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地球を守るために「自然のファン」を増やす ー プロ・ナチュラリスト 佐々木洋

「プロ・ナチュラリスト」という職業をご存じでしょうか。

端的に表現するなら「プロの自然解説者」。日本ではまだ珍しいこの職業を生み出し、第一人者として活動しているのが佐々木洋さんです。

あるときは、トレードマークのタヌキの帽子で子どもたちに慕われる“ささき隊長”として。またあるときは、趣とユーモアのある語り口でシニアを虜にする“佐々木先生”として。幼稚園・保育園から自治体のイベントまで、佐々木さんはさまざまな場所から引っ張りだこだといいます。

なぜ佐々木さんはプロ・ナチュラリストとなったのか。プロ・ナチュラリストとして、どんな未来を目指しているのか。

場づくりやチームワークについての研究を重ねているオカムラの池田晃一が、豊かな自然が残る町田市の薬師池公園を巡りながら話を聞きました。

−佐々木洋(ささき・ひろし)
1961年、東京都出身。プロ・ナチュラリスト。日本自然保護協会自然観察指導員、東京都鳥獣保護員など、さまざまな立場で自然解説活動を展開した後、プロ・ナチュラリストとして国内外で活躍。自然観察指導、自然に関する執筆・写真撮影、講演、テレビ・ラジオ番組の出演・企画・監修、エコロジーツアーの企画・ガイド等の活動をおこなう。

−池田晃一(いけだ・こういち)
株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 リサーチャー。博士(工学)。場所論を専門とし、2012年からテレワークを含む柔軟な働き方の研究を担当する。日本さかな検定準一級を持ち、「地元の子どもたちにおいしい魚を食べてほしい」という思いから、自宅を拠点に「干物屋」も運営。

冬こそおもしろい「自然観察のポイント」

佐々木:この季節になると、薬師池公園はすっかり冬の雑木林の姿になりますね。僕は冬が好きなんです。落葉広葉樹の葉が落ちて光が届き、あたかもアートのように感じられるから。これで雪でも降れば、いっそう幻想的でしょうね。

池田:冬が好きというのは意外ですね。生き物は主に夏に活動するイメージですが。

佐々木:冬には冬の良さがあるんです。葉が落ちれば野鳥が見やすくなりますし、1年中いる鳥に加えて、国内の寒い地域や外国からやってくる鳥も見られるようになりますから。

佐々木:あそこにカイツブリがいますね。カイツブリは1年中ここにいるので、飛行機に例えるなら国内線でしょうか。季節によって海外へ飛んでいく鳥は国際線。つまりここは薬師池国際空港ということですね。

池田:なるほどなぁ。

佐々木:冬の魅力はまだまだあって、越冬する昆虫も見ることができます。冬になると虫たちは死に絶えてしまうと思っている人も多いかもしれませんが、実はいろいろな形で冬を過ごし、春に命をつないでいるんですよ。特に冬の自然観察の重要ポイントとなるのが人工建造物です。

佐々木:こうした東屋はワンダーランドです。テントウムシやカメムシ、クモなど、さまざまな生き物に出会えます。特に雪が降るくらい寒い日だと、たくさんの虫たちが人工建造物へ避難してきますよ。

池田:昆虫たちも暖を求めてけなげに頑張っているんですね。他に、この季節に注目したい生き物といえば?

佐々木:モグラもおもしろいですね。この公園ではアズマモグラを見かけます。ただ、モグラたちは本来、冬に見かける生き物ではないんです。モグラの世界にも温暖化の影響が表れていて。

池田:温暖化の影響?

佐々木:モグラのエサになるミミズは、寒い冬には地中深くに潜ってしまいます。そのためモグラも本来なら、冬は地上に出てくることがほとんどないはずなんです。しかし近年は温暖化の影響でミミズが地表に地表近くに残ったままで、一緒にモグラも地表付近まで出てきてしまう。

池田:なるほど。町田の自然から、地球の現状を知ることもできるんですね。

ー佐々木さん曰く、通称「モグラのチャーハン」。モグラがミミズを追いかけて地中を移動するときに、地表付近の土を押し上げることで生まれる。

自然観察会は「落語の高座」

池田:こうして佐々木さんと話していると、多彩な表現で自然の魅力を伝えてくれるので楽しいです。

佐々木:僕は物事を何かに例えるのが大好きなんですよね。一つのものについて、どれだけ多彩な表現で例えられるかがプロ・ナチュラリストの腕の見せ所だと思っています。

池田:自然が好きであると同時に、人前で話すことも昔から好きだったんですか?

佐々木:そうですね。高校生のころには落語家になりたいと考えていました。

池田:落語家!

