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ワーク・ライフバランス・小室淑恵さんが説く「働き方改革の本質」

WORK MILLエバンジェリストの遅野井が、気になるテーマについて有識者らと議論を交わす企画『CROSS TALK』。今回は、株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長の小室淑恵さんをお迎えしました。

 

ワーク・ライフバランスコンサルティングのパイオニアとして、数々の企業や団体を変革する一方、「霞が関の働き方改革を加速するための懇談会」座長を務めるなど、まさに働き方改革の旗手として精力的に活動されています。そんな小室さんに、改めて働き方改革をめぐる状況とワーク・ライフバランスのいまについて伺ってみました。

 

前編では、働き方改革の本質的な意義やそのあり方について、企業の取り組みから探っていきます。

 

採用難の切実さが「働き方改革」を促す

遅野井:ようやく、個人的には念願叶っての対談なんです。

 

ー遅野井宏(おそのい・ひろし)WORK MILL エバンジェリスト・編集アドバイザー
ペルー共和国育ち、学習院大学法学部卒業。キヤノンに入社し、レーザープリンターの事業企画を経て事業部IT部門で社内変革を担当。日本マイクロソフトにてワークスタイル変革専任のコンサルタントとして活動後、岡村製作所(現 オカムラ)へ。これからのワークプレイス・ワークスタイルのありかたについてリサーチしながら、さまざまな情報発信を行う。株式会社オカムラ はたらくの未来研究所 所長。

 

小室:こちらこそ、ありがとうございます。

ー小室淑恵(こむろ・よしえ) 株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長
2006年に起業し、働き方改革コンサルティングを約1000社に提供。主催するワーク・ライフバランスコンサルタント養成講座は全国に約1600人の卒業生を輩出。政府の産業競争力会議民間議員、経済産業省産業構造審議会委員、文部科学省中央教育審議会委員、厚生労働省年金部会委員、内閣府仕事と生活の調和専門調査会委員などを歴任。最新刊は『プレイングマネジャー「残業ゼロ」の仕事術』(ダイヤモンド社)。

 

遅野井:僕が働き方改革……働き方そのものをテーマとして感じるようになったのが、まさに10年前のこの本がきっかけだったんですよ。

 

小室:2008年に出した『キャリアも恋も手に入れる、あなたが輝く働き方』ですね。懐かしい(笑)。男性が手に取るにはちょっと毛色の違う本かもしれませんけど、どうして気になったんですか?

 

遅野井:それまでキヤノンで、組織の中だけで仕事が完結する部門で働いていたんですけど、少しその流れから外れて、社内改革をする部門へ移ったんです。それで、いろんな情報を集めようと立ち寄った本屋で見つけたのがこの本で、ちょうどそこで開催される講演会にもエントリーして。それが本当に、最初の行動を起こしたきっかけだったんです。そこで「なるほど!」と道が開けて、何度も何度も本を読みました。今日はその恩人のひとりと対談する、ということで。

 

小室:そうだったんですか…。遅野井さんも今やその道のプロですもんね。久々にお会いしたときには驚きましたよ(笑)

 

遅野井:ハハハ(笑)、その節は本当にお世話になりました。しかし、あの頃と比べると働き方をめぐる議論は大きく様変わりしていますよね。今年6月には関連法案も成立し、来年4月から順次施行されることになっています。まさにそのさなかにいらっしゃる小室さんから見て、いまの状況はいかがですか。

 

小室:前職までさかのぼるとかれこれ20年くらい、働き方改革に関わってきたわけですけど、少なくとも起業して12年のあいだに信じられないくらい大きく変わってきたとは思います。なかでもこの2年の変化は劇的なくらい。かつて働き方改革に取り組む企業と言えば、比較的障壁が少なく、変革意識も高い企業や組織中心でしたが、いまは「外的要因が多いからムリ」とあきらめていたような企業でも、しっかり経営陣の合意形成を行なったうえで改革していこうという企業が大変増えました。

 

遅野井:それだけ、労働環境改善に対する危機感が高まってきたということなのでしょうか。

 

小室:法改正が大きな一つのきっかけですね。政府が2016年から働き方改革担当大臣を任命して、国として働き方改革を法整備に盛り込むのだと、強い本気度で進めたことは、産業界にも大きなインパクトをもたらしたと思います。また、人材不足が鮮明に表れてきたことで、「いままでの採用手法の延長線上では、なかなかいい人が見つからない」どころか、本当に「仕事が受注できないほど人材が採れない」くらい危機的な状況になってきました。そうなると労働環境の悪い会社はますます人材を採用できなくなってくる。この1、2年のあいだに経営者や企業側にもその危機感が募り、改革せざるを得ない状況になってきた、ということですね。

 

遅野井:人手不足の影響が出てくるのはまず地方からだと思うのですが、いかがでしょうか。

 

