ビールメーカーが個商いが地域と出会うビルの「カンリニン」に。高尾ビールと京王電鉄が「KO52 TAKAO」で行う個商い起点のまちづくり
年間300万人以上、登山者数が世界一ともいわれる高尾山。都心に近い場所で豊かな自然を楽しめることから、国内外問わず幅広い年齢層の人が訪れています。その玄関口近くにあるのが、京王電鉄・高尾線も乗り入れている「高尾駅」です。
2024年4月、京王電鉄は高尾駅前にある5階建てのビルをリノベーション。「個商い(こあきない)が地域と出会うビル」がテーマの商業施設「KO52 TAKAO(ケーオーゴーニー・タカオ)」へと生まれ変わりました。
ビルの“カンリニン”を務めるのが、高尾の名を冠したクラフトビール「高尾ビール」の製造・販売を行う池田周平さん。
なぜ、ビールメーカーが高尾の街づくりに携わることになったのか。“カンリニン”とはどういうお仕事なのか? 京王電鉄が目指す「個商い」と地域の出会いとは? 池田さんと、京王電鉄の菊池祥子さんに聞きました。
池田 周平(いけだ・しゅうへい)
高尾ビール株式会社 代表取締役。1980年、北海道札幌市生まれ。デザイン会社や広告会社を経て、高尾ビール株式会社を設立。2024年からは、高尾駅南口にオープンした商業施設「KO52 TAKAO」の事業パートナーとして参画。
菊池 祥子(きくち・しょうこ)
京王電鉄株式会社 開発事業本部 課長。ショッピングセンター運営を経験したのち、グループ会社のスーパーマーケットへ出向し、オーナー/出店者双方の立場を経験。「ミカン下北」の立上げを担当した後、本プロジェクトを担当。
ビールをハブとして人々がつながる、人が滞留する街に
池田さんは、30代半ばから「高尾ビール」の製造・販売を始めたそうですね。それまでもビール造りに関わるお仕事をされていたのでしょうか。
池田
前職は赤坂のデザイン会社でWebディレクターとして働いていたので、ビールづくりは未経験でした。
「ビール造りをしよう」と思い立ったきっかけは2015年。山好きが高じて、新宿区から高尾へ引っ越してきたことです。
まったくの異業種だったのですね。
池田
実はもともとは根っからのインドア派だったんですが、ある時に妻の趣味だった山歩きに自分もどんどんハマっていき……。
週末は、新宿区から行ける山に登るようになったんです。そのうち、都心に住んでいると行ける山が限られてしまうと気が付きまして。
池田
「山登りの道中によく通る高尾に住めば、週末に行ける範囲が広がって登れる山が増える。都心から1時間くらいのところにある高尾なら通勤もできるし、交通の利便性もいい」と思い、夫婦で引っ越してきたんです。
実際、高尾に住んでみてどうでしたか?
池田
予想どおり、週末の山登りは充実しましたし、全席指定席の電車を使ったりして通勤も無理なくできました。新宿区に比べるとお店の数は少ないものの、落ち着いた街の雰囲気は気に入っています。
ただ、引っ越してきて2年くらい経った頃、「高尾は人の滞留がなくて寂しい」と思うようになって……。
都心から1時間弱で来られる高尾には、高尾山に登る人たちがたくさん集まる一方、街には飲食店が少ないので、山を下りた人たちはあまり滞留しないんですよ。
言われてみると、高尾山を下山した人たちの多くは、八王子や立川、新宿……など近場の繁華街に移動していくイメージです。
池田
ですよね。自分もそういう動き方をしていたので、高尾山周辺で山歩きをしても、高尾エリアに住む人たちとはそこまでつながる機会がありませんでした。
そこで、「人が滞留する街をつくるために、何かを始めてみたい」と思ったんです。それで、自分にできることを考えてみたら、“人の流れをつくる装置”となるビールを造って飲んでもらうことなのかな、と。
なぜ、「ビール」だったのか、気になります……!
池田
僕は海外旅行も好きなのですが、アメリカのマウントフッドなど海外の登山口がある街にはビール醸造所があって、その横にはブリューパブ(キッチン併設のビアスタンド)があるんですね。
そこでは、ハイカーや地元の人などが入り混じり、ビールを飲みながら楽しく会話している。旅行者として、何度も混ざりました。
そのとき、自分語りとか昔話をするような、いわゆる「地元のめんどくさいおじさん」に話しかけられたことが、すごく良かったんですよ(笑)。
どんなところが良かったんですか?
