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場をあえてコントロールしない。3万冊の知で人を引き寄せる「ふるえる書庫」のコミュニティデザイン

大阪の中心地・梅田から30分ほど車を走らせた先の池田市にある、ゆったり流れる猪名川と五月山の緑が眩しい、自然豊かでのどかな風景。そんな環境にあるのが、浄土真宗「如来寺」です。360年続くといわれるその寺の隣に2022年11月、「ふるえる書庫」が誕生しました。

築70年の古民家を改装したふるえる書庫の棚には、宗教関連を中心に約3万冊もの本が並びます。訪れた人は、静かに本に向かったり、友人と語らったり――。

この場所をつくった如来寺の副住職である釋大智さんに、どうしてお寺のそばに書庫を構えたのか、どんな場にしたいのか、そして場やコミュニティをつくるためのヒントを伺いました。

釋大智(しゃく・だいち)
浄土真宗本願寺派如来寺副住職。「ふるえる書庫」のほか、認知症高齢者のためのグループホーム「むつみ庵」や、現代版の寺子屋とも言える「練心庵」の運営にも携わる。龍谷大学博士課程を修了後、同大学研究生として親鸞思想を中心に研究。相愛大学でも非常勤講師を務める。

みんなで作る書庫は、みんなとゆるくつながれる場

「ふるえる書庫」とは、どのような場所ですか?

みんなで作るコミュニティ型の書庫です。宗教関連を中心に心理学や哲学など蔵書3万冊を文化的資源として開放しています。利用資格はなく、どなたでも閲覧して借りることができます。

使用している古民家は、如来寺のご門徒さんから譲り受けました。床から天井まで、床の間まで埋め尽くした本たちに囲まれながら心ゆくまで読み、珈琲を味わいながら誰かと語らう。そんな秘密基地のような場所を目指しています。

みんなで作る。その「みんな」とは誰を指しているのでしょうか?

ふるえる書庫に共感し、運営をお手伝いしてくださるメンバーのことです。

月会費500円のメンバーシップ制をとっていて、一緒にイベントを企画したり、オンラインミーティングを開いたり。住職オススメの本を紹介する動画配信もあります。

メンバーは現在60名ほど。大阪や神戸、岐阜、東京、秋田の方もいます。遠方在住で頻繁には来られなくても、メンバーとして応援してくださる方も多いです。

本好きな方が主ですが、お坊さんに興味を持ったという理由で参加してくれている人もいますね。開店は1カ月に10日ほどで、私だけでなくメンバーも店番をやります。ここが運営できているのは、メンバーの皆さんのおかげです。

イベントも開いているそうですね。

著者を招いてのトークショーや読書会を開催しています。

キッチンがあるので、みんなでカレーを作って食べることもありますよ。近所の高齢者の皆さんとメンバーも一緒に交流しています。

来ていただいている方の多くは30~40代ですね。本好きの方が多いですが、「自分でコミュニティをつくりたい」「どこかコミュニティに参加したい」という人も多いです。

ふるえる書庫で「ふるえる体験」をしてほしい

そうした人たちを迎え入れるのが、古民家を改装した「ふるえる書庫」ですが、採光が良くて明るいです。

大きな窓から入る自然光が奥まで届くよう、窓際はテーブルを、奥に背の高い書棚を配置しています。テーブルには目隠し代わりに私の好きな本や雑貨を並べ、一人ひとりが読書に没頭できるよう工夫しています。

目隠し代わりの本

リノベーションは、友人で建築家の奥田達郎さんに依頼しました。

リノベーションの際に、構造補強のために柱を増やさないといけないという話になって。

そこで、本棚そのものを柱にして、家を支える構造にしました。おかげで広々とした室内空間が実現しました。

本棚が天井を支えるような構造になっている

ふるえる書庫の「ふるえる」には3つの意味があります。

1つ目は、本と人との出会いで自分自身の枠組みが揺さぶられる「ふるえる体験」が生まれる場所にしたいという想い。

2つ目は、ここに来た人が、自分の得意なことや「腕をふるえる」。

3つ目は、ここが古江(ふるえ)という地名だから。駄洒落です(笑)。

そして図書館ではなく、「書庫」なんですね。

ここに配架しているのは、あくまでも僕や父の個人的な本なんです。ここは図書館というパブリックな場でも、プライベートな場でもない、ちょうど狭間の空間。そういう意味で「書庫」にしました。

オープン過ぎず、そしてクローズ過ぎない空間にできたのは、ここが表通りよりも奥まった住宅街の中にあるから。落ち着きのある明るい雰囲気が育まれ、心地よく過ごせる場所になったと思います。

「プロセスから開く」 コミュニティの生み方と育み方

メンバーの方々は60人。どのようにしてメンバーを集めたのですか?