小室:当初は地方の中小企業のほとんどが、人手不足の問題と働き方の問題を結びつけることができなかったんですね。むしろ「なかなか人が採用できない中で、働き方改革なんて無理」という思考停止になってしまっていた。けれども岩手県や三重県などは、県を挙げて戦略的に取り組みました。私たちはもう3年前からこれらの自治体と組んで、中小企業の働き方改革をやってきたんです。そうしたら、取り組んだ企業で採用力がぐんとあがる事例が数々生まれてきました。働き方を変えれば組織の魅力が高まり、「他県から越境してでもここで働きたい」という人が現れるくらい、本当にパワーのあること。そういった事例が可視化されたことで、この流れはグッと加速してきたと思います。

 

遅野井:地方のほうがこれまで後手にまわっていたぶん、ドライブしやすい状態にあるのかもしれませんね。

 

小室:中小企業の経営者がやる気になりさえすれば、実は意識改革するにもやりやすいんですよね。トップの「やるよ」の鶴の一声で社員は本気になりますから。取引先とのパワーバランス的に負の影響を受けやすいところは確かにありますが、トップの意思があれば取引先との関係も互いにwin-winな形で変えていけた事例が多いのです。

 

遅野井:ただ、歴代に渡って社長を務めてきたオーナーや、長年勤めてきたシニア層の方々の意識を変えていくのは難しいのでは?

 

小室:個人単位で考えると、カンタンに意識が変わるわけではありませんが、一方で40、50代の方やシニアの方にとって、目の前の課題として現れているのが介護問題なんです。自分と同世代の人が自分の親や家族の介護をするために休職したり、退職したりを余儀なくされている。そうやって、自分の身の回りの切実な環境変化が現れてくると、それまで「時短勤務をされるとこっちが困る」とか、「仕事一筋で頑張らないと成果は出ない」と考えていた方々も、大介護時代への危機感が高まってきました。働き方改革は「会社の残業代削減のため」という認識だったり、「子育て中の若い世代のため」と、どこか他人ごとだったのを、自分にも関係あることなんだ、と身をもって実感してくるんです。

 

遅野井:自分自身が会社で働きつづけていくためには、新しい改革の波に乗っていかなければならない、と。

 

小室:そうですね。それと、定年延長という問題もあって、人が足りないから定年以降も勤務しつづけてもらえないか、と求められることがあります。すると、60歳過ぎて「週5勤務フルタイムで、残業アリ」って、ものすごくつらいんですね。これまでのような働き方はムリだから、他の会社に再就職して…と考えると、それはそれで高いハードルになる。一からまったく別の業界、職種で働くのは難しいですよね。それなら、これまでの自分をよく知ってくれていて、自分も勝手のわかる会社で、少し違う働き方ができれば、自分にとっても会社にとってもwin-winになる。
よく、ボーリングの「センターピン」にたとえるんですけど、「働き方改革」というセンターピンを倒せば、その周辺にあるさまざまな課題もいっぺんに倒れてストライクを狙える──。そういったことがまさにいま多くの職場で起こっているのだと思います。

 

均質性の高い日本企業に突きつけられたイノベーションのジレンマ

遅野井:地方の中小企業が変わりつつある一方で、大企業はいかがでしょう。

 

小室:そうですね。私から見ていると、変化のいちばんの動機になったのは、「こんなにイノベーションを起こせない自分たちのあり方はどうなんだろう」という自己反省だったと思います。私が大企業の役員向けの研修で導入としてよくお話するのが、市場戦略について。人件費もどんどん高くなっていくなか、いつまで経ってもレッドオーシャンを攻めつづけていては利益も取れない。イノベーションを起こして、ブルーオーシャンへ乗り出さないといけませんよね、と。それには納得してくれるんです。そうだそうだ、と。じゃあ、会社にイノベーションを起こせるだけの人材の多様性ってあるんですか?と問いかけると、ハッとした表情になって。「そこか…」みたいな(笑)

 

遅野井:多様性…ないですからね(笑)

 

小室:同質的な人が集まって、会議室でどうしよう、どうしようと毎日知恵を絞って、昨日と大して変わらないようなプランをひねり出してる。イノベーションは、気合い入れても起こりませんから(笑)。そんなやり方をもう何十年もつづけてきた自分たちの組織構造自体に問題があるんじゃないか、と。さらには、グローバルにおいても負け組になってきている大企業にとって、かつての高度経済成長期に最適化して「男性中心・長時間労働万歳・同質性重視」で組織を整備してきたのが、いまアダになっていることに気づかされるわけです。皆さん、思い当たる節があるんですよ。「24時間働けますか」と、マッチョに働けない人を切り捨ててきたことに。企業の役員会で研修講師を務めさせていただくときは「結果として、今日もみごとに均質化したメンバーで意思決定しているんすよね?」と投げかけると、皆さんお互いに顔を見合わせて、同年代の男性だけが揃って座っている自分達に「ギクっ!」となる。
さんざん「失われた20年」かそれ以上の時間、イノベーションを起こせずに苦しんてきた企業にとって、何かひとつ変えるだけでその糸口をつかめるなら、そしてそれが働き方改革かもしれないなら、やる意義はあるのではないか──。という危機感ですね。

 

