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「B面のつながり」を社内でどう生み出す? 山川知則さんと考えるこれからのオフィス

良いコミュニケーションが生まれる、心地よい場を作るにはどうすればいいんだろう。

山川知則さんは、「全体性を発揮する働く環境のデザイン」というテーマを掲げ、ワーカーを巻き込みながらオフィスづくりをすることを得意としています。また、自身のことを国産材フリークと称し、Podcastなどで国産木材の良さについて発信。

さまざまな空間で国産木材を活用しながら、働く場のコミュニケーションを生み出す方法を模索している山川さんと、一緒に未来のオフィスのあり方を考えていきます。

山川知則(やまかわ・とものり)
波と風 代表。⼤学卒業後、オフィス関連商社の⽂祥堂に⼊社。営業企画、経営企画、新規事業などを担当。同社の100周年をきっかけに間伐材を活⽤した家具シリーズ「KINOWA」をプロデュース。杉や檜など国産⽊材を多⽤した空間を多く⼿がける。また、オフィスづくりのプロセスを分解したワークショップを設計し、ワーカーを巻き込みながらオフィス空間をつくることを得意としている。2020年よりヒトカラメディアに参画。コワーキングスペースのプロデュースやワーケーションの企画などを⼿がける。2021年よりVUILDに参画。プロジェクトデザイナーとして、デジタルファブリケーション×建築の領域で改めて国産⽊材の可能性を探っている。ちょうどいい材木ラジオのパーソナリティも務める。

小学生と一緒に作った「風を感じるベンチ」

山川さんは現在、どのような事業やプロジェクトに携わっているのでしょうか?

山川

個人事業である波と風ではオフィスデザイン、およびデザイン前の要件整理に携わっています。

オフィス移転の前に、組織内のメンバーでワークショップをして「そのオフィスで何が起きてほしいか」を定義し、それが起きやすい環境デザインを考えます。

環境デザイン?

山川

たとえば、「インフォーマルなコミュニケーションが大切だ」と定義された場合、リラックスできるカフェやリビングといったトンマナや、個人の趣味や関心がオフィスに出やすくする工夫などについてアイデアを出します。

ワークショップでは、どのようなことをするんですか?

山川

まず、
・今うまくいっていること
・課題に感じること
・これから挑戦したいこと

を挙げてもらい、ざっくりとした方向性を確認します。

その後、「移転後に起きてほしい行動やコミュニケーション」を聞きたいのですが……。そんなのいきなり聞かれてもパッと答えられないですよね。

確かにすぐに具体的に答えるのは難しいですね……。

カードは全部で150枚。このカードを使ったワークショップ以外にも、コンセプトを決めるためのワークショップツールなどが揃っている。(提供画像)

山川

そこで、あらかじめこちらで用意したカードを使います。この中から感覚に近いものを選んだうえで、「なぜこれ選んだのか?」を話してもらいます。

面白そうです。

もう一つの所属であるVUILD株式会社では、木材を使った事業をたくさん手掛けられているとお聞きしました。

山川

はい。プロジェクトデザイナーとして、地域の木材で地域に必要なものをつくるプロジェクトに携わっています。

たとえば、最近では、風力発電所の風車のふもとで小学生と一緒にベンチを作りました。「地域に愛される場」へ育てていくプロジェクトが楽しかったです。

(提供写真)

小学生と? どのような形で進めるんですか?

山川

この時は、子どもたちから「風を感じる場所にしたい」というアイデアが出ました。

それで、「どんなときに風を感じる?」「風の形ってどんなの?」といったお題を出し、絵や工作など手を動かしながら考えるワークショップを開いたんです。

先ほどのオフィスづくりのワークショップと同様、意見を出し合っていくのが面白そうですね。

国産の木材はサステナブル? 海外産木材との違い

山川さんは国産材フリークとして活動されていますが、そもそも木材に興味を持ったきっかけは?

山川

私がかつて所属していた会社で、創業100周年のプロジェクトを担当することになりました。

社史を調べてみると、創業者が静岡県浜松市の天竜という地域で植林をしていたらしく、現地を見に行ったんです。

天竜は「天竜スギ」「天竜ヒノキ」など、ブランドにもなっている木材の名産地なんですが、まだまだ十分に活用されていないことを知りました。特にオフィスでは無垢の木材が使われることはほとんどありません。

それはなぜですか?

