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制度に頼らず、切り拓け。 スマイルズ・遠山正道さんが考える「仕事」術

世の中の体温を上げる。当たり前の中に新しい価値を見出す。やりたいことをビジネスにしよう ― 食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」やセレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」などを展開するスマイルズの代表・遠山正道さんは、明快で温かみのあるメッセージを発信しながら、柔軟な働き方を実践しています。そんな遠山さんに、スマイルズでの制度や取り組みを聞きながら、「これからのよりよい働き方」について一緒に考えてもらいました。 

前編では、Soup Stock Tokyoが掲げた「働き方“開拓”」の考え方や、「社長も複業の時代」と銘打ってリリースしたサービス「業務外業務」などについてうかがいつつ、スマイルズの「仕事観」を掘り下げます。

仕事だってアート、自分事からスタートするもの

WORK MILL:今年の4月より、Soup Stock Tokyoでは「働き“改革”ではなく、働き方“開拓”を目指していく」と宣言して、社員の休日を増やすとともに新たに社外複業・グループ内複業を解禁する制度などを導入されていますね。この「働き方“開拓”」という言葉には、どのような思いが込められているのでしょうか?

遠山:思想的な信条があったというよりかは、自然とこうなっちゃったという感じです(笑)。カッコよく言うと、「仕事を自分事にしよう」という社風の表れかなと思います。そもそも、スマイルズ自体も私の「自分事」から始まっている会社ですから。そして、Soup Stock Tokyoというブランドは、スマイルズの作品だと思っていて。

ー遠山正道(とおやま・まさみち) 株式会社スマイルズ代表取締役社長
1962年、東京生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、三菱商事株式会社に入社。1999年に「Soup Stock Tokyo」1号店を開店。2000年、三菱商事初の社内ベンチャー企業「株式会社スマイルズ」設立。2008年、MBOによりスマイルズの株式を100%取得し、三菱商事を退社。著書に『成功することを決めた』(新潮文庫)、『やりたいことをやるというビジネスモデル』(弘文堂)など。

WORK MILL:スマイルズの“らしさ”を表現している「スマイルズの五感」の中には、「作品性」という言葉も含まれていますね。

遠山:私は、ビジネスはアートに似ていると思っています。アートは、自分の中から湧き上がってきた思いからスタートするもの。私たちは、素直に自分たちの思いつきから「こんなのが実現したら世の中もっとステキになるよね!」「自分たちも楽しいよね!」と盛り上がったものを、一生懸命に形にして世の中に提示しているわけです。それがスープであったり、その次はネクタイになったり、海苔弁になったりする ※1

WORK MILL:一見バラバラに見えても、「内発的な動機からスタートしている」という点で、共通しているのですね。

遠山:そうです。「自分たちの理由による」ということは、「外の理由によらない」と同じ意味です。これをビジネス的な言葉で表現すると、「マーケティングがない」となる。だから、流行り廃りもありません。ただし、お客さんのニーズや世の中の流れを無視していいわけじゃない。アーティストだって、大きな世の中の流れを感じながら「もう少し観客に寄り添おう」とか「じゃあ、自分はこっちに行こう」などと判断するものです。流れを把握した上で、それに流されることなく「自分の立ち位置をどこに置いて、何をするのか」と考えることが大事なんです。

※1 スマイルズはネクタイ専門店『ネクタイ専門店 giraffe(ジラフ)』、海苔弁専門店『刷毛じょうゆ 海苔弁山登り』を経営している

スマイルズも、最初は小さなベンチャーから始まった会社です。そして、最初からずっと「自分たちで生み出すこと」を大事にしています。きっと、今のスマイルズにいる人たちは多かれ少なかれ「自分事としてやりたいと思ったことを、仕事にしていきたい」と願って、ここに来てくれていると思います。

そういう彼らにとっては、他人が旗を振っている「改革」より、自分たちで切り開く「開拓」の方がしっくりくるんじゃないかな。うちは結構、皆あまのじゃくなんですよ(笑)

意志がなければ、制度だけあっても意味がない

WORK MILL:社内で働き方に関わる制度をつくる時に、とくに意識されていることはありますか?

遠山:……あまりないかな(笑)。社内の具体的な制度づくりには、そこまでタッチしないんですよ。「制度が必要だったら、自分たちでつくって!」と思っています。「こういう働き方がしてみたい」というアイディアがあるなら、規則を勝手につくって提案しにきてほしい。私も、思いつきでいろいろな働き方を試しちゃいますしね。

スマイルズには企業間で社員を入れ替える「交換留職」という制度がありますけど、あれも最初はほんの思いつきから始まったことで。8年ほど前、家族で直島に旅行に行った時に「こんな豊かな土地で暮らせたら、心も身体もキレイになるのではないか」と思ったんです。それで、直島でアート事業を展開しているベネッセさんに「社員を入れ替える交換留職というのを試してみませんか?」と提案しました。

WORK MILL:それが、交換留職の始まりだった?