佐々木:はい。先代の林家正蔵師匠へ弟子入りを志願したこともあるんですよ。結果的に落語の道には進みませんでしたが、僕は今でも、落語の高座に上がっているつもりで話しています。自然観察会では常にオチを考えていますね。たとえば……。

佐々木:あそこにカラスがいますね。「カーカー」と澄んだ声で鳴くのがハシブトガラスで、「ガァガァ」としわがれた声で鳴くのがハシボソガラス。ちなみにハシブトガラスは、たまにハシボソガラスの真似をして「ガァガァ」と鳴くんですよ。

池田:どうしてですか?

佐々木:はっきりとしたことは分かりませんが、特に意味はなく、ものまね遊びをしているんじゃないかと考えています。人間と同じで、生活に余裕が出ると遊びに目が向くんでしょう。すべり台で遊ぶカラスも同じですね。こうした遊びが知育につながり、さらにカラスを進化させていくのかもしれません。そのうち、人間の落としたスマホがカラスに拾われて、カラスからメールが来るようになるかもしれませんよ。これが本当のカラ(空)メール、なんてね。

池田:おぉ(笑)、すごい! まさかカラスの話題でそんなオチがあるなんて思いませんでした(笑)。自然観察会が人気となる理由がわかる気がします。

佐々木:現在では下は3歳くらいから、上は80代の方まで、幅広い世代に参加していただいています。僕は対象世代によって伝える表現も変えるんです。たとえばセミの抜け殻について説明するときに、シニアの方には「空蝉(うつせみ)ですね」と風流を感じてもらえるように伝えています。それぞれに響くボタンがあって、そこに適した表現がある。落語で言うところの「枕」が大切なんですよ。

わからないことがあれば、師匠を探して会いに行く

池田:佐々木さんが自然に興味を持ったきっかけは?

佐々木:僕は物心ついたころからフィールドワーカーでした。人生最初の記憶は、家の庭先にある植木鉢をひっくり返して虫を探していたこと。そうして成長し、20歳前後にはすでに自然観察会の先生をしていました。

池田:とはいえ、佐々木さんが活動を本格化するまで、プロ・ナチュラリストという仕事は認知されていなかったわけですよね。

佐々木:そうですね。僕自身、大学生のころから出版社で働いたり、学習塾で働いたりと、食べるためにいろいろな仕事をやってきました。「プロ」を名乗り始めたのは27歳のときです。日本ではほとんどいない存在だし、これだけで食べていけるのかわかりませんでしたが、自らプロを名乗ることで相応の責任感を持ちたいと思ったんです。

池田:自然についてはどうやって学んだんですか?

佐々木:僕は学校で専門教育を受けたわけではありませんが、師匠がたくさんいます。最初の師匠は母親でした。母は自然が大好きで、虫取りなどいろいろなことを僕に教えてくれましたね。それから、テントウムシに詳しい人、ハゼに詳しい人など、いろいろな人からちょっとずつ学んでいったんです。アカデミアの世界で活躍する先生方からもたくさん学んできました。

池田:そうした専門家とはどうやって出会うんですか?

佐々木:シンポジウムで出会ったり、取材先で出会ったり……。何か分からないことがあれば、その分野の専門家を探して会いに行くこともあります。せっかく専門の研究者が時間をかけて解明したのに、一般には知られていないこともたくさん。僕はプロ・ナチュラリストとして、そうした研究成果を誰でも理解できるように伝えていきたいと思っています。

自然を守るためには、自然のファンを増やしていくことがいちばん

池田:僕は個人活動として「干物屋」を開いているのですが、その関係で最近はワークショップの依頼が入って、SDGsをテーマに子どもたちの前で話す機会が増えてきました。でも、海の資源をどのようにして守っていくべきなのか、子どもたちに伝えるのは簡単ではなくて……。「人が活動すればするほど海が汚れていく」というネガティブな話は、子どもたちにはなかなか響きづらいんですよね。そうではなく、人間が豊かになればなるほど海も豊かになるような取り組みをしたいね、と伝えています。

佐々木:共感します。自然を守るという文脈ではよく人間を悪者にしがちですが、人と自然は本来対立するものではなく、人も自然の一部ですからね。

池田:まさに。

佐々木:自分たちの存在を地球上の生物の一部として肯定しなければ、究極的には人類は滅びなければいけなくなります。そうではなく、人も自然の一部だと自覚し、「自然のためになっていなくて、やらなくてもいいこと」を見つけて、ちょっとずつ減らしていけばいいのではないでしょうか。

池田:そのためには何が必要だと思いますか?

佐々木:僕は、自然を守るためには自然のファンを増やしていくことがいちばんだと考えています。殺伐とした雰囲気の反対運動や抗議運動をするよりは、自然のファンを増やすほうが早いんじゃないかと思うんです。そのために、言葉や文章、映像など、さまざまなツールを使って伝えるのが僕たちの仕事です。

池田:自然観察会に参加する人はもともと自然が好きな人が多いと思いますが、自然に興味がない人を惹きつけるために工夫していることはありますか?