山川

いろいろありますが、一つに新建材の台頭があると思います。

オフィスに置かれている家具といえばメラミン化粧板やガラス、スチールがほとんど。その理由としては、汚れがつきにくい、手入れが簡単、耐久性に優れているなどでしょうか。

確かに大勢で長く使うことを考えると、知らず知らずのうちに木材を外しているのかもしれません。

山川

でもその結果、人間の肌感覚でいうと、冷たく感じられる素材ばかりになってしまう。それで「もっとオフィスでも木材が使われるといいな」と思ったのがきっかけでした。

ちなみに、国産と海外の木材は、どう違うのでしょうか?

山川

まず社会的な背景からお話しします。

海外では、多くの地域で違法伐採などが横行していて、森林面積は減少傾向にあります。でも、日本は国土の約70%が森林。うまく活用すれば、光合成によって木が太る量と使用する量をバランスさせながら、サステナブルに使い続けられるくらい森林が豊富なんです。

サステナブルに使い続けられるのはいいですね。

山川

それに、日本で林業をやっている方は本当に面白い人が多くて。自分が儲かることだけを目指すのではなく、「この森を次の世代に繋いでいく」という志をもって尊い仕事をされているな、という実感があります。

それで森づくりに繋がる素材という意味でも、身近な国産材をできるだけ使っていきたいな、というのが個人的な想いです。

本物の木材に囲まれた環境で、大事にされている感覚を受け取れる

波と風のパーパスに、「全体性を発揮しやすい社会を実現する」と書かれています。どういう意味なのでしょうか?

山川

ちょっと前のオフィスって、部門長はハイバックで肘付きで、一般社員はローバックで肘かけなし……、みたいな感じがありましたよね(笑)。

オフィスが「会社内のヒエラルキー」という幻想をみんなで信じるための装置になっている気がしていて……。

確かに、そうかもしれません。

山川

でも、オフィスではそういう肩書きや立場にとらわれず、そのままの自分でいられる方がパフォーマンスもよくなる、と感じています。

たとえば、子どもがいる父親としての視点がサービス開発に生かせるかもしれないし、子どもと接しているときのような柔らかいコミュニケーションで部下と接すると、もっと違った意見が出てくるかもしれません。

父親としての自分も、何らかの形で仕事に生かせるんじゃないか、と。

山川

はい。他にも、たとえば「釣りが好き」という趣味で他部門の若手と興味関心が重なるかもしれない。けれど、それは1人の人間として話してみないと分からない。

オフィスが仕事用の自分だけを持ってくる場所だと、そういう一面は見せないでしょう。

それが「全体性」というキーワードにつながるんですね。

山川

はい。特にコラボレーションやイノベーションを重視するなら、全体性を発揮しやすい場づくりは必要です。

だからこそ、ちょっと論理に無理があるかもしれませんが、オフィスにも木材のようなリラックス感のある素材が必要なんじゃないか、と思っています。

実際に、木材の多いオフィスの利用者からはどんな反応があるんでしょうか?

山川

単純に、「心地良いな」と思ってもらえることが多いですね。

人間の五感って、かなり鋭敏にできていると思っていて。木っぽい印刷物ではなく「本物」に囲まれた環境で過ごせば、大事にされている感覚を受け取れるはずです。

大事にされている感覚?

山川

最近本で読んだのですが、南米コロンビア・ボゴタ市の元市長、エンリック・ペノロサさんが、次のような発言をしているそうです。

“特別で尊厳を持った存在として扱われると、そのように振る舞うものであり、そうすると社会の姿も変わっていくのである。だからこそ、街の中のすべてのディティールが、人間は神聖なものであるということを反映するべきなのだ。全てのディティールが!”

『インフォーマル・パブリック・ライフ――人が惹かれる街のルール』(ミラツク)より

山川

「木っぽい印刷でいいでしょ、こっちの方が安いんだから」というのは、人間の感性をなめている気がするんですよね。

あなたが大事にされている、そんなメッセージを発しているもので埋め尽くしてこうぜ、と。

地域の木を使い、自ら建物を組み立てる

山川さんの所属するVUILDでは「デジタルテクノロジーと地域の木材を活用した場づくり」も手掛けていますよね。

山川

はい。これは香川県の小豆島に竣工した、オリーヴの栽培・製造・販売を行う店舗兼施設「小豆島 the GATE LOUNGE」です。

(提供写真)
従業員たちが皮をむいている様子。(提供写真)

山川

建物に使用しているのは小豆島の島内にある木で、地域の木材とデジタルファブリケーションを活用したからこそできる建築になっています。

デジタルファブリケーションの技術?

