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50年に一度のチャンスがきた。公立校教員の「休み方」を変えるために必要なアクションは?(西村祐二さん)

「月80時間の残業」は、心身の健康を害するレベルの“過労死ライン”として、労働基準局が目安にする数字。働き方改革によって残業規制が進みつつある日本でもいまだ、全国平均でその“過労死ライン”を超えている職業があります。それは公立学校教諭、いわゆる「学校の先生」です。

2022年度に文部科学省が行った「教員勤務実態調査」を分析すると、教員の1カ月の平均残業時間(授業期間中・自宅持ち帰り分含む)は小学校で82時間16分、中学校で100時間56分、高校で81時間。

同じ調査では、所定休憩時間内の平均休憩時間(※)が小学校は5分間、中学校は7分間、高校は24分間という、衝撃の実態も明らかに。トイレ休憩の時間も取れないほどの忙しさのため、「膀胱炎が職業病」とまで言われています。

(※)1日の勤務時間が6時間〜8時間の場合は45分、8時間以上の場合は1時間の「所定休憩時間」中にとった、実際の休憩時間

過酷な働き方から休職・退職者が後を立たず、志望者は減り、新潟県や熊本市などで教員採用試験の「定員割れ」も起きはじめています。

岐阜県の公立高校教諭・西村祐二さんは、この問題に声をあげている現役教員の一人。公立学校教員特有の労働法「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(通称:給特法)」や、部活動顧問を強制する慣習を教師の過重労働の要因として指摘し、国会や管轄省庁に制度改正を訴えています。

「今は教師の働き方を改善する、50年に一度のチャンス。そのためには、世論の強い後押しが必要です」と、ご多忙の中で取材を受けてくれました。

トイレに行く間もない教員たちの働き方とは、どんなもの? それは社会にどんな影響をもたらしていて、改善できなければどうなってしまうのでしょうか? 「休める働き方」を推進するライターの髙崎順子さんが、西村さんに聞きました。

西村祐二(にしむら・ゆうじ)
岐阜県の県立高校教諭。専門教科は歴史。舞台俳優としての活動を経て教員の道へ。2016年より「斉藤ひでみ」名でSNS発信や署名活動、執筆、メディアや国会での発言を行い、教師の労働や生徒の権利の改善に努めている。

世間の知らない「先生の働き方」

教師の働き方はここ5〜6年、重要な社会問題としてメディアで目にする機会が増えました。

ですが、教育現場にいない人は私も含め、実態の理解が足りていないのではないかな、と感じています。

髙崎

西村

教師の仕事のうちあまり知られていないものには、たとえば「授業の準備には時間がかかる」という点があります。

下調べやプリント作りのほか、今はスライドを映す授業も多いので、一般企業にお勤めの方がプレゼン資料を作るようなパソコン作業もあります。

1時間の発表をするとなると、プレゼン資料を作るのにも数時間は必要です。

授業準備にはどのくらい時間がかかりますか?

髙崎

西村

私は高校で日本史・世界史を教えていて、教師になったばかりの頃は1時間の授業のために3時間以上の準備が必要でした。

キャリアを積んだ今でも、1授業につき少なくとも1時間はかけたいです。が、学校ではなかなかその時間が取れないので、多くの先生が自宅に持ち帰って作業しています。

現在、教員の方々の1日のタイムスケジュールは、どんな感じなのでしょう?

髙崎

西村

所定の勤務時間はおよそ8時半〜17時です。しかし校種にもよりますが、7時台に出勤、子どもが学校にいる間は授業や生徒対応で過ぎてしまい、その後19時過ぎまで学校内で準備や採点などの作業をするような姿が一般的かと思います。

さらに家へ持ち帰って仕事をする時間が、全国平均では1日30〜40分。休みの日も学校や自宅で授業準備などをしていて、中学校の先生だと土日合わせて平均で6時間以上働いています。

先生方には、直接授業に関係のないお仕事もありますよね。

素人の私が思いつく限りでも、行事や生徒指導、保護者対応、成績の記録が浮かびます。

髙崎

西村

小・中学校では給食も指導の一環ですし、中学校・高校は部活動があります。教員は1日7時間45分勤務で45分間の休憩時間が与えられる決まりですが、取れている人はほぼいません。

給食指導のない高校でも、1日の平均の休憩時間は24分です。中学校は7分、小学校に至っては5分という実態が、2022年の文科省の調査で分かりました。(※)

(※)いずれも所定休憩時間内に取得した休憩時間。「ランチタイム」は「給食指導」という仕事の時間のため、休憩時間はお昼の時間帯ではなく、16時〜16時45分(17時定時)で設定されているケースも。

えっ? 7分や5分というのは、授業の合間ごとの休み時間ではなく、1日の休憩時間ですか?

