ゲーム・マンガ・小説・動画……。多様なスキルを持つ、柳井政和さんの「無理をしない」働き方
ゲームやアプリの企画・開発、プログラミング系技術書やマンガ、小説の執筆、動画教材の制作など幅広い活動をしている、柳井政和さん。いくつもの顔を持つ柳井さんは、その原動力を「興味があるものをやってみる」ことだと話します。
「できること」を仕事に当てはめるのではなく、「やりたいこと」が自然と仕事になっていく――その働き方にはどのようなルーツがあり、どうやって多様なスキルを身につけているのでしょうか?
柳井さんの仕事論をうかがうと、モチベーションを保ちながらストレスなく働くための、「心の持ち方」が見えてきました。
―柳井政和(やない・まさかず)
クロノス・クラウン合同会社代表。大学卒業後ゲーム会社勤務を経て起業し、ゲームやアプリケーションの企画・開発、プログラミング系技術書などの執筆を行う。2016年、松本清張賞最終候補作を改題改稿した『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』で小説家デビュー。小説推敲補助ソフト「Novel Supporter」の開発者としても知られる。
「やってみよう」と始めたことが、仕事につながっている
小説やマンガ、技術書の執筆に、PC向けゲームやWebアプリケーション開発など、柳井さんはこれらの活動をお一人でやられているんですよね? 正直、自己紹介に困りませんか?
WORK
MILL
柳井
「いろいろやってます」くらいしか言えないですね(笑)。大体、毎月なにか違う仕事をしていますから。
この中で、最初に仕事になったのはどれなのでしょうか?
WORK
MILL
柳井
会社を立ち上げたのが20年前で、その時はアナログゲームを作っていたんですね。ところがあまり儲からなくて……。
どうしようかなと悩んでいたときに、iモード向けのシミュレーションRPGを作ることになって。デジタルゲームの開発はここからですね。
iモードということは、ガラケーの時代ですね。これはどういうきっかけだったんですか?
WORK
MILL
柳井
当時、「めもりーくりーなー」というフリーウェアを個人で開発して、2001年に「オンラインソフトウェア大賞」の入賞作品に選ばれたんです。
柳井
その時にオンラインソフト界隈の知り合いができたんです。その縁で、窓の杜というサイトの関係者の飲み会に行ったときに「携帯電話向けのRPGを作れる人はいないかな」という話が出て、「やります」と手を挙げたんです。そこから携帯電話を買いに行って……。
え! 携帯電話を持ってなかったのに、「ゲーム作れます」と言ったんですか?
WORK
MILL
柳井
元々、Javaで同人ゲームを作っていたので、多分できるだろうと思ったんです。実際、3ヶ月ほどでゲームは完成して、続編も何本か出せました。
おかげでお金と時間に余裕ができたので、そろそろ何か新しいことをしたいな……と始めたのが、小説執筆です。学生時代にTRPG(※)のサークルに所属して、同人誌をたくさん書いていたので、いい機会かなと思って。
※TRPG:テーブルトークロールプレイングゲームの略称。進行を務めるゲームマスターとプレイヤーが協力して、一つの物語を作り上げるゲーム。柳井さんにとって、TRPGで触れたルールやシステムが、ゲーム開発やプログラミング、小説のルーツになっているそう
デビューするまでに、どのくらいかかったのでしょうか?
WORK
MILL
柳井
大体10年ですね。それまでに50本ほど書き、いろんな選考に応募しました。
年5本のペースで書き続けるのはすごいですね。技術書を書き始めたのも、同じくらいの時期でしょうか?
