フラット型組織運営「ホラクラシー」とは? 基本知識と実例から見るメリットと難しさ
業務の納期や範囲を確認したいのに上司からのレスポンスが悪く、業務が進まない。文字ベースで情報共有をするのが面倒で、部下に振るべき抱え込んでしまう……。
リモートワークが普及し、こうした構造と働き方のミスマッチを感じている人も多いのではないでしょうか。
近年、欧米を中心に広まりつつある「ホラクラシー」は、メンバーの主体性を尊重したフラット型の組織運営法。「意思決定に時間がかかる」「社内政治に振り回される」など、階層型組織の課題を解決する、組織運営の新しい考え方だといわれています。
個人のクリエイティビティを開花させるというホラクラシーとは、どんなマネジメント法なのでしょうか? 後半では、創業当初からホラクラシーを使った組織運営に着手しはじめ、2022年に正式導入したNature株式会社の取り組みを紹介します。
ホラクラシーは主体性・自律性を尊重する組織マネジメント法
「ホラクラシー」とは、階層がなく、個々人の主体性、自律性を尊重する組織マネジメント法の一つです。2007年にブライアン・J・ロバートソンが提唱した組織管理の概念で、ザッポスやAirbnbが導入しています。
ロバートソンは、従来の中央集権的な管理による階層型組織は、1900年代初頭の工業化時代に効率的とされた構造だと指摘しました。新しい時代の産業には、権限を組織全体に分配してメンバーがクリエイティブな能力を解放できる組織構造がふさわしいと考え、「ホラクラシー」というマネジメント法を開発しました。
ホラクラシーの特徴は「人間」ではなく「役割」を組織すること
ホラクラシーの一番の特徴は、「人」ではなく「ロール」(仕事の役割)を組織化することです。従来のヒエラルキー型の組織との違いを見てみましょう。
伝統的なヒエラルキー型の組織
伝統的なヒエラルキー型の組織では、個人をビラミッド型に配置し、経営者や管理職、チームリーダーなど上に立つ役職の人に権限を委ねます。
ホラクラシーの組織
一方、ホラクラシーの組織では、まず、組織に必要な機能を「マーケティング」「財務」「顧客管理」といった「ロール」で体系化し、「ロール」という単位で意思決定権を会社全体に分散します。
人はあくまで「ロールを稼働するもの」という位置づけ。そのため、ひとつのロールを複数人で担うこともあれば、複数のロールを一人が担うこともあります。
ロールは個々の範囲で権限を持っており、それぞれは並列の関係にあります。
- 人を配置する
- モチベーションを上げる
などいわゆる管理職が担っていた仕事をするのも、役職者ではなく、そのロールの担当者です。
ロールのグループは「サークル」と呼ばれ、サークルがさらに大きなグループになることもあります。
ホラクラシー組織では意思決定がより的確に行われる
ヒエラルキー型の組織では、上層部に権限が集中し、意思決定に無駄な時間が費やされることがあります。
そのため、現場から適切な意見やアイデアが出ても、階層的に意思決定されるなかでかき消されてしまったり、意思決定に業務とは関係のない私情が影響してしまったりすることもあるでしょう。
他方、ホラクラシーの組織では、一つひとつのロールに目的や責務、それを遂行するための権限が定められています。
各ロールは自律した存在であり、自分の役割の範囲で意思決定が可能。その際、他のロールに助言を求めることはできても、許可なく干渉されることはありません。
こうした違いから、ホラクラシー組織では、
- 意思決定がより的確に行われる
- 業務の権限が線引きされているので、ロール同士が責任を押しつけ合ったり、すれ違いで業務を見落としたりすることも避けられる
- ロールの担当者は自分に期待されていること、他者に期待してよいかが明確になるので、自分の役割をよりうまく果たせるようになる
といったメリットがあります。
組織のルールは個々の声からアップデートされる
ホラクラシーの組織では、それぞれのロールの役割や組織運営の方法などのルールが、「ホラクラシー憲法」という形で明文化されます。
もちろん、ホラクラシーにおいて業務上の理想と現実のずれは生じます。しかし、そうした「ひずみ」は組織を改善する要素だとされているのです。
ホラクラシー憲法では、そういったロール担当者から上がったアイデアや不満の声などの「ひずみ」を尊重し、フィードバックする仕組みも決められています。その声をもとに民主的な方法でミーティングが行われ、ホラクラシー憲法の内容を改定することもあります。
※参考文献:ブライアン・J・ロバートソン『HOLACRACY』(PHP研究所、2016)
ホラクラシーはミッションとバリューズを体現する組織体系だった
ここまで見てきたように、ホラクラシーとは、さまざまな課題に応じて臨機応変に構造を変化させながら組織のパーパスを実現していくマネジメント法です。
では、ホラクラシーは実際にどのように実践されているのでしょうか。2022年からホラクラシーを使った組織運営に着手しはじめたNature株式会社の事例を紹介します。
Natureではどのようにホラクラシーを取り入れているのですか?