髙崎

西村

そうです。特に小学校では満足にトイレに行く時間もないですね。教員の間では、「膀胱炎は職業病」と言われています。

な、なんと……。(絶句)

髙崎

西村

そこまで時間がないとは、あまり知られていないですよね。一般の方は想像もしないのではないでしょうか。

恥ずかしながら私自身、「先生は大変なんだろうなぁ」くらいのイメージで止まってしまって、その先の実態まで把握しようとしたことはなかったです。

平日はトイレにもいけない、土日にも仕事をしているとは思いませんでした。

髙崎

「授業準備と部活は残業ではない」論法

平日のタイムスケジュールを伺いましたが、修学旅行や土日祝日の行事などもありますよね。

労働時間の規定はどうなっているのでしょうか。

髙崎

西村

教員の時間外勤務には、一般の会社員や公務員に適用される労働基準法の残業規定とは違う特別な法制度があります。

下記の4点について、臨時や緊急のやむをえない場合に限り、時間外勤務の命令が学校の管理者に認められています。(※)

・生徒の実習
・学校行事
・職員会議
・災害などの非常時

(※)ただし、上記4点の場合も残業命令は、「臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときに限る」とされています。

西村

これは「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(通称:給特法)」に定められていて、約50年前に作られました。

「給特法」はメディアでも最近、よく目にするようになりました。

髙崎

西村

教職は「職務と勤務態様が特殊だから」という建前に基づいている法律です。

そして、「この4項目以外の業務では、時間外勤務を命令してはならない」と決められています。

あれ? この給特法の4項目には、授業準備と部活が入っていませんね?

髙崎

西村

そうです。授業準備や部活動に限らず、現在発生している残業のほとんど全ては命令に基づくものではないとみなされています。

それらは「教師がやりたくてやっている自発的勤務」という扱いになってしまっているんです。

管理職が命令している「労働」ではないから、労働基準法37条の時間外労働規定からも除外されています。時間外労働をさせる場合に労使協定を必須とする同法の「36条」も、公立学校の教員には適用されません。

仮に「自発的勤務だからやらない」という人がいたとして、授業は準備なしにできるものなんですか?

髙崎

西村

できません。授業をするには準備が必要で、それなしには授業の質は著しく低下します。

教員の個人的な感覚で「やりたくてやる」ものではなく、「やらなくてはならない」必須業務なのに、法律上そう扱われていないんです。

だから、残業ではないし、どれだけ時間がかかっても管理職の責任ではないし、残業代も払われない。一応、そうした特殊扱いに対する対価として、月給4%が「教職調整額」という名目で支給されますが、それだけです。

おお……。

全く違う分野ですが「医師の働き方改革」でも、「医師の業務の一部は『自己研鑽』であり、残業ではない」という論法がありました。

髙崎

西村

同じ構図ですね。

やらなきゃならない業務を「やりたくてやっている」と、あたかも個人の自由のように言っている。中学・高校の部活動の顧問も、強制的に担当させられる慣習です。

避けられない業務なのに、「やりたくてやっている」扱いのままなんです。

この「給特法」があるから、どれだけ業務が増えても、「先生がやりたくてやっている」ことになってしまう仕組みなのですね。まさに諸悪の根源的な……。

髙崎

西村

そうです。しかも、現状の実態から時間超過分を計算すると、給特法の月給4%の手当では、全く足りない。

そもそも時間外勤務の大半が労働と認められていないから、管理責任も問われません。私はこの状態を、「教員の定額働かせ放題」と表現しています。

西村さんは2018年に給特法改正のための署名運動を行い、文科省・厚労省に提出されたのですよね。

髙崎

西村

はい。その後議論が活発化し、2019年にいくつかの改正が行われました。

が、問題がより複雑になる方向に行ってしまい、根本的な改善には繋がっていません。

2018年の署名提出時の様子(提供写真)

西村

残業のほとんどは相変わらず「教員の自己責任」扱いです。ここで詳しくお話しすると何時間もかかってしまうので、下記の記事を読んでみてください。

教員の“定額働かせ放題”の実態は?半世紀ぶりの見直しに現役教員と考える「根本解決にはならない」【news23】

教員給与 半世紀ぶり引き上げ方針 “定額働かせ放題”は… | NHK

“定額働かせ放題” 教員の給与、半世紀ぶりの見直し案も「本当に残業時間は減るのか?」現職教員は実効性に疑問(福井テレビチャンネル/YouTube)

夏休みも教師は働いている

この連載の目的は「休み方から働き方を考える」なのですが、教員の場合はそもそも休みがない、働き詰め状態なのですね……。

髙崎

西村

学校には一応夏休みがありますが、その間も教員は学校に通勤しています。

その間は、部活動のほか学期中には時間がなくて取り組めない業務をやっています。たとえば、生徒の調査書を作成したり、研修なども行われます。

夏休み中の勤務時間はどれくらいですか?

