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人材育成、教育に“脳”からアプローチ ― DAncing Einstein・青砥瑞人さん

「メンタル」という言葉を、誰しも一度は使ったことがあるでしょう。昨今の働く現場でも、メンタルヘルスやメンタルケアなどと、心に関するアプローチの重要性が叫ばれています。けれどもその実、「メンタルとは何か? 心とは何か?」という根本の問いと向き合うことを、私たちは疎かにしがちです。

  そんな疑問を突き詰めて、海外で神経科学を修めるまでに至った、DAncing Einstein代表の青砥瑞人さん。彼は今、その知見を教育現場や企業に応用して「よりよい学び、よりよい働き」を生み出す取り組みを、さまざまな場所で手がけています。脳への理解、心への理解を深めることは、私たちの行動や労働にどんな変化をもたらしてくれるのでしょうか。

前編では、青砥さんが脳神経科学に興味を持った背景や、研究者ではなく起業家という道を選んだ経緯について、詳しくお話を伺いました。

高校中退からUCLAに向かうまで

WORK MILL:青砥さんが脳神経科学に興味を持ったのは、いつ頃、どのようなきっかけからだったのでしょうか。

青砥:大体20歳くらいの時だったと思います。ちょうどフリーターのような生活をしていた頃でしたね。

ー青砥瑞人(あおと・みずと) DAncing Einstein Co., Ltd. Founder & CEO
日本の高校は中退。その後、アメリカのUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の神経科学学部に入学し、2012年に飛び級で卒業。2014年10月に「DAncing Einstein Co., Ltd..」を設立。以降、脳神経科学の研究成果を教育や企業の人材育成の現場に生かすプロジェクトを多数手がける。脳×教育×ITをかけ合わせた「NeuroEdTech」分野の第一人者で、ヒマさえあれば医学論文を読み漁る脳ヲタク。

WORK MILL:ということは、大学には行かれてない?

青砥:大学どころか、高校も2年生の時に中退しているんですよ。小学生の時からずっと野球一筋の生活をしていて、高校も野球をするために入ったようなものでした。けれども、ケガをして野球ができない体になってしまって。学校で勉強する意味も見出せず、辞めてしまったんです。そこから5年くらいは中退も響いて、いろんな意味でかなり暗黒時代でした。。周りの同世代の友人たちが就活モードになって、ようやく「自分はこれから、本気で何をしていきたいんだろうか」と真剣に考え始めました。そこで、ふと思い出したのがことがありました。

WORK MILL:それはどんなことですか。

青砥:僕が小学校の時から野球の指導を受けていた監督が、精神面の鍛錬を重視する人だったんですね。少年野球の練習の中に、丹田呼吸法や瞑想のようなことも取り入れていて、僕らはわけもわからずそれらを実践していました。「そう言えば、試合前に瞑想するのとしないのとでは、自分のパフォーマンスが大きく変わってくる実感もあったな・・・」なんてことを思い出したら、急に「あれってどういう仕組みなんだ?」気になってきてしまって。

WORK MILL:心とはなんだ、と。

青砥:自分なりに本を探して調べてみると、どうやら「メンタルを鍛えるとパフォーマンスが向上する」のは事実で、それは脳と深く関係しているらしい、ということがわかって。でも、いくら調べても「脳がどうなっているか?」は、どこにも書いてないんです。しかも、勉強してひとつ理解できたと思ったら、その先にまたわからないことが無数に出てくる。調べれば調べるほど謎は深まるばかりで、未知すぎて、面白すぎて!

WORK MILL:その脳への好奇心が、脳神経科学への道とつながっていったのですね。

青砥:そうですね。脳を詳しく知るためには、やっぱり医学部に行かなきゃな、と思ったので。

WORK MILL:日本の大学ではなく、UCLAという海外の大学に行くことを選んだ決め手は、何かあったのでしょうか。

青砥:はじめは日本の私大で、学費が比較的安いところに行くつもりでした。1年半くらい猛勉強して臨んだ初めての受験で、1次の筆記試験は全部受かったものの、2次の面接で全部落とされてしまって。気持ちを入れ替えて、次の年は面接対策も入念にやってから受けたのですが、同様にまた面接で全滅でした。これは困ったなと、いろいろな人に相談をしてみたら…憶測ではあるのですが、「年齢に加え、どうやら“高校中退”の学歴が響いているかもしれない」ということがわかってきて。医学部の道は厳しいのかなと落ち込んでいたところ、外国人の友人に「実力で勝負したいのなら、アメリカに行ってきな!」とアドバイスをもらったんです。

WORK MILL:それまでに留学を考えたことは?