池田
純粋に旅行の思い出が増えたんです。
山歩きして戻ってくるだけで終わりだったはずの旅行が、「お前、これからどこ行くんだ」とか「昔、あそこには、こんな建物があって」と話しかけられると、「いい旅だったな」とその時間までが思い出になる。
それが原風景だったんですね。
池田
はい。高尾の街にも、ふらっとやって来て、それぞれが好きに時間を過ごせる、居心地のよい場所があったらハマるだろうなと。
山を下りてきた人たちが地図を見ながら「じゃあ、次はどのルートで登る?」と話し合う姿もあれば、横の席にいるおじさんが「その登山道はもうないよ」なんて茶々を入れる姿を見ることができるかもしれない。
お店の端の方では、ソロ登山した人が静かに一杯楽しんで帰る光景があってもいい。
池田
そんなふうに「山登り」をキーワードに、老若男女問わずみんなが思い思いの時間の過ごせる場所があれば、たくさんの人たちが滞留する街になるんじゃないかなと思いました。
地元の個商いが集まる、高尾で働きたくなるビルがあれば……
飲食業界未経験で、ゼロからビール造りをスタートさせたんですよね。やることも多く、大変だったのでは?
池田
蓋を開けるまで、ここまで大変だとは正直思っていなくて……(笑)。
日本で酒造免許の申請をするためには、「技術」「お金」「場所」の3つが必要なんです。
「技術」「お金」「場所」?
池田
まず、「技術」はクラフトビールが盛んなアメリカの社会人向けオンライン授業を受けたり、実地でビール造りを学んだりしながら習得しました。
そして、開業するための「お金」とビールをつくるための「場所」が必要。資本金には自己資金と国からの融資を充てて、高尾駅から車で15分くらい離れた場所にある「恩方(おんがた)」という地域に醸造所を借り、やっと見通しが立ちました。
池田
2017年12月に「おんがたブルワリー&ボトルショップ」、2019年には「製造した生ビールを提供する場所を持てたらいいな」という思いから、醸造所直営のビアバーとして、タップルーム「ランタン」を始めました。
これからは「個商い」が街をつくる
現在は、京王電鉄さんが運営する「KO52 TAKAO」に拠点を移されたんですよね?
池田
はい。今はKO52の2階に、高尾ビールの新たな醸造所兼タップルームとして「KO52ブルワリー&タップルーム」を出店しています。
KO52のリノベーションを手掛け、池田さんとプロジェクトを進めている京王電鉄さんにもお伺いします。この施設は、どんなコンセプトなのでしょうか?
菊池
高尾エリアに住む人と、高尾エリアで事業を営んだり、興味を持つ事業者が交流したりできる「個商い(※1)が地域と出会うビル」です。
※1:商材や金額の大小ではなく、趣味や情熱などの大切にしたい個性・価値観をお客さまと共有することで、お互いが豊かになれる商いを指した造語
菊池
池田さんにはプロジェクトの計画段階から参加していただき、開業後は「カンリニンさん」として、入居者さんの交流やコミュニティづくりなど運営のサポートをしていただいています。
KO52のプロジェクトに、池田さんが参加することになった経緯を教えてください。
菊池
このプロジェクトが始まる前から、池田さんとはお付き合いがありました。 2015年には、京王電鉄が改装を手がけた高尾山口駅前のホテル「タカオネ」のコラボビールをお願いし、会社としても池田さんの取り組みや考え方を知ることができて。
池田
「タカオネ」のオープンから足掛け4年、コラボビールを卸したり、京王電鉄さん主催のイベントへの出店をしたり。さらに、京王電鉄の社員さんが醸造所の仕込みを手伝いに来てくださるなど、個人的な交流も生まれたんですよ。
菊池
私の上司も高尾ビールの大ファンで。以前から、「ランタン」に通い詰めていたと聞いています。
池田
そうですね。その方がKO52の話を持ちかけてくださったんです。
「居酒屋が入居していた高尾駅前のビルを改装して、個人に近い事業者と新しいことをしたい。何かアイディアはありませんか?」と。
それで、「この街で働く人がもっと増えたらいいと思うので、高尾で働きたくなるビルがいいです」という、ざっくりした提案を打ち返したんです。
そこから、企画会社さんも参加されて、「地元の個商いの人が集まれるビルにする」というコンセプトに固まっていって。
なぜ、京王電鉄さんは「地元の個商い人が集まるビルにしよう」と決めたのでしょうか?
菊池
ハブとなって交流を促すのは、入居者と同じ気持ちで話せる人
池田さんは、KO52のカンリニンさんとして、具体的にどんなことをしているんですか?