山川

日本の国土は約7割が森林なので、木材はたいてい地域で調達できる資源なんです。

だから、「木を乾燥した丸太や板にすること」「データさえ作ること」の2つができれば、地域の中で小さく加工と施工ができるんです。

その地域の資源を使い、地域のステークホルダーが自ら建物を作ったわけですね。

データを入稿するとその通りに削ってくれるマシン「ShopBot」を地域に持ち込み、みんなで建物をつくった。(提供写真)

山川

はい。「ShopBot」を使えばパーツが小さくなるので、誰もが作業に参加しやすくなります。「自分たちで作った」という主体性を引き出すことも1つの側面です。

業者に任せるのではなく自分たちで建てることができれば、愛着もわきますね。

「B面のつながり」をどう増やしていくか

コロナ禍以降、働く環境が大きく変化しました。山川さんのお仕事にも影響があったのではないでしょうか?

山川

依頼内容が大きく変わりましたね。自宅でも働けるようになったので、執務エリアを減らす代わりに「横串」と呼ばれるような直接関係ない部署と連携しやすくなる環境づくりを依頼されることが多くなりました。

具体的にはカフェエリア、休憩スペース、リフレッシュスペースなど。会社によってはキッチンみたいになっているところもあります。

そういう場所は、働く上で大切ですよね。

山川

ただ正直にいうと、まだ特効薬を見いだせていない感じはしていて。

オフィスデザインだけにとどまらず、組織のデザイン、アプリケーションの導入、制度やルールの設計、イベントなどを複合的にやっていく必要を感じます。

つまり、オフィスデザインだけでは「横串」は生まれない?

山川

先ほどの「釣り好き」のような「A面じゃない、B面の繋がり」をどう増やしていくか、がすごく大事だなと思っていて。

オフィスデザインだけではそうした情報は出てこないので、アプリやイベントなどが有効そうです。最近は、Goldilocks社が提供する「JiwaJiwa」というサービスに注目しています。

ハードだけではなく、ソフトと組み合わせる、と。

山川

あと、会社の中に役職者ではないけれど、実はハブになっている人っていますよね。

「その話なら○○さんに聞いてみるといいよ」っていろんな人のことを知っている人。そういう繋がりを生み出すコミュニティマネージャー的な動きが天然でできる人も貴重だと思います。

最初から、変更しやすいデザインに設計しておく

最後に改めて、「全体性を発揮できる」オフィスをつくるための工夫やポイントについて教えてください。

山川

丁寧にオフィスデザインのプロセスを設計して、ワーカーの本当の願いを引き出すことが一番大事だと思っています。

ですが、必ず1回でその願いを叶えるオフィスができることはないので、しぶとく改善し続けることが大事だと思います。

施工して終わりではなく、ブラッシュアップしていく、と。

山川

そうですね。できるだけ修正のための予算も確保しておいてほしい、と伝えています。「うまくいかなかったら変えていけばいい」という発想ですね。

「新しいオフィスを作ってみたけど、イマイチだった」という状態を放置するのが一番マズい。無難なものを選ぶより、やってみて失敗したらまた次へ、というのが個人的には好きなので。変化に対応できるような選択、マインドを応援したいですね。

でも、さすがに何度も作り直せないですよね?

山川

最初から変えやすくしておく、というのはアリだと思います。最近、VUILDでは動かせるようなものをよく提案しますね。

可動式の棚とか?

山川

というか、据え付けない形です。組み合わせれば大きいものを作れるけど、1つひとつのパーツは小さい、みたいな。

テーブルや椅子に見えている部分は実は可動式で、簡単に移動ができる。(提供写真)

山川

ユニットになっているので、組み合わせて変えられます。パーツが小さいからフレキシブルに対応できる。

また、自分たちで変えられれば、その空間に主体性や能動性が生まれます。

動かし方によっては、意外性のあるデザインにも。(提供写真)

山川

このようにダブルミーニングやトリプルミーニング、改変ができる形などフレキシブルにしておくこと、そして重ね合わせが大切だと思います。

会議室ではなく、「オープンミーティング兼セミナールーム」にしておけば、両取りできますから。

環境の変化に応じて自分たちで作り変えていくことが大事、ってことですね。本日はありがとうございました。

2024年5月取材

取材・執筆:村中貴士
アイキャッチ制作:サンノ
編集:鬼頭佳代(ノオト)