WORK MILL
塩出
現在、Natureには50名ほどのスタッフが在籍しており、業務は基本的にリモートワークです。ホラクラシーのセオリー通り、スタッフの一人ひとりはロールの担当者として発言権、意思決定権を持ち、全員がフラットな関係を築いています。
そもそも、なぜホラクラシーで組織運営をしようと考えたのでしょう。
WORK MILL
塩出
私たちのミッションやバリューズとの親和性がもっとも高い組織体系だと考えたからです。
Natureは「自然との共生をドライブする」をミッションに、再生可能エネルギー100%の未来を目指し、プロダクトやサービスを生み出してきました。
Natureのバリューズは「for nature」、「Creativity」(創造性)、「Liberty」(自由)。これらを体現するのは、個々が主体的に動けて、より高いポテンシャルを発揮できるフラットな仕組みなのでは、と。
なるほど。
WORK MILL
塩出
もともと初期のベンチャー企業は自然とホラクラシー的な動きになりやすいものです。しかし、社内の人数が増えると管理ができなくなり、組織を階層化しがち。
そこでNatureでは、組織が大きくなってもそれぞれの主体性や自律性が発揮できる環境を維持したいと考えていました。
とはいえ、チャレンジを始めたばかりなので、日々試行錯誤の連続です。例えば、ロールの目的や領域、責務の線引き一つとっても、課題が生まれては話し合って改善する、を繰り返しています。
ホラクラシーの価値観を共有するには?
そもそも「ロールを担当する人として仕事をする」ということ自体、慣れていない人には難しいのではないでしょうか。
WORK MILL
塩出
まさに、世の中で認識されている組織の動かし方と大きく異なること自体が、ホラクラシーを実践する難しさだと感じます。
ヒエラルキー型の組織を経験した人は、そのルールが体に染みついているので、その型に沿った考え方を自然にしてしまう。
そのため、杓子定規にホラクラシー憲法を作って実践するだけでは絶対にうまくいきません。どういう形でホラクラシーをなじませるのがいいのか、現実的なラインを模索する必要があると感じています。
上意下達でなく、またリモートワークが基本という環境で、どうやって組織運営の価値観を共有しているのでしょうか?
WORK MILL
塩出
2つの工夫をしています。ひとつは、週に1回、オンラインで開催する1時間半の全社会議のなかで、僕が考えていることを包み隠さず話すこと。組織運営に限らず、結論だけを伝えるだけでは響きにくく、理解もしづらい。だから、できるだけプロセスを共有しよう、と。
2つめは、全社員が参加して、いつもと違う場所で過ごす定期的なリトリートイベント。普段のコミュニケーションがオンラインだからこそ、密度の高い時間を意図的に設け、価値観を共有するとともに社内のつながりを強めたいという意図があります。直近のリトリートでは、個人のパーパスについて話し合うというテーマで開催しました。
組織運営で気をつけていることは何ですか?