リノベーションを担当してくれた奥田さんや、メンバーシップのプラットフォームとして利用しているShare Villageの方々が、「プロセスから共有することが大事」と助言してくれました。

オープンしてからではなく、その前段階から場づくりは始まっている、と。

はい、そうです。奥田さんは、自ら工事現場で「書庫を作ります」とトークイベントを配信し、工事の段階から外へ見せたのです。

ほかにもSNSで左官作業を手伝ってくれる人を募集して、みんなで楽しく壁を塗る「楽しい左官イベント」とか。実際、奥の壁の左官は素人の私たちが手がけました。

あと「本を運んで並べるイベント」は、3回ほど開催しました。書籍が詰まった段ボールが1000箱以上あったのですが、みんなで作業するとはかどるし、「こんな本があるんだ!」と興味や親近感を持ってもらえました。

イベント化は手段の一つですね。プロセスを見せることで、それに携わる「中の人」を見せて興味を持ってもらう。そうすれば中と外の関係性を築くことができそうです。

コミュニティ持続のための関わり方

釋さんが場づくりを行う上で、心がけていることは何ですか?

ふるえる書庫は、僕にとって本当に心地良い空間です。好きな本、好きなモノに囲まれていますから。

しかし、だからこそ、「ここは自分の場所だ!」という感覚、仏教では「執着」とも言いますが、そういった思いをできるだけ手放すように意識しています。

……というと?

私が中心になってこのようなコミュニティを運営するのは初めて。ふるえる書庫のプロジェクトを始めるに当たって、「自分が心地いいと思える場所」をお寺の近くに作りたいという気持ちが、根っこの部分にありました。

だから、そのための空間づくりを意識していたんです。最初の頃は用心してクローズな状態だったと思います。

そうしたら、とある方から、「ここは整いすぎているかもしれない。もっといろいろなタイプの人を入れてみては」とアドバイスをいただいたんです。その時に初めて「開く」こと、「手放す」ことを意識しました。

会員に店番をお任せしたのも「この場所をもっと外に開いてみよう」と思ったのがきっかけでした。はじめは心配でしたが、いざお任せするとなんてことはありませんでした。

コミュニティは一人で作れないし、コントロールできるものでもありません。それが少しずつ分かってくると、コミュニティの面白さも分かってきたように思います。

書庫はゴールへのマイルストーン 目指すは地域活性化

ふるえる書庫を始めて1年半。これからどんな場所にしていきたいですか?

ここは私だけでなく、コミュニティに関わってくださるみなさんの協力で成り立っている場所。これからも一緒に考えながら運営していきたいですね。

実は、「ふるえる書庫」は自分にとってファーストステップで。最終的な目標は、その先にある地域の問題を解決することなんです

そうなのですか……! 具体的に、どんな問題でしょうか?

具体的に言うと、「空き家問題」です。

私と如来寺の住職である父は、近所でグループホームの運営もしていますが、ふるえる書庫と同じく、空き家だった建物を活用しています。

空き家問題に注目されているのには、何か理由があるのでしょうか?

私はお寺の家に生まれ、ある意味「この場所で生きていくしかない」と運命づけられた人間です。だから、幼いころの夢は引っ越しでした(笑)。

でも、「生きていく場所を自分で面白くするしかない」と覚悟を決めて、いまがあります。

地域を盛り上げるのは、人です。この町の人と、お寺や書庫に集うさまざまな人が呼応し、もっと地域が盛り上がって活性化してほしいというのが、私の一番の想いです。

コミュニティ運営者が抱える悩みを解決するヒントをたくさん伺うことができました。ありがとうございました。

2024年4月取材

取材・執筆=國松珠実
撮影=水垣恵理
編集=桒田萌/ノオト