遅野井:日本企業はまだまだトップダウン型の組織が多いですから、経営層が変われば大きく変わっていくかもしれませんね。

 

小室:社長の理解は比較的早いんです。でも役員となると意識にもバラツキがある。それこそ、営業出身の「鬼軍曹」みたいな人は、最後の最後まで自己否定との戦いに苦しむことになります。これまでの自分のやり方を否定することになりますから。でも、どんなにいろんな方法を試してもなかなか売上が上がらないなかで、「もしかして…原因は俺なのか」という思いに至る。そうやって悩み苦しみながらも。試行錯誤して進んでいこうとしているんです。

 

遅野井:大企業の中間管理職や現場レベルではいかがでしょうか。

 

小室:働き方改革において中間管理職はとても重要な立場です。その中間管理職が、いちばん「やってはいけない」のが、「働き方改革の必要性意義」を部下にうまく説明できないので「きっと労基署に入られたんだよ」とか、「うちの会社もそろそろ残業代出せなくなってきたんじゃない」などと、部下のモチベーションが下がるような説明をしてしまうケースです。部下からすれば、「この会社はもう先がないんじゃないか」と不安になりますし、それまでさんざん「数字を出すまでやれ」とか言っていたリーダーが、いきなり「働き方改革」とかどの口が言うんですか、と裏切られた感覚になる。中間管理職が、自分のこれまでのロジックをうまく転換できなくて、いい加減な説明でお茶を濁してしまうことが一番まずいですね。
「コスト削減策だ」と誤解するとと、現場は守りに入ってしまうんですね。「残業代を減らされないようにするためにはどうすればいいか」と、いかに現状の残業が必要なのかを主張しようとするんです。「いままでも無駄に残業をしているわけではないし、人員も誰ひとり無駄はいない。だから今後も月間1人平均60時間の残業が必要なんです」と全力で抵抗するんです。

 

遅野井:長時間労働が改善されるはずなのに、現場の反発を招いてしまう、と。

 

小室:「労基署に指導されたから」と表面的な理由で説明してしまうと、「じゃあ帰りますけど、お客様にご迷惑をかけてしまうけど、それでもいいんですか?」と、モチベーションや、組織に対する信頼が下がってしまう。もっと最悪なパターンになると、「残業は削られるけど、仕事量を減らしてはいけない」という考えに陥って、タイムカードを切らずにサービス残業してしまう、あるいは家にデータを持ち帰って個人所有のPCで作業をする、なんてことにもなりかねない。そうすると、会社が把握しきれないところで長時間労働が常態化したり、情報漏洩するコンプライアンス違反も起こりうる。
まず最初に、中間管理職自身が、なぜ組織として働き方改革を行うべきなのか…それは市場に価値をもたらすためにこそ必要なことなんだということを、部下に説明できるレベルで腹落ちすることが大切なのです。

 

遅野井:小室さんのYouTube動画や、書籍でも書いている人口ボーナス期・オーナス期の変化などを見て、自分の言葉で部下に説明できるようになるといいですね。

疑心暗鬼の従業員は働き方改革を受け入れられない

遅野井:働き方改革関連の議論のなかで、ホワイトカラー・エグゼンプション※1も検討されていました。その是非はさておき、働き方改革の本来的な意義を現場レベルで合意形成できていないがために、どこか表層的な議論に終わってしまっているような気がするんです。

 

小室:まさにそうですね。すでに長時間労働になっている組織では、根底にあるのは、従業員たちが経営層に対して抱いている不信感です。経営層が自分たちの健康や幸せを真剣に考えて、適切な選択をするはずがないと思っています。ホワイトカラー・エグゼンプションを悪用するために導入したいのだろう、と。

 

遅野井:メンバーに裁量を持たせ、労働時間でパフォーマンスを測るのではなく成果で評価するわけですからね。

 

小室:私たちがコンサルティングしている企業でも、当初は経営層と現場間に信頼関係がないことがほとんどなんです。成果を認めてもらえていないから、「こんなに頑張っているんです」というパフォーマンスが必要になりそれが残業という形で現れていることがとても多いんです。企業文化として恐れや不安があり、叱ることで従業員をマネジメントしている会社ほど、労働時間が長い傾向にあります。当然、働き方改革の真意はまったく伝わらない。

 

遅野井:なるほど。

 

小室:そういった組織に入ったときは、現場の働き方改革だけでなく、経営層やマネジメント層に対しても働きかけていきます。そのマネジメント手法がいかに威圧的で現場を思考停止させて、残業を増やすものなのかというのを理解してもらって、ティーチング型のマネジメントへの転換を促していきます。現場だけを改革しようとしてもうまくいかないんです。

※1 スーツを着てオフィスで仕事をする労働者の一部に対する労働法上の規制を緩和・適用免除すること、またはその制度

 

 

***

前編はここまで。後編では、中央省庁の働き方改革から男性の育児参画、そしてワーク・ライフバランスの本質にまで話が及びます。

 

2018年12月4日更新
取材月:2018年9月

テキスト:大矢 幸世
写真:中込 涼
イラスト:野中 聡紀

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