青砥:まったくありませんでした。「なんで日本人なのに英語を勉強しなきゃいけないんだ!」とか言ってたくらい、興味がなくて。けれども、「sports」と「brain」というキーワードでアメリカの大学を調べてみたら、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)が出てきた。スポーツも強いし、脳の研究機関としても世界的に重要な拠点になっているらしいと。それを見てから気になって仕方なくなって、1週間後にはアメリカに飛んでいました(笑)。実際にUCLAのキャンパスを訪れたら、超広大で美しいキャンパスで。脳関連の研究棟だけでも4、5本ビルが建っているんです。勝手に授業にも潜ったんですけど、先生も学生もみんな真剣に勉強していて…僕にとってそこは「絶対ここに入ってやる!」と決意させるくらい、夢のような世界でした。

原動力は「脳について知りたかった」

WORK MILL:それから青砥さんはアメリカに渡り、現地のコミュニティカレッジで好成績を残して、見事UCLAに編入されました。夢のような環境での学生生活は、どんなものでしたか。

青砥:正直、めちゃくちゃツラかったです(笑)。授業のレベルは世界最高峰で最先端、ただでさえ理解がついていかない内容なのに、自分は英語の聞き取りすらままならない。加えて、学費の節約のために奨学金や飛び級も狙っていたので、人の倍くらいクラスを取っていて。ついていけない授業は録音して、その日の夜にすべて書き起こしをしました。授業だけではなく、研究室での活動もあります。医学的にも脳にアプローチしていきたいと思っていたので、医者になるための勉強もしていたのですが、その道に進むには病院でのボランティアも必要になってきます。

WORK MILL:話に聞くだけでも、相当な忙しさですね。

青砥:日々の授業に、研究に、ボランティアに、予習復習に…と詰め込んでいたら、もう物理的に寝られない。試験前で2時間睡眠が2週間くらい続いた時には、なんだか体中がピリピリしていて、右足を引きずって歩いていたりして。神経系の勉強をしているのに、神経をやられはじめるなんて皮肉ですよね(笑)

WORK MILL:それほどまでに追い詰められても頑張れたのは、なぜなのでしょうか。高校中退というキャリアからUCLAに至れた青砥さんのバイタリティには、並々ならぬものを感じます。

青砥:なんでしょうかね…あまり特別なことはなくて、ただ単純に「脳について知りたい」という好奇心が強かったんだと思います。不思議すぎて知りたくてしょうがなくて、一つずつ知れること自体が楽しくて快感でした。脳を知るためには、数学・統計学・生物学・化学・物理…さまざまな学問をあらゆる角度から修めていかないと、理解できないんです。UCLAに行くためには全部やらなければいけなかったし、入った後もさらに勉強する必要があった。それでも、すべて脳を知るために必要なツールだと思えば、なんら苦にはなりませんでした。

WORK MILL:未知を知る楽しみにあふれていたと。

青砥:あ、肉体的には苦しかったですけどね(笑)。UCLAに入ったら、ほとんどのクラスが脳についての勉強でした。難しすぎて、内容の5%も理解できない。けれども、それはほかの学生も一緒だったんですよ。いつも教壇にはボイスレコーダーが100個くらい置いてあって、みんな暇さえあれば24時間空いている自習室にこもっていて。図書館の机には何十本もレッドブルが並んでいました。そう、僕だけがつらいわけじゃない。天才的と思える周りの同級生たちも、必死で努力している。そういう仲間たちと切磋琢磨できたから、最高の環境への感謝を忘れることなく、楽しみながら頑張れたんだと思います。

脳と教育が結びついた瞬間

WORK MILL:先ほど「医者になるための勉強をしていた」と言っていましたが、現在は起業されて、教育分野や人材育成の領域に注力されていますね。「脳神経科学を教育に活用していく」という方向性を見出すまでの経緯を、ぜひ聞かせてください。

 
青砥:アメリカで脳神経科学の学位を取った後、僕は一度日本に帰ってきて、コンサル会社に就職しました。その時は働いて学費を貯めてから、またアメリカに戻って、医者になるための勉強しようと思っていたんです。

不思議なことに、日本に戻ってきてから、就活中の大学生と会う機会が増えました。Facebookでメッセージが来て、「お話を聞かせてくれませんか?」と声をかけられるんです。高校中退してからUCLAに行ったというキャリアが、もの珍しく思われたのかな。実際に会ってみると、皆トップレベルの大学に通っていて、有名企業から内定をもらっているような子たちがほとんどでした。ただ、みんな目が死んでるんですよ。「このまま社会に出ていいのかな」という不安でいっぱいになっている。

WORK MILL:そういう学生たちに、何かアドバイスを?

青砥:そんな大層なことではないんですけどね。週末に彼らと対話する場をつくったんです。相談に来た学生10人くらいを集めて、彼らの話を聞きながら「何をやりたいの?」「それをやるためにはどうすればいいと思う?」と、ひたすら質問をしていくような会でした。ビックリなんですけど、半年くらい続けていたら、そこにいた学生のほぼ全員が内定先を蹴ったり就職を遅らせたりしたんですよ(笑)。それから、自分のやりたいことを突き詰めるために、アフリカやスウェーデン、ハーバードなど世界各地に旅立っていきました。

WORK MILL:それはすごいですね。

青砥:彼らの成長過程を目の当たりにして、「人の成長の側にいれるって、なんてワクワクするんだ!」と感じたんです。そして、「この楽しくて仕方がない“脳”と“教育”を組み合わせるような仕事ができたら、僕にとってはハッピーすぎるぞ」と気づいてしまって。

WORK MILL:その気づきが、今の活動のスタート地点になったと。

青砥:そうなんです。それからはいても立ってもいられず、すぐにコンサル会社をやめて、「脳×教育」の可能性を模索し始めました。リサーチをしてみると、アメリカでは教育と神経科学を結び付けた「Educational neuroscience」という新しい学術分野が立ち上がっている、という情報を発見して。「これだ!」と思って、研究者たちに話を聞きに行くために、再びアメリカへ飛び立ちました。

現場と繋がるために立ち上げた「DAncing Einstein」

青砥:アメリカでたくさんのEducational neuroscienceの研究者を訪ねる中で、僕にとって大きなターニングポイントとなる出来事がありました。それは、ジュディ・ウィルスという先生との出会いです。彼女はもともと脳神経科のドクターだったのですが、「脳のナレッジは人々の成長に寄与しうる」との気づきを得てから、教職免許を取り直して、学校の先生になったんですよ。そして、最新の脳に関する研究結果を、教育現場にどうやって生かしていくか…という課題に取り組んでいて。

WORK MILL:まさに青砥さんの着眼点と近しいですね。

青砥:彼女に会って僕の考えていることを話したら「それはとてもいいポイントね」と同意してくれて。その上で、「あなたはこれからどうしたい? 研究がしたいの? それとも現場に立ちたいの?」と問いかけられたんです。この瞬間、自分の行くべき道がはっきりと見えた気がしました。そうか、今までずっと研究をしてきたけど、僕が本質的に求めているのは「知ること」で、さらには「知り得た知識を生かすこと」なんだと。

WORK MILL:なるほど。

青砥:それを彼女に伝えたら「じゃあ、あなたが今後やらなければいけないのは、現場を知ることよ」と。僕にはアイディアはあったけど、教育現場の実態については、まったく知らなかった。現場を知らない限りは、何を言っても机上の空論になってしまいます。

WORK MILL:そこから、教育現場にアプローチされるようになった?

青砥:いえ、最初はまったくうまくいかなくて。日本に戻ってきてから、いろんな学校に「お金はいらないので、こういうプロジェクトをやらせてもらえませんか?」と連絡したのですが、ほとんど音沙汰がないか、門前払いでした。「教育現場に入りたいけど、なかなか厳しそうだな…」とへこんだのですが、よく考えてみると、それも当たり前だなと気づいたんです。いくら学位はあると言っても、当時の僕は教育現場の人から見たら、ただの“無職の怪しい人”だったわけですから(笑)「教育現場の人たちに信用してもらうためにはどうしたらいいか」と考えた末に、会社をつくって、事業としてちゃんと成り立つようにデザインしていこうと決めて。

WORK MILL:そこで設立されたのが、“未来の教育と学習をデザインする”というコンセプトに掲げた「DAncing Einstein(ダンシング・アインシュタイン)」なのですね。

青砥:そうなんです。それで「脳神経科学を教育や人材育成など“ヒトの成長を支援する分野”へ応用していきます」と打ち出していきました。すると、学校の先生から相談が来るようになって、彼らの課題解決を遠隔でサポートすることから始めて。サポートをするようになってから、クラスがいい方向に変わっていったりして。そういう事例を一つずつ増やしていったら、現場の先生が校長先生とつないでくれて、少しずつ学校にも行けるようになっていってたんです。

WORK MILL:地道に成果を積み重ねながら、教育現場の信頼を得ていったと。

青砥:最近になって、現場に入り込んだプロジェクトもやらせてもらえるようになってきました。ようやく、やりたいことのスタートラインに立てたかなと感じています。


前編はここまで、中編では青砥さんの企業向けのアプローチに焦点を当てながら、脳神経科学の“働く現場での応用”について、掘り下げていきます。

2019年1月29日更新
取材月:2018年10月

 
テキスト: 西山 武志
写真:大坪 侑史
イラスト:野中 聡紀