WORK
MILL
柳井
技術書はiモードのゲームを作って5年くらい経ったころですね。「これからはAndroidが来る」という話があって、海外から開発機を取り寄せたんですよ。
そこから独学でゲームを作って、出版社にリリースを送ったら「本を書いてくれ」と。なので、日本でAndroidの実機が発売されたころには、もう本が出ていました(笑)。
話を聞いていると、「ちょっとやってみよう」と思ったことが、次々とお仕事になっていますよね。携帯電話を持ってないけどゲームを作ってみよう、時間ができたから小説を書いてみよう、Androidが来るみたいだから触ってみよう……。
WORK
MILL
柳井
たしかに、「これを仕事にしよう」と思って始めることって、あんまりないんです。まず興味が先にあって、やってみようといろいろ勉強してみる。それが結果的に、仕事につながってきたと思っています。
情報を発信する人に、情報は集まってくる
先ほど「興味が先にあって、そこから勉強する」というお話がありましたが、誰かに習ったり、スクールに通ったりしていたのでしょうか。
WORK
MILL
柳井
プログラミングも小説も、基本的には独学ですね。プログラミングは技術書やネットを調べて実際にやってみますし、小説は文章術の本を読んだり、プロの作家の文章を書き写したりして勉強していました。あとは、第三者にもチェックしてもらって。
完成した小説を、誰かに読んでもらっていたんですか?
WORK
MILL
柳井
小説をたくさん読む先輩に、チェックをお願いしていたんです。その人がすごく厳しくて、「ここ1ページ丸ごといらない」とボツにされたりするんですね。
めちゃくちゃ厳しいですね……!
WORK
MILL
柳井
でも、理由を聞くと納得するんです。「同じことを違う言い回しで書いている」とか。やっぱり作った本人の目だけでは、チェックに限界があります。その点、最近はネットに放流すれば検証ができるので、便利な世の中になりましたね。
たしかに。では、同じものづくりをする仲間同士で、情報交換をすることはありましたか? コミュニティに属して、人脈を作ったりだとか。
WORK
MILL
柳井
あまり積極的にコミュニケーションを図るタイプではないのですが……。人脈を作ろうと頑張るより、「何を作って発信する」ほうが、人とつながれる印象があります。
周りの人の役に立つ情報を発信していると、それを受け取った人から新しい情報をもらいやすい。小説推敲補助ソフトの「Novel Supporter」を開発したのも、小説界隈への“名刺代わり“でしたし。
ものを作って発信し、人とつながり、さらに情報を得てスキルを磨く……。となると、スタート地点にある「ものを作る」のモチベーションは、どこから来るのでしょうか?
WORK
MILL
柳井
私の場合、「作っている状態」がデフォルトなんです(笑)。放っておいても何か作っているから、それで食べていけるように、マネタイズやマネジメントを頑張っている感じですね。
「作る柳井さん」と「マネジメントする柳井さん」がいるわけですね。「マネジメントする柳井さん」は、「お金になりそうだから、これをやろう」とは言わないのでしょうか?
WORK
MILL
柳井
言わないですね。そこはやっぱり、興味があるものがスタートで、そのとき作りたいものを作っています。最近は3Dでマンガを作れるようなりたくて、いろいろ勉強を続けています。
ストレスなく働くための「性格に合わせた働き方」とは
「3D」で「マンガ」を作ることもそうですが、複数のスキルを掛け合わせるのも、柳井さんのお仕事の特徴だと思います。スキルの掛け合わせについては戦略的に取り組まれているのでしょうか?