遠山:いえ、その時にすぐ実現したわけではないんです。でも、それから3年経った頃にベネッセの人事部の方から「あの時の交換留職の件なんですけど……」と連絡が来て、そこで初めて実現しました。当時、うちから直島に留職しに行った社員は、現地で出会った方と結婚したりもして、ずいぶん人生が変わったみたいでしたね。交換留職も「業務外業務」も、何か解決しなければならない課題があったから制度を設けたりサービスをつくったわけではなくて、「こんなことできたらいいな」という小さな気づきを、小さく実践していっただけなんです。やってみてよかったから、そのまま継続してやっている、という感覚です。

WORK MILL:小さな試行から始めて、よかった取り組みは継続して残り、それがやがて制度化していく、というイメージでしょうか。

遠山:そうですね。ただ、あまり制度化することにはこだわっていません。たとえば、日本でも社内ベンチャー制度を設けている企業は少なくありませんが、うまくいっている例は数えるほどしかありません。私も社内ベンチャー協議会など呼ばれて議論に参加する機会がありますが、いつも最後には「社内ベンチャーは制度があろうがなかろうが、やる人はやる。制度を整えたからといって、ベンチャースピリットは新たに生まれるものではない」という結論に落ち着くんです。主体性のある意志がなければ、いくら制度があっても意味がない。

WORK MILL:働き方に関しても制度を作ればいいわけではなくて、社員一人ひとりが「よりよい働き方を」と考えて主体的に動けることの方が重要だと?

遠山:そうだと思います。ミュージシャンや役者など、アーティストの世界で考えると、きちっとした制度とか組織とかって、全然機能しそうにないじゃないですか(笑)

WORK MILL:どちらかと言えば、そういう枠にとらわれない人たちですよね。

遠山:だから社員には、あまり制度の有無にとらわれずに、機会も自分からつくってほしいですね。もちろん、会社として彼らの挑戦に対して背中を押せるような仕組みなどは整えられれば思っていますが、あとは「各々好きにやって!」という思いです 

うちには社内起業でバーを始めた人もいますし、実家のクリーニング屋を継ぐために、時短制度を駆使して働きながらクリーニング師の資格を取った人もいます。組織としては流動的にプロジェクトベースの働き方をしながら、各々が自分のやりたいことを見つけて、好きに打ち込んでほしいです。

 つまらない仕事にこそ、やりがいが眠っている

WORK MILL:プロジェクトベースの働き方や組織づくりを意識されるようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

遠山:特にきっかけがあったというよりは、前職時代からそういう働き方だったんですよね。ルーティンがなくて、顧客のニーズを聞きながら課題解決に当たるような業務をしていて。「上司から仕事の仕方を教わる」という経験も少なく、わからないことがあったら詳しい人の力を借りてどうにかする、といった感じで。だから、あまり上下関係とか、部下の育成とか、慣れてないんです。よくわからないし(笑) 

WORK MILL:フラットな関係で仕事をする方が、それぞれの主体性が育ちそうですね。

遠山:会社員である以上、上司から与えられる仕事はやって当たり前。そういう「会社として必要な業務」は、多かれ少なかれ必ずあると思います。私はそれを「作業」と呼んでいます。それ以上に「何をやるべきか、自分は何をやりたいのか」を会社の中で見つけて行動し、自分のためにも会社のためにもなる形にしていくことを、私は「仕事」と呼びたい。

上司が部下に何か命令すればするほど、職場では「仕事」の領域が減って、「作業」ばかりの環境になってしまいます。それでは面白くない。自分で考えて動く喜びはもちろん、やらなきゃいけないことも求められている以上のクオリティで返すなど、「作業」を「仕事」に変えていく楽しさが、職場にあるといいなと思います。

 

WORK MILL:作業を仕事に変える意識、大事ですね。

遠山:たとえば、部長から社員旅行の幹事を頼まれた時に、「マジ? めんどくさいな」と思ったら、それは作業になってしまう。でも、「どうせなら最高の社員旅行にしてやる!」と頑張ることだってできる。部長の奥さんや娘さんを旅行先に呼び寄せて、サプライズを仕掛けたり。そしたら部長も喜ぶし、仕掛ける側だって楽しい。そういう風なパフォーマンスを続けていると、部長は「アイツに何かを頼むと、想像以上のものが返ってくるな」と思うようになる。すると、「じゃあ、これも任せてみよう」と、主体性を求められるような仕事も増えてくるんです。

WORK MILL:なるほど。

遠山:誰にも頼まれていない「仕事」をして喜ばれるのって、とても充実感があるんですよ。決められた型をこなす規定演技も大事ですが、自由に魅せて周りを湧かすフリー演技は気持ちがいいものです。私を含めて、うちの会社にはフリー演技を面白がれる人が多いですね。

WORK MILL:これからの社会では、ルーティンワークの自動化が進み、フリー演技を求められる場面が増えてくるかと感じます。フリー演技に慣れるためには、どんなことをしたらよいでしょうか。

遠山:まずはシンプルに「悪いものを良くしていこう」と考えることが大切です。そして、それを実践するのは、上司の判断を仰がなくていいような作業から。さっきの社員旅行の話も、内容を決めるのに部長のハンコは必要ないですよね。だから、思い切りフリー演技ができる。言い方を変えれば、「つまらない仕事」と言われそうなことにこそ、自分で思うように変えていけるやりがいが眠っているんです。

ハンコがいらない小さな改革を積み重ねていくと、仕事は楽しくなるし、自信もついてきます。新規事業って、立派な構想や奇抜なアイディアが必要だと思われがちですが、全然そんなことはありません。身近にあるつまらないことや些細なことを楽しもうとする意識、そこから生まれる気づきが、新しいビジネスのアイディアに繋がってくることの方が多いと、私は思います。


 

2018年8月28日更新
取材月:2018年7月

テキスト:西山 武志
写真:岩本 良介
イラスト:野中 聡紀

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