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【クジラの眼 – 字引編】第5話 CMF

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による連載コラム「クジラの眼 – 字引編(じびきあみ)」。働く場や働き方に関する多彩なキーワードについて毎月取り上げ、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。

 

 

今月のキーワード:CMF

 

はじめに

バブル景気に浮かれてセルマー社のテナーサックスを衝動買いしてしまった私。吹けもしないのにウン十万円もするサックスを購入したのは、その金色に輝くメタルのボディ、複雑かつ精妙な機構、手に取ってみたときのフィット感にほだされたから。言いようのない満足感に包まれて家路についた私でしたが、その後家の者とひと悶着あったのはご想像のとおりです。

 

私たちは家電や自動車、家具などの買い物をするとき、機能と価格とういう二つの要素を購入の判断基準にしています。それに加えてデザインの良し悪しも、気に入るか気に入らないかを左右する大きな要素です。何事においても見た目や手にした時の質感は大事。ファーストインプレッションが購入の決め手になることも少なくありません。今回は、そんなファーストインプレッションに大きな影響を及ぼす「CMF」を取り上げます。

 

                                            

 CMFとは                      

CMF【シーエムエフ】

すべてのモノにあるサーフェイス(表面)のこと。サーフェイスを構成する三つの要素、Color(色)、Material(素材)、Finish(加工)の頭文字をとって「CMF」と呼ぶ。

 

 

CMFデザイン

自動車や家電など私たちの身の回りにある製品のサーフェイスは、製品の企画者やデザイン担当者から基本コンセプトやターゲット、価格など製品にまつわるすべての情報をもとに、顧客ニーズやカラートレンドや技術情報などを加味して、使用する素材、質感、色が決められていきます。これがCMFデザインと呼ばれる作業です。近年の製品デザインは、スマホに代表されるようにシンプルになっていく傾向があります。スタイリングや機能で商品価値が創られていた時代に比べ、他社製品と差別化するためにCMFに対する期待は高まっているのです。

 

また、需要が頭打ちになっている既存製品を効果的に蘇らせる手段としてもCMFデザインは有効です。サーフェイスを刷新することで製品自体の機能はそのままに商品を再生することができるからです。写真は既存の事務用椅子をCMFデザインして新しい印象を生みだした事例です。

 

一つ目は、「視覚トリック」をテーマとしたオールメタリック仕上げ。既存の椅子を丸ごと銀鏡面塗装することで、背景が映り込み、周囲と同化する視覚トリックによる刺激を与えるデザインです。

 

二つ目は、「違和感」をテーマにしたものです。見る角度によって椅子の背の部分に女性の立体的なシルエットが浮かび上がる仕掛けになっています。

 

三つ目は、四季を持つ日本独特の感性「はかなさ」をテーマにしたものです。わずかな期間で散ってしまう桜のはかない美しさを表現するために、花びらを一枚一枚貼りつけています。

 

これらは極端な例ですが、CMFデザインは形や機能はそのままながら大きな世界観を変え、既存の製品とまったく違う価値を生み出すことができるのです。

 

既存のデザイン

テーマ1:視覚トリック

テーマ2:違和感

テーマ3:はかなさ

 

CMFが持っている力

CMFには、美しさ、品質向上、表面保護、コンセプト表現、機能性向上など様々な力があります。私たちは常にCMFから多くの情報を得ています。五感の中で視覚による情報は80%以上と言われています。そして形よりもCMFの方が心理的な影響は強く、私たちはそこから多くのことを想像し、予測し、記憶しているのです。楽しくなったり、愛おしくなったり、五感を通じて人の心にメッセージを伝えるCMFには色々なメッセージを生活者に届ける力があるのです。

 

 CMFの最新動向

ミラノサローネという展示会をご存知でしょうか。ミラノサローネはイタリアのミラノで毎年4月に開催されている世界最大規模の家具見本市『ミラノサローネ国際家具見本市』の通称で、世界各国から30万人ものインテリア関係者が集まる大きな展示会です。家具をはじめ、バス・サニタリーやキッチン、雑貨小物などが一堂に展示され、ここに行けば内装も含めたインテリアデザインの潮流や最新トレンドを知ることができます。2019年4月に開催されたミラノサローネの現場から、CMFの最新動向を探ってみることにします。

 

Blue Variation (C)
藍染め(インディゴ)をはじめ、グレイッシュなブルーや鮮やかなブルーなどブルーのバリエーションが多くみられた。家具などの製品から空間デザインまで、ブルーが多く用いられ、新鮮な印象を与えていた。

 

Earth Color (C)
落ち着いた赤、オレンジ、コーラルピンクなど温かみのあるアースカラーが多くみられた。同系色でまとめるコーディネート以外に、ブルーをアクセントとして用いるコーディネートが特徴的だった。

 

Soft Color (C+F)
オフホワイトやアイボリーなどのニュートラルカラー、ほんのり色みのあるニュアンスカラーが多く使われていた。丸みのあるフォルム、ふっくらとした張り方、触感などとの組合せによって「柔らかさ」や「心地よさ」が表現されていた。

 

Soft Touch (M+F)
ブークレやベルベット、ヌバックなど思わず触れたくなる生地が多く使われていた。「ふんわり」した触感の生地をアクセントとして用いたり、「しっとり」や「なめらか」な触感を複数組み合わせたりするコーディネートがみられた。