WORK
MILL
柳井
戦略というよりは、性格でしょうね。世の中には「一つの物事を突き詰める人」もいれば、「いろいろやるのが好きな人」もいて、私は完全に後者なんです。同じことをやり続けると疲れてしまう、器用貧乏なタイプ(笑)。
器用貧乏かはともかく、後者のタイプなのはよく分かります。
WORK
MILL
柳井
今コレをやって、次にソレをやって、そろそろまたアレをやろうかと、グルグルと回っている。その輪の中で「今回は3Dをやってみよう」と挑戦すると、そのグルグルが螺旋を描くように登っていく。そうやってスキルが増えていったイメージですね。
なるほど。「螺旋を登る」というイメージはしっくりきますね。
WORK
MILL
柳井
器用貧乏タイプの方は、こうしてスキルを身につけるのがオススメですね。性格に合わないところで無理をしても、ストレスが溜まりますから。
興味があることを優先したり、性格に合わせたり、そうした「無理をしない」という姿勢も、柳井さんの働き方なのかもしれないと思いました。
WORK
MILL
柳井
ストレスは無いに越したことはないですから。やっぱり、性格は働き方に大きく関わると思うんです。「すごく忙しくてもいいからとにかく稼ぎたい」という人もいれば、「お金はそこそこでいいから自分の時間がほしい」という人もいるじゃないですか。
たしかに、その2タイプだけでも全く働き方が異なるでしょうね。
WORK
MILL
柳井
「とにかく稼ぎたい」タイプなら、どんどん依頼をこなして単価を上げる「受注型」のスキルを高めることになると思います。一方、「自分の時間がほしい」タイプなら、家賃収入や印税収入など、放っておいてもお金が入る「放置型」が理想ですよね。
自分の性格に合わせてスキルセットを組み合わせるのが、ストレス無く働くコツではないでしょうか。
モチベーションを保つために「勝利条件」を複数持つ
柳井さんはどちらかというと「放置型」だと思いますが、景気の動き次第で「今は受注型で行かなくては」と考えることもあるのでしょうか?
WORK
MILL
柳井
景気の良し悪しは、あまり気にしないようにしていますね。というのは、作って公開しておくと、1年後や2年後に仕事になる可能性も結構あるんですよ。常に何か発信しておくと、景気が良くなったときにアクセスが来たりするんです。
なるほど……! 実際に仕事になった例には、どんなものが?
WORK
MILL
柳井
例えば、『マンガでわかるJavaScript』は、もともと個人サイトで公開していたものに、書籍化のオファーをいただいて実現したものです。そのあとマンガでJavaの解説も作っていて、数年後にUdemyさんからオファーがあって、動画教材の仕事につながったりしています。
長い間発信し続けているからこそ、チャンスがやってくるわけですね。
WORK
MILL
柳井
そうですね。何か1つだけ作って発信が止まると、アクセスしようがありませんから。景気を気にするより、常時モチベーションを保って、やり続けることが重要かなと思います。
とはいえ……。発信を続けているのに、なかなか成果が出ないと、くじけることもありませんか?
WORK
MILL
柳井
それはですね、「成果が出るか出ないか」みたいにゴールを一つに決めると、失敗したときにストレスになるんです。なので、何かをするときは、勝利条件を複数設定するようにしています。
勝利条件とは……?
WORK
MILL
柳井
例えば、ゲームを作って販売するとします。普通は「これだけの売上が出ないと失敗」ですが、「完成できたら成功」とか「マーケットの雰囲気がつかめたら成功」とか、小さい勝利条件をいくつか設定しておくんです。そうすると「今回は2つ勝利条件を満たしたぞ」となるので、負けることがなくなります。
すごい! 勝ち方がいろいろあるのは、ボードゲーム的な考え方でもありますね。
WORK
MILL
柳井
そうですね。こういう風に考えておくと、チャレンジするときにテーマを意識できるんです。今回のテーマはこれだから、こうアプローチしようと考えて、ものを作ることができる。そうして、小さな勝利を重ねれば、モチベーションの維持にもつながります。
これはさっそく自分の仕事にも取り入れようと思います……! 最後に、柳井さんがこれからチャレンジしたいことを教えていただけますか?
WORK
MILL
柳井
3Dはもっと勉強しなくてはと思っていて……。あとは、発信のトレンドが文章から動画になってきているので、もっと動画編集に強くなりたいですね。
ますます自己紹介に困りそうですね(笑)。
WORK
MILL
柳井
本当ですね(笑)。新しいものを常に取り入れていきたいですが、かといって、最新のものを追い続ける必要はないかなとも思っています。
最新のものでも、古典でも、初めて触れる人にとっては等しく「新しいもの」です。自分が面白いと思うものを、どう再構築して世の中に発信するかを、もっと考えていきたいですね。
2022年2月取材
取材・執筆:井上マサキ
編集:野阪拓海(ノオト)