WORK MILL
塩出
組織として動く上での効率性と、それぞれのメンバーの充足感をいかに両立するか、です。
例えば、全社会議や朝会では、業務とは関係のないパーソナルアップデートの時間を取ることにしています。仕事以外の面を知ることで、チーム内メンバー同士の親密感やチームで働くモチベーションを高め、メンバーの一体感や個々の能動性を育む狙いがあります。
ホラクラシーのメリットはクリエイティビティの高い人材を採用できること
塩出さんは、どんな点にホラクラシーのメリットを感じますか?
WORK MILL
塩出
「階層型の組織が嫌だ」と感じているクリエティビティの高い人材が採用できることです。
僕らは、言われたことを一生懸命やるのではなく、主体的に考えて新しいアイデアをどんどん出てくれる人と働きたい。ホラクラシーは、そういう人たちを惹きつけられる働き方なのだ、と実感しています。
従来型の組織で切り捨てられてしまう優秀な人材と出会えそうです。実際に働いているメンバーの反応はいかがでしょうか?
WORK MILL
塩出
大企業から転職した人ほど、「かつては本質的ではないコミュニケーションに時間を取られていたけれど、それがなくなってストレスがだいぶ減った」と話しますね。
従来型の中央集権的な組織では、上長の気分や無意味なこだわりに振り回されやすい。ホラクラシーの組織は、そうした意思決定ができない仕組みなので、適切なアイデアが生き残りやすいんですよ。
先ほどのように、ヒエラルキー組織的思考が新しいスタッフの邪魔になることはないですか?
WORK MILL
塩出
階層的組織では、自分がどうしたいか以前に、部の方針や上長の考えを慮らなければならない傾向にあります。その癖が抜けず、遠慮して意見が出せないという人は多いんです。
ただ、そうした人でも、周囲が主張をしているのを見続けると、「自分はこうしたい」という欲求が出てくる。だから、新しいスタッフが入ったときは、周囲が全力でエンパワーし、サポートするようにしています。
自分が意見を出し、それが肯定される。こうした経験で心地良さを感じたり、クリエイティビティを刺激されたりすると、主体的に関わろうというモチベーションが生まれるんですよね。
Natureが目指す「自然主義型」組織運営
今後、Natureの組織はどのように進化していくと予想されますか?
WORK MILL
塩出
まずは組織運営の仕組みを確立し、それにふさわしい人材育成ができるようにならなくてはいけないですね。そうでないと、会社のスケールが100人以上の規模にまで膨らんだときに、ワークしなくなるでしょうから。
また、事業が拡大していけば、その内容や大きさによって組織運営の方法を変えるという選択もあり得ます。
例えば、新規事業の立ち上げのようなクリエイティビティが求められるものはホラクラシー的な組織が適しています。一方で、ある程度スケールしたのち、一定の階層があった方が効率的に運営できる場合もあるとは思います。
Natureにとってホラクラシーは手段であって目的ではない、ということがよくわかりました。理想の組織運営の形を新たな言葉で定義するなら……?
WORK MILL
塩出
まさに最近、「自然主義型組織運営」が僕らの目指すものではないかと考えていたところです。
もともと「自然との共生」をミッションにしているだけでなく、人材開発でも自然主義、つまり人間のポテンシャルの解放、そのための人間の幸福というテーマに真摯に向き合うことを目指しています。
塩出さんの考える「人間の幸福」とはなんでしょうか。
WORK MILL
塩出
アドラー心理学でいう「共同体感覚」と「貢献感」をいかに感じるか、ではないでしょうか。それが高められるのは、やはりフラットで個々の主体性が尊重される組織なのだと考えています。
かつて、人間のエネルギー源はもっと豊かになりたいという「渇望」でした。しかし、人々が利他的な目的を果たすことに豊かさを感じるようになった現代においては、「共同体感覚」や「貢献感」が人を動かすエネルギー源になる。
個々人が自分のパーパスを実現しながら、組織としてのパーパスも実現できる。そんな組織の仕組みをこれからも模索し続けたいですね。
2022年7月取材
取材・執筆=有馬ゆえ
編集=鬼頭佳代/ノオト