 

Natural Materials (M)
植物や自然光、自然素材を取り込む展示が多く、生活シーンだけでなく、ワークシーンにも、いかに自然の要素を取り入れるかが大きなポイントとなっている。また、クラフト(手仕事)への意識の高まりもあり、職人技の光るラタンやストロー素材が多くみられた。

 

Sustainability (M)
再生可能資源から作られたバイオプラスチック素材を用いた家具やインスタレーションが多く見られた。エコマテリアルへの意識はとても高く、素材だけでなく製品の作り方やプロセスに対する提案も積極的に行われていた。

Blue Variation

Earth Color

Soft Color

Soft Touch

Natural Materials

Sustainability

 

CMFを活かしたワークプレイスづくり

働き方改革が叫ばれる中、企業は組織の力を最大化するために、仕事を効率的に進めることのできる「場」やイノベーションを引き出す「場」のあり方を画策しています。また一方で外国人や子育て中の女性などを積極的に採用する動きもあり、働く人たちの多様性を受け止める「場」づくりも経営課題の一つに挙げられるようになっています。

 

働く「場」を巡るそうした動向に対応する働き方、オフィスの運用方法として注目されているのがABW(Active Based Working)です。これは、一人で集中して作業するとか仲間と情報交換しながらデスクワークする、数名で和気あいあいとディスカッションするとか1対1による面談をするなど、それぞれの作業内容に応じてそれを最もうまくこなせるような空間を用意しておき、働く人たちはその日そのときの自分の作業に応じてそれらの空間の中から自分が働く場所を選択して働く運用方式です。

 

それぞれの空間は様々な人たちがそこで行われる作業がしやすくする機能を持っていなければならないのは言うまでもありません。しかし、それだけでなく、作業内容に合った雰囲気(リラックス感、わくわく感、落ち着き感、上質感、居心地の良さなど)を利用者に感じさせる内装や家具を準備することも、作業の効率性を高めたりイキイキと楽しく働くためには大切なことなのです。さあそこでCMFデザインの出番です。

 

「CMFでオフィスを心地良く」をテーマに、オフィスで発生する様々な作業に相応しい環境を、色だけに限らず、触感や仕上げなどCMFが持つ3つの要素を組み合わせた3つの世界観を紹介しましょう。

 

 

Playful
“遊びゴコロのある開放感”

さまざまな人が集い、情報が活発に行き交うオープンな雰囲気。点在するさまざまな素材や色彩が、にぎわいのある空間を演出します。

 

Hygge
“親しみのあるリラックス感”

自然と会話が生まれやすいリラックスした雰囲気。あたたかみのある木の素材感と触り心地の良いファブリックが居心地のよい空間を演出します。

 

Immerse
“集中しやすい落ち着き感”

ひとりでもチームでも、腰を据えてじっくり仕事ができる雰囲気。人工的な素材とあたたかみのある素材との組合せが、クールすぎない、落ち着きのある空間を演出します。

 

 

 

 

CMFの課題

CMFはヨーロッパでは数10年前からその重要性を認められてきたので、CMFデザイナーという職種が確立されています。しかし日本では未だCMFという言葉そのものが認知されているとは言いがたい状況にあります。生活者の購買意欲をかきたてる重要な要素であるにもかかわらず、CMFを専門に考えている人は大変少なく、製品をつくる過程では、まず機能を含む企画がなされ、形状のデザインが決まった後にようやく色や素材、仕上げを考えるというのが一般的な開発工程でしょう。

 

けれども生活者が最初に見て気にするのは製品の表面です。その部分のデザインを専門的に考える職種が確立されていないのはおかしな話なのかもしれません。CMFデザインという思想が日本に根づき、魅力あふれるサーフェイスを持った製品が数多くショーケースに並ぶ時代を早く迎えたいものです。

 

 

おわりに

CMFがきちんとデザインされたモノとそうではないモノが並んでいたら、私たちは間違いなく前者を手に取ることでしょう。CMFデザインには、そのつもりは無かったのに、ふと目に留まり手にした生活者にそれを買わせてしまう力があるのです。生活者の感性を刺激するCMFデザインは「衝動買いを後押しする悪魔のささやき」なのかもしれません。

 

でもCMFを気に入ったモノは「なんでこんなモノ買ったんだろう」と使わず仕舞いになる衝動買いにはならないはずです。購入者の生活を豊かで彩りに満ちたものにしてくれるに違いありません。ですから前言は次のよう訂正しなければなりません。CMFデザインは「素敵な衝動買いを後押しする天使のささやき」と。

 

冒頭にカミングアウトした私のテナーサックスだって完璧なCMFデザイン。30年経ってもその輝きが曇ることはありません。眺めるだけで100%以上の幸せを感じる毎日を提供し続けてくれているのです。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回お会いする日までごきげんよう。さようなら!

 

■著者プロフィール

ー鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』など。

 

■働くを考えるシリーズ(字引編) 過去掲載記事
第1話 チェンジマネジメント
第2話 WELL認証
第3話 コラボレーション
第4話 コミュニティマネジメント

 

2019年8月15日更新

テキスト:鯨井 康志
写真:岩本 良介
イラスト:
(メインビジュアル)Saigetsu
(文中図版)KAORI
参考文献:「CMF DESIGN EXHITION vol.3」

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