が興味のあるコミュニティなどの情報はネットで調べればすぐ出てくる。会社や地域という場所で繋がる必要がなくなってきたんです。

だから、このつながりをどう結び直していくかを考えることが大切です。僕としては、興味・関心で人と人をつなげたいと思っているんですよね。

興味・関心ですか?

川路

たとえば、僕たちが運営に関わったオープンスペース「+NARU NIHONBASHI (プラスナル ニホンバシ)」では、『詳しくない趣味をシャベル会』というイベントを主催しています。

詳しくない趣味をしゃべる?

川路

はい。映画が好き!というと「何本観たか?」「あの監督の新作が……」など詳しさを求められてしまいますが、「好きなだけでいいじゃん!」と思うんです。

それだけで、十分楽しいし、意外に盛り上がるんですよ。

確かに、詳しくないと話しても意味がないかな……など思ってしまうこともありますよね。

『詳しくない趣味をシャベル会』の様子(提供写真)

川路

人ってつながると幸せが増えていく、これはわかっていると思うんですよね。

でも、ついつい人脈とか何かの役に立つとか、資本主義的な方に流れてしまう。本来はこれくらいのつながり方でいいと思うんです。

これは、コロナ禍で内省が強くなったことも影響していると思っていて。

「あいつ、今何しているかな?」と思って連絡してみたり、「そろそろ会いたいな」って気軽に連絡できる、しつこくない感じの関係といえばいいですかね?(笑)

確かに、誰かに会うことのハードル自体、ちょっと上がってしまった気がしますよね。

いろいろ気を遣いますし。

川路

『詳しくない趣味をシャベル会』にはZ世代くらいの年齢の方も参加してくれるのですが、この会に出たあと「気持ちいい〜」って言いながら帰っていくんですよ。

普段、気を遣いすぎているのかもね。

確かにそうかも……。自分の人とのつながり方を考え直してみたくなりました。

川路さんがこれからやってみたいことを教えてください。

川路

引越した先の街で、人がつながれる仕組みを作りたいと思っているんです。

今は、同じマンションに住む住民同士が興味・関心でつながれる「JiwaJiwa」という住居版マッチングツールをテスト運用しています。

楽しそうですね!

川路

飲み仲間を増やすとか恋人を作るマッチングではなくて、みんなが挨拶できるマンションを目指しています。

住人同士が挨拶するマンションって、泥棒が入らないんですよね。防災の時も助け合えるし、修繕の時にも話し合いがスムーズになる。

住民の楽しさはもちろん、マンションの運営にもよいことがありそうですね。

川路

ちなみに、これは住居だけでなく、職場でもいくつか実験も進めています。この「JiwaJiwa」はネットワークサイエンスの専門家と繋がりを可視化する研究をおこなっており、職場の人の繋がりをデータ化することで「風通し指数」というものを作ろうとしています。

ある会社で、実際30〜40人のチームメンバーに集まってもらって、「風通し指数」の計測をおこなっており、「JiwaJiwa」の導入前後で知り合いが増えることで仕事への意欲や成果にどう寄与するかの相関関係を解明しようとしています。

ちょっと知っている、一言会話ができるくらいの知り合いが増えるだけで、いいこと尽くし!

まずは無料の「貸し借り」をやってみよう

先ほど「ちょっとの勇気」が大事だよというお話がありました。

心地よくつながるために今日からできる、ちょっとしたコツを教えていただけませんか?

川路

モノの貸し借りをするといいですよ!

それだけでいいんですか?

川路

昔はCDとか漫画を貸し借りしていたでしょ?

同じように、会社だったら「ちょっとケーブル貸してくれない?」とか「よかったらペン使う?」などと言ってみる。

住居であれば、掲示板に「うちの水圧洗浄機かします」とか掲示してみてはどうでしょう? 無料で貸してあげると「この前は助かったわ〜」ってリンゴとかみかんをお返ししてもらえたりしますよ。

そこから心地よい関係が生まれると!

川路

こういうつながり方が悪くないってことを世の中に伝播させていきたいですよね。

ビジネスとかじゃなく、お互いが融通し合える関係性。損得とかじゃなく、心地よくつながって、何かあったら助け合える。

そんなふうに「半径100mの人と人をつなぐ」取り組みを進めていきたいです。

2024年10月取材

取材・執筆=つるたちかこ
写真=小野奈那子
編集=鬼頭佳代/ノオト