池田
重要な仕事のひとつは、“ハブ”のような存在として、入居者間のコミュニケーションの円滑化や活性化を促すことです。
菊池
池田さんには、一般的な言葉でいうと「コミュニティマネージャー」と呼ばれている人の役割を担っていただいています。
とはいえ、その単語に馴染みのない入居者さんもいると思い、親しみを持てるように「管理人さん」と呼んでもらおうと考えました。
ただ、事務的にビルの管理をしてほしいわけではなかったので、「カンリニンさん」とカタカナ表記にしています。
菊池
私のイメージするカンリニンさんは、漫画『めぞん一刻』の響子さん(※2)。
古き良き管理人さんが、入居者さんそれぞれの事情を知った上で、「こんな生活がしたい」というみなさんの希望を汲みながら、お世話をするイメージです。
※2:作品中に登場する「一刻館」というアパートの管理人。
その役割を入居者さんにお願いするのは新しいですね……!
菊池
プロジェクトの初期から、入居者さん主体で運営する「館内自治」ができればいいなと思っていたので、外部の方にお願いすることは考えもしなかったです。
そこで誰にお願いするかを考えたとき、「自分の暮らす街を楽しくしたい」という個商いの方々とつながりのある高尾ビールの池田さんしかいない、と。
KO52のオープンから数カ月経ちました。池田さんはカンリニンさんをやってみて、どんなことを感じていますか?
池田
自分は、みなさんのハブのような存在になっているのかなと。
今は開業の嵐が過ぎ去って、「この施設が、こうだったらいいな」「ここで、こんなことをしたいな」などを考えるゆとりが出てきた段階です。
とはいえ、相談したいことがあっても、大家である京王電鉄さんには直接言いづらいこともあるでしょう。
確かに、京王電鉄さんの存在が心強くはあれども、同じ事業者として立場が近い池田さんに相談しやすいこともありそうです。
池田
はい。自分は「カンリニン」と呼ばれつつも入居者で、実際に今ここで個商いをする当事者でもあり、それぞれの入居者さんとマンツーマンで話すこともわりとあって。
そのとき、みなさんの意見をどんどん吸い上げるようにしています。
菊池
みなさん、池田さんのお店がある2階にふらっと来ますよね。朝の出勤時だけじゃなくて、ランチタイムや休憩時間にちょっとコーヒーを飲んでいくとか。
池田
2階で仕事する人もいます。そうやって思い思いに過ごしながら会話していると、いろいろな情報がどんどん集まってくるんです。
そこで吸い上げたみんなの意見をまとめて、京王電鉄さんに「この内容を検討してください」とつないでいます。
KO52から面白い働き方を発信して、高尾をにぎわいのある、楽しい街にしたい
ハブ的な役割を担う今、ビールメーカーである池田さんだからこそできることは何だと思いますか?
池田
アナログなFace to Faceの付き合いを大事にすることだと思います。
Web業界にいた会社員時代は職業柄、すべて効率重視で、「テキストメッセージだけで進められるだろう」みたいな気持ちがありました。でも今は、全然そうじゃなくて。よい関係性をつくるためには、まず顔合わせをして相手を知ることが大事だなと。
具体的にどんなシチュエーションに当てはまりますか?
池田
たとえば、地域の酒屋さんや飲食店さんへのビール配達も自分でしています。
「高尾ビールです! 最近どうですか?」と聞く。頻繁に会って信頼関係が生まれると、地元の情報や愚痴を話してもらえるようになってコミュニティが見えるんですよね。
KO52でも大事にしたいのは、ウェットな付き合いを進んでやっていくこと。カンリニンとして、入居者のみなさんと同じ目線で会話していくことを心がけています。
個商いが集まるKO52では、入居者さん同士もFace to Faceの付き合いができますね。
池田
みなさんがお互いの商いにリスペクトしているので、信頼関係をつくるのが早いんです。
最後に、池田さんが「KO52 TAKAO」を通して、これからやっていきたいことを教えてください。
池田
高尾をもっと楽しい街にしていくために、個商いのコミュニティが街に飛び出していくような仕掛けをしていきたいです。
今、高尾駅前は飲食店や喫茶店もどんどんなくなっています。この街を活気づけるために、個商いの人たちが集まっていることを見せたいんです。
期待が高まりますね。
池田
ありがたいことに、KO52の入居希望者の方は増えつづけている状況です。
高尾に魅力を感じて移り住んでくれる人や就職後も地元で暮らす人、「将来はここで個商いをしたい」と思う人が増えればいいな、と。
そのためにも大事なのは、「高尾、イケてるな」という雰囲気を自分たちがどう演出していくのか。高尾でできる仕事の選択肢を見せながら、面白い働き方ができることを伝えていきたいです。
2024年6月取材
取材・執筆=流石香織
写真=栃久保誠
編集=桒田萌/ノオト