髙崎

西村

授業期間中と同じく、8時半から17時ごろまで勤務して、おおむね残業なしです。1年のうち唯一、定時で帰れる期間です。

年次有給休暇はどうですか?

髙崎

西村

教員にも年次休暇があって、年間の平均取得日数は小学校で13.6日、中学校では10.7日(2022年)。その多くは、ここしか取れる時期がないからと、お盆休みをからめた8月に取得されています。

8月を除いた取得日数は、調査をもとに考えると4〜5日程度になるのではと思います。

逆に言うと、夏休み期間以外だと、ほとんど有給が取れないんですね……。

髙崎

部活動に起きている変革

私はフランスに住んでいるのですが、学校の夏休みが7〜8月の約2カ月あって、先生たちもこの期間はほぼ休みです。

スポーツや文化活動は非営利団体や自治体が運営しているので、先生方が担う部活動もないんです。

知り合いの教員たちは、「大変な職業だけど、休みが長いからやっていられる」と話しています。

髙崎

西村

先進国では、そのような国が多いですよね。

そもそも全員が顧問をしないといけないような部活動が存在するのは、日本くらいです。

部活動顧問に関しては、今、教員ではなく自治体や民間の方々が担う動きも出ているそうですね。

髙崎

西村

はい、「部活動の地域移行」ですね。全国でスムーズに進んでいるわけではないですが、静岡県掛川市や神戸市は2026年までに中学校の平日・土日の部活動を地域に移すとしています。

しかし、高校は地域移行の対象となっておらず、相変わらず全員が「命令はしていないよ、個人の自由だよ」という体裁で担っています。

西村さんも部活動の顧問をされているのですか?

髙崎

西村

実は私は、今はしていないんです。演劇が好きで、過去には演劇部の顧問をしていたこともありますが……。

今は「私はやりません、できません」と校長に伝えています。私は「教科指導の専門家」として採用された教員なので、部活動で授業準備の時間を削られてしまうのをなんとかしたかった。葛藤はありましたが、決断しました。

顧問を断ることもできるのですね。

髙崎

西村

管理職との軋轢は覚悟しないといけませんが、時間外勤務は命令できないという給特法の考え方に立てば、本来は誰もが自由意志で決めていいんです。当時、ちょうど学校の部活動数を削減しようという議論もあり、決断しました。

私と同じ岐阜県内にも、片手で数えられるほどですが、顧問をしていない先生方がいます。

また、数年前に「部活動指導員」という専任のポストが作られ、教員以外の方も顧問として、指導や引率ができるようになりました。

先ほどお話ししたような、諸外国と似た仕組みになりつつある、と。

髙崎

西村

子どものために今後も部活動の場が必要ならば、保護者の方など誰もが指導員として関われるようになっています。教員の部活顧問はタダ働きですが、地域の指導員には報酬があるんですよ。

現状の働き方に疑問を持つ教員の方々には、個人でできる働き方改革として、部活動の議論から始めるのを勧めたいです。

部活動にはすでに変化が起こっているのは、希望が持てますね。

髙崎

西村

はい。そしてその変化を、2025年に国会審議が予定されている給特法の改正にも繋げていけたらな、と願っています。

教師に余裕を与えることで起こる良い変化

教師の過重労働の根本にあるのは給特法と、今日のお話でしみじみ理解できました。国会審議に向けて、西村さんはどんな活動をされているのでしょう?

髙崎

西村

今回の改正審議は「50年に一度のチャンス」です。給特法は廃止して教員にも労働基準法がちゃんと適用されるべきです。最低でも、現在教員が時間外にやっている業務を「好きでやっているのではない、必要な労働」と法的に認めること。

時間外業務を正当に残業と扱い、本気で残業削減を進めた上で、どうしても減らしてはならない残業には対価を払うこと、です。

その中に「授業の準備」も含まれる、と。

髙崎

西村

はい。授業準備の時間は労働時間として、まずは勤務時間内に確保してもらいたいです。そのように給特法を改善できたら、子どもたちの学校生活にもプラスになると思います。

過重労働が改善され、より余裕を持って準備できるようになったら、授業の質が確実に上がる。

教師になる人間はもともと、学んだり教えたりするのが好きなタイプなんです。余裕があれば自ら勉強をして、どんどん授業をよくしますから。そうなったら、子どもたちが学校に来る楽しみが増えます。

西村さんは制度改革でお休みが増えたら、何をしたいですか?

髙崎

西村

私ですか? そうですね、外国の史跡を回って歴史を体感して、授業で伝えたいです(笑)。

やっぱり授業のために勉強を!(笑)

最近は不登校の増加から、公立学校の危機や都市部での私立志向が言われていますが、それは先生方に余裕がないことが関係しているかもしれませんね。

髙崎

西村

実際、私立校は給特法が適用されないので、労働基準法に従って公立校よりも先に教師の働き方が改善されている学校もあります。私立校は先例を見せてくれたとも言えますね。

オーバーワークで業務の質や生産性が落ちるのは、多くの業界で指摘されています。先生方も人間なので、その観点で考えられてほしいですね。

髙崎

西村

今の過労死ラインの働き方では、余裕がないどころか、命の危険に晒されていますから……。

給特法改正では調整額を4%から10%に引き上げる案も出されていますが、求められているのはお金ではないのです。

教員の命と健康が守られる職場、そして教員自身が家族と過ごす時間。教員にも、人間らしい生き方を認めてほしいのです。

教員の方々が人間らしく働き、暮らせることで、授業の質が上がり、生徒との関わりが改善し、教員の成り手も増える。

明日の社会のためにも、給特法改正が先生たちにとって、より良い形になるのが重要ですね。教員ではない私たちにも、何かできることはありますか?

髙崎

西村

今、新たな有志の仲間達と、給特法改正の要望点をまとめて署名をしています。

今、8万筆を超えたのですが、署名は多ければ多いほど力になるので、ご協力をお願いしたいです!

教員5,000人が休職!子どもにも影響が…。月100時間もの残業を放置する「定額働かせ放題」=給特法 は抜本改善して下さい! #教師のバトン

このインタビューが終わったら、すぐに署名してきます!

髙崎

西村

最初に給特法改正のきっかけになったのは、2018年の署名などで世論が動いたからです。

その時、署名を届ける先の文科省の方々も、なんとか状況をよくしたいと願っていると分かりました。学校改善は敵のいないアクションです。

教員の働き方が変われば、授業の質が良くなり塾や予備校に通う必要が減ったり、その分の時間で家族との時間をより充実させられたりするなど、大きなメリットもあります。

ぜひ教員以外の多くの人にも一緒に声をあげてほしいです。

教え子との約束を果たしたい

最後に一つ、お伺いしたいことが。激務の日々の中で、西村さんが教員の働き方改革に取り組むのはなぜなのでしょう? そのパワーはどこから来るのでしょうか。

髙崎

西村

私のモチベーションの一つに、教え子の存在があります。

8年前、「自分も教員になりたい、でも先生たちの働き方を見ていると、その道を選ぶべきか迷う」と言われたことがあって。

その時に私はこう答えたんです。「この状況をなんとかしたいと動いている大人がいるよ。私も頑張るから、君が教職に就く頃には今よりまともになっているよ」と。

8年前というと、西村さんがSNSでの発信を始めた頃ですね。

髙崎

西村

はい。初めは顔出しをせず、「斉藤ひでみ」というペンネームで活動していました。

その後、国会で発言をしたり、大臣に陳情をするようになって、もはや匿名ではダメだと覚悟を決めたんです。

教え子との約束を果たさなくちゃならない。そのためにできることをやろう、と。

その生徒さんはその後、どうなりましたか?

髙崎

西村

「悩んだけど、教師になりました」と会いにきてくれました。

それだけではなく、「僕にできることはありますか?先生みたいに社会に発信します!」と言ってくれたんです。

うわぁ、感動ですね。西村さんの姿を見ていたんですね。

髙崎

西村

声を上げるバトンを受け取ってくれる人がいるんだなぁと、嬉しかったです。

もし今、変えられなくても、声を上げて動くことに意味がある。そうして次に繋いでいけば、5年後でも10年後でも、必ず社会は変えられると確信しています。

先ほどの署名でも、#教師のバトン のハッシュタグがついていましたね。

この記事も、西村さんたちの活動のバトンの一つになりますように……! 今日はありがとうございました。

髙崎

2024年8月取材

取材・執筆=髙崎順子
アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト