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ルールという制約が生み出す自由 ー 法律家・水野 祐

 
この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE06 Creative Constraints 制約のチカラ」(2021/04)からの転載です。
 
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働き方が流動化する時代、組織と個人の関係はどのように変化していくのだろう。法律家の水野 祐氏が、米ネットフリックスの企業カルチャーを素材に考えた。

 

日本でも話題となったネットフリックスのCEO リード・ヘイスティングスによる著書『NO RULES』は、副題に「世界一『自由』な会社、NETFLIX」とあり、ルールを否定し、自由を称揚する、そんな内容のように映る。実際にヘイスティングス自身も「ルールはクソだ」という言い回しをさんざん使っているし、目次を見ても「休暇規程を撤廃する」「出張旅費と経費の承認プロセスを廃止する」などの記述が目につく。

 

本書はヘイスティングスが2009年に公開した「Netflix Culture Deck」と呼ばれる127枚のスライドが元になっている。フェイスブックのCOO シェリル・サンドバーグをして「シリコンバレーで生まれた最高の文書」と言わしめたこのスライドは、ネットフリックスの採用ページ「ネットフリックス・カルチャー」に最新版が掲載されている。ここでも同社が「ルールをつくらない」と明記されている。

 

だが、本書を読んだ私の見方は少し異なる。本書やネットフリックスの企業文化は、逆に、強力な「ルール志向」とも読める、という意見だ。どういうことか説明しよう。

 

まず、ルールとは必ずしも法的な文言で書かれないといけないわけではない。「コントロール(規則)ではなく、コンテキスト(条件)を」とヘイスティングスは書いているが、ここでいう「コンテキスト」もある種のルールである。例えば、ネットフリックスは上司に対して率直にフィードバックするカルチャーがあるが、このフィードバックに対して「4A」ガイドライン—AIM TO ASSIST(助ける気持ちで)、ACTIONABLE( 行動変化を促す)、APPRECIATE(感謝する)、ACCEPET ORDISCARD(取捨選択する) —が存在している。

 

ヘイスティングスいわく「自分たちの『率直なカルチャー』は、相手にどんな影響を及ぼすか気にせず思ったことを口にしていいということではない。むしろ逆で、誰もが「4A」ガイドラインをしっかり考えなければならない」と書かれている通りで、このガイドラインは立派なルールである。

 

本書を読んでわかるのは、「脱ルール」志向のネットフリックスにおいても多くのルールが存在しており、その内実はルールにおける制約と自由のバランスの調整に長けたカルチャーの企業であるという事実だ。そのルールは、単に「規程」のような法律文書の形をとっていないだけである。本書は「働き手の主体性を最大限確保するための企業内のルールとはどういうものか」にトライした一つのサンプルと捉えることができるのだ。

 

制約と自由は表裏一体の関係

 

以上はネットフリックスという一企業内のルールの話だが、法律における制約と自由の例についても考えてみよう。例えばカリフォルニア州法は、競業避止義務(同種の企業に転職したり、起業したりする行為を禁じた義務)を雇用契約に盛り込むことを原則として禁止している。

 

自由な競争を奨励したこの規制の存在は、競合他社での仕事を制限しないことによって知のブリコラージュを容易にし、シリコンバレーがイノベーション・ハブとして躍進した一因ともなっているとも説明される。ここでは、法律という制約がイノベーションの一因ともなっていると評価できる。

 

与えられる選択肢が多すぎると、人はそれに戸惑い、身動きが取れなくなってしまう。これは人の認知や意思決定リソースの限界に依よる部分も大きい。

 

広すぎる自由は、人や組織をかえって不自由にする。適切な制約を課すことは、ビジョンやパーパスに対するコミットメントを高め、かえって思考や行動の自由を担保してくれる。法律や契約という法・ルールは、私たちの行動を制限する方向で働くものというイメージが強いが、一方で、「ここまではやってよい」「その範囲内では自由に動いてよい」という自由を確保するものでもある。

 

制約と自由は表裏一体であり、適度な制約が自由を生み出すのだ。ネットフリックスのカルチャーは、このような「適度な制約と自由のバランス」という観点からも説明ができるのではないだろうか。

 

ここまでの論は、米国のIT企業やシリコンバレーのカルチャーを称賛する趣旨ではない。国により歴史や文化が異なるため、これらの安易な輸入や流用はむしろ日本企業の可能性を阻害する怖れがある。

 

ただ、日本も終身雇用に代表される雇用維持型から雇用流動型の政策へ舵を切らざるを得ないことは明らかだ。使用者・労働者という二元論から脱却し、企業内で働く個人の主体的な働き方を尊重した環境・ルールを早急に整備する必要がある。日本の現行の労働法やそれを前提とした企業内の諸規程は、労働者の従属的な地位を前提に、企業の権限を制限する規制がほとんどだが、その中で働く個人の自由で主体的な働き方に対しては、逆に抑制的に機能している可能性が大いにある。

 

制約が生み出す自由という観点から、まずは企業内の諸規程を見直してみるところから始めてみてはいかがだろうか。

 

ー水野 祐  (みずの・たすく)
弁護士、シティライツ法律事務所代表。九州大学GIC客員教授。Creative Commons Japan理事。Arts and Law理事。慶應義塾大学SFC非常勤講師。note社外役員など。著書に『法のデザイン 創造性とイノベーションは法によって加速する』ほか。

 

2021年3月執筆
2021年8月25日更新

 

テキスト:水野 祐

 

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