佐々木:たとえば、「虫が苦手なお母さん」にも虫に興味を持ってもらうための方法がありますね。これはよく子どもたちから聞かれるんですよ。

池田:とても興味があります。

佐々木:いきなり虫に慣れてもらおうとしてもダメ。まずは昆虫図鑑や虫のぬいぐるみなどを見せて、「この中でどれだったら大丈夫?」と聞くんです。虫が苦手なお母さんでもテントウムシなら大丈夫だというケースが多いですね。そうしたらテントウムシを1匹、観察ケースに入れて、少しずつその存在に慣れていってもらいます。そのうちにお母さんもバッタに触れるようになるなど、徐々に虫への苦手意識が薄らいでいきます。

池田:魚も近いかもしれません。「魚を触るのが苦手」という人も多いのですが、実際は過去に魚のトゲで痛い思いをしたり、魚をさばくことへの面倒くささを感じたりしているのが本当の原因なんですよね。「最初にヒレを全部取ってしまえば痛くないですよ」「包丁を使わなくてもキッチンバサミだけでさばけるんですよ」などと伝えてあげれば、魚への苦手意識がなくなっていくんです。

佐々木:なるほど。ちゃんとしたやり方を教えてあげるわけですね。

池田:佐々木さんもまさに、自然との付き合い方を教えてくれているのだと感じました。

佐々木:僕は、最初から自然が嫌いな人って、いないはずだと思うんです。どんな人も「地球上の木がすべてなくなってしまえばいい」なんて考えていませんよね。

池田:はい。

佐々木:自然は本当に楽しいんですよ。知識がなくても楽しいんです。実際、バードウォッチングを10年以上続けていても、鳥の名前をあまり知らない人は少なくありません。「あの鳥、名前は知らないけどかわいいよね」って。それでもいいんです。楽しみ方は人それぞれだから。

夢は「エコリンピック」。どんどんライバルを増やしていきたい

池田:子どものころって、みんな自然が好きですよね。昆虫とか鳥とか魚とか。でも大人になると現実社会のことばかり考えて、そうした興味が薄れていきがちです。どうすれば佐々木さんのようなプロ・ナチュラリストが増えると思いますか?

佐々木:この仕事を、良い意味でのエンターテインメントにしなければならないと思っています。まっとうなやり方で自然の楽しさを伝え、それに対してしっかりと対価が支払われる社会を作りたいですね。10年後には、小学生のあこがれる職業として、YouTuberなどと並んでプロ・ナチュラリストが挙がるようにしたい。僕がこの仕事を始めようとしたときにはロールモデルはいなかったけど、今は少なくとも僕がロールモデルになれますから。

池田:佐々木さん自身が仲間を増やしていくことも考えているんですか?

佐々木:「弟子にしてほしい」と言ってくる若い人が増えていて、僕のできる範囲で、いろいろな知見を伝えています。ただ、僕がそうした若い人を抱え込んで組織にするつもりはありません。落語と同じで、弟子にはちゃんと教えますが、ゆくゆくは弟子たちがそれぞれ独立してファンを増やせるようになればいいと思っています。そうすればユーザー側も、自分の好きな「自然観察の先生」を選べるじゃないですか。

池田:そうなると、プロ・ナチュラリストとしてのライバルが増えてしまうのでは?

佐々木:僕はむしろライバルを増やしたいんです。自然観察者のライバルが増えれば、この仕事がもっと一般化していくはずですから。今は僕が大きなシェアを持ってしまっていますが、この状況が続いてほしくはない。ライバルを増やして切磋琢磨したいですね。

池田:ゆくゆくは、どのような規模まで関係人口を増やしていきたいですか?

佐々木:1つの都道府県に、「この人はプロだ」と言えるナチュラリストが10人くらいはいてほしいですね。それこそ落語みたいに流派や家元があってもいい。大きな夢としては、いずれ「エコリンピック」を開催してみたいと思っています。

池田:エコリンピック! 

佐々木:はい。全国から集まったプロ・ナチュラリストが自然観察の技術を競う一大イベントです。自然観察の道を歩む人が挑戦できる舞台として、年齢に関係なく開催できたらいいなと。

池田:ワクワクしますね。小学生が参加して、大人にはないユニークな観察眼で優勝してしまうかもしれない。

佐々木:そうなったら本当に楽しいですね。僕たちも負けないように頑張らないと。そのためにも、いずれは自分のフィールドを持って環境教育や自然観察に活かしたいと思っています。適度に手を入れながらも、その土地にもともとなかったものは持ち込まない。その土地のローカリティを守り、自然の原風景を残す活動もしていきたいです。

2021年12月取材
2022年2月1日更新

テキスト:多田 慎介
写真